第1402話

 ギガント・タートルが地面に崩れ落ちたその場所で、レイを含めてこの戦闘に参加した者達はそれぞれに喜びを分かち合っていた。

 当然だろう。冒険者として行動していても、これ程のモンスターを相手に戦いを挑めるような者など、そうはいない。

 ましてや……


「怪我人はあれど、死人はなし……か。まさに快挙だな」


 手足の骨を折っているような者はそれなりにいるのだが、死人という観点で見る限りでは皆無だった。

 それは、ギガント・タートルのようなモンスターと戦っていたことから考えると、半ば奇跡と呼ぶに相応しい結果。

 もっとも、奇跡ではあってもそれは理由のある奇跡だ。

 ギガント・タートルは他の存在に目も暮れずにレイだけを狙う。

 そしてレイはセトに乗って空中を飛び回っており、他の冒険者達と一緒に行動してはいなかった。

 そのおかげで、他の冒険者達はギガント・タートルに目を付けられるようなことはないままに戦闘は続いていた。

 小山の如き体躯のギガント・タートルにとって、レイとセト以外の存在は取るに足らない……それこそ自分の周囲を飛び回っている羽虫の如き存在でしかなかったのだろう。

 だからこそ、執拗に攻撃されても全く気にせず……最後で足を掬われた形となる。


「そうね。これだけのモンスターを相手にして怪我人だけってのは、快挙と言ってもいいと思うわ」


 レイの側までやって来たマリーナが、笑みと共にそう告げる。

 冒険者達に死者が出なかったのは、マリーナの精霊魔法の効果によるところも大きい。

 ギガント・タートルの足に踏み潰されそうになった冒険者を、何度となく助けたのだから。

 もしマリーナがいなければ、間違いなく死人が出ていただろう。


「お前のおかげもあるだろ。……にしても、このモンスターはどうしたもんだろうな」


 視線の先にあるのは、ギガント・タートルの死体。

 少し離れた場所には、レイが切断した頭部の一つや、尾の先端部分といったものも転がっている。

 これだけの大きさのギガント・タートルだけに、素材の解体をするとなると大仕事だろう。

 ましてや、今は既に春。

 これからどんどんと暖かくなっていくのだから、腐ってしまうのは確実だった。

 勿論、レイがミスティリングを使えばその辺りの問題は解決するのだが。


「冒険者を雇って解体するしかないんじゃない? レイが以前からやってたみたいに。……それに、当然ここにいる面子も協力してくれるでしょうし」


 そう告げるマリーナの言葉に、声が聞こえていた冒険者達は当然といったように手を振ったり、頷いたり、雄叫びをあげたりして答える。

 これだけのモンスターの討伐に参加したのだから、ギガント・タートルの素材を売ったり、もしくは素材として自分の装備品にしたりといった風に考えている者は多いだろう。

 勿論レイもそれを否定するつもりはない。

 自分だけでギガント・タートルに勝てたかと言われれば、それは首を傾げざるを得ないのだから。


(いや、勝てたとは思う。思うけど……無傷でって訳にはいかなかっただろうし)


 そもそも大きさが違うのだ。

 ドラゴンローブを着ているとはいえ、ギガント・タートルのような質量を持ったモンスターにより攻撃された場合、直接的な傷を受けることはなくても、その衝撃により怪我をするということは十分に考えられる。


「これだけの大きさだと……解体するのに数ヶ月単位で掛かる可能性もあるわね」


 ヴィヘラがそう告げながらレイ達の側まで移動してくる。

 セトも当然レイの側にいるので、こうして現在この場には紅蓮の翼の面々が揃っていた。

 ……ビューネのみは、この場にいないので集まりようがなかったが。


「とにかく……そうね。私が後でこの戦いに参加した人達から話を聞いて、どんな風に取り分を決めるかを聞いておくわ」

「ああ、そうしてくれると助かる」


 ギルドマスターとして活動してきたマリーナだけに、その手の調整は得意だった。

 レイは当然その手の調整が苦手だし、ヴィヘラはやってやれないことはないが、進んでやる気にはなれない。ビューネにいたっては、交渉以前に意思疎通が無理だろう。

 そう考えれば、やはりマリーナにこの手の交渉を任せるのが最善だった。


「分かってると思うけど……」

「ええ、魔石はこっちで確保出来るようにするわ」


 レイに最後まで言わせず、マリーナはそう告げる。

 魔獣術について知っている以上、レイがこれ程の巨大なモンスターの魔石を見逃すということは考えられなかった。

 それが分かっているからこその言葉であり、レイはそんなマリーナの言葉に安堵の息を吐く。

 そしてついでとばかりに要望を口にする。


「このモンスターの肉も確保しておいてくれ」

「それは、わざわざ確保する必要はないと思うんだけど」


 小山と見紛うような大きさなのだから、それこそ肉という面だけで考えればこの場にいる全員が食べきれない程の量があるのは確実なのだ。

 それを考えれば、わざわざ取り分をどうこうと言う必要はないだろう。


「まぁ、自分達で食うだけならそうだろうけど……当然、売れるだろ?」

「それは……そうね」


 ギガント・タートルは、初めて見るモンスターだ。

 それこそトレントの森の化身と呼ぶべき存在であり、それだけに他ではちょっと見ることが出来ないモンスターなのは間違いない。

 だからこそ、具体的にどのくらいのランクのモンスターなのかというのははっきりとしないが、それでもランクAは間違いないと思われた。

 もっとも、銀獅子との戦闘経験のあるレイにとっては、ランクAではあってもSではないと断言出来るのだが。

 ともあれ、少なくてもランクBやランクC、ましてやランクDやランクEといったランクのモンスターではないことは確実だ。

 そして少数の例外を除き、基本的に高ランクモンスターの肉というのは味のいいものが多い。

 つまり、このギガント・タートルは非常に上質な食材でもある。

 それがこれだけの量があるのだから、それこそ売ろうと思えばかなりの金額になるのは間違いない。


「出来れば、素材じゃなくて金貨で納得するように交渉してくれ。勿論討伐した者だけが食う肉を希望するのなら、一抱えくらいならいいけど」


 普通であれば自分で食べて、残ったのは売るしかないだろう。

 だが、レイの場合はミスティリングがある以上、いつまででも肉を保存出来る。

 それこそ、レイ達だけでこれだけの肉を食べきるのも難しい話ではない。

 ……特にレイとセトは基本的に大食らいだし、ビューネも体格に似合わない程に食べる量が多い。


「そうね。分かったわ。多分大丈夫だと思う」


 あっさりとそう告げるマリーナに、レイは少しだけ驚く。

 視線を倒れているギガント・タートルに向けて、改めてその大きさを……そしてどれだけの強敵だったのかを思い出せば、何故マリーナがこうも簡単にそう言えるのかとすら思ってしまう。


「随分あっさりだけど、本当に大丈夫なのか?」

「ええ。……そもそも、このモンスターを倒すのに一番活躍……というか、殆ど一人だけでギガント・タートルを倒したでしょ? なら、レイの希望を最優先にするのは皆が受け入れると思うわ。勿論内心では完全に受け入れられない人もいるでしょうけど」


 実際、もしこの場にレイとセトがいなければ、ギガント・タートルを倒せたかと言われれば……殆どの者が自信を持って頷くことは出来ないだろう。

 マリーナの精霊魔法やヴィヘラの浸魔掌といった具合にどうにかなりそうな攻撃手段を持つ者もいる。

 だが……それでもやはり、身体の大きさというのはそれだけで大きなアドバンテージとなりうるのだ。

 それを覆したのが、レイであり……そんなレイからの要