第1413話

 夕日も半ば程が既に沈んでいる頃、レイ達紅蓮の翼の一行は街道を進んでいた。

 レイはセトに乗り、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネの三人はそれぞれ馬に乗り、それでも余っている馬は手綱を引いて移動している。

 レイ達が進む街道の周囲には、正門が閉まる前に急いでギルムに到着しようと急いでいる者も多い。

 今はギルムの増築のおかげでかなり夜遅くまで正門は開いたままだし、特別な許可があれば夜中であってもギルムの中に入ることが出来る者もいる。

 それでもやはり、夜になる前にギルムに到着したいと考える者が多いのは、辺境という土地を知っていれば当然なのだろう。

 特に大きいのは、やはり夜になるとモンスターが活発に動き出すということか。

 そんなモンスターと戦うのはごめんだと、そう考えてなるべく急いでもおかしくはない。

 特に商人や仕事を求めてギルムに向かっている者にその傾向はあった。

 ……中には、これから冒険者としてギルムで一旗揚げるため、自分からモンスターを倒したいと考えているような者もいたのだが、それはほんの少数だ。

 ともあれ、様々な事情はあれどギルムに向かうという目的は同じなのだが、そのような者達が紅蓮の翼の面々を見ると思わず目を大きく見開く。

 当然だろう。三十人近い人数の男達がロープで縛られ、更には一人だけ逃げ出さないようにと全員がロープで数珠繋ぎになっているのだから。

 移動するのを阻害するように足は結ばれていないものの、手は後ろに回され、走って逃げるにしても速度が出せないようにしている。

 それだけの人数と共に歩いているのだから、目立たない筈がない。


「ちょっと、あれってもしかして奴隷売り?」

「いや、違うぞ。あれは紅蓮の翼の面々だ。だとすれば、多分盗賊とかだと思う」

「……盗賊? この辺境に?」

「ああ、そう言えば何だか噂で聞いたことがあるような、ないような……」

「どっちだよ」


 そんな会話が耳に入り、レイは少しだけ首を傾げる。

 普通であれば、仲間同士で話している声が聞こえることはないのだが、レイの場合は普通よりも遙かに鋭い五感を持っており、その話が聞こえたのだ。


(どうなってるんだ? 商人達が襲撃されたのが公になったのは、今回が初めてだった筈だ)


