第1468話

「さて、自己紹介……はいらないかもしれないけど、一応しておくか。今日こっちの面倒を見るように頼まれたレイだ。こっちはセト」

「グルゥ」


 レイの隣でセトが鳴き声を上げると、そんなセトを見て冒険者達がそれぞれ反応する。

 セトを見て嬉しそうに目を細める者、慣れているのかただ一瞥する者、ギルムに来たばかりで慣れていない為か思わず後退ってしまう者。

 そのような者達の中で、アジャスはセトを見て一瞬眉を動かしたが、それだけだった。


(セトを見たことがあるのか? まぁ、それでも不思議はないけど)


 レイがアジャスについて知ったのは、イルゼから話を聞いてからだ。

 そうである以上、イルゼがギルムに来る前にアジャスがギルムにいたのであれば、セトを見る機会は多かっただろう。

 良くも悪くも、セトは非常に目立つのだから。

 セトに注目が集まっている中で、世話役としてこちらに回されてきた三十代の冒険者が口を開く。


「私はルグルノ。ランクD冒険者です。今日は皆さんのお世話をさせて貰いますので、よろしくお願いしますね」


 突出してランクが高い訳でもない、腰の低い男。

 そうなれば当然冒険者達は、ルグルノよりも突出した存在感を持つセトに視線を向けるのは当然だろう。

 だが、ルグルノはそんな冒険者達の様子も特に気にせずに口を開く。


「いいですか、皆さんにはまず樵の人達の護衛をして貰うのですが、その際に注意が必要なのは樵の方々に近づきすぎないようにすることです。近づきすぎれば、木を伐採する際に邪魔になりますし……下手をすれば、伐採した木に潰される危険もあります」


 木に潰される。

 そうルグルノが口にした瞬間、セトを見ていた冒険者達の視線がルグルノに向けられる。

 レイのような規格外の存在であれば話は別だが、普通はトレントの森に生えているような木に潰されれば、良くて重傷。下手をすれば死んでしまうだろう。

 冒険者達にとっても命に関わるので、物珍しいセトを見ている訳にはいかないというのも当然だった。

 そんな冒険者達の様子にルグルノは笑みを浮かべながら説明していく。

 トレントの森ではどのようなモンスターが出てくるのか。

 そのモンスターが取ることの多い行動。

 モンスター同士の連携の有無。

 そのように、トレントの森で戦闘をする上での注意事項を説明していく。

 レイはその説明を聞き流しつつ、アジャスの様子を確認する。

 一見すると、真面目に説明を聞いているように見える。

 勿論自分の命に関わることなのだから、真面目に話を聞いていてもおかしくはないのだが……

 それでも、イルゼから話を聞かされていて先入観がある為か、レイの目から見る限りではどこか無理に周囲に合わせているように思えてしまう。


(まぁ、気のせいなんだろうけど)


 アジャスだけを見ていれば、向こうに何か悟られるかもしれない。

 そう判断したレイは、アジャス以外の面々にも視線を向けていく。

 その中で気が付いたのは、新人組のうちの何人かが、ルグルノに向けてどこか馬鹿にしたような視線を向けていたことだろう。

 レイに対してだけならまだしも、新人組に対しても丁寧な対応をしたのが影響していた。

 そんな対応をしてくるからには、自分達よりも弱いのだと。

 そう思ったのだろう。

 ここにいるのは、別に冒険者としての新人という意味ではない。

 寧ろギルムに来ているのだから、ある程度の技量があるのは確実だろう。

 そのような者達であっても……いや、寧ろだからこそなのか、相手が下手に出ていれば自分より格下だと思い込んでしまうのか。


(あまり期待は出来ないな)


 レイの目から見ても、ルグルノはそれなりの強さを持つ人物だ。

 少なくても、ルグルノを格下だと判断している者達と比べても、明らかに戦闘の技量は上だろう。

 それを見抜けないのであれば、護衛として役に立つのかどうか……正直なところ、レイにとって疑問だった。

 もっとも、今回こうして人を集めたのは、あくまでもアジャスについて調べ、揺さぶりを掛ける為なのだから、他に選ばれた者達は賑やかしに近い。


(枯れ木も山の賑わい……だったか?)


