第1658話
「じゃあ、また夕方くらいに他の連中が来るから、それまで頑張ってくれよー!」
馬車に乗った冒険者が、その場に残ったレイ達に向かって大きく手を振りながら去っていく。
既にこの場に残っている冒険者の数は、大分減っている。
運搬を担当している冒険者に得たお宝の目録や捕らえた盗賊達を預けると、次の盗賊を探す為に周辺へと散っていった為だ。
「凄いな、あの馬車。……盗賊達も悲惨だな」
レイの側で去っていく馬車を見送っていた冒険者が呟く。
実際、その言葉にはレイも素直に同意せざるを得ない。
冒険者達が得た財宝……中には武器や防具といった物も含むが、それらが大量に乗せられた馬車に、捕らえられた盗賊達は馬車に引っ張られるようにして歩いている。
速度そのものはそこまで早くはないが、それでも一定の速度で馬車が進んでいる以上、盗賊達の中で誰かが転ぶようなことになったり、ましてやこれ以上歩けないといった状況になってしまえば馬車に引きずられて移動し、それによって他の盗賊達にまで大きな負担を掛けてしまう。
それが、ギルムに到着するまではずっと続くのだ。
当然夜寝る時も縛られた状態のままであり、トイレタイムなどという物は存在しないので垂れ流しとなる。
殺す訳にはいかない以上、干し肉や焼き固めたパンのような保存食や夏の強烈な日差しの下では必須の水はある程度与えられるが、それだって十分にという訳ではない。
最悪、ギルムに到着するまでに死なない程度だ。
……弱った盗賊は当然奴隷として売られる時には安くなるのだが、盗賊狩りに参加している冒険者達はそれを承知の上で先程の冒険者達に頼んでいる。
どうしても自分の捕らえた盗賊が弱るのが嫌なら、それこそ自分達で捕虜や盗賊の輸送手段を用意するという方法もあった。
それを理解した上で、ギルドが――正確にはダスカーの依頼で――用意した冒険者達に預けたのだから、それで文句を言うようことは出来ない。
「ま、盗賊達が今までやってきたことを思えば、当然の結果だと思うけどな。そういう意味だと、タラニアは随分と甘い対応になったと思うが」
そんなレイの言葉が聞こえたのか、少し離れた場所でセトとイエロが遊んでいる光景を見ていたエレーナが、レイの方に近づいてくる。
「そう言われてもな。今のタラニアは、あくまでも容疑者という扱いだ。盗賊達の言葉だけでは、決定的な証拠とはならない。しっかりとした証拠が出てくるまでは、盗賊達と同じ扱いには出来ないさ」
「……見るからに、真っ黒だったと思うけど?」
「それでも代官直属の部下という立場であれば、ある程度は配慮しなければならない。もっとも、その代官やそれを派遣した貴族は、これから色々と大変なことになるのは間違いないだろうが」
そう告げるのは、やはりサブルスタを領地としているのが貴族派の貴族だからか。
貴族派のトップのケレベル公爵が、ギルムの増築工事を妨害するような真似をするなと指示していたにも関わらず、今回の一件だ。
父親の指示を蔑ろにしたこと、それによってギルムに……そしてレイに迷惑を掛けたこと、私利私欲を満たす為に何の罪もない者達に大きな被害を与えたこと……様々な理由から、エレーナはタラニアとその上司たる代官に怒りを抱いていた。
それこそ、もし可能であれば、これからすぐにサブルスタに向かって代官を捕らえたいと思うくらいには。
だが、今はそこまで手を伸ばすようなことは出来ない。
そう理解している以上、まずはこの地で活動している盗賊を何とかするという選択肢を選んだ。
実際、ここで盗賊を倒すのと代官を捕らえるののどちらの即効性が高いのかと言われれば、当然直接動いている盗賊を倒す方だろう。
(そう言えば、俺が前に倒した盗賊団の生き残り……結局、どう行動したんだろうな。何だかんだでこうしてかなりの盗賊が捕らえられているってことは、俺が思っていたよりも効果がなかったってことか? まぁ、そのおかげでこうして盗賊を大量に捕縛出来ているのを考えれば、結果オーライなんだろうが)
そう考えるレイだったが、実際にはあの時に逃がした盗賊によって広められた情報により、慎重な盗賊や実力のある盗賊達はサブルスタ周辺から既に姿を消している。
