第1471話
アジャスがレベジェフとハストンと自分達の状況について話している頃……レイもまた、イルゼに今日の報告をする為に会っていた。
勿論そのような報告をその辺で出来る筈もなく、レイ達がいるのはいつもの通りマリーナの家の庭だ。
最初はそこにいる面子が美人ばかりだというのに驚き、これが噂のハーレムパーティ……という思いを抱きもしたのだが、幸いにもそれを表に出すことなく、テーブルに着く。
もっとも、ハーレムパーティと言われても、その場にいる殆どの面々はその言葉を否定しなかっただろうが。
唯一、アーラのみはレイに好意を抱いてはいるが、それは友人に対する好意であり、同時に自分よりも強い相手に対する尊敬の念だ。
他の面々と違い、男女間の好意という訳ではなかった。
もっとも、仕えているエレーナ程ではないとはいえ、アーラも十分に美人と評されるだけの顔立ちをしている。
そしてスカーレイ伯爵家の三女ということもあり、当然のように言い寄られることも多い。
レイのパーティの一員だと思われておけば、そのような者も減るのでは……という淡い期待を抱いてもいたのだが。
……尚、ビューネはレイと一緒にいれば好きなだけ美味い料理を食べられ、更に金儲けも出来るということで、ハーレムメンバーと言われても否定したりはしなかった。
実際にはレイが自分のような子供に対して性欲を抱くことがないというのを理解しているからこその、行動だろう。
また、アーラと同様に自分に言い寄ってくる者への虫除けのように使っているという一面もあった。
「……レイさん、その……あのセトと一緒に遊んでいるの……私の目が悪くなったのでなければ、ドラゴンに見えるのですが……」
夜も暑くて寝苦しい夜が続いているのに、この庭に入った時は信じられないくらいすごしやすい気温で驚き、夏の夜だというのに虫の音は聞こえても蚊を始めとした虫が存在せず……と、マリーナの家の庭に入ってきてから驚きっぱなしだったのだが、その驚きはイエロを見たことで頂点に達したのだろう。
勿論、エレーナという一目見ただけで忘れられない、マリーナやヴィヘラと同レベルの美人がいたということにも驚いたが。
いや、この場合はエレーナの美貌に驚いたのではなく、姫将軍がここにいるということに驚いたといった方が正しいだろう。
アジャスについての情報を集める為、色々と耳聡いイルゼだけに、当然有名人のエレーナがどのような容姿をしているのかというのは知っていた。
だが……それでも姫将軍が目の前にいるより、ドラゴンの子供が目の前にいるという方が大きな衝撃だったのだろう。
高ランクモンスターなら、グリフォンのセトも十分以上に珍しいのだが、幸か不幸か、何度もレイやセトと会っているだけに多少なりとも慣れがあった。
「ああ、イエロか。イエロはエレーナの使い魔だ」
「ふふっ、どうやら驚いて貰えたようだな」
レイの言葉に、エレーナは嬉しそうな笑みを浮かべてイルゼに視線を向ける。
自分の使い魔――実際にはペット扱いだが――を見て驚いたのが、エレーナにとっては好印象だったのだろう。
また、家族の仇を討つ為にイルゼのような者が頑張っているというのも、エレーナの態度が柔らかい理由だった。
復讐という行為を、エレーナは否定しない。
いや、全ての復讐を否定しない訳ではないのだが、今回のイルゼが行おうとしている復讐は、エレーナの目から見ても十分に正当性があるもののように思えたからだ。
もしこれが、イルゼの父親が犯罪を犯して警備兵に捕まり、結果として死刑になったことで捕まえた警備兵をイルゼが恨んで復讐するというのであれば、とてもではないがそのような復讐は認められなかっただろう。
それは復讐ではなく、ただの逆恨みなのだから。
「とにかく、話をするにもまずは食事を終えてからにしましょう。お腹が減った状態だと、皆がいい考えを出来ないでしょう?」
そんなマリーナの言葉に、全員が納得して頷く。
空腹は集中力を削ぐと、皆が知っている為だ。
……もっとも、断食という行為があるので、必ずしもそれが一般的なものではないというのも事実なのだが。
ともあれ、マリーナの意見に反対するものはおらず、皆がその準備を始める。
