第1502話
レーブルリナ国に行って欲しい。
そうダスカーから聞かされたレイは、やっぱりなという思いの方が強かった。
アジャスの一件、裏で糸を引いていた――正確にはそれを命じていた――組織が本拠地としているのが、レーブルリナ国。
正確には、レーブルリナ国の首都ロッシ。
ミレアーナ王国の従属国にすぎない小国が、わざわざ宗主国の……それも三大派閥の一つ、中立派の中心人物ダスカーが治めるギルムで騒動を起こしたのだ。
このままダスカーが何もしなければ、ギルムは侮られる。
そして侮られれば、より多くの悪意を持つ者を呼び込むことになるだろう。
そうである以上、きちんと落とし前は付ける必要があった。
それもミレアーナ王国としてではなく、中立派のダスカーとして、だ。
他の面々からそうなるだろうという話は聞いていた以上、ここでダスカーがその話をしてくるのは不思議なことではない。
いや、寧ろアジャスの一件から考えると、思った以上にその話が出てくるのが遅かったと言ってもいい。
「それは分かりますけど……」
ダスカーからの要請に、最初に言葉を発したのはレイ。
エレーナとアーラ以外の面子……ランクBパーティ、紅蓮の翼のパーティリーダーは、一応レイということになっている。
そうである以上、やはりここで口を開くべきなのはマリーナでもヴィヘラでも、ましてやビューネでもなく……レイの仕事なのだろう。
「レーブルリナ国までは、馬車で移動してもかなりの時間が……それこそ一ヶ月以上は掛かると聞いてます。だとすれば、当然そんなに時間を掛けられない以上、行くのは俺になると思うんですが……」
セトに乗って移動するレイだけにレーブルリナ国に行って貰うのであれば、何故他の面子を……ましてや、レイ達とは親しくても紅蓮の翼とは関係のないエレーナまで呼んだのか。
そう疑問を抱くレイの言葉だったが、当然ダスカーはそれを予想していた。
「レイの実力は、これ以上ない程に信頼している」
ダスカーの口から出た言葉は、言葉通り信頼に満ちたものだった。
当然だろう。レイが実際にどれだけの実力を持っているのか、ベスティア帝国との戦争では直接その目で見たのだ。
ましてや、ダスカーはギルムの領主という関係上、レイの活動を知ることも難しくない。
自分の目で見て、下から上がってくる情報を聞いて……そのようなことから、当然のようにレイの実力がどれだけのものであるのかというのは、理解していた。
恐らく……いや、間違いなく、ギルムにいる者の中でもレイの実力について詳しい人物の中ではトップクラスに入るだろう。
それでも、レーブルリナ国に向かうのはレイだけでは色々と手に負えなくなるという予想がダスカーの中にある。
特に今回のような犯罪を企む組織だ。当然のように後ろ盾となっている貴族や、繋がっている貴族といった者達はいるだろう。
そのような者達を相手にレイが暴れた場合、後日ミレアーナ王国の失点となる可能性もある。
勿論明確な証拠や証人を確保した上であれば、その辺りは問題ないのだが……ダスカーの目から見て、レイは戦闘という一点においてはこれ以上ない信頼を置ける人物ではあるが、何かをこっそりと調べるのには向いてないように思える。
そういう意味で、レイ以外にも一緒にいって欲しいという思いがあったのだろう。
「だが、向こうでは何があるか分からない。そうである以上、やはりレイ以外にも人手はあった方がいいだろう?」
「それはまぁ、マリーナ達がいれば色々と助かるのは事実ですけど」
マリーナは強力な精霊魔法の使い手で、様々な場所で役立ってくれる。
ヴィヘラは、戦闘力においては非常に頼りになる。
ビューネは、盗賊という特殊な技能を持っている。
そんな三人は、間違いなく一緒に行動すれば役に立つだろう。
それは間違いない。そう断言出来るレイだったが……
「じゃあ、馬車で行くんですか?」
結局そこに戻ってくる。
短い距離であれば、それこそセトの足に掴まって移動してもいいだろう。
だが、数時間、数日という間セトの足に掴まっているのは、色々と問題がある。
地上を移動するよりは圧倒的に安全な空の旅だが、それでも絶対に安全という訳ではない。
鳥のモンスターや、ハーピー、ワイバーン……それ以外にも様々なモンスターがいる。
セトに乗っているのがレイだけであれば、そのようなモンスターに対抗するのも難しい話ではないだろう。
だが、セトの足にそれぞれ掴まっているような状況であれば、幾らセトでも不覚を取りかねない。
そうならないよう安全に移動するのであれば、エレーナの馬車で移動するのが最善だった。
(だから、エレーナを呼んだのか?)