今の……ギルムで増築工事をしている状況で商隊を襲うような真似をするのは、まさにハイリスクハイリターンだと、そう理解した為だ。
サブルスタという、辺境のすぐ近くで活動出来るだけの実力がある盗賊団である以上、わざわざ今の状況でリスクの高いこの辺で活動することはないと、そう判断したのだろう。
実際、姿を消した盗賊団の中には下手な高ランク冒険者と戦えるだけの実力を持つ盗賊も混ざっており、そのような盗賊にしてみれば、今のサブルスタ周辺よりは稼げなくても、安全度という意味ではここより遙かに高い場所は幾らでもある。
……もっとも、それは盗賊達が活動を始めた時に、田舎にいるような低ランク冒険者では手も足も出ないことを意味しているのだが。
「さて、じゃあ俺達も次の盗賊を探しにいくよ」
「ああ。盗賊がかなり狩られたってのは、恐らく他の盗賊達にも知られている筈だ。最初みたいに上手くいくとは思わないで、周囲の様子をきちんと警戒しながら行動した方がいい」
「分かってるよ。こう見えて、それなりに腕には自信があるんだぜ?」
「だろうな。でないと、今回の依頼に呼ばれなかっただろうし。……それでも、気をつけるに越したことはないだろ?」
「そうだな、その言葉はしっかり覚えておくよ。じゃあな」
そう言いながら、レイと話していた冒険者はそのまま仲間の下に向かう。
ふと気が付けば、他にも何人か残っていた冒険者達の数は更に少なくなっている。
「レイ、私達はこれからどうする? やはり三組に分かれて行動するのか?」
エレーナの言葉に真っ先に賛成したのはヴィヘラだ。
ヴィヘラにしてみれば、出来るだけ多くの者と戦いたいという思いがあった。
そうである以上、三組に分かれて行動するというのは願ってもないことだったのだ。
「私はエレーナの意見に賛成よ。ここで少しでも盗賊の数を減らすことが出来れば、それだけギルムの増築工事も捗るでしょ?」
ヴィヘラの本心がその言葉とは違う――正確には違う訳ではないのだが――というのを知っているレイ達だったが、誰もその言葉に突っ込むような真似はしない。
実際、ここで盗賊の数を減らせばそれだけサブルスタ周辺を通る商人達が便利になるというのは間違いないのだから。
それが狙いである以上、ヴィヘラとエレーナの言葉にレイが頷かない筈がなかった。
「分かった。なら、そうするか。じゃあ、そういうことでそれぞれ別に移動するとしよう」
その言葉通り、レイ達もその場でそれぞれ別々の方向に向かっていく。
レイはセトと、マリーナとヴィヘラとビューネが、そしてエレーナとアーラとイエロ。
この三組がいなくなると、最後まで残っていた冒険者達もそれぞれ森の中に入っていく。
……その中の何人かが、レイ達の入っていった方に向かっていった。
レイとセトの倒した盗賊達のお零れを狙おうとしたのか、それともレイ達の向かった方であれば別の盗賊がいるかもしれないと、そう考えているのか。
その辺りをどう考えているのかというのは、冒険者達の考え次第だろう。
「くそっ、くそっ、くそっ」
ギルムに向かっている馬車の集団、その中の一台で、タラニアはひたすらに現状をどうにか出来ないかと考えていた。
癖なのか右手の親指の爪を囓りながらの呟きで、その馬車に一緒に乗っている見張りの冒険者達はうんざりとした視線をタラニアに向けていた。
最初は多少なりともリラックスさせようと、冒険者が話し掛けたのだが……薄汚い冒険者風情が、気安く話し掛けるなと言われてしまえば、冒険者としてもタラニアに話し掛けようとは思わなくなるのは当然だった。
だからといって冒険者同士で話をすれば、現状に苛立っているタラニアの八つ当たりを受けることになる。
この馬車に乗っている冒険者も含め、馬車の集団を形成している一団は、サブルスタで一度はタラニアに捕らえられた者達だ。
もっとも、捕らえられたと言っても、牢に入れられたり取り調べを受けたりとした訳ではなく、ただ盗賊達の受け渡しをする場所についてこられただけなので、そこまで恨んでいる訳ではない。
ましてや、エレーナの活躍により天国から地獄、代官直属の部下から犯罪者――今はまだ容疑者という扱いだが――となったのだから、恨みや怒りよりも哀れみの方が大きかった。