 そんな風に思い出している間に、やがてルグルノの説明が終わってそれぞれがトレントの森に散らばっていく。

 早速斧を持っているのは、少しでも金を稼ぐために木の伐採を行おうとしているのだろう。

 勿論全員がそうするのではなく、まずは護衛を優先する為に動いている者もいるのだが、どうしても派手に動いている方が目立つのは当然だろう。


(アジャスは……動かないか)


 護衛をする為に動いたアジャスを見ると、レイも歩き出す……前に立ち止まり、自分も他の冒険者の様子を見に行こうとしていたルグルノに声を掛ける。


「ああ、俺は適当に周囲を見て回るから、そっちは好きに動いてくれ」

「あ、はい。分かりました。レイさんなら何も心配はいらないと思いますが、それでもくれぐれも気をつけてくださいね」


 そんな声を受けながら、レイはトレントの森の中に入っていく。


「そう言えば、直接森の中まで入るのは結構久しぶりだけど、以前よりも森の力が落ちてるような……これもギガント・タートルがいなくなった影響か? ……木に悪影響が起きなければいいんだけどな」


 森の様子を見ながら歩いていると、やがて目的の人物が見えてくる。

 先走った何人かの冒険者のように木を伐採しているのでもなく、樵の側で護衛をしているのでもない。

 やっているのは、周囲の様子を確認しているだけだった。


「よう、何をしてるんだ?」

「あ? ……ああ、レイか」


 いきなり声を掛けられて驚いたのか、アジャスは一瞬鋭い視線をレイに向け、やがて安心したように呟く。


「ちょっと他の連中の様子を見てこようと思ってな。……それで、アジャスは何をしてるんだ? 他の奴等みたいに木を伐採する……とまではいかなくても、樵の護衛とかはいいのか?」

「護衛をするにも、トレントの森だったか? ここがどういう場所なのかしっかりと把握しておく必要があるからな」


 その言葉は、納得せざるを得ない言葉だった。

 護衛をする上で、ここがどのような場所なのか……それも、人から話を聞くのではなく、自分の目で直接それを確認しておくというのは、間違いなく重要なことなのだから。


「へぇ、随分と用心深いな」

「ああ。冒険者としてやっていく上で、用心深さというのは必須だしな」


 レイの言葉を聞いても、特に表情を変えるようなことはないままアジャスはそう答える。

 だが、イルゼの話を聞いて先入観を持っているレイは、その言葉に裏があるように感じてしまった。

 それこそ、もし行商をやっている商人一家を殺すのであれば、用心深く誰にも見つからないようにする必要があると。

 勿論、レイもそれが自分の先入観があってのものだというのは理解している。

 それを理解した上で、目の前にいる人物との会話を続ける。


「そうか、皆がお前みたいに用心深ければいいんだけどな」

「……そう言われると、俺としても嬉しいな」


 レイの……異名持ちの高ランク冒険者に褒められたのが嬉しかったのだろう。

 アジャスは笑みを浮かべてレイに視線を向けていた。

 そんなアジャスを見て、このタイミングだと判断してレイは口を開く。


「冒険者が用心深いのはいいけど、出来れば盗賊とかにはあまり用心深くなって欲しくはないよな」

「辺境のギルムには、盗賊の類はいないと聞いているが?」

「基本的には、な。ただ、いる時はいるんだよ。実際、ちょっと前にも盗賊が出てきたことがあったし」


 正確にはそれは盗賊ではなく、レルダクトの手の者だったのだが……その辺りは特に口にせず、レイは言葉を続ける。


「……盗賊がいるのか」


 数秒沈黙した後で、アジャスがそう言葉を返す。

 その沈黙が、よりレイに疑惑を抱かせる。

 だが、レイはそれを表に出さないまま頷く。


「ああ。今、ギルムには大勢の商人が集まってきてるだろ? その商人達の中には、この商機を逃さないようにと色々と高価な代物を持ってくる奴もいる。そういうのを狙った盗賊がな。実際被害が出ている」

