第1444話

 大きな瓦礫を大体片付け終わったレイは、そのおかげで馬車が通れるようになった壁の側を見ながら、次の仕事に向かう。

 新しい壁を作るべく、そこでは既に数十人の魔法使いや精霊魔法使いの姿があった。

 本来であれば、冒険者が多く集まるギルムであっても、ここまで多くの魔法使いや精霊魔法使いが一堂に集まるといったことは基本的にない。

 また、魔法使いとして考えても土の魔法を使える者というのはそこまで多くもない。

 それがこれだけ集まっているのは、単純に今回の増築作業に関してギルムで土魔法を使える者を数多く集めたからに他ならない。

 ……普通であれば、そんな金の掛かるような真似はそう簡単に出来ることではなかったが、ここはギルムだ。

 辺境であるが故に集まる富を使い、これだけの魔法使いを集めたのだろう。


(まぁ、どっちも損をしてる訳じゃないし、特に問題はないだろうけどな)


 レイは考え、魔法使い達の集まっている方に向かって進む。

 そんなレイに最初に気が付いたのは、一番近くで仲間と話をしている二十代くらいの魔法使いだった。


「え? あれって深紅だろ? 何でこっちに来てるんだ?」


 その言葉に、その男の周囲にいた他の者達も不思議そうな視線をレイに向けてくる。

 もっとも、不思議そうな視線ではあってもそこに嫌悪や忌避の色はない。

 魔法使いというのは人数が少ないだけに、自分は選ばれた者だという、一種のエリート意識を持っていてもおかしくはないのだが、レイの場合は魔法使いとして多くの……それこそ、近年は珍しい程に多くの功績を挙げている。

 また、当然のようにレイがどのような人物なのか……敵対した相手であれば、それこそ貴族であろうとあっさりとその手に掛けるという噂が広がっている以上、この場にいる者でレイと敵対しようと考える者はいなかった。

 そもそも、レイは純粋な魔法使いという訳ではなく、魔法戦士として見られている。

 魔法を使う際には基本的に詠唱というものが必要である以上、当然ながら魔法戦士のレイと敵対しても詠唱をしている間に近寄られて攻撃されるというのがわかりきっている。

 そんな中、やがてレイに向かって二人の人物が近づいてくる。

 ドワーフと人間という違いはあれど、二人とも厳つい……職人らしい顔つきをしているというのは、レイにもすぐに分かった。


「おう、お前がレイか」

「そうだけど?」

「……お前はかなり広範囲に土魔法を使うことが出来るって聞いてるんだが、本当か?」


 ざわり、と。

 レイに話し掛けてきたドワーフの言葉に、周囲の者達がざわめく。

 炎の魔法に特化していると言われているレイが、実は土魔法もかなりの腕だ……というのは、信じられなかったのだろう。

 もしくは、信じたくなかったからか。

 実際にはレイは他の魔法使い達……レイについての情報をある程度集めている者以外が考えていたように、炎に特化した魔法使いだ。

 だが、レイにはそれを覆す為の手段があった。

 魔獣術により生み出されたデスサイズという、手段が。


「ああ。もっとも、炎の魔法程って訳にはいかないけどな。それに、使える魔法は限られている」


 使える魔法が限られているとレイが口にしたことにより、周囲にいた者達は微妙に安堵の息を吐く。

 異名持ちになる程の魔法使いが、その異名とは別の魔法でも自分達より腕がいいというのは、少し……いや、かなり不安を覚える事態だったし、羨望や嫉妬を抱いてもおかしくはない為だ。

