第1572話
今回、レイ達がレーブルリナ国までやってきた原因の、ジャーヤ。
リュータスはそのジャーヤを率いている人物の息子ということもあり、色々と聞きたいことがあったのだが……
「残念だけど、それは言えない」
「悪いけど、それは言えない」
「言えない」
ジャーヤについて色々と聞くと、大抵そのような言葉が返ってくる。
だが、それは別にリュータスが意地の悪さや、ましてやレイから何らかの報酬を引き出そうとしてそのように言ってる訳でないのは、レイにも分かった。
何故なら、メジョウゴにある地下施設で情報を聞き出そうとしたところ、あっさりと死んだ人物がいたからだ。
その可能性がある以上、レイ達もリュータスに対して無理に情報を言わせるような真似が出来る筈もない。
(もっとも、リュータスはそれを逆手にとって、答えたくないことは答えていない……って可能性もあるんだよな。厄介なことに)
リュータスに次に何の質問をするのかということで迷ったレイは、自分の後ろで成り行きを見守っていたエレーナ達に話し掛ける。
「何か聞いておきたいことはあるか? 答えるかどうかは分からないけど、聞いておくだけなら無料だぞ」
「別に私も、答えたくない訳じゃないんだけどな。ただ、言えないことがあるというだけで」
レイの言葉に僅かなりとも棘を感じたのだろう。
リュータスは、自分の言葉を弁護するかのように告げる。
「取りあえず、ジャーヤって組織に関する質問は殆ど駄目か。だとすれば……次はこの洞窟だな。千匹を超える巨人がいるって言ってたよな?」
確認を求める意味で尋ねるレイに、リュータスは答えられないと言うのではなく、しっかりと頷きを返す。
それを確認し、レイは本題に入る。
「なら、聞くけど。それだけの巨人の食料はどうしてるんだ? 俺は、あの地下施設で巨人が産まれてくる光景を見た。その時、母親の腹を食い破って出てくると、その死体までも食いつくしていたぞ」
説明しながら、その時の光景を思い出したのだろう。
レイだけではなく、他の者達も……それこそ普段は無表情のビューネですら、不快感に眉を顰める。
「そんな食欲旺盛な巨人を千匹以上。どうやってそれだけの巨人の腹を満たしてるんだ? まさか、洞窟の中にいるコウモリとか、そういうのを食べさせてるって訳でもないんだろ?」
「ああ、それは簡単だよ。巨人は基本的に寝てるんだ。それこそ、こちらから何か命令をするまではな」
「……寝てる?」
そう言われ、レイが思い出したのは黒水晶の周囲で丸くなっていた巨人達だ。
だが、その時は特に何かをした様子がなくても自分に向かって攻撃をしてきた。
それこそ、誰が命令した訳でもなく。
(敢えて誰かが命令をしたって言えば……黒水晶が命令をした、というのが正しいんだろうな)
どのような手段を使ってかは分からないが、黒水晶はレイ達の存在を察知し、自分に危害を加える存在だと判断した。
そして、そのような真似はさせないようにと、巨人達を動かした。
そう考えれば、レイにも巨人が自分達に向かって攻撃してきた理由を理解出来る。
「そう言えば、俺達が黒水晶を見つけた時も巨人は寝ていたが……俺は、あれを何らかのエネルギーを巨人達に与えているように見えた。だが、それはあくまでも巨人が黒水晶の側にあったからこそ出来たことじゃないのか? 黒水晶がないのに、寝ていても巨人の腹は膨れないと思うが?」
「……その辺については詳しく言うことは出来ない」
例によってそう告げてくるリュータスに、レイはまたかと溜息を吐く。
だが、これ以上無理に言わせれば、大事な情報源が死ぬ。
そう思えば、強引に迫ることが出来る筈もない。
「そうか。……あの黒水晶、壊したのは失敗だったな」
正確には、レイが壊そうと思って壊したわけではなく、レイの精神を浸食しようとした黒水晶に対し、防御本能のようなものが働いて炎帝の紅鎧を発動した結果、消滅させてしまったというのが正しいだろう。
「は?」
そんなレイの呟きに、真っ先に反応したのはリュータスだ。
いや、リュータスだけではなく、その周囲に護衛として残っている者達も、レイが何を言ったのか全く理解出来ないといった様子の表情を浮かべる。
「えっと……レイ。私の聞き間違いかもしれないけど、黒水晶を壊したって話を聞いたんだけど?」
