第1458話
「えっと、じゃあ俺はオーク肉の煮込みとサンドイッチ、それと夏野菜のサラダと果実水を」
「私も、同じものをお願いします」
軽く自己紹介をしてから食堂に入ったレイとイルゼは、丁度入れ替わるように食べ終わって店を出ていった客の席に座り、早速注文する。
前の客が食べ終わった食器等は、ウェイトレスが素早く片付け、テーブルの上もすぐに拭き終わり、それこそものの数十秒でテーブルの上は綺麗になった。
そのことに若干驚いたレイだったが、何だかんだで本職の技術は凄いと判断して椅子に座ったのだ。
……尚、既にセトは上空の見張りに戻っている。
本来なら当然のようにセトもレイと一緒にいたかったのだが、レイから見てイルゼの懐具合では、とてもではないがセトに奢るだけの余裕はないと判断した為だ。
(まぁ、誰もがミレイヌやヨハンナのような奴じゃないのは間違いないしな)
一定以上の力を持ち、それでいながらセト好き。
依頼で稼いだ金を惜しげもなくセトを愛でる為に使う……そんな二人の顔を思い出すレイだったが、すぐに目の前の人物に改めて視線を向ける。
食事を奢るというのでついてきたが、まさか本当に昨日の謝罪、もしくは感謝から自分に食事を奢るつもりではないだろうというのは、容易に想像出来る。
頼んだ食事が出てくるまでの時間に済ませられる用事だといいんだがと思いつつ、レイは口を開く。
「それで? まさか、本当に昨日の件で食事に誘っただけじゃないんだろ?」
「やっぱり分かります、よね?」
イルゼの方も、それで誤魔化すことが出来るとは思っていなかったのだろう。
あっさりとレイの言葉に同意する。
……尚、食堂の中では少なくない者達がレイとイルゼに視線を向けているのだが、レイは注目されるのには慣れている為かその視線を黙殺する。
イルゼも、自分が男の注目を惹くだけの美貌を有しているという自覚はあったのか、肩の辺りで切りそろえられている緑の髪を掻き上げることで、その視線を無視していた。
もっとも、向けられている視線の種類が違うように思えてはいるのだが。
そして実際、それは間違っている訳ではない。
レイがどのような存在なのかを知っている者達にとって、レイが見知らぬ女と……それも美人と表するのに十分なだけの女と一緒にいるというのは、様々な思いを抱くのに十分だった。
レイがこのような美人と話しているのを、いつもレイの周囲にいるマリーナやヴィヘラが見ればどうなるだろうという野次馬根性。
または、何故レイばかりが美人と親しくなれるのかといった嫉妬。
数は少ないが、レイと親しい様子を見せているイルゼに対する嫉妬もあった。
普段はドラゴンローブのフードを被っているレイだったが、その素顔は女顔と呼ばれる程に整っている。
レイの外見を知っている者の中には、そんな整った顔立ちをしていながら小さいレイに対して保護欲を抱くような者もいた。
……それを表に出すような者は殆どいないのだが。
そもそも、レイはギルムでは色々な意味で有名人だ。
その暴れっぷりも、広く知られていた。
ましてや、レイの周囲にはマリーナやヴィヘラといった絶世の美女がいるのだから、迂闊にレイに近づける筈もない。
「あら?」
いつもと違う視線を感じたイルゼは若干首を傾げ……恐らくその感覚は気のせいだろうと判断したのか、改めてレイの方を見て口を開こうとし……だが、ウェイトレスが料理を持ってきたのを見て、その言葉を止める。
注文してから料理が出てくるまで、数分といったところか。
もっとも注文したのはオーク肉の煮込みとサンドイッチ、夏野菜のサラダ、果実水だ。
煮込みは当然のように大量に作り置き出来る代物だし、それはサラダも同様だろう。サンドイッチは店で作ったのではなく、契約しているパン屋から仕入れたもので、果実水もこの季節であれば作り置きしておいて当然だった。
ようは、全ての料理が既に出来ている以上、必要なのは盛りつける時間のみ。
そう考えれば、数分で持ってこられたのは当然と言うべきだろう。
「えっと……じゃあ、その、まずは食べましょう」
そう告げるイルゼの言葉にレイは頷き、サンドイッチに手を伸ばす。
出てくいく客が満足しているのを見れば分かるように、それなりに美味いサンドイッチだ。