この庭で食事をするというのは、ここのところ毎日のように行われていることだ。
そうである以上、特に戸惑うようなこともなく食事の準備は整えられていく。
初めてここに来たイルゼのみは、あっという間に庭で食事の用意が調えられていくのを、ただ眺めていた。
勿論イルゼも、野営というのはしたことがある。
基本的に採取の依頼を主にこなしているイルゼだが、それでも毎日日帰り出来る訳ではない。
時には遠くに生えている薬草の類、特定の木の実、若芽、花……それらを採取する為に、泊まりがけになるのもそれなりにあった。
だからこそ外で食事をするというのにも慣れてはいたのだが、現在目の前で準備が進められていくのは、野営の時にする食事とは似ても似つかない。
「アーラ、厨房から料理を持ってきてくれ」
「分かりました、エレーナ様」
「今日はどんな料理か、楽しみね」
「ん!」
そんなやり取りをしている間にも、テーブルや椅子が出され、レイのミスティリングから出された料理が、そしてアーラの持ってきた料理もテーブルの上に並ぶ。
「さ、食べましょ」
この家の主人、マリーナの言葉で早速夕食の時間となる。
既に外は真っ暗の状況なので、夕食の時間として考えればかなり遅いのだが……だからこそ、その場にいた者達は美味しそうに料理を口に運ぶ。
いつもはここでレイの持つマジックアイテムの窯を出し、それで色々と焼いたりもしている。
しかし、今日はこれから大事な話があるということで、窯の用意はされなかった。
「その……どうだ? この前マリーナに教わった通りに作ってみたのだが」
エレーナが、普段の凜々しさが嘘のように怖ず怖ずと自分の料理の感想を聞く。
今日エレーナとアーラが作ったのは、オーク肉と夏野菜をたっぷりと使ったシチュー。
料理そのものは特に珍しいものではないのだが、エレーナにとって想い人に食べさせる料理ということで、色々と思うところがあるのだろう。
「ああ、美味いよ」
元々シチューというのは、失敗のしにくい料理だ。
勿論手をかけるという意味では色々と工夫する方法もあり、一般人と料理人が作ったシチューでは最終的な味には大きな違いが出る。
そんな中でエレーナが作ったシチューは、当然のように料理人が作ったシチューに比べれば数段劣る。
だが、それでもエレーナが作ってくれたということで、レイを含めて皆がその辺の食堂で出されている料理よりも美味く感じられた。
「うん、十分に美味いぞ」
「……そうか」
レイに料理を出すのは、別にこれが初めてという訳ではない。
だがそれでも、やはりレイに美味いと言って貰えるのはエレーナにとって新鮮で……それで限りない喜びをもたらせていた。
「あらあら、羨ましいわね。今度は私の手料理もご馳走しないと」
嬉しそうなエレーナの様子を見て、羨ましく思ったのだろう。もしくは、からかいたくなったのか。
ともあれ、マリーナは笑みを浮かべながらそう呟く。
(姫将軍の手料理)
そんな一行の中で、イルゼのみは目の前の出来事に半ば固まっていた。
「どうした? 食わないのか? 美味いぞ?」
「え? あ、はい」
レイの言葉に我に返ったイルゼが、シチューを口に運ぶ。
直接的に来る美味さという訳ではなく、どこか身体に染み渡るような……そんな優しい味。
食堂で食べる料理とは違う味に、そう言えば自分はこういう料理をいつくらいに食べたのだろうと思ってしまう。
「喜んで貰えたようだな」
そんなイルゼを見て、エレーナは嬉しそうにそう告げる。
言葉には出さずとも、イルゼの様子を見ればシチューがどのような味だったのか、それは十分に分かった。
ともあれ、シチュー以外にもレイがミスティリングから取り出した色々な料理を食べながら、時間は進んでいく。
最初は緊張していたイルゼも、やがて次第に落ち着いて食事を楽しむことが出来るようになっていった。
そうして食事が一段落した頃、ようやくレイは本題に入る。
「さて、今日樵の護衛としてアジャスと接触した訳だが……」
レイの口から出たアジャスという名前に、イルゼは我知らず身を固くする。
当然だろう。自分の仇だとイルゼの中では半ば確定しているのだから。
だが、客観的な証拠としては蛇の刺青くらいしかない。