「ああ、そうだ」
「……正確には、壊したではなく消滅させたという表現の方が正しいがな」
レイの言葉を補足するように、エレーナが告げる。
消滅? とその言葉を聞いたリュータスは、レイからエレーナに信じられないような視線を向けた。
リュータスはここで改めてエレーナやそれ以外の面々の美しさに目を奪われるが、それでもすぐにその美の呪縛とでも呼ぶべきものから抜け出たのは、リュータスにとって決して聞き逃せない話の内容だからだろう。
黒水晶は、現在のジャーヤの……いや、実質ジャーヤの上位組織であるレーブルリナ国の行動の中心となっている、唯一無二の存在だ。
同時に、今まで多くの者がその能力を解明しようとして、精神を壊されて廃人にされてしまった、超一級の危険物でもある。
当然だろう。巨人を生み出したり、その巨人を操ったり……ましてや、奴隷の首輪を使って相手の意識を変えるような、そんなとんでもない能力を持っている――いた――のが黒水晶だ。
当然のように、レーブルリナ国やジャーヤの人間で、その能力の秘密を解き明かそうと思った者は決して少なくない。
だが、数人の廃人を生み出したところで、黒水晶は解明するよりも利用した方がいいという判断になり、現在の状況となっていた。
その黒水晶を破壊したと、消滅したと聞かされたのだから、普段からどこか飄々とした態度を崩さないリュータスであっても、驚くのは当然だろう。
リュータスの護衛として集まっている者達ですらその話を聞いて驚いていたのだから、その衝撃がどれ程のものだったかの証となる。
「信じられない……いや、異名持ちの冒険者だから、そのくらいは出来ても当然なのか? それでも……やっぱり、信じられない」
改めてレイの……異名持ちの冒険者がどのような存在なのかを目の前に突きつけられ、リュータスはただ驚くしか出来ない。
ジャーヤを率いている者の息子として、リュータスも今まで色々な冒険者と会ったことはある。
それでも、結局はレーブルリナ国のような小国にいる冒険者だ。
腕利きだと言われても、それこそジャーヤにいる精鋭達に比べると数段腕が落ちる程度の技量しか持っていないという者も珍しくはなかった。
だが、目の前にいる人物……否、人物達は違う。
レーブルリナ国にいる腕利きの冒険者という訳ではなく、ミレアーナ王国という大国の中でも屈指の技量を持つ冒険者達なのだと、改めてそう実感することが出来たのだ。
もっとも、そんな風に思われたレイ達は、リュータスの様子を特に気にするでもなく、これからどうするかを話し合っていたのだが。
「どうする? ここで迂闊なことを聞けばリュータスを殺してしまうだろうし……そうなると、何だか後で色々と不味そうな気がしないか?」
リュータスも、レイが嫌悪感を抱いているジャーヤという組織の一員であることは間違いない。
いや、組織の一員である以前に、ジャーヤを率いている者の息子なのだ。
それでも、何故かレイは他の者達のようにリュータスを殺しても構わないとは、思わなかった。
だからといってジャーヤという組織を許容出来るのかと言われれば、即座に否と答えるのだが。
「そうね。ここでのやり取りもそれなりに時間が経ったし、中でも迎撃の準備をしていると考えてもおかしくはないわ。なら、いっそのこと人質として連れていくのはどう?」
「……人質、ね。それは構わないけど、もしそんな真似をしようとすれば、あの護衛達が抵抗してくるわよ?」
ヴィヘラが少しだけ興味深そうに、リュータスの周囲にいる護衛達に視線を向ける。
レイと戦った人物は、かなりの技量を持つ相手だった。
それと同等の……もしくは多少劣る技量ではあっても、戦えるのなら戦ってみたい。
そう思っての言葉。
赤い舌が、淫靡に唇を舐める。
そんなヴィヘラの様子に、リュータスの近くにいる護衛達は……そして、先程の一件以降は姿を隠してリュータスを守っている護衛達も、ただ背筋に冷たいものを感じる。
それこそ、まるで肉食獣の前に放り出された草食獣であるかのように。
だが、そんな恐怖とも畏怖ともつかない思いは、次の瞬間にエレーナが口にした一言で収まる。
「ヴィヘラ、その辺にしておけ」
「あら、ごめんなさいね。ついつい」
