第1534話

 レイの推論と、エレーナの常識的に考えれば一国の上層部がそのような行為に手を貸すとは思えないという発言。

 その言葉に、レイ達が座っている席には沈黙が満ちる。

 聞こえてくるのは、レイ達以外の客が話している、食堂のざわめき。

 レイ達がどのような人物なのかと話をしている者もいれば、エレーナ達の美貌にうっとりしている者、ノーコルが口説くのに失敗するかどうかを賭けている声……といったざわめきだ。

 マリーナの精霊魔法により、レイ達の会話は周囲に聞こえていない。

 それこそ、何か適当な話をしているような、別の会話が聞こえている筈だ。

 それが分かっていても、レイ達は迂闊に言葉を発することが出来なかった。

 本来であれば、この場にいる者――ノーコル以外――がレーブルリナ国にやって来たのは、ギルムにちょっかいを出したジャーヤに対する報復措置だった。

 だが、実際に来てみれば、そこで行われているのは一つの組織ではなく、小国とはいえ一国の上層部が関わっているだろう陰謀。

 言葉に詰まってしまうのは、当然でもあったのだろう。

 そんな沈黙を破るように口を開いたのは、レイだった。


「さて、それでこれからどうする?」


 小国であっても一国を揺るがす事態にも関わらず、そこまで緊張した様子を見せずに呟くその姿は、レイのことをよく知らないノーコルにとっては驚くべきものだった。

 普通であれば、事態の大きさに多少なりとも怖じ気づいてもおかしくはないのだ。

 にも関わらず、レイの口調には若干緊張したところはあるが、その程度でしかない。

 もっとも、レイにとっては一国の去就に関わるのは今回が初めてではない。

 レーブルリナ国のような小国ではなく、それこそミレアーナ王国と並び立つだろうベスティア帝国の内乱にも関わった……いや、それどころか中心的な戦力として活動したこともある。

 それに比べれば、この程度の騒動は驚きはするが、怖じ気づいたりといった真似をする程ではなかった。

 そんなレイの態度に、周囲を覆っていた緊張が解れる。


「そうね。問題なのは……やはり私達だけでこれを解決してもいいのかどうかということかしら」


 マリーナの口から出た言葉に、ノーコルは不安そうな表情を浮かべる。

 当然だろう。ノーコルにとっては、レイ達には是非ともレジスタンスと共に行動し、不足している戦力を補って欲しいのだから。

 そんなノーコルの様子を気にした様子もなく、レイ達は会話を続ける。


「ふむ、では私がアーラに聞いてみよう。そうすればアーラからダスカー殿に伝わる筈だ。そこからどうするかの指示を仰ごう。いや、もしくはダスカー殿の前に対のオーブを持っていって貰って、直接事情を説明した方が早いか?」