「馬鹿な盗賊もいたものだな」

「ああ。結局俺に話が回ってきて、その盗賊達は殆どが捕まって……さて、今頃はどうしたんだろうな」


 意味ありげに呟くレイの言葉に何を感じたのか、アジャスは一瞬息を呑む。

 ランクD冒険者のアジャスにとって、小柄なレイの身体から漏れ出た何かの……いや、ナニカの気配は警戒すべきものだったのだろう。

 だが、レイはそんなアジャスの様子に気が付かない振りをして、再び口を開く。


「こう見えて、俺は結構ギルムを気に入ってるんだよ。何だかんだと、俺とセトを受け入れてくれた街だしな。だからこそ、ギルムの敵には容赦しないことにしてるんだ」

「それはまた……ギルムの住人にとっては、運がいいって言うべきなのか?」


 レイの言葉に、アジャスは何かを誤魔化すように笑みを浮かべながらそう告げてくる。


「どうだろうな。別に俺がいるから運がいいってことにはならないだろ。実際、俺を狙って手を出してくるような相手もいるんだし」

「……レイがいるから手を出す? そんな馬鹿な真似をする奴がいるのか?」


 そう尋ねたアジャスの表情は、作り物でもなんでもなく、純粋に疑問に満ちている。

 当然だろう。レイがどれだけの力を持っているのかというのは、それこそ少しでも噂を集めることが出来るのであれば容易に理解出来る為だ。

 そもそも、個人で軍隊に対抗出来る――それも本人はほぼ無傷で――上に、セトに乗っている関係もあって神出鬼没と言えるだけの機動力で空を飛ぶ相手に、好き好んで手を出すような真似をする奴がいるというのは、アジャスには理解出来ない。


「いるんだな、これが。実際に今まで何度もそんなことがあったし。世の中には、自分は特別で何をしても絶対に成功する、許される……そう思ってる奴もいるんだよ」


 お前みたいにな。

 そう言葉には出さないものの、レイは視線でアジャスにそう告げる。

 そんなレイの視線を受けたアジャスは、自分のことを言われているのか、それとも別の誰かについて言われているのか……それが分からなかったのか、戸惑った様子を見せる。


(さて、これが演技なのかどうなのか……演技なら、大したものだと思うけどな)


 レイの目から見て、アジャスには怪しいところはあるが、それでも確定ではない。

 寧ろ、樵の護衛をするにあたって、トレントの森の様子を調べるといったことをしており、非常に用心深く冒険者としての技量はあるという認識があった。

 その用心深さがイルゼの一件に結びついているかもしれないと考えると、微妙な気分になったのは間違いないが。


「レイ? そんなに俺を見てどうしたんだ? 何かあるのか?」

「ああ、いや。ちょっと前にこのトレントの森で起きた戦いを思い出してな」

「それは俺も聞いたことがあるな。何でも、巨大な亀のモンスターが現れたとか?」

「そうだ。……ここからだと他の木が邪魔でちょっと見えないが、向こうの方にはそのモンスター……ギガント・タートルが移動してかなりの木が倒れてるよ」


 ギガント・タートルの巨体を思えば、トレントの森に生えている木々はまるで道のように奥まで倒れている。

 それこそ、文字通りトレントの森の中心部まで届いているのだ。

 冒険者を含めて何人かの不心得者は、騎士団や警備兵の監視の目をかいくぐってトレントの森の中心部に向かったこともあるのだが、結局そこにはもう何もない状況だった。

 ……ただ、トレントの森の意思とでも呼ぶべき存在があった場所なのだから、そこに生えている木々は現在樵達が伐採している木よりは質の面で上だと思われるのだが。


「なるほど、興味深いな。……一度行ってみたいけど……それは無理なんだろう?」

「ああ、残念ながらな。何度かそっちに侵入した奴とかもいたせいで、現在はそっちの警戒も厳しくなってるって話だし」


 正確にはギガント・タートルの通った場所の付近を警戒している、というのが正しい。

 勿論他の場所も探索しているので、万全の警備とは言えないのだが。


「警戒?」


 だが、アジャスはレイの警戒という言葉に反応する。


「うん? 知らなかったのか? トレントの森は好き勝手に木を伐採出来ないように、警備兵とか騎士が警備してるんだぞ」

「……その、レイが関わった騒動が終わって、もうこの森に危険は殆どなくなったんだろ? なのに、何で警備とかが必要になるんだ?」

「さて、何でだろうな」


 トレントの森の木が色々と特殊だというのは、レイも聞かされて知っている。

 だが、それをわざわざ言うのもどうかと思い、レイはそうとぼけるのだった。

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