第1533話

 ウンチュウから紹介されてきた。

 そう男が言うのを聞いたマリーナは、素早く精霊魔法を使って自分達の会話が周囲に漏れないようにする。

 ……それでいながら、風の精霊の力でレイ達の会話を適当に別の話として聞こえるようにしている辺り、マリーナの精霊魔法を使う技量が圧倒的に優れていることの証なのだろう。

 マリーナが頷いたのを見て、レイは口を開く。


「ウンチュウからってことは……レジスタンスの件か?」

「はい。私はノーコルと言い、ロッシでレジスタンスに協力しています」

「協力? つまり、レジスタンスの一員ではないと?」


 疑問を口にしたレイの言葉に、ノーコルは頷きを返す。


「はい。正確には私はレジスタンスのメンバーではありません。……こちらは、いつでもレジスタンスに所属する気持ちはあるのですがね」


 心の底から残念だと言いたげなノーコルだが、その表情には悲しみの色がある。


「何かあったの? 見たところ、訳ありのようだけど」

「……レジスタンスの協力者ってだけで、十分訳ありだと思うけど」


 マリーナの言葉に、ヴィヘラがそう呟く。

 そんなヴィヘラの言葉が聞こえたのか、ノーコルは気分を切り替えるように言葉を続ける。


「実は少し前に、レジスタンスの拠点の一つがジャーヤの手の者に襲撃され、結果としてレジスタンスの戦力は大きく減りました。それでレジスタンスの上層部は心を折られ……現在は若手が主に動いています」


 その言葉に、ノーコルの気分は切り替わったのだろう。

 ただし、その気分は苦虫をかみ潰したかのような、そんな気分だが。

 実際、レジスタンスが失ってしまった戦力は非常に大きい。

 レジスタンスの主力とも呼べる者達が集まっていた場所に襲撃をされ、それが半ば全滅したのだ。

 一応生き残った者もいるが、それはほんの少数。

 軽傷や無傷で済んだ者など、その少数の中でも更に少数だ。

 結果として、レジスタンスの戦力は大幅に縮小し、それにより当時レジスタンスの上層部だった者達の心が折れてしまったのだ。


「特に痛かったのが、レジスタンスの中でも最強……それこそランクC冒険者と戦って勝ったことがあり……レイ殿に言うのもなんですが、ランクB冒険者と戦っても勝てるかもしれない、ズイルという男がいたのですが……」


 首を横に振るノーコルの様子を見れば、そのズイルという男がどのような目に遭ったのかは、その場にいる全員が容易に想像出来た。

 だが、ノーコルの説明を聞き、レイ達は全員が疑問を抱く。


「レーブルリナ国に、そこまで強い奴がいるのか? 取りあえず冒険者の質が低いのはギルドで見て、大体分かったけど。ああ、でもメジョウゴではオークに似た女を見たな。結構強そうだった」

「ああ、それはルーライナですね」


 オーク似の女という言葉であっさり名前が出てくる辺り、有名人なのは間違いないのだろう。


「ルーライナはジャーヤの中でもかなりの腕利きとして知られています。ですが、レジスタンスを襲ったのは……ルーライナではありません。私も人伝の話なので正確には分かりませんが、何でも襲ってきた相手はかなりの巨体だったとか」

「……巨体?」


 レイの身長が小さいということもあるのだが、基本的にこの世界の人間には身長の高い者が多い。

 モンスターと戦わなくてはならないことが関係しているのか、それとも魔法が何か関係しているのか……その辺りはレイにも分からなかったが、ともあれ基本的にこのエルジィンの住人はレイから見ても高身長と呼ぶに相応しい者が多い。

 二m越えの者がそれ程珍しくないこの世界で、巨体と言われたレイが思い浮かんだのは、人間ではなく以前戦ったオーガやサイクロプスといったモンスターだった。


「はい。私より頭二つ分程大きい、という話です」


 その言葉に、レイは先程近づいてきた時に見たノーコルの身長を思い出す。

 ノーコルより頭二つ分大きいとなれば、それは二m半ば……いや、三m近いだろう。

 オーガやサイクロプス程ではないが、人間としてみれば明らかな巨体だった。

 勿論それが本当であれば、の話だが。

 ノーコルが直接見たというのなら、まだ幾らか信じることも出来るだろう。

 だが、人伝での話となれば、それはどうしても疑わざるを得ないのも事実なのだ。

 もっとも、今の状況でその話を信じられるのかどうかといったことを言っても、意味はない。

 どのような情報であろうとも、まずはその情報を集めることが最優先でもあった。


「その巨人……いや、巨人と呼ぶにはちょっと小さいかもしれないが、ともかくその巨人一人にやられたのか? 巨人は強かったかもしれないが、それでも一人にやられるのは……」


