第1660話

 サブルスタ周辺の盗賊の討伐は、当然と言うべきか一日二日で終わるようなことではなく、レイ達は五日程の間ひたすらに盗賊を狩ることになった。

 もっとも、レイ達は五日で終わったが、それはスーラ達に物資を持っていく為にそこで止めたのであって、他の冒険者達はまだ盗賊狩りを続けているのだが。

 当然それだけ大規模に盗賊狩りをしていれば、レイが最初に倒した盗賊団の生き残りから得た情報で素早く逃げ出した盗賊達と違って、楽観的にまだ大丈夫だと判断していた盗賊達も危険を察したのか、逃げ出す者達が多かった。

 盗賊達の情報網はどうなっているのか、そんな状況であっても次々に盗賊達がやってくるのだから、まさに入れ食いと呼ぶに相応しいことになっていた。


(いや、寧ろイタチごっこか? 寧ろ、新しくやって来た盗賊達は、サブルスタ周辺から逃げ出しそうとした盗賊達のスケープゴートにされた……って可能性もあるのか)


 そんな風に思いつつ、レイはミスティリングから物資を取り出しては地面に積んでいく。

 干した果実のような嗜好品だけに、その場にいる女達は我先にとその物資を自分達の馬車に持っていこうとしたのだが、スーラの鋭い声が周囲に響く。


「自分だけがいいって考えの人は、いないわよね? そういう人には、後でしっかりとお話をする必要があるけど」


 そんなスーラの言葉に、干した果実に群がろうとしていた女達の動きが一瞬で止まる。


「随分ときちんと仕切れてるんだな」

「まあ、一応レジスタンスを率いていたんだし、これくらいはね」

「……で? また少し人数が減ったってギメカラにちょっと聞いたけど、死んだとかじゃないよな?」

「そうね。途中で寄った場所で何らかの仕事を見つけたり、女を見つけたり、自分の故郷が近くなって離れたりして、十人以上は人数が減ったわ」

「ふーん。……ん?」


 心の底から興味があって聞いていた訳ではないのだが、それでもレイは今の話でふと気になることがあった。

 この集団は、九割以上が女で構成されている。

 それこそ、ジャーヤで洗脳されて娼婦をさせられていた者達の集団なのだから、当然だろう。

 だが、今スーラの口から出た、この集団から離れた理由の一つ……


「男が出来たから、じゃないのか?」

「ふふ……残念ながら間違いじゃないわ。女が出来たからよ」


 少しだけ煤けた……精神的な疲労を見せた表情で告げてくるスーラに、レイは何となく生の果実――補給物資ではなく、私物――を渡す。

 それを受け取り、女らしくなく……寧ろ男らしく、皮も剥かずに囓るスーラ。


「元々そういう素質があったのか、男嫌いからそっちの道に走ったのか。その辺りはしっかりと分からないけど、女の恋人を作ってその人と一緒に暮らすことにした……って人が何人かいたわ」