評価が若干厳しくなっているのは、先程食べたぶっかけうどんが関係しているのかもしれない。
それだけ、うどんが美味かったという証なのだろう。
特に果実水が冷たく冷えていないというのは、やはりレイに若干の不満があった。
冷蔵庫のように冷やす為のマジックアイテムというのは、どうしても高価になってしまう。
先程のぶっかけうどんの金額が一食にも関わらず普通より三倍程の料金だったのを思えば、それがどれだけ高価なのか分かるだろう。
ともあれ、それでも別に出された料理はそれなりの味だったので、特に不満がないまま食べていく。
そうして食べながら、レイはイルゼに向かって話し掛ける。
「それで、結局俺に対する用件ってのは何だったんだ?」
「ん……もぐ……その、ですね」
口の中にあったオーク肉の煮込みを飲み込むと、イルゼはレイに対して真剣な視線を向ける。
イルゼとしては、出来ればこのような場所ではなくもっと真面目な場所で話をしたかったのだが、レイと話をする機会そのものを得ることが出来たというのは運がいいと判断して口を開く。
「その……レイさんは、相手が貴族でも特に気にしないって話を聞いたのですが、本当ですか?」
「気にしないってのが、どういう意味で言ってるのかが分からないから何とも言えないな」
「あ、すいません。そうですね。何らかの理由で貴族と敵対した時、普通なら躊躇ったりするようですけど、レイさんは貴族と敵対するのを躊躇ったりしないとか」
「そうだな。基本的にはその通りだ。勿論、相手にもよるが」
貴族云々というのは、話の切っ掛けにすぎない。
だが、それでもレイが貴族が相手であっても引く様子がないというのは、イルゼにとっても嬉しいことだった。
そんなイルゼに対し、レイはイルゼが貴族に対して何か思うところがあるのか? という疑問を抱く。
勿論、敵対する相手がエレーナやダスカーであれば、そう簡単にすぐ敵対するつもりはなかったが。
「そうですか。……その、良ければどのような基準で敵と味方を判断してるのか聞いても?」
「どんな基準って言ってもな。こっちに友好的な相手とは友好的に接するし、敵対的な相手とは敵対する。そんな感じだな」
思っていた通り……いや、思っていた以上に単純明快な敵味方の判別方法に、イルゼは少しだけ驚くと同時に羨ましいと思う。
普通であれば、敵対的な相手であっても相手が貴族であるのなら下手に出て敵対しないようにと考えるだろう。少なくても、イルゼはそうする筈だ。
下手に逆らって殺されようものなら……もしくはそこまでいかなくても、手足が使えなくなったり、生活に支障が出るような怪我をさせられた場合、復讐が出来なくなってしまう。
敵対的な相手だから敵対的な反応をするというのは、結局のところレイのような強大な力を持つ者だからこそ出来ることなのだ。
だからこそ、その力を持つレイが心の底から羨ましいと、そう思ってしまう。
「そう、ですか。……正直なところ、私はレイさんが羨ましいです」
だからこそだろう、本来なら喋る必要のなかった言葉を口にしてしまったのは。
そして一度口にしてしまった以上、イルゼの口は自分でも止めることが出来なかった。
「全てをとまではいかないでしょうが、大抵の相手ならどうとでもなる力を持っている。それでいて、自分の思うがままに生きることが出来る。本当に、心の底から羨ましいです」
その言葉と共に、まるで手で持っているのが自分の仇であればいいのにという思いを抱きながら、サンドイッチを口に運び……食い千切る。
口の中のサンドイッチを飲み込むと、再びイルゼは口を開く。
「もし私にレイさんと同じだけの力があったら……そうすれば、あの男を今すぐにでも殺して、殺して、殺して、殺すのに」
深い憎悪を目に宿しながら、イルゼは仇のことを思う。
優しい両親と兄の……家族の仇。
いつもであればそんなことは絶対に口にしないのだが、それでもこうして愚痴のようにレイに向かって喋ってしまうのは、レイの持つ力に対する羨望というのもあるが、それ以上に仇がこのギルムにいると判明したというのも大きいだろう。
それでいながら、仇がいるのが分かっているのに手を出すことが出来ないというのは、本人が想像していた以上にストレスを掛けていたのだろう。
「……どうやら、色々と訳ありみたいだな」
