第1580話

 空気を貫きながら、空を飛ぶ槍。

 それこそ、見た者からは赤い一条の光と、そんな感想を抱かれてもおかしくないだろう黄昏の槍の一撃は、真っ直ぐ扉に向かって飛んでいく。

 桁外れの魔力を持つレイが込めた魔力は、黄昏の槍の威力を最大限に発揮する。

 頑丈な金属で……それこそ人間とは比べものにならないだけの膂力を持つ巨人が、力の限り攻撃しても歪めるといったことしか出来ないだけの頑丈さを持つ金属で出来た扉。

 だが、レイの手から放たれた赤い一条の光は、その金属の扉を容易く貫く。

 それこそ、まるで濡れた紙でも破くかのように、あっさりと。

 レイが狙ったように、扉に開いた穴は槍の大きさの分だけ。

 そうして扉を貫通した黄昏の槍は、そのまま扉を殴り続けていた巨人の身体を貫く。

 ……そして、当然の如く身体を貫かれた巨人はその一匹で済む筈がない。

 巨人の背中から抜けた槍は、その巨人のすぐ後ろにいた別の巨人の身体を貫き、更にその後ろ、後ろ、後ろ……と貫いている。

 最終的には二十匹近い巨人の身体を貫き、そこでようやく勢いが弱まった黄昏の槍は動きを止める。

 身体を貫かれた巨人は、最初何が起きたのか全く理解出来ず、やがて身体を貫く痛みでようやく自分達が攻撃されたのだと理解する。

 ……理解出来ず、そのまま命の炎が消えて地面に倒れ込む巨人も多かったが。

 巨人達にとっては、まさに突然の攻撃。

 だが、そんな巨人達の絶望の時間はまだ終わらない。

 何故なら、最後に黄昏の槍が突き刺さった巨人の身体から、不意に突き刺さったままだった槍の姿が消えたのだ。

 巨人達にどれだけの知能があるのかはともかく、目の前にある槍が消えたというのは巨人達にも理解出来ただろう。


「がぁ?」


 巨人の一匹が、少し前までの苛立ちや飢餓感といったものを忘れたかのように、首を傾げる。

 何故槍が消えた? と、そう疑問に思い……


「ぐあ?」


 次の瞬間、再び扉を貫いて飛んできた黄昏の槍が、巨人の胴体をも貫く。

 何があったのか、全く理解出来ず……やがて、その一撃は致命傷となったのか、そのまま地面に崩れ落ちた。

 その巨人の身体を貫いた黄昏の槍は、他の巨人の身体に突き刺さって動きを止める。

 そして、再び槍が消え……巨人の悲鳴が周囲に響く。

 巨人達は、何が起きているのか全く理解出来ていなかった。

 唐突に仲間が悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちるのだから、攻撃を受けているという認識はある。