 だからこそ、今回の件でレイが緊急依頼として出張ってきたのだから。

 だが、今の話を聞く限りでは前から襲撃があったことがそれとなく知られているようにも思える。

 勿論レイはそれが恐らく真実だとは知っていた。

 何故なら、洞窟の中にあった資材はとてもではないが一つの商隊で運べるだけの量ではなかったからだ。

 自分が乗っているセトの首を撫でながら、改めて列の先頭にいるマリーナ達が乗っている馬に視線を向ける。

 この馬は、レイ達が襲撃したアジトに繋がれていた馬だ。

 近くには荷馬車の類も確認出来た。

 商人を襲って資材を奪うという行為をしていたのだから、その資材を運ぶ準備をしておくのは当然だろう。

 アジトの中に馬を匿っていたのは、やはりアジトの外に馬を繋いでおけばモンスターの餌になると理解していたからだろう。

 そんな訳で、レイは荷馬車をミスティリングに回収し、残っていた馬もそのまま没収とした。

 だが、ミスティリングに生物を収納出来ない以上、当然馬は自分達で連れて帰る必要がある。

 まさか適当に放してくる訳にもいかず、こうしてレイ達は馬を引き連れての移動となっていた。

 もっとも、当然のように馬はセトを怖がる。

 だからこそマリーナ達が乗っている馬は先頭を進み、レイはセトに乗って盗賊……いや、どこぞの私兵達の背後を移動していた。

 私兵達が逃げないように見張るという意味では、丁度よかったのだが。

 そうして歩き続けるレイ達は、当然のように他の商人や冒険者達に比べると進みが遅い。

 次々に追い抜かれ……やがて完全に日が暮れてから暫くが経ち、ようやくギルムに到着する。


「おお、マリーナ様、他の者達も。待ってましたぞ」


 警備兵がマリーナの姿を見つけ、嬉しそうに告げる。

 パーティリーダーのレイではなくマリーナの名前を呼んだのは、やはり先頭を進んでいたのがマリーナだったからだろう。

 肝心のレイは、列の最後尾をセトに乗りながらゆっくりと進んでいたのだから。

 ……尚、セトの口の中には干し肉が入っており、レイの手にも同様に干し肉が握られている。

 ギルムから出発する前に一応食事はしていたレイ達だったが、セトはまだ食事前だったということもあり、お腹が減ったとレイに甘えたのだ。

 そんなセトの甘えた声に逆らうことは出来ず、結局レイはミスティリングの中から干し肉を取りだしてセトに与えた。

 もっともセトに与えるだけならまだしも、自分も食べている辺り、レイらしいと言えばらしいのだろうが。


「ちょっと、レイ。こっちに来なさい」


 交渉はマリーナに任せ、セトと共に干し肉を味わっていたレイは、そんな声によって呼び出される。

 出来ればマリーナに任せておきたかったのだが、それでもこうして呼ばれた以上はそちらに向かわない訳にもいかない。


「どうしたんだ?」

「今回の一件で捕らえたこの人達の受け渡しをするから、レイのサインが必要なのよ」

「あー……うん。だろうな」


 それなら仕方がないと、レイはマリーナの方に向かう。

 ……そうなれば当然馬の近くをセトが通る訳で、その馬はセトが近くに来ると動きが固まる。


(まぁ、暴れ出さないだけいいか)


 暴れ出すような余裕すらないというのが馬の正直な気持ちなのだろうが、それでもレイにとっては面倒が減るのであれば何の問題もなかった。


「おお、レイ。今日は色々と忙しかったみたいだな」

「あー……まぁな」


 マリーナに接する時と比べると随分態度が違うのだが、それはマリーナがこれまでギルムで成し遂げてきたことを思えば不思議でも何でもない。

 レイも相手の態度は特に気にせず、受け取った書類にサインを書く。

 そして書類を警備兵に渡しながら、少しだけ疑問に思ったことを尋ねる。


「その書類、最初から捕虜を連れてくるのを前提として作られていたな」

「ああ、そうだな。……まぁ、今回の依頼をレイに任せた以上、捕虜は連れてくるのが当然だと思ってたんだろ」


 捕虜の人数に合わせて報酬が増えるという一文は、明らかにレイの行動を読んでのものだった。


(報酬をくれるのなら、貰っておいた方がいいよな)


 普通であれば、盗賊を捕らえた場合は奴隷として売るということが出来る。

 それによって更なる収入が見込めるのだが、今回レイが捕らえてきた相手は奴隷にするのではなく、騎士団が引き取っていく。

 どこから来たのか、何を狙っていたのか、今までどのような行動をしてきたのか……そのような情報を出来るだけ引き出す必要があった。

 特に誰の手の者なのかということや、その相手の持つ弱みといったことは重要な情報だろう。

 そのような情報を引き出す必要がある以上、奴隷として売り払う訳にはいかない。

 それを考えた上での引き取りの条件だった。

 ましてや、その報酬は奴隷として売った時と比べてもかなりの高値だ。

 レイに損はない以上、ここで躊躇う必要はなかった。

 そうして手続きを終え、捕らえた者達は警備兵に連れていかれ……


「って、ちょっと待った!」


 そんな警備兵に向け、レイは呼び止める。


「うん? 何だ? ……ああ、こっちはいい。とにかくこいつらを連れていってくれ」


 仲間の警備兵にそう告げると、レイに書類を渡してきた警備兵が再びレイの方に近付いてくる。


「いや、あの馬はどうするんだよ? それと、あいつ等が使っていた荷馬車もこっちで確保してるけど?」

「馬? あー……そっちについては聞いてないな。書類の方も特に何も書かれていなかったし、そっちで好きに処分してもいいんじゃないか?」

「そう言われても……」


 警備兵の言葉に、レイは戸惑ったように馬を見る。

 荷馬車の方は、それこそいざとなればセトに乗って上空から落として質量兵器にするなり、薪代わりにするなりといった使い道がある。

 ……普通に荷馬車として使うという発想が出てこないのは、レイがミスティリングを持っているからだろう。

 そんなレイの様子を見ていたヴィヘラは、馬を撫でながら提案を口に出す。


「それこそ、馬を売ったらいいんじゃない? ……まぁ、最悪処理して食肉にするという手段もあるけど」


 ヴィヘラの視線が向けられたのは、背後でギルムに入る手続きを行っている者達から物珍しそうに見られたり、前々からギルムを拠点にしていたのだろう冒険者達に撫でられているセトという光景だった。

