第1579話

 聞こえてきた音から、レイ達は急いで洞窟の中を進む。

 そうしてやがて見えてきたのは、先程までレイ達がいた場所にあったのと同じような巨大な扉だった。

 ただ、明確に違うところもある。

 例えば、扉がかなり歪んでいるといったように。

 そして何より、内部から何かがぶつかっているかのように揺れているところは、明らかに違うだろう。


「やはり、レイの予想は当たっていたか」

「いや、俺が予想していたより、随分と派手なんだけど」


 巨人が暴走するにしても、結局のところ先程レイ達が見たように、兵士達がいなければそこまで大きな騒動にならないのでは? という希望的観測があった。

 だが、こうして見る限り、あの扉の向こう側では間違いなく巨人が暴れている筈だった。

 その暴れている理由が、巨人同士で戦っているのであればいい。だが……


(もし暴走するにしても食う相手がいないから、あそこから出てきて食うべき相手を探すとなると、ちょっと厄介だな)


 巨人が人を食うのは、先程の光景から明らかだった。

 だが、問題なのは巨人が巨人を食うのか。

 レイにしてみれば、出来れば巨人同士で食い合って欲しいというのが正直なところだ。

 あの扉が揺れているのも、その喰らい合いの影響であれば……と。

 だが、もし巨人同士がそのような関係にならず、それどころかある程度の協力関係を得てあそこから出ようとして、その影響が扉の揺れている理由だとすれば……そうなると、扉の向こう側に千匹以上の巨人が蠢いていることになる。

 それも、兵士達を食い殺していたところを見れば、飢餓状態とまではいかずとも、空腹の状態でだ。


「問題なのは、扉を開けた瞬間に俺達を無視して洞窟から出ようとしないかどうかってことだな」

「……なるほど。そうなると、やっぱりマリーナに来て貰った方がよかったんじゃない?」


 扉の向こう側にいるだろう自らの獲物に思いを馳せながら告げられたヴィヘラの言葉に、レイは少し考える。

 ヴィヘラの言葉は、決して間違っている訳ではない。

 もしここにマリーナがいれば、土の精霊魔法を使って壁なりなんなりを築き、巨人の動きを止めるといったことが出来た筈だった。

 もしくは、扉を補強して開かないようにし、巨人を外に出さないといった真似も出来ただろう。

 そうなれば、もしかしたら巨人が餓死するまで待つという手段もあったかもしれない。


(いや、巨人の力なら、扉が開かなければ自分達で壁を掘って脱出する可能性が高い。……下手をすれば天井を崩すという可能性もある。そう考えれば、閉じ込めるというのは下策だな)


 洞窟の崩落というのは、レイにとって可能な限り避けたいことだった。

 巨人のいる空間だけを限定して崩落するのであればまだしも、そのようなことは出来ない。

 マリーナの精霊魔法なら……と思わないでもなかったが、恐らく無理だろうというのがレイの予想だ。


「マリーナがいればよかったけど、そうなると向こうの連中を抑えるのにヴィヘラを置いてくることになったぞ? エレーナは貴族派の代表として俺と一緒に行動している以上、ここでのやり取りを見届ける必要があるし」

「さて、じゃあ早速扉の向こう側に行くことを考えましょうか」


 一瞬の躊躇もなく態度を変えたヴィヘラの言葉に、レイは苦笑を浮かべる。

 ヴィヘラらしいその態度に、ヴィヘラだなぁ……といった思いを抱きつつ、レイの視線は改めて扉の方に向けられる。

 その扉は、内側から殴られた影響で歪んでいる。

 そして歪んでいるということは、扉を開けようと思っても開けられないということを意味しているのだ。


(巨人も扉を開くといった知能くらいはあってもおかしくないと思うんだが。……ああ、でもここが巨人を収容していた場所だとすれば、念の為に内側からは開けられない構造になっている可能性はあるのか)