 だが、千匹近い人数がいるのだから、どのようにして攻撃をされているのか……それは、黄昏の槍という武器を直接自分の目で見ない限り、理解は出来ない。

 もしくは、黄昏の槍をその目で見ても、理解出来たかどうかは微妙なところだろう。

 巨人達がそのように混乱しているのは、それこそ攻撃を行っているレイにとっては、絶好の攻撃の機会でしかない。

 黄昏の槍を投擲し、扉を貫通させながらその先にいる巨人の身体を次々に貫通させていく。

 そのようなことを、延々と繰り返す。

 そして槍の投擲を止めたのは、扉に向かって槍を投擲した回数が五十回を幾らかすぎた頃か。

 既に扉は黄昏の槍の攻撃で穴だらけになっており、それこそ巨人が本気で攻撃をすれば容易に破壊されるのでは? と思える程だ。

 そんな状況でレイが動きを止めたのは、扉に開いている穴から見えた向こう側に巨人の姿がなかったからだろう。

 決して頭がいい訳ではない巨人達だったが、それでも扉の近くにいれば死ぬということは理解したのだ。


「……さて、扉も丁度いい具合に壊れたし。魔法でも使うか」

「うん? 魔法は洞窟の崩落を考えて使わないのではなかったか?」


 手元に戻した黄昏の槍をミスティリングに収納し、デスサイズを手にして呟かれたレイの言葉に、エレーナはそう疑問の声を発する。

 そんなエレーナに、レイは小さく頷いてから口を開く。


「そうだな。広範囲に影響する魔法は洞窟の崩落に影響するかもしれない。けど、範囲の狭い攻撃魔法なら、問題はないと思わないか?」

「きちんと制御出来れば、問題はないと思うが?」


 暗にその辺の調整を上手く出来るのかと言われたレイだったが、炎帝の紅鎧はともかく、魔法については全く問題ないと自信に満ちた笑みを浮かべる。

 実際、炎に特化しているレイの魔法は、コントロールするのはそう難しい話ではない。

 魔法に必要な呪文の構築や魔法陣の類は、系統だったものもあるが、それとは逆にイメージやセンスによる部分も大きい。

 そして日本から来たレイにとって、イメージというのはこれ以上ない程得意なことだった。

 センスにしても、元から大量の魔力を持っており、炎の魔法に特化しているだけあって、炎の魔法に限って言えば非常に高いセンスを持つ。

 よく言えば天才、悪く言えば炎以外の魔法は使えない特化馬鹿といったところか。


「まず、俺があの扉を破って扉から離れている巨人達を巻き込むような魔法を使うから、エレーナとヴィヘラは俺が魔法を放ってから向こうに攻め込んでくれ。ああ、ビューネは何かあった時の為に俺の側で待機ってことで」


 そう告げるレイの言葉に、誰も異論はない。

 エレーナは巨人という存在に嫌悪感を抱いていることもあり、またレイが指示したということもあって、扉の向こう側に飛び込むことに異論はなかった。

 レイが黄昏の槍を延々と投擲している間に体力を回復したヴィヘラは、真っ先に扉の向こう側に行けることに喜びを感じこそすれ、不満はない。

 ビューネは、自分が独力で巨人を倒すことが難しいのが分かっているので、レイの側でいざという時の為に待機するというのは望むところだった。


「キュ!」


 自分は? と声を上げたのは、エレーナの使い魔のイエロ。

 エレーナに抱きしめられていたイエロは、自分にも何か仕事が欲しかったのだろう。

 キュウキュウ、と鳴き声を上げてレイに自己アピールを繰り返す。……もっとも、傍から見ればそんなイエロは愛らしい存在という認識しか持てなかったが。


「あー、そうだな。イエロもビューネと同じく待機で。もし何かあった時は、エレーナを呼びに行って貰うから」

「キュ!」


 レイの言葉に、イエロは満足そうに鳴き声を上げる。

 実際には、イエロにエレーナを呼んできて貰うよりもレイが自分で呼びに行った方が手っ取り早いのだが。

 そうすれば直接レイが伝えたい言葉もすぐに伝えることが出来るのだから、エレーナがわざわざここに戻ってくる時間のロスがない。

 結局のところ、イエロに伝令役を頼むというのは言葉だけのものなのだろう。

 ……ただ、イエロの鱗は非常に頑丈で、周囲の景色に溶け込む能力も持っている。

 それを考えれば、やはりいざという時には使える手段となり得るのだろう。


「さて、じゃあそんな訳で全員の役割が決まったところで……魔法を使うぞ。エレーナとヴィヘラは突入の準備をしてくれ」


 そう告げ、レイはデスサイズを手にして呪文を唱え始める。


『炎よ、我が指先に集え。命を狩る大鎌に集え、我が敵の前に集え、集え、集え。小なる力、大なる力。我が意のままに荒れ狂うべし』


 呪文を唱えると同時に、デスサイズの先端に五十近い炎が姿を現す。

 ただし、その炎は全てが指先程度の大きさしかない炎だ。

 もっとも、その炎に込められている魔力は、普通の魔法使いなら全力を振り絞ってもおかしくないだけの魔力なのだが。


『炎の吐息』


 魔法が発動すると同時に、五十の小さな炎は人が走るよりは速いといった速度で飛んでいく。

 そうして最初に炎の一つが穴だらけとなっている扉に触れ……次の瞬間、扉は炎に包まれ、溶ける。

 そうして開いた穴を残りの炎が通り抜け……巨人達のいる場所では、ごく狭い範囲で灼熱の地獄が出現した。

 巨人二人から三人程度の、灼熱地獄。

 それが五十近くも出現したのだ。

 それでいながら、炎が着弾して燃え上がっている範囲以外では、熱が殆どない。

 ……殆どであって、完全に熱を遮断している訳ではないのは、レイが完全に炎をコントロール出来なかったが故か。

 ともあれ、巨人達にとってはまさに地獄でしかないだろう。

 唯一の救いは、扉の外から魔法を放ったことか。

 扉の近くに巨人がいないというのはレイも確認出来ていたので、見えない状態から適当な範囲内に、それでいて壁や天井といった場所にはぶつからないようにして放たれた炎の群れの力は、巨人達にとってはどうすることも出来ない相手だ。