エレーナから馬車を借りるのであれば、この場にエレーナを呼んだのもレイには理解出来た。
そう思っていたレイだったが……レイの言葉に、ダスカーは首を横に振る。
「いや、レイ達がいないと増築工事に色々と不都合がある。出来る限り早く戻ってきて欲しい」
「それは……無理があるのでは?」
「そうね。セトに乗って移動するのは難しい。かといって、馬車での移動も時間がかかりすぎる。……これで、どうやって移動するというの?」
レイの言葉にマリーナが続ける。
実際ダスカーの言葉に色々と無理があるのは事実だったので、その場にいる者達はじっとダスカーに視線を向けていた。
そんな視線を一身に受けたダスカーだったが、特に驚いたような様子も見せずに口を開く。
「その件については分かっているし、こっちでも対策を考えた。……俺の部下の錬金術師に、ちょっとしたマジックアイテムを作らせてある。それを使えば、特に問題なく移動出来る筈だ」
「マジックアイテム?」
その言葉に真っ先に反応したのは、当然のようにマジックアイテムを集める趣味を持っているレイだった。
「ああ。今回の問題は、セトの足に掴まって長時間移動するのが問題なんだろう?」
「はい」
問われる言葉に、レイは素直に答える。
それを見てダスカーは笑みを浮かべ、再度口を開く。
「これは確認の為に聞いておくんだが、セトが背中に乗せられるのは基本的にレイのみ。だが、足でなら巨大な熊でも容易に持ち上げることが出来る。これも間違ってないな?」
「はい」
「そこに制限……例えば、一頭の熊は持てるが、それが二人、三人、四人、五人となれば持ち上げられないとか、そういうのはないな?」
「えーと……重量的には問題ないと思いますが、セトの足が四本しかないので五人はちょっと無理じゃないかと」
「ああ、そうだろうな。だが、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。ようは制限がないというのを教えて貰えれば、こっちは十分だ。……俺が作るように命じたマジックアイテムは、単純に言えば籠だな」
「籠?」
「ああ。セトが持てるように作られた籠だ。中には四人から五人くらいなら座れる程度の広さを持つ。まぁ、寝転がったりするのは出来ないがな」
その言葉にレイが想像したのは、買い物用の籠だった。
その籠の中に一緒に移動する人物が入るというのが、レイの認識だったが……
「それは、ちょっと色々と不味いのでは? セトが飛んでるだけならそこまで見つかる可能性は多くないでしょうけど、そんな大きな籠を持って飛んでいれば、どうしても見つかりやすくなりますし。勿論籠の大きさにもよりますけど」
「そうだろうな。だが、安心しろ。マジックアイテムだと言っただろう? ただの籠じゃない」
「……具体的にどんなマジックアイテムなのかしら?」
レイとダスカーの言葉に割り込むように、マリーナが入ってくる。
本来ならレイだけに任せておこうと思っていたのだが、残念ながらレイはマジックアイテムのことになると我を忘れる傾向にある。そうならない為に、マリーナが会話に割り込んだのだ。
「残念だが、この忙しい時に作らせたマジックアイテムだから、そこまで凄いってものじゃねえ。マーダーカメレオンってモンスター、知ってるな?」
「ああ、あの……」
その名前を聞いたマリーナが嫌そうな表情を浮かべたのは、体長三m程……それこそセトと同じくらいの大きさのモンスターを思い浮かべる。
カメレオンをそのまま巨大化したかのようなモンスターだが、名前にマーダーとついているのは、好んで人を襲うからだ。
その好むというのも、文字通り人の味を好むところからきている、ランクCモンスター。
また、光学迷彩……という程に立派なものではなく、そこから数段、下手をしたらそれよりも更に劣るが、身体の色を変化させて周囲に溶け込むという能力を持っている。
そのような厄介なモンスターであってもランクCで収まっているのは、純粋に戦った場合はそこまで強くはないからだ。