 扉の方を見ながら呟き、レイはどうするべきかを考える。

 いや、既に巨人を殲滅するというのは決定事項だったが、具体的にどうやるのか、と。


「扉の様子を見る限り、間違いなく扉の前には大量の巨人がいるだろうしな」

「でしょうね。なら、私が何とかしてもいいわよ?」


 自信に満ちた笑みでそう告げたのは、当然のようにヴィヘラ。


「具体的にどうするんだ? 黄昏の槍でも使おうと思ってたんだけど」


 黄昏の槍を投擲すれば、あの程度の扉は容易に貫通するだろうとレイは確信を持っている。

 扉の向こうにいる巨人達にしてみれば、自分達が攻撃している扉をいきなり貫通して黄昏の槍が飛び込んでくるのだ。

 その攻撃を回避するような真似は出来ないだろうし、扉の方も穴は開くだろうが、それはあくまでも黄昏の槍が通れる程度の大きさでしかない。

 そうである以上、当然のように一度の攻撃で扉が壊れるといったことはなく、そして黄昏の槍はレイが念じれば手元に戻ってくるという機能がついている。

 扉が破壊されるまでの間、巨人達は一方的に攻撃され続けることになる。

 ……もっとも、敵の数が千匹程である以上、焼け石に水に等しいのだが。

 それでも、千里の道も一歩からの言葉通り、少しずつであっても倒していく必要があると、そう考えていたレイだけに、ヴィヘラが何を言ってるのかは分からなかった。


「どうにか出来るのか?」

「そうね。レイが黄昏の槍を使う前に、少し多めに敵を倒しておくことは出来るわよ」


 そう言いながら、ヴィヘラはレイの言葉も待たずに扉の前に進む。

 レイが何を言っても、自分はやるべきことをやるだけだと、そう言わんばかりの行動。

 そんなヴィヘラに、レイは黄昏の槍をミスティリングから取り出しつつ、それ以上は何も言わずにヴィヘラが何をやるのかを黙って見る。

 エレーナとビューネの二人も、そんなヴィヘラの様子を黙って見守っていた。

 戦闘を好む性癖の持ち主だが、こと戦闘力という点においては、間違いなく一流……いや、超一流と呼んでもおかしくないだけの技量を持つヴィヘラだ。


(好きこそものの上手なれ、とか。まさにヴィヘラの為にある言葉だよな)


 そんなことを思うレイの視線の先で、ヴィヘラは特に緊張した様子もなくそっと扉に手を当てる。

 その間も、扉は内側からの攻撃で激しく揺れているのだが、ヴィヘラは全く意に介した様子もない。

 扉の周辺にある明かりのマジックアイテムは、内部からの衝撃で既に地面に落ちている。

 それでも壊れたわけではないので、周囲の様子をしっかりと照らしていた。

 踊り子や娼婦の如き薄衣を身につけているヴィヘラだけに、その姿が下から照らし出されるというのは、どこかいつもと違う姿を周囲に見せつける。

 幻想的……そう表現してもいいだろう。

 明かりの位置が変わっただけでしかないのに、そこまで印象が変わるというのは、エレーナやビューネにとっても非常に意外だった。

 ……レイのみは、映画か何かでポールダンスをやっているシーンを以前見たことがあり、その時は下から明かりが照らしているといった光景を見たことがあったので、今のヴィヘラに目を奪われはしても、声も出せなくなるほど……とまではならなかったが。

 揺れている扉に触れたヴィヘラは、そのまま一切緊張した様子もなく、鋭い呼気と共に声を発する。


「はぁっ!」


 どん、と。

 その声と共に周囲に音が響く。

 肉を棒か何かで叩いたかのような、そんな鈍い音。

 そして、扉の向こうからは巨人の悲鳴と、重い何かが倒れる音。


「浸魔掌は、あのようなことも出来たのか」


 しみじみと、エレーナが呟く。

 魔力を使い、相手の体内に直接衝撃を叩き込むのが浸魔掌というスキルだ。

 それがどれだけの威力を誇るのかというのは、その場にいる全員が知っていた。

 だが、扉を通して向こう側にまでその威力を発揮出来るというのは、予想外だったのだろう。

 そんな驚きの声が聞こえたのか、ヴィヘラは再度扉に手を当てながら、艶然とした笑みを浮かべてエレーナ達の方を見る。

 そして驚いているエレーナの様子を見ると満足そうに頷き、再び鋭い呼気と共に浸魔掌を放つ。

 その度に浸魔掌によって扉に触れていた巨人が倒れる音、もしくは倒れた時に扉にぶつかる音が周囲に響く。

 再度笑みを浮かべたヴィヘラは、それから同じことを何度か繰り返す。

 数分、もしくは十分程が経った頃、ふとエレーナが口を開く。


「巨人は、一体何を考えてるのだろうな。扉に触れれば自分達に被害があるのだと、そう理解してもおかしくはない筈だが」

「どうだろうな。扉に触れれば本当にそれだけで自分達が攻撃を受けると、そう理解しているのかどうかは微妙なところだろ。暴走して兵士達を食っていた巨人は、何かを考えているように見えたか? 寧ろ、そういうのを何も考えられなくなるからこそ、暴走と言うんだと思うけど」