「あー……うん。まぁ、そういうこともあるんじゃないか?」


 スーラの言葉に、レイが出来るのはそうやって返すだけだった。

 勿論レイも、世の中には同性愛者がいるというのは知っている。

 レイが日本にいた時は、周囲にそういう存在はおらず、それこそ漫画や小説、ゲームといったもので出てくるような存在でしかなかったのだが。


「まぁ、強引にどうこうしたとかじゃなくて、普通にそういう関係になったってことだから、私も文句はないんだけどね」


 そう言いながらも、やはりどこか疲れた様子を見せるスーラは、自分を励ますようにレイから貰った果物を食べる。

 干した果実は争いつつ奪っていた女達だったが、スーラが持っている新鮮な生の果実には目も向けない。

 今の状況でそのような真似をすれば、色々な意味で酷いことになると、そう理解している為だろう。

 本来であれば、夏の日中という今の時間、瑞々しい果実は是非とも欲しいものなのだから。

 次第に秋が近づいてきてるとはいえ、日中はまだかなりの暑さだ。

 それこそ、湖や川があれば泳ぎたくなるくらいには。

 ……実際、レイ達がスーラ達のいるこの集団に合流したのは、川で休憩をしているのを見つけたからだ。


「離れていった連中が幸せに暮らせるなら、それはそれでいいだろ。……話は変わるけど、鍛えてる方はどうなってる? 何だかんだで、少し時間が経ったけど」


 露骨に話題を変えたレイだったが、スーラはそんなレイの言葉を特に気にしたように感じた様子もなく、頷きを返す。


「皆、訓練は真面目にやってるわよ。……自分達が強引に連れてこられたことを覚えてるからでしょうね」


 力さえあれば、このような目に遭うようなこともなかった。

 そう思っている者は、やはり多いのだろう。

 そして二度と力がないことで後悔したくないということから、女達は毎日の訓練に力を入れていた。

 何より、全員の移動が馬車で行われているということもあり、体力の限界近くまで訓練しても移動速度が落ちないというのは、この一行にとって大きなメリットだった。


「なら、いい。最悪、ギルムで仕事がなくても、冒険者として仕事を受けることも出来るだろうし。……まぁ、それで通じるかどうかは微妙だが」


 辺境にあるギルムは、当然のように周辺に強力なモンスターがいる。

 それこそ、ギルムの近くまでランクCモンスターがやってくる……というのも、滅多にある訳ではないが皆無という訳でもないのだ。

 偶然や運、他人の力でギルムまで来ることが出来た冒険者は、そのようなモンスターが姿を現すかもしれない場所で戦うには実力が不足している。

 そういう意味では、一行の女達も戦闘訓練を重ねていても、その強さはギルムで活動出来る程ではない。

 もっとも、女達の中には冒険者として活動していた者も多少はいるので、そのような者達を中心としてパーティを組めば何とか出来る……可能性もある。

 また、女達の多くは弓を使う方法を習い、毎日のように訓練もしている。

 モンスターが強くても、攻撃の届かない場所から攻撃をすれば倒せる可能性はあるし、倒せなくても前衛で戦っている仲間が逃げる機会を作ることも可能だ。

 そういう意味では、殆どの者が弓を使えるように訓練を重ねているというのは決して間違いではないのだろう。


「それでも、何もないよりはいいでしょ。それに、暫くの間は増築工事で仕事があるって話なんだから、街の外に出る必要はないと思うし」

「まぁ、何もしないよりはな。取りあえず持ってきた物資はこれで全部だ。後はそっちで……」


 適当に分けてくれ。

 そう言おうとしたレイだったが、そこに突然割り込んできた声があった。


「レイさん、ちょっといいですか?」

「……ギメカラ? どうしたんだ? 別に何か急いでお前と話すようなことはないと思ったんだが」

「いえ、そうなんですけどね。ただ、ちょっと相談がありまして」

「相談? 物資を全部出したし、もう俺がやるべきことは何もないから、いいけど。……いいよな?」


 一応、といった風に視線を向けると、スーラは問題ないと頷きを返す。


「って訳で、問題ないらしいけど、何の用事だ?」

「こちらへ。あまり人には聞かせたくない話なので」

「……言っておくけど、暗殺とかの後ろ暗い仕事は引き受けないぞ?」

「違います! レイさんは、私達を何だと思ってるんですか!?」


 心外だといった様子で叫ぶギメカラに、レイは今までゾルゲー商会がしてきたことを思い出す。

 強引に連れて来た女を奴隷の首輪で娼婦にさせ、巨人の子供を産ませる。

 そんなジャーヤと取引をしていたのが、ゾルゲー商会だ。

 ましてや、ギメカラはダスカーとの交渉の場でもギルムで地盤を固めたら裏の組織と取引をすると宣言すらしているのだ。


「いや、お前達が今までしてきたことを考えれば、妥当な判断だと思うんだが」


 そう言われれば、ギメカラも反論する言葉は出てこない。

 いや、反論しようと思えば出来るのだろうが、ここで無意味に反論してもレイの機嫌を悪くするだけだと、理解しているのだ。


「とにかく、後ろ暗い話ではないですが、出来ればあまり人に聞かれたくない話があるんです。なので、よろしいですか?」

「あー……なるほど」


 ギメカラの言葉に納得の表情を浮かべたのは、レイ……ではなく、スーラだった。

 何の相談なのか想像出来たとでも言いたげに頷いたスーラは、レイに向けて再度頷いてくる。


「問題ないわよ。後ろ暗いことじゃないのは、私が保証してあげる。だから、話を聞いてあげたら?」


 スーラにそこまで言われれば、レイも今の状況でギメカラが妙なことを考えているとは思えない。


「分かった。じゃあ、行くか」


 こうして、レイはギメカラに引っ張られるように人の少ない場所に向かう。

 視線の先では、エレーナやヴィヘラ、ビューネ……それにこの一行の護衛を纏めているロックスが女達に訓練をしているのを見ながら……そしてマリーナが大勢の女達に弓を教えているのを見ながら、レイとギメカラは木陰に向かう。