それだけに、タラニアの態度を見ても、許してやれるくらいの心の余裕はあった。
「何故私がこのような目に……そうだ、これも全て盗賊達だ。あの盗賊達が悪い。何故私の目配せの意味を理解出来ないのだ」
苛立ちも露わに呟くが、そもそも打ち合わせも何もしていないのに、目配せでタラニアの思惑に気が付けという方が無理だろう。
今のタラニアに出来るのは、それこそ現状をどうにかするべく考える……正確にはそのような行為をしつつ、現実逃避をするくらいだった。
本人は真剣にどうにかする方法を考えているのだが、そもそもエレーナにタラニアという名前と顔を知られてしまった以上、もしこの馬車から逃げ出すようなことが出来ても、その後はどうしようもなくなるだろう。
そんな馬車の中の雰囲気が嫌になったのか、不意に冒険者の一人が口を開く。
この状況で口を開けばタラニアに八つ当たりされるかもしれないと分かっていても、この暗い雰囲気には耐えられなかったのだ。
「盗賊の連中も馬鹿だよな、一時の楽の為にこうして捕らえられて、馬車で引っ張って強制的に歩かされて……最終的には奴隷落ちだし」
何でよりにもよって、そんな話題を出す!
それが、馬車に乗っている他の冒険者の心の底からの思いだった。
どうせなら、そろそろ秋になるとか、そういう話題でも良かっただろうに、何故……と。
「ふっ、ふふ……そうですか。貴方は私も結局は盗賊と同じだと、そう言いたいのですね? 薄汚い冒険者風情が。お前の親もどういう奴か、容易に想像出来るな。育ちが悪ければ、頭も悪い。何もかもが悪いから、一生人に使われる立場なのですよ」
タラニアにしてみれば、それは文字通りの八つ当たりだったのだろう。
どうしようもない現在の自分の状況に悩んでいるところに、まるで当て擦るように盗賊を馬鹿にしたのだ。
その盗賊と繋がっていた自分も馬鹿にされたように感じても、おかしくはなかっただろう。
だからこそ、現状のどうしようもない苛立ちを込めて、タラニアはふざけた内容を口にした冒険者にその苛立ちをぶつけたのだが……それは、明らかに言いすぎだった。
言われた冒険者も、自分のことだけであればそこまで怒るようなことはなかっただろう。
だが、親のことまでも馬鹿にされれば、我慢出来るはずがなかった。
「薄汚い冒険者、ね。まさか薄汚い犯罪者如きにそう言われるとは思ってなかったよ。まあ、盗賊と繋がっていたあんたは、下手をすればそのまま処刑。どんなに上手くいっても奴隷として売られるんだ。……はっ、まさに薄汚い犯罪者にはお似合いの最期だよ。いや、薄汚い奴隷か?」
「なっ!?」
まさか自分に対して冒険者風情が言い返してくるとは思っておらず……タラニアは一瞬唖然とするものの、すぐに自分が侮辱されたと理解し、怒りで顔を赤くしていく。
他人を侮辱しても、他人に侮辱されることはない。
それが、タラニアの認識だったのだ。
それは、決して間違っていた訳ではないのだろう。
事実、今までであれば正しかったのだから。
だが……それは、あくまでも今までの話だ。
そう、サブルスタの代官直属の部下という立場にあったからこそ、可能なことだった。
とある街にある、比較的大きな商会の次男として生まれ育ち、成人してからも失敗らしい失敗はせずに仕事をしていたものの、長男もタラニアと同程度には有能な人物だった為に、商会を継ぐのは当然長男となった。
勿論タラニアがその気であれば、長男の部下という立場で働くことも出来ただろうし、どこか別の街の支店を任されることもあっただろう。
だが、長男に負けたということが許せなかったタラニアは、そのまま出奔。
その後はずるがしこさと要領の良さや、有能な能力――あくまでも一般的に見てだが――から、代官と繋がりを持ち……サブルスタにやって来た。
そんな自分が、このような冒険者風情に馬鹿にされる。
そう思った瞬間、頭の中で何かが切れるような音がして、次の瞬間タラニアの意識は闇に沈んでいくのだった。
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