「……暴走していて、仲間が倒れてもその理由は気にならないし、気にしないと?」

「恐らくだが。エレーナも今まで幾度となく戦場に出てるんだろ? なら、巨人程ではないにしろ、暴走している奴は見たことがあるんじゃないか?」


 レイの言葉に、エレーナは思い当たることがあったのか、頷く。

 だが、改めて扉の方を見ると、再び口を開く。


「ヴィヘラのやってるのは凄いと思うが、このままだと扉が持たないのではないか?」

「だろうな」


 暴走している巨人達は、それこそ仲間が倒れても一切関係ないと言いたげに扉に攻撃するのを止める様子はない。

 いや、仲間が倒れたことすら巨人達には興奮する為の要素となるのか、扉に対する攻撃はより強烈なものになっている。

 扉は既に完全に歪み、それこそいつ吹き飛ばされてもおかしくはないだろうと、そう思える程の有様だ。

 だが、ヴィヘラはそんなのは関係ないと言わんばかりに、扉を通してその向こう側にいる巨人達を浸魔掌で倒すのを止めない、止めない、止めない。

 次々に放たれた浸魔掌、その回数は既に百近い。

 そこまで連続して浸魔掌を放った経験は、ヴィヘラにもなかったのだろう。

 少し前までは艶然と微笑んでいたヴィヘラも、今は微かに息を切らしている。

 それでもまだ動けない程ではないのは、ヴィヘラの体力が化け物染みているからこそだろう。

 もっとも、本人は化け物染みたと表現されれば心外だと言うのだろうが。


「ふぅ……どうかしら?」

「ああ、もう十分だ。戻ってこい。それ以上そこにいると、色々と危ないだろうし」


 巨人の攻撃により扉は歪み、それこそいつ外れてもおかしくはない。

 扉が破られるといったことはされていなかったが、代わりに扉が嵌まっている洞窟の壁そのものが壊れそうになっていた。

 それこそ、もう数分……もしくはもっと短い時間で、扉はその枠ごと外されてしまうのではないかと、そう思える程に。

 だからこそレイはヴィヘラにそう告げる。

 ヴィヘラも、扉の状態はしっかりと理解していたのだろう。

 やがて扉とレイを順番に見て……そして扉の歪みによって生まれた隙間から、既に我を忘れているかのような巨人の顔が微かに見えると、少し残念そうにしながらも大人しくレイの方に戻っていく。

 ヴィヘラにしてみれば、出来れば先程戦った巨人以上に暴走し、飢餓感によって暴走よりも狂騒とでも呼ぶべき状態になっている巨人と戦ってみたいと、そう思ったのだが。

 それでも、レイの言葉に従ったのは、その方が面白くなると本能で悟っていたからだろう。

 息を切らしているとは思えないような軽い足取り……それこそスキップと間違えてもおかしくないような、そんな動きでレイの側まで戻ってきたヴィヘラは、笑みを浮かべて口を開く。


「それで? これからどうするの? やっぱり黄昏の槍?」

「そうなるな。どのみちあの扉はそれ程経たないうちに壊れる……いや、外れるだろうし」

「……でしょうね。もう少し大人しければ、巨人の数も減らせたんでしょうけど」

「具体的に、どのくらいの巨人を倒したか分かるか?」


 黄昏の槍を構えながら尋ねるレイに、ヴィヘラは少し考え、首を横に振る。


「扉越しだったから、私の一撃で具体的にどれくらいのダメージを与えられたのかは、ちょっと分からないわね。ただ、それでも致命傷を負った巨人はかなりの数になると思うわ」


 直接攻撃をするのと違って、今回の場合は扉というワンクッションがある。

 だからこそ、ヴィヘラも具体的にどれだけのダメージを与えることが出来たのかがわからなかったのだろう。

 ヴィヘラは、戦闘訓練にその辺りも組み込むべきかしら? と検討する。

 ……もしそれをレイが知れば、戦士ではなくて暗殺者の道でも突き進んでいるのかと、突っ込んでいたのは間違いない。

 ともあれ、レイはヴィヘラの言葉に頷き……黄昏の槍を構え、次の瞬間数歩の助走と共に扉に向かって投擲するのだった。

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