 そんなヴィヘラの言葉に、レイは一瞬馬が緊張したように見えたのだが……恐らく気のせいだろうと判断し、改めて売るという提案について考える。

 私兵達が連れていた馬は、名馬という程の馬ではない。

 だが、逆に駄馬でもないのだ。

 それこそ、普通に使える馬である以上、買い手にはこと欠かないだろう。

 ましてや今はギルムの増築で、馬を始めとした移動手段や馬車といった代物は幾らあっても足りないのだから。


「あー……なるほど。分かった。取りあえずそんな感じにする」

「そうしてくれ。ああ、資材の方は資材置き場じゃなくてギルドの方に持っていってくれ。向こうできちんと確認してから納入したいそうだ」


 それだけを伝えると、警備兵は去っていく。

 残っているのは、レイ達とまだギルムに入る手続きをしている者達、そして手続きを行っている警備兵……といった者達のみだ。


「じゃあ、俺達も行くか。……ヴィヘラ、馬の方を頼めるか?」

「ええ、値段の方は?」

「任せる。ただ、安く買い叩くような真似はされないようにな」

「あら、誰に言ってるのかしら? そういう交渉はそれなりに得意なのよ?」


 そう告げるヴィヘラの言葉は自信に満ちている。

 レイ達と出会う前……迷宮都市エグジルでビューネと共に行動していた時、消耗品を始めとした買い物は当然のようにヴィヘラの仕事だった。

 勿論生まれ故郷のエグジルであればビューネもある程度意思疎通出来る相手はいるのだが、それでもやはりヴィヘラが買い物に出掛けた方が手っ取り早かったのだ。

 その辺りの事情を以前ヴィヘラから聞いていたレイは、謝罪代わりに小さく手を挙げ、口を開く。


「分かった。じゃあ、任せるよ」


 そう告げ、レイとマリーナ、セト。そしてヴィヘラとビューネの二手に分かれ、それぞれに散っていく。


「私達も行きましょうか。もう暗くなってきたし、ギルドの方も落ち着いたでしょうし……と普通なら言うんだけどね」


 マリーナが困ったような笑みを浮かべてそう告げるのは、既に周囲は暗くなっており、いつもであればギルドで忙しさがピークの時間がすぎているからだろう。

 だが、それはあくまでも『いつも』のことであって、ギルムの増築によって冒険者が集まってきている現状は、とてもではないが『いつも』と呼べる状況ではない。

 広がる予定の場所にある建物の取り壊し、建築資材の運搬、工事が始まったらすぐに組み立てられるように木材や石材、金属等を任意の形にしておく……といったような依頼が多数あり、冒険者はそれこそかなり遅くまで働いている。

 もっとも、専門知識がある訳ではないので、基本的には誰にでも出来るような仕事をするのが主なのだが。

 ともあれ、多くの冒険者が遅くまで働いている。

 勿論中には夕方になった時点で仕事を終える者も多いのだが。

 そんな冒険者達により、現在ギルドはそれなりの人数がいる筈だった。


「ま、それは仕方がないだろ。とにかく、俺達の場合は依頼をこなしたんだから、それを渡さないと」


 そうして、レイ達は人数が増えたことにより活気も増した街中を歩いてギルドに向かうのだった。






「レイさん! 警備隊から連絡は来てましたけど、もう解決したんですね!」


 ギルドの前でセトと分かれ、マリーナと共にギルドに入ったレイを素早く見つけたレノラが、嬉しそうに手を振りながらそう告げる。

 ギルドの中にはレイが予想した通りそれなりに人数がおり、今日の報酬を貰おうとカウンターの前に並んでいたのだが、レノラはそんな相手をスルーしてレイとマリーナに声を掛ける。


「ちょっ、おい! 俺の報酬は!」


 そうなれば当然レノラに手続きをして貰っていた冒険者の男は不満を口にする訳で。

 慌ててレノラは、近くで別の仕事をしていたギルド職員に頼むと、レイの下にやってくる。


「お疲れ様です。では、早速ですが依頼人の方が待ってるので、行きましょう」

「……待ってる?」

「はい。紅蓮の翼は腕利きのパーティだから、是非戻って来るのを待ちたいと。……まさか、こんなに早く戻ってくるとは思いませんでしたが。今は二階の会議室で待ってますので、行きましょう」


 そう告げ、レイとマリーナはレノラに連れられて二階に上がっていくのだった。

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