本人に相手を威圧するといったつもりはなかったのだろうが、それでもヴィヘラから放たれた獰猛な戦いを求める気配は、護衛達を萎縮させるのに十分だった。
(レイとはまた違った意味で問題児だな)
ヴィヘラに注意しながら、エレーナはつくづくそう考える。
普段はそれなり……あくまでもそれなりに常識的なヴィヘラだったが、それが戦いに関することになると、その常識も吹き飛んでしまうのだ。
「で、リュータスは取りあえずここに置いていくってことでいいのか? それとも情報は話せないだろうけど、何かあった時の為に連れていくか?」
「それもいいけど、人数が多ければこっちにとっても色々と不利になるわよ? ましてや、リュータス一人だけを連れていくなんて真似は護衛が許さないだろうし」
マリーナの視線が、リュータスの周囲にいる護衛達に、そして周囲に隠れている他の護衛達の耳に届く。
それを聞くと、数秒前にヴィヘラに対して恐怖……いや、畏怖を抱いていた護衛達は、それぞれ我を取り戻して頷きを返す。
自分達は護衛としてリュータスを守る必要があると、そう判断してのことだろう。
実力に見合っていないという見方も出来るが、それでも自分に任された仕事をしっかりと行うというのは、それを見ている者に好感を抱かせる。
(まぁ、それでジャーヤなんて組織に協力してるのは微妙だが)
そんな風に思いつつ、これから先のことを考え……やがてレイは首を横に振る。
「他の奴も連れていくとなると、色々と面倒がありそうだから止めておいたほうがいいか」
リュータスはともかく、護衛の方にはリュータスのやり方を不満に思っている者もいる。
それは、先程レイに向かって襲い掛かってきた人物がいたことでも明らかだ。
未だに気絶から目が覚めた様子がない男を一瞥し、レイはそう告げる。
自分達が疑われたということについて、リュータスの側にいる護衛達は若干不満そうな様子を見せてはいたが、それでも実際に不満を口にする様子はなかった。
「となると……この洞窟の中のことを聞くのは問題ないか?」
「ああ、それは問題ないよ。ただ、別に言う程この中が広いって訳じゃない。簡単に言えば、洞窟を入って暫く進むと分かれ道がある。それを左に進むと、ジャーヤの者達がいる場所に到着する。そして右に進めば、巨人達がいる場所に到着する」
「……随分と単純なんだな。洞窟ってこともあって、中はかなり入り組んでるんだとばかり思ってたけど」
レイが知っている洞窟というのは、それこそ文字通り迷路のようになっている……というものが多い。
もっとも、その知識にしても自分の目で確認したという訳ではなく、日本にいる時にアニメや漫画、小説といったもので得た知識なのだが。
この世界にやって来てから、盗賊のアジトとなっているものを含めて幾つか見てきた洞窟は、大抵がそこまで複雑なものではなかった。
「まぁ、巨人を大量に受け入れることが出来るような場所はそうそうないからな。ここが一番広い場所だったんだ。ああ、それと当然だけど洞窟は下りになっているから気をつけた方がいい」
そう言われれば、レイも納得するしかない。
実際、巨人が千匹以上もいるとなると、そうどこにでも集める訳にいかないのは間違いない。
そのような真似をすれば、間違いなく巨人の存在が露呈するのだから。
現在もレジスタンスに巨人の存在が知られているのは間違いないが、それはあくまでもレジスタンスや、それに近しい少数の存在だけとなる。
だが、その辺に適当に巨人を集めておけば、間違いなく様々な者達に知られるだろう。
ジャーヤとしても、そしてレーブルリナ国としても、そのようなことは認められる筈もない。
「それで、中にはどれくらいの人数がいる?」
「二十人くらいだな。ああ、勿論護衛は抜かしての人数だが」
二十人。
その人数が多いのかどうかは、レイにも分からない。
だが、メジョウゴにあった地下施設には殆ど人がいなかったのを思えば、多いといえるのかもしれない。
(もっとも、俺達の襲撃があったから殆どの研究者達を避難させたんだろうが)
そう思いながら、レイは洞窟の中について他に色々と聞いていくのだった。
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