イルゼの話を全て聞き、それでいながら自分に向けられた訳ではないとはいえ、憎悪に満ちた視線を向けられているのにそれを全く気にした様子もなく食事を続けていたレイは、そう告げる。
「っ!?」
レイのその言葉に、イルゼは自分が本音を……それこそ普段であれば絶対に表に出したりはしない本音を口にしているというのを理解したのだろう。
小さく息を呑み、そのまま口を押さえつける。
ましてや、この食堂の中には職人や増築工事の雑用をやっている者以外にも冒険者の姿も多い。
そのような冒険者の中には、イルゼが発した殺気を感じ取って視線を向けている者も何人かいる。
だが、そのような者達も、女が話しているのがレイだと知るとそのまま食事や話に戻っていく。
レイがいるのなら、特に大きな騒動にはならないだろうと、そう考えての行為なのだろう。
そう判断されたレイの方は、何人かの冒険者が自分の方に視線を向けたのに気が付き、若干不満そうな態度を示すも、それはすぐに消える。
今は、何よりイルゼから話を聞く方が優先だと思ったからだ。
もっとも、別にレイはイルゼに何か特別な――具体的には女としての――興味を抱いていた訳ではない。
ともあれ、レイに視線を向けられたイルゼは、自分が無意識に殺気を発していたということには気が付かない様子で深呼吸する。
殺気云々というのは、もっと技量が上がって初めてそれを察したりすることが出来るのだが、今のイルゼにはそこまでの力はない。
「その、ですね。レイさんに聞きたいんですけど、復讐ってどう思いますか?」
本来なら貴族云々と聞いた時のように、もっと迂遠に復讐について聞く予定だった。
だが、心の中にあった本音をそのまま口に出してしまった以上、もうその辺りは後の祭りと言ってもいい。
(飲んだのは果実水で、エールとかを飲んでる訳じゃないし……ましてや、もしエールだったとしても、私がその程度で酔っ払う筈はないわよね)
イルゼは内心で自分の失態にその辺を転げ回りたくなるのを何とか我慢しながら、レイに尋ねた復讐についての答えを待つ。
そんなレイは、特に緊張したり、もしくは考えたりした様子もないまま、口を開く。
「まぁ、別にいいんじゃないか?」
「……え?」
軽い様子で告げてきたレイの言葉が、予想外だった為だろう。
今まで、それとなく復讐はどう思うかということを他の者達に聞いてきたことはあった。
だが、殆どの者が、復讐は意味のないことだと、誰も幸せになれない行為だと、悪いことだと、そんな風に否定的なことを口にしていた。
全員がそうだった訳ではなく、少数は復讐について肯定的な者もいたのだが……それでも、レイのようにあっさりと復讐という行為を肯定されるとは思ってもいなかったのだろう。
それだけに、イルゼは目の前のレイを改めてじっと見る。
……普通ならイルゼのような美人にじっと見つめられるということは、照れたりしてもおかしくはないのだが……レイの場合はエレーナ達のような存在が間近にいる為か、そこまで焦るようなことはなかった。
「本当にそう思ってるんですか?」
「ああ。俺自身もこれまで復讐とかはしてきたことはあるから、他人が復讐をするからといって、それを止めたりは出来ないだろ」
もっとも、レイの言う復讐は誰か親しい相手が殺されて……というような、深刻なものではない。
イルゼがどのような意味での復讐を言っているのかというのは分からなかったが、それでもレイは復讐という行為に対して許容的だった。
(基本的に復讐は駄目だとかいう奴は実際に自分が復讐を考えている奴と同じ目に遭っても、そう言えるのかね? それで自分がやられっぱなしで我慢が出来るのなら、復讐は駄目って言っても多少は説得力あるけど)
レイの目から見て、そのように言う者の大半は自分はその復讐とは全く関係のない場所で言ってる者、という認識があった。
下手をすれば、自分が原因で復讐がどうという騒ぎが起きたのに、復讐は駄目だと口にするような恥知らずすらいてもおかしくはない。
イルゼは、そんなレイの様子を見て何か思うところがあったのだろう。
結局それ以上は何も口にしないまま、会計を済ませると食堂を出ていくのだった。
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