肉を噛み千切り、骨を噛み砕くだけの牙は持っており、長く伸ばされる舌の一撃も相応の威力は持っている。
だが……それだけでしかない。
舌の一撃は一般人はともかく、一定以上の実力を持つ冒険者であれば見えているのなら回避は容易だ。
マーダーカメレオンの動きそのものが鈍いということもあって、噛みつかれるまで接近を許したり、尾による攻撃をされる距離まで近づかれるといったことは滅多にない。
……もっとも、それだけの弱点を抱えていてもランクCモンスターとなっているのは、やはり身体の色を変えることが出来る能力を持っているというのが最大の理由なのだろう。
ともあれ、そんなマーダーカメレオンの素材を使った籠と言われれば、マリーナにも……そして周囲で話を聞いている者にも、ダスカーのこれまでの話から、どのようなマジックアイテムなのかを理解出来た。
「ただ、急いで作ったから当然のように完璧な出来とは言い切れない。使用者の魔力で発動させることは出来ず、魔石を使わないと使えない代物になってしまった。……もっと時間があれば、話は別だったんだろうがな」
残念そうに呟くダスカーだったが、マリーナに視線を向けられると改めて口を開く。
「勿論今回の一件でそのマジックアイテムを使う際に必要な魔石は、こっちが用意する。……結構燃費が悪いが、幸いにも今はモンスターの魔石はかなり集まっているからな」
「ああ、毎晩の防衛戦で……」
呟いたレイに、ダスカーが頷きを返す。
レイがそれに気が付いたのは、単純な理由だ。
毎晩のように倒されたモンスターの死体を、ギルドに運んでいるのはレイなのだから。
増築工事が始まってから今まで、果たしてどれだけのモンスターの死体を運んできたのか。
それで得られた素材や魔石といった物の量は、莫大な物になっている。
(毎晩倒し続けても、全くいなくなる気配がないからな。正直なところ、なんであんなにモンスターがいるのやら)
それこそレイが日本にいた時にやっていたゲームのように、無限に沸き続けるのではないかと思えるくらい毎晩モンスターはギルムにやってくるのだ。
ギルムが増築工事をしていて壁がないというのを情報共有してでもいるかのように、モンスターはやってくる。
一番多いモンスターはやはりゴブリンだったが、当然それ以外のモンスターも多い。
中にはランクBモンスターが姿を現すこともあった。
幸いにも当時はランクBやランクCの冒険者が何人かいた為、その者達が協力することでモンスターを倒すのではなく撃退することには成功し、そのモンスターもその時に負ったダメージが大きかったのか、それ以降やってくるようなことはなかったが。
ともあれ、そういう理由から現在ギルムでは魔石に困ることはなかった。
また、他にもギルムに大勢の冒険者がやって来る途中で倒されたモンスターの素材が持ち込まれるのも珍しいことではない。
「分かりました。……正直、微妙なマジックアイテムではありますけど、今回は役に立ちそうですね」
「魔石の消耗もかなり多いからな。それこそゴブリンの魔石程度だと、三十分くらいで効果が切れる。レイの持つアイテムボックスがあって、初めて使える代物だ」
「あー……なるほど」
ゴブリンの魔石で三十分程度しか動かないのであれば、ミレアーナ王国からレーブルリナ国に向かうまで、どれだけの魔石が必要となることか。
籠というのが具体的にどのくらい広いのかはレイにも分からなかったが、それでも余分な荷物を多く持ち運ぶのは難しい筈だった。
それこそ、魔石を大量に持ち運ぶような真似は、普通なら難しい。
だが……ミスティリングを持つレイであれば、魔石を幾ら持っていても全く問題なくその籠を使用可能だった。
そんなレイ達の様子に納得したように頷いたダスカーは、次にエレーナに向かって一通の手紙を渡す。
「ダスカー殿、これは?」
「ケレベル公爵から、エレーナ殿への手紙です」
訝しげなエレーナの問いに、ダスカーはそう答えるのだった。
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