「ま、それがいいでしょうね。こっちで派手に動いて、結果としてレーブルリナ国が壊滅しようものなら、ちょっと洒落にならないもの」


 冗談半分で告げるマリーナだったが、その切れ長の目には冗談を言っているような色は一切ない。

 レイの実力があれば……そして自分達の力があればレーブルリナ国を崩壊させるようなことはそう難しくないと、理解しているのだ。


「取りあえず、どこまでやるのかはダスカー様に聞くとして……安心しろ。国を相手にまでするかどうかは分からないが、ジャーヤに対する報復だけは間違いなくやるから」


 そう告げるレイに、ノーコルは安堵した様子を見せる。

 取りあえず、現在の戦力不足のレジスタンスが一息吐けるのは間違いないと判断してのことだ。


「ありがとうございます。では、レイ殿達との間に協力関係を結ぶことは出来ると、そう思ってもいいでしょうか?」

「そうだな。ただ、俺達に時間的な余裕はあまりない。だから、出来るだけ早くジャーヤを叩きたいんだが……可能か?」

「それは……残念ながら私にも分かりません。レジスタンスの方に知らせはしますが」


 時間がないというレイの言葉に、ノーコルが少しだけ意外そうな表情を見せる。

 レイ達程の腕利きであれば、それこそ何か急がなければならないことがあるとは思えなかったからだ。

 いや、正確には急がなければならないことがあっても、レイ達程の実績があれば、それをどうにかするのは難しくないと思った……というのが正しいだろう。

 ……もっとも、時間がないと言っている理由が、実はギルムの増築工事にあるというのはノーコルには理解出来なかっただろうが。


「ああ、頼む。取りあえず俺達がやるのはジャーヤに対する報復だ。そして報復対象は、メジョウゴの地下施設」


 そう告げるレイの表情に、苦い色が混ざる。

 もしレイが予想したことが的中しているのであれば、その地下施設はまさに地獄と呼ぶに相応しいだけの場所だからだ。

 だが、地下施設がそのような場所であるのなら、ジャーヤにとって――そしてレーブルリナ国にとっても――非常に重要な場所だというのは間違いない。

 そもそも、それ程に重要な場所だからこそ、地上からはそう簡単に移動出来ないように幾つもの建物がそこを守っているのだろうが。


「問題なのは、その地下施設がレイの予想した場所だとすると、上空から魔法を使って施設そのものを燃やす……といった真似が出来ないことだろうな」


 エレーナの言葉に、その場にいた全員が頷く。

 もしそこに妊娠している女が集められているのだとすれば、それは奴隷の首輪を使って無理矢理そこに連れてこられた女達だ。

 そのような女達がいる場所を燃やすなどという真似をする訳には、絶対にいかなかった。

 悪党の命は失われても別にどうとも思わないレイだったが、相手が何の罪もない……それどころかジャーヤに強引に連れてこられた被害者となれば、話は別だ。

 その被害者を巻き込んで殺そうなどとは、とてもではないが思えない。


「となると、やっぱり私達が直接その施設に忍び込んで暴れる……という方向かしら」


 ヴィヘラが口元に好戦的な笑みを浮かべながら、そう告げる。

 巨人というのが具体的にどれくらいの力を持っているのかは、ヴィヘラにも分からない。

 だが、それでも強敵であるのは間違いないので、その巨人との戦いはヴィヘラにとって待ち遠しいものがある。

 もっとも、その巨人が生まれた経緯がもし本当にレイの予想通りだとすれば、若干思うところがないでもないのだが。


「そうなるだろうな。そして、時間を掛ければ掛ける程、娼婦達の命が失われていく。いや、本当にその巨人を産んだのが娼婦かどうかは分からないし、巨人を産んだからといって死ぬとも限らないが」


 レイの言葉に、ノーコルは小さく息を呑む。

 自分の行動が、ここまで大きく事態を動かす切っ掛けになるとは、思わなかった為だ。


「申し訳ありませんが、私はレイ殿の推測と行動方針をレジスタンスの方に知らせてきます。もしレイ殿の推測が間違っていない場合、それはこの国にとって致命的な被害となるかもしれませんので」

「だろうな」


 ノーコルの言葉に頷きつつも、レイは既に今の時点でレーブルリナ国にとっては致命的な事態になっているのではないかという思いがあった。

 そもそも、ジャーヤとの間にこの国の上層部が協力関係を結んでいる時点で、国としてのダメージは大きい。

 ましてや、ジャーヤは他国から強引に連れてきた女を、半ば生贄の如く扱い、巨人を産みだして……否、生み出している可能性が非常に高い。


(国の上層部とはいっても、具体的にどの辺りの者達が協力しているか……というのも、この場合は問題になってくるだろうな)


 もし、国王が何も知らないのであれば、何とか国の形を保つことは出来るかもしれない。

 だが、国の長たる国王までもがこの企みに加わっているのであれば……この騒動の結果がどこまで広がるのか、レイにも予想出来ない。

 それこそ、下手な舵取りをすればレーブルリナ国そのものが潰され、ミレアーナ王国に吸収されるという可能性すらあった。

 ノーコルもそれは望まないのだろうと、レイは頭を下げて去っていくノーコルの姿を見送る。

 そうしてノーコルがいなくなったのを見計らい、ヴィヘラが口を開く。


「それで、レイは今回の件をどう思っているの?」

「どう思っているって言ってもな。……正直なところ、ここまで大事になるとは思ってなかったからな。ダスカー様からの連絡待ちだ。エレーナ、頼む」

「うむ。この食事が終わったら、すぐにアーラに連絡を入れよう。この件はかなり重要だから、早ければ今夜中にでもダスカー殿からの指示を聞くことが出来るだろう」


 増築工事の件で仕事が大量にあるダスカーだったが、この一件を知れば更にその仕事が忙しくなることは間違いない。

 勿論それは決して悪いことではないのだが、ダスカーの忙しさという一点においては、決して良いことだけではない。

 レイもそれは理解していたが、現在レーブルリナ国で起きている事態は自分達だけで判断出来るようなことではないのは間違いなく……結局ダスカーに判断して貰う必要があった。