 一瞬一人と一匹とどっちで表現するか迷ったレイだったが、ノーコルの話からモンスターではなく人なのだろうと判断し、一人と表現する。

 そう告げたレイだったが……ノーコルから返ってきたのは、首を横に振るという行為だった。


「いえ、一人ではありません。何人も……最低でも十人以上はいたそうです」

「……は?」


 ノーコルの言葉に、レイの口から間の抜けた声が出たのは当然だろう。

 身長三m近い人物が、一人いるだけならまだ納得出来る。それが二人でも何とか納得は出来るだろう。

 だが、それが十人ともなれば違和感しかない。

 ただでさえ、身長三m程の人物はかなり珍しいと思えるのに、何故それが十人以上も? と。


「それは……幻覚とか、もしくは人間じゃなくてオーガとかの小さい個体とかじゃないのか?」

「いえ、顔は人間のものだったと。……ただ……」


 言いにくそう、もしくは言っても信じて貰えなさそうといった感じのノーコルだったが、意を決したように言葉を続ける。


「その、こちらもあくまでも聞いた話ですが、巨人の顔は全てが同じだったと」

「……は?」


 レイの口から再度漏れる、間の抜けた声。

 一瞬冗談か何かなのかと思ったレイだったが、ノーコルは視線はいたって真面目で、とてもふざけているようには見えない。


「えーと、それは……例えば双子……いや、この場合は十人以上いたんだから、何て言えばいいんだ? 十子? ともあれ、そんな感じじゃなくてか?」

「あのね、レイ。双子や三つ子ならまだしも、普通なら十人を一気に身籠もるなんて真似は不可能よ。ましてや、全員が巨人と呼ばれるくらいに大きいんでしょ? だとすれば、生まれた時からある程度身体が大きくてもおかしくはないわ」


 そう告げてくるヴィヘラの言葉に、レイはそうなのかと頷く。

 妊娠というのは女にのみ許された行為で、男のレイにとってはまるで理解出来ない……そう、神秘と呼ぶに相応しい行為なのだ。

 女のヴィヘラがそう言うのであれば、レイもそう納得せざるを得ない。

 実際、他の面々に視線を向けても、エレーナとマリーナの二人も頷いていた。

 ビューネのみはまだ子供で、その辺りについてはよく分からないのか、首を傾げていたが。


「けど……じゃあ、何で同じ顔を持つ巨人がそんなに複数現れるんだ?」


 純粋な疑問といった様子で尋ねるレイに、ノーコルは首を横に振る。

 身体が巨大だということは、それだけで強力な武器となる。

 勿論一定以上の強さを持つ者……それこそこの場にいるレイ達のような存在には勝てないかもしれないが、一定以下の実力を持つ者に対しては強力無比な存在となることを意味していた。

 実際、レジスタンスの主力が一方的に蹂躙されたというのだから、そんなレイの予想はそれ程間違ってはいないだろう。


「同じ顔……それがヒントになりそうなんだが。……うん? 同じ顔……同じ顔? 同じ顔だと!?」


 ふと、同じ顔と口にしていたレイが、何かに気が付いたかのように力を込めて呟く。

 その鋭い言葉は、何も知らない者であればそれだけで気絶してもおかしくはない……それだけの迫力を持っていた。

 だが、周囲から視線を向けられているのにも気が付かないまま、レイは思考に耽る。


(俺が使っているこの身体は、ゼパイル達が作り出したものだ。であれば、科学と魔法の差はあっても肉体を作り出すことは不可能じゃない。つまり、ホムンクルスとかそういうのがあっても……)


 そう思うレイだったが、それでも疑問は残る。

 そもそも、魔人と呼ばれる程の力を持ったゼパイルと、その一門の者達……史上類を見ない程の、天才の中の天才達が集まり、力を結集したことでようやくレイの身体は生み出されたのだ。

 それと同じ……とまではいかないが、似たようなことが何故レーブルリナ国という小国の、それも幾ら大きくとも、所詮は裏組織でしかないジャーヤに出来る? と。

 とてもではないが、普通に考えてそのようなことが出来るとは思えない。


(となると、純粋に魔法や錬金術の技術以外に何か……幾ら奴隷の首輪とかを大量生産出来るような技術力があっても、そんな真似が出来るとは……待て。奴隷の首輪?)