 元々物理的な攻撃や防御に特化している巨人だけに、魔法には酷く弱い。

 レーブルリナ国のような小国、それこそ魔法使いが殆どいないだろう場所であれば、それでも問題はなかったのだろう。

 だが、レイのように魔法を使える敵を相手にした場合、巨人達は酷く脆弱な存在となる。


「いいぞ、行ってくれ。扉の向こうでは巨人達にも大きな被害が出ている筈だ」

「……炎の触れた扉が真っ赤になってるんだけど、本当に大丈夫なのよね?」

「あー……まぁ、扉の隙間から向こうに入れば」


 ヴィヘラの言葉に、レイはそう言って誤魔化す。

 そんなレイを数秒呆れの視線で見たヴィヘラだったが、幸い扉そのものは巨人の攻撃や、何よりレイの黄昏の槍の攻撃で幾つも穴が開いており、人が入る程度は容易に出来そうだった。

 もし黄昏の槍の攻撃をしていなければ、恐らく炎の熱が収まるまでは扉の向こう側に進むのは無理だっただろう。

 そのことを微妙に思いながらも、とにかく今は向こう側に行く必要があると自分に言い聞かせ、ヴィヘラはエレーナに視線を向ける。


「じゃあ、行きましょうか」

「ああ、こちらは問題ない」


 お互いに顔を見合わせ、扉に向かって走り出す。


「一応大丈夫だと思うけど、気をつけろよ!」


 レイの声が聞こえたのか、エレーナとヴィヘラは走りながら軽く手を振り、もしくはレイの方を見て頷く。

 しなやかな肉食獣の如き動きで、二人は扉の向こう側に姿を消す。


(エレーナはともかく、ヴィヘラはあの薄衣を扉に引っかけたりしないかと思ったけど……大丈夫だったみたいだな)


 踊り子や娼婦の如き衣装である以上、ヴィヘラの衣装は非常に薄く、走ったりすれば風に乗って動いたりもする。

 扉の隙間を通っていく時に、もしかして引っかけたりするのでは? と思ったレイだったが、それは特に問題がなかったらしい。


「さて、じゃあ俺達は……どうするか」

「ん?」

「キュ?」


 レイの言葉に、ビューネとイエロがそれぞれ答える。

 尚、イエロはビューネに抱かれており、時折身体を撫でられては気持ちよさそうにしていた。


「このままここで待っているしかないか」


 もしかしたら、ジャーヤに所属している者達がここにやってくるかもしれない。

 ジャーヤの者達がいる場所はマリーナに抑えるように頼んできた以上、心配はない。

 だが、途中で倒した兵士達の中でも、気絶ですんだ者の中にはレイ達がいる場所にやってくるという可能性も皆無ではないだろう。


「いや、ないだろうけど」

「ん?」


 呟くレイの言葉に視線を向けるビューネ。

 それに何でもないと首を横に振り、レイは改めて扉……と呼ぶのは既に難しく、金属の塊と評するのが相応しい物体に視線を向ける。

 その向こう側からは、何かが地面に崩れ落ちる音や、斬り裂かれる音、悲鳴……そして、心底嬉しそうな笑い声といったものが聞こえてきた。

 どれが誰のものなのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだろう。


「……ここで待機するって言っておいてなんだけど、やるべきことがないな」

「ん」


 レイの呟きに、ビューネが小さく返事をする。

 実際、レイがここで待つことにしたのは、ビューネに危険が及ばないようにする為というのが大きい。

 つまり、レイが暇なのは事態が順調に進んでいるということに他ならない。

 それでもこうして暇をしているのは間違いない。


「食うか?」


 取りあえずミスティリングから串焼きを取り出し、ビューネに差し出してみるレイ。

 ビューネは特に何を言うでもなく、あっさりとその串焼きを受け取る。


「キュ!」


 自分も何か欲しい、とイエロが鳴くのを見たレイは、次にサンドイッチを取り出す。

 肉と野菜がたっぷりと入っているサンドイッチは、それこそ一つで腹一杯になってもおかしくないだけの大きさだ。

 だが、イエロにとってはそんなサンドイッチも軽く食べきれる程度なのだろう。

 嬉しそうにサンドイッチを食い千切っては、腹の中に収めていく。

 そんな食べ方を見ると、改めてレイはイエロが黒竜の子供なのだと思う。

 そんな一人と一匹の食事風景を見ながら、レイはもう少し経ったら扉の向こう側を見てみるかと、そう思うのだった。

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