「すみませんね、急に。……実は、以前ちょっと話したと思いますが、レイさんだけが知っている料理のことです」

「……あー……うん。その件か。わざわざこんな場所まで引っ張ってくるから、何かと思っていたら。何でまた急に?」

「いえ、少し前に寄った村で食べた料理が、思いの外美味しかったもので……」

「それで、少し焦ったと?」

「焦っている訳ではありませんが、やはり美味しい料理というのは商売上強いんですよ」

「まぁ、それは分かる」


 うどんや肉まん、ピザといったレイが考えた料理を出している店は、売り上げが軒並み上がっている。

 人間、食べなければ生きていけないのだから、どうせ食べるのであれば美味い料理を食いたいと思うのは当然だろう。

 食事によって得られる利益は、貴族との取引、ジャーヤとの取引に比べれば額が小さいかもしれないが、毎日のように得られるという意味では大きい。

 そう考えれば、ギメカラがここまで必死になる理由はレイにも分かる。

 分かるのだが……問題なのは、ギメカラの気持ちが分かったからといって、それですぐにどうにか出来る料理が出てくるかということだろう。

 そこまで考え、ふとゴブリンの肉の件を思い出す。

 何だかんだと忙しくて最近顔を出してはいないが、ゴブリンの肉をどうにかして美味くする方法をレイはとある人物と研究していた。


(いや、駄目か?)


 レイが協力している相手は、あくまでも商会の人物だ。

 レイも幾らか金を出し、材料になりそうなものや香辛料を提供しているとはいえ、ゴブリンの肉を美味く食べることが出来るようになれば、当然売り出すのはその商会だ。

 である以上、今からそこにギメカラを加える訳にはいかない。

 そうなると、簡単に考えつくのは……少し前に思いついた……


「納豆」


 レイの口からその言葉が出た瞬間、ギメカラの視線は獲物を見つけた猛禽類の如く鋭くなる。


「それで、その納豆というのはどのような料理なのですか?」

「どのような料理って言われてもな。……料理じゃなくて、食材か?」


 料理と食材の正式な違いというのはレイには分からなかったが、一応納豆を使った料理が色々とあるのだから、食材と呼んでも恐らく間違いではあるまいと判断する。

 だが、寧ろギメカラにとっては料理よりも食材の方が興味深かったのか、レイに向かって満面の笑みを向けてくる。


「料理ではなくて、食材ですか。それは興味深いですね。ですが……ギルム周辺でそれを手に入れることが出来るのですか?」

「ああ、問題ない。豆を使った食材だから、普通に作れる筈だ」


 ここまで来ては、もう教えない方が厄介だろうと観念し、レイは知ってる限りの納豆の作り方を思い出しながら説明を続ける。


「必要なのは、豆……大豆って豆だが、具体的にそれがどういう豆かは説明しづらいので、取りあえず豆で色々と試してみるんだな」


 枝豆は大豆であり、レイもそれを知っているのだが……残念ながら、エルジィンで枝豆を食べているような者は見たことがない為、その知識は役立つかどうか微妙なところだった。


「必要なのは、他に藁。……以上だ」

「……藁?」


 そう言われ、ふとレイは気が付く。

 自分が知っているのは稲穂……米の藁での話だったが、それ以外……小麦の藁でも納豆を作れるのか、と。

 だが、元々詳しい納豆の製造方法を知っている訳ではない以上、取りあえず小麦の藁で頑張って貰って、駄目だったら諦めるだろうと判断する。


「ああ。まずは大豆を茹でて、それを藁で包んで放っておく。そうしてある程度時間が経てば、豆が糸を引くようになるから、それが納豆だな。……大体の作り方はこれで合ってると思う。ただ、あくまでもこれは大体だから、その辺は実際に作ってみて覚えていくしかないな」

「糸を引くというのは……その、腐ってるのでは?」

「正確には発酵だな。チーズとかと同じような感じだ。まぁ、結構好き嫌いが分かれるらしいから、気長に作ってみるといい」


 腐っているのではなく発酵しているのだと聞き、ギメカラはようやく少しだけ安堵の表情を浮かべるのだった。

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