「頼む」


 だからこそ、エレーナの言葉に短くそれだけを答える。

 レイに頼られたのが嬉しかったのか、エレーナは笑みを浮かべつつ口を開く。


「任せろ。もっとも、レイが対のオーブをアーラに貸してくれたからこそ出来る手段なのだがな。そういう意味では、私が褒められるのは……ちょっとどうかと思うぞ」

「あら、折角レイに褒めて貰ったんだから、素直に喜んでおけばいいのに」


 マリーナが面白そうな笑みを浮かべつつ、そう告げる。

 この国が存亡の危機にあるにも関わらず。レイ達の中にはそこまで悲壮な様子はない。

 これは、レイ達が元々このレーブルリナ国の国民ではないというのも関係しているのだろう。

 また、ここで自分達が深刻な表情を浮かべても、それでどうにかなる訳ではないという思いもある。

 であれば、ここは明日の為に少しでも英気を養っておく方がいいと、そう考えたのだ。

 そうして食事が終わると、マリーナは精霊魔法を解除する。

 これにより、今まで中では何を言っても問題はなかったが、これからはきちんと内容を考えて喋らなくてはならなくなった。


「……うん?」


 ふと、レイが異変に気が付く。

 周囲にいる客達が、何故か自分を感心しているような目で見ていることに。

 だが、レイも注目されることには慣れている。

 そのまま視線を気にせず、自分の泊まっている部屋に戻る。

 そして、当然のようにマリーナとヴィヘラ、ビューネの三人がレイの部屋に入ってきた。

 尚、エレーナのみは早速アーラに今回の一件を知らせる為に自分の部屋にいる。

 別に対のオーブを使うのであれば、自分の部屋で使ってもいいのでは? と思わないでもないレイだったが、何故かそれを言うとエレーナは白い頬を真っ赤に染めて睨んできたので、それ以上は口にするのはやめておいた。


「あー……それにしても、ただ報復に来ただけなのに、こんな面倒に巻き込まれるとは思ってなかったな」


 床に座り、壁に背を預けながら、レイは溜息と共に呟く。

 報復をするというだけであれば、そこまで面倒なことではない筈だった。

 だが、報復をすれば無関係の……いや、ジャーヤによる被害者とも呼ぶべき者を大量に巻き込みかねない以上、簡単にそのような真似が出来る筈もない。


「そうね。でも、レイにとってはマジックアイテムを手に入れられそうだし、よかったんじゃないの?」

「マジックアイテムって言ってもな。奴隷の首輪とか手に入れてもどうしろと?」


 レイの言葉に、マリーナはそうよね、笑みを浮かべる。


「レイは奴隷を欲しがらないもの。普通なら、奴隷を欲しがる人は多いんだけど」


 そのマリーナの言葉は、紛れもない真実だった。

 レイは捕らえた盗賊を奴隷として売るということはあるが、本人に奴隷を欲しいという欲求はない。

 これは別に、レイが日本人として生きてきた記憶があるから……という訳ではなく、ただ何となく、あまり奴隷という存在を好きになれないからというのが大きい。

 冒険者の中には、奴隷を労働力として使っている者も少なくないのだが……レイの場合、奴隷を使わなくても何も問題がない。

 パーティを組む前はセトに乗って移動していたこともあり、奴隷がいても足手纏いにしかならなかっただろう。

 そして今は、紅蓮の翼というパーティを組んでおり、全員が様々なことが出来る。

 特にマリーナの精霊魔法は、レイから見れば万能と言ってもいい程の力を有している。

 そのような状況で奴隷が欲しいかと言われれば……


(ああ、盗賊の奴隷がいれば、ビューネの技量を上げてくれるか。そういう意味では欲しいけど……別にそれは、奴隷じゃなくてもいいしな)


 盗賊ではあるものの、冬に行われたヴィヘラとの特訓により、戦闘に特化した能力を持つビューネ。

 出来れば、ビューネにはきちんと盗賊としての能力も備えて欲しいと、そう思うレイだった。

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