 考えている途中で、ふと何かレイの勘に触れるものがあった。

 奴隷の首輪、他の国から強引に連れ去ってきた女の意識を変える能力、意識を変えられる女が望むのは娼婦。……そして……メジョウゴで自分に絡んできた冒険者の男が言っていた、お気に入りの娼婦がいなくなったという言葉。

 既に何十人、何百人と女を連れ去り、メジョウゴに入りきらない筈なのに、全く問題なくメジョウゴが運営されていること。

 それら全てを総合すると……レイの中に、嫌な……それこそ非常に強い嫌悪感を抱くような考えが浮かぶ。

 レイの顔を見て、その考えが纏まったと判断したのだろう。静かに様子を見ていた中で、全員を代表するようにエレーナが口を開く。


「レイ、何か思いついたのであれば教えて欲しい。それが、今の状況を打破するための一助になる可能性は捨てきれないのだからな」

「……分かった。けど、正直なところかなり胸糞悪い話だぞ? それでも聞くか? ……取りあえずビューネには聞かせない方がいいと思うくらいには」


 その言葉に、全員がビューネに視線を向けるが……視線を向けられた本人は、串焼きを手にしたまま首を横に振る。


「ん」


 いつも通り小さく呟くだけだが、珍しくレイにもビューネの言いたいことは分かった。

 自分も聞くと、そう告げているのだ。

 ビューネも、まだ若い……いや、幼いとはいえ、冒険者だ。

 それも迷宮都市で、今よりも更に幼い頃からソロで活動してきた経験を持つ。

 また、生まれの関係もあり、今まで随分と汚い光景も見てきている。

 そんな自分が仲間外れにされるというのは、ビューネにとっては愉快なことではなかった。

 表情はいつもと殆ど変わっていなかったが、それでもビューネとある程度の期間共に行動しているレイ達であれば、微かに眉を顰められているのが理解出来る。

 そんな視線を向けられ、やがて根負けしたのはレイだった。

 そうして、小さく溜息を吐いてからレイは口を開く。


「恐らくレジスタンスを襲ったという巨人……それを生み出した……いや、文字通り産みだしたのは、娼婦だ。そして娼婦はそれを産む為に犠牲になっていると考えてもいい」


 レイの言葉に、それを聞いていた者全員が息を呑む。

 いや、ノーコルだけが小さく驚きはしているものの、それだけだ。

 そんなノーコルの様子を見て、レイは恐らく自分と同じ考えを抱いていたのだろうと、そう理解する。

 もっとも、ここまで露骨にヒントが転がっているのだ。

 レジスタンスとして――本人曰く協力者だが――ロッシで活動しているのであれば、レイと同じ結論に辿り着くのはそう難しくない話だろう。


「やはり、ですか。……正直、それを疑っていなかったと言えば嘘になります。ですが、そのようなことが出来るかどうかと言われれば……正直なところ、分かりません」


 ノーコルが難しい表情を浮かべ、レイに尋ねる。

 情報収集要員としては優秀なノーコルだったが、魔法や錬金術についてはそこまで詳しくないのだろう。

 だからこそ、恐らくそうだろうという予想はしておきながら、確証は得られなかった。


「可能かどうかで考えれば……恐らく可能だとしか言えないな。もっとも、俺はその具体的な方法を知ってる訳ではないけどな。けど、そう考えれば辻褄は合う」

「……だが、そのような悪逆なことに、レーブルリナ国の上層部が関わっているのか? そのようなことをしているのだと知られれば、それこそ大きな騒動になるぞ? それこそ、例え一国の国王であろうと、どうしようもない程に」

「だろうな」


 エレーナの言葉には、誰も異論がない。

 それこそ、皆が納得したようにその言葉に頷いていた。

 しかし……そんな中、レイはもしかしたらということを思いついていた。

 このレーブルリナ国は従属国……それも、ミレアーナ王国の従属国の中でも、下から数えた方が早い小国だ。

 そのような小国の上層部が裏の組織と手を組んでまでやろうとすることは……そう多いとは思えなかった。

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