その刺青も、同じような刺青をしているだけだと言われれば、反論するのは難しいのだ。
だからこそ、イルゼはレイの口から出る言葉を一言一句聞き逃さないように注意していた。
イルゼが自分にそのような視線を向けているというのはレイも理解しており、特に勿体ぶったりせず、口を開く。
「俺が話した感触だと……黒だな。少なくても何か後ろ暗いところがあるのは間違いない」
レイの口から出た言葉に、イルゼは安堵したような……それでいて残念そうな、複雑な表情を浮かべる。
「話した時、どんな具合だったの?」
そんなイルゼを見ながら尋ねてくるマリーナに、レイはアジャスと話した時のことを思い出す。
「そうだな、最初はギルドで聞かされたように真面目な冒険者に思えた。真っ先に周囲がどんな状況なのか、地形を確認したりもしてたし」
そのことだけを聞けば、間違いなく優秀な冒険者と言えるだろう。
実際、真っ先に木を伐採する為にトレントの森の中へ突っ込んでいった者達に比べれば、間違いなく優秀な人物とレイは認識していた。
もっとも、冒険者として優秀だからといって人格者だとは限らないのだが。
いや、寧ろ冒険者として有能であれば、その分だけ人格的に問題があれば厄介なことになりかねない。
「けど、話していて俺がお前の正体を……裏の顔を知っていると臭わせた時、間違いなく奴は反応した」
「となると……仇ということで決まり……ということにはならない、か」
エレーナの言葉に、マリーナが頷く。
「そうね。でも、何か後ろ暗いことがあるのなら、もう少し深く調べた方がいいと思うわ。……今のギルムは色々と微妙な時期だもの」
マリーナの視線が向けられているのは、エレーナだ。
そう、現在微妙な時期であるからこそ、貴族派がこれ以上馬鹿な真似をしないようにと派遣されてきた人物。
それを理解しているだけに、その言葉には強い説得力があった。
「ふむ、私が知ってる限りではアジャスというような者は貴族派の関係者にはいなかった筈だが……勿論私も貴族派に属する人物全てを知ってる訳ではない以上、確定ではないがな」
マリーナの会話から、もしかしたら貴族派かもしれない……そんな風に疑われるかもしれないと判断したのか、エレーナは先手を打つように告げる。
だが、本人も言ってるように、幾らエレーナが姫将軍という異名を持ち、貴族派の象徴として扱われていても、エレーナが貴族派に属する全ての人員を知っている筈もない。
貴族派に属する貴族の当主であれば覚えているのだが、その親族……ましてや、表沙汰に出来ないようなことをさせるだろう人物として秘密裏に雇っている者まで、知っている筈がなかった。
「国王派の可能性もあるし、それこそ中立派だって別に全員が何も後ろ暗いところがない訳じゃないでしょ? そうなると、アジャスという人物がどこに所属してるのか……ちょっと調べるのは難しいでしょうね。優秀なら、それこそ尻尾を出さないでしょうし」
ヴィヘラの言葉に、皆が頷く。
実際、そこまで深く考えれば誰が怪しいのかというのは全く分からなくなる。
「エレーナ様、三大派閥以外の勢力って可能性もあるのでは?」
「アーラの言葉も否定出来ないわね。いえ、寧ろそうなると更に厄介なことになるわよ?」
三大派閥が相手であれば、相手のやり口もある程度は予想出来る。
だが、アーラが口にしたように、アジャスがそれ以外の勢力の手の者である場合、どのような真似をしてくるのか分からないという厄介さがあった。
また、暗黙の了解とでもいうべきものを平気で破ってくることもあり、その点でも厄介なのは間違いないだろう。
「とにかく、俺がトレントの森で樵の護衛をやるのは今日だけだったが、明日からも伐採した木を取りに行く必要があるから、向こうには顔を出す。その時に、アジャスに接触してみるよ」
「……気をつけてよ? アジャスが妙な奴なら、何をしてくるか分からないし。……まぁ、レイに言うことじゃないと思うけど」
アジャスだろうが誰だろうが、レイに対して危害を加えようとすれば返り討ちに遭うだけだ。
レイの実力を知っているからこそ、マリーナは自分の言葉に苦笑を浮かべるのだった。
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