 もっとも、異名持ちという時点で嫉妬するような者達も多いのだが。


「具体的にはどのくらいだ?」

「そうだな……あそこの瓦礫が見えるか?」


 そう言ってレイが示したのは、五十m程先にある瓦礫。


「ああ」

「俺を中心にして、ここからあの瓦礫がある場所くらいまでの範囲の地面を俺の胸辺りの大きさくらいまで、上げたり下げたり出来る」

「ほう、中々だな」


 レイの言葉に感心したようにドワーフの男が頷く。

 実際、その魔法の効果範囲はレイが使う炎の魔法のように突出しているというわけではないが、それでも十分に平均以上の効果を持っていた。

 そして何より……


「それと、俺は自慢じゃないが魔力量はかなり多い。それこそ、数時間同じ魔法を続けても全く問題ないくらいにはな」


 レイの口から出た言葉に、その話を聞いていた者達全員が驚愕の表情を浮かべる。

 当然だろう。普通であれば、それだけの魔法を何度か連続して使えば魔力を大量に消耗して魔力切れになり、意識を失うということになってもおかしくないのだから。

 レイに尋ねた二人の職人も、それこそ日に一度……とは言わないが、日に数度しか使えないのだろうと、そう思っていた。

 だが、何度も使えるのであれば、それこそ増築工事の進行具合はかなり速度が上がるのは間違いない。


「本当か?」

「ああ。ただし、俺の技量で動かせるのはあくまでも胸の辺りまでだけだ。それ以上はどうしても動かすことは出来ない」

「……なるほど。壁の土台を作るにはもっと深く掘る必要があるが……まぁ、お前の胸くらいであっても最初から掘られている状況に出来るというのは、非常に助かる。取りあえず見せて貰えるか? そうだな……」


 一旦言葉を止めたドワーフの職人が、周囲に視線を向けてから口を開く。


「取りあえずこの辺り一帯の地面を平らに均してくれ。ギルムが作られてからかなり経っているからな。どうしても時間の流れで地面が荒れている。これから建物を建てるにしても、地面は平らな方がいい」

「分かった。……なら取りあえずやってみるか」


 ドワーフの言葉に頷き、レイはミスティリングから取り出したデスサイズの石突きを地面に突き刺し、スキルを発動する。


「地形操作」


 その言葉と共にレイを中心にして半径五十mがレイのイメージ通り平らに均されていく。

 近くでレイがどのような魔法を使うのかといったことを興味深そうに見ていた者達も呪文の詠唱もないままに使用された魔法にまず驚き、続いて自分が踏んでいる地面が微かに動くことに驚く。

 そうして数秒の時間が経ち……気が付けば、レイを中心にして半径五十mの場所は地面が平らに均されていた。


(やってから思うのも何だけど、今こうして地面を均しても、これからギルムの増築ってことで大勢がここを通ったり、重い荷物を持って移動したりするんだから……均した意味はなくないか?)


 首を傾げそのように思うも、取りあえず移動している時に躓いて転んだりしなくなったり、微妙なアップダウンにより無意味に体力を消耗しなくなっただけいいか、と思い直す。


『おおー……』


 そんな行動を一瞬でやってみせたレイに、周囲にいる者達は揃って驚愕の声を上げる。

 ここにいるのは、土魔法や土の精霊魔法……中にはスキルで土を動かすことが出来るような者も少数いるが、とにかく大地についての専門家と言ってもいいような者達だ。

 そのような者達の目から見ても、レイが今やったことは驚きに値する。

 勿論これと似たようなことが出来る者はいるが、それでもレイが言ったように続けて何度も……という訳にはいかないし、地面もこうも綺麗に均すことが出来るのかと言われれば、自信を持って頷くことは難しい。


「まぁ、こんなところだ。満足して貰えたか?」

「ああ、十分だ。……これは、工程を多少見直す必要が出てきたのではないか?」


 ドワーフの男が、隣の同僚に尋ねる。

 それを聞いた男は、口元に小さな笑みを浮かべつ頷きを返す。


「ああ。これは嬉しい誤算だな。……だが、ここで壁の工程を前倒しにしても、資材とかは間に合うか?」

「……どうだろうな。ある程度の余裕は見ているが……出来るだけ急がせるように言っておく」

「そうしてくれ。領主様の方には上から報告を上げて貰うように伝えておく」


 そこまで重要なことなのか?

 一瞬疑問に思ったレイだったが、一m程度であっても最初から沈下されているというのは、壁を増築していく工事の中で大きな意味を持つ。

 勿論その後の処理を考えると、レイ一人で全てが解決するという訳ではないのだが……それでも、今回の工事を任されている者達にとっては、福音に近い。

 今回の工事では、早く終われば終わる程に給金の額も上がっていくし、その後ギルムに住む者についてはかなり優遇される。

 ……当然ながら、幾ら早く出来ても杜撰な工事であればそれは認められない……どころか、罪に問われる可能性もあると、最初に説明を受けていた。

 その辺りの事情を考えると、しっかりと頑強な壁をなるべく早く作るというのが、最優先課題なのだ。


「ともあれ、地面の件については大体これで分かった。……もう一度確認しておくが、この魔法は連発出来るんだな? 見たところ、詠唱もしていなかったようだが」

「その辺りは問題ない」


 ドワーフの言葉にレイがしっかりと頷く。

 そんなレイの姿を見て、嘘ではないと判断したのだろう。

 やがて少し考え、その場にいる全員に聞こえるようにドワーフは口を開く。


「いいか、よく聞け! 工事を素早く、そして確実に進める為に、まず最初にレイが穴を掘る。レイの場合はそこまでしか掘れないらしいから、残りを他の者達にやって貰う! いいな!?」


 ドワーフの職人らしく、その声は周囲によく響く。


「ただし、レイが魔法を使っている間、暇をもてあますのも意味がねえから、それぞれの班はその場にいる職人の指示に従って、無理をしない範囲で仕事を進めろ!」


 集まっている魔法使いや精霊魔法使い全員の耳に届いた。

 そのような者達がレイに向けてくる視線は、様々な色があった。

 感謝、嫉妬、興味。

 主な者はこの三つだったが、それ以外にも少数ではあるが憎悪の視線を向けている者もいる。

 そしてレイがそのような視線を向けてくる相手に気が付くのは当然だったのだが……


(何でここまで憎まれてるんだ?)


 自分がそこまで憎まれている理由が分からず、レイは疑問を抱く。

 勿論、レイは自分が誰からも恨まれていないというようなお気楽なことを考えてはいない。

 人間、何をしようとも気にくわない相手や、成功者に対する嫉妬から醜い行動に出る者というのはいる。

 そのいい例が、以前レイからセトやマジックアイテムを取り上げようとしたボルンター……アゾット商会の前会頭だろう。

 もっとも、レイはそのような目で見られたとしても特に何か行動に出るといった様子はない。

 ただ自分を見ているだけなら、特に問題はないと考えている為だ。

 ……ただし、もし何らかの行動に移した場合は相応の態度を取るつもりでいるのだが。

 ともあれ、レイを含めてそれぞれ土魔法や土の精霊魔法を使える者、土に関係するスキルを使える者達は、それぞれ指示された場所に向かっていく。


「じゃ、レイ。頑張ってね」


 こちらのグループに分けられているマリーナがレイにそう声を掛けてから移動していき、フィールマも声を掛けはしないが、軽く手を振って挨拶をしてから去っていく。


「じゃあ、レイ。お前も頼むぞ」

「ああ、分かってる」


 現状の五割増しにまで広がるギルムだけに、その面積は広大だ。

 それだけの大地を囲むように地面を沈下させていくのは、レイ――正確にはデスサイズ――のスキルを持ってしても時間が掛かるだろう。

 壁の建設を任されている職人達にしてみれば、レイという予想外の戦力には出来るだけ頑張って欲しいというのが正直な思いだったが、それで無理をさせすぎるのが危険だというのも分かっていた。

 声を掛けてきたドワーフの気持ちを完全に理解している訳ではなかったが、それでもレイは短く大丈夫だと答えると、早速移動を開始する。

 そんなレイの姿を、必死になって瓦礫を運んでいる者達は忙しくしながら、それでもじっと視線で追っていた。

 レイについてあまり知らない者であっても、レイが巨大な瓦礫をミスティリングに収納するのをその目にしている。

 また、地形操作で広範囲に渡って地面を均した光景も目にしている。

 そうである以上、どうしてもレイを無視するような真似は出来なかった。

 その中には、次にはどんなことを見せてくれるのかと、そう期待している者もいる。


(別に俺は娯楽担当って訳じゃないんだけどな)


 その視線を感じつつ、レイは溜息を吐きながらそう呟く。

 そもそも、先程の魔法使い達からの憎しみの視線に比べれば問題ないだろうと判断し、そのまま最初に指示された場所に向かう。

 そこでは、職人や魔法使いが期待を込めた視線をレイに向けている。


「さて、早速だけどどういう風にすればいい?」

「……見てくれ。あそこに線が引かれてるだろう?」


 その場にいた職人の言葉、レイは頷く。

 そこにはかなり太いものの、線が引かれている。


「あれが壁を建てる場所だ。あの周囲にある程度の余裕を持って地面を沈下させてくれ。……出来るか?」


 そう告げる職人に、レイは自信に満ちた笑みを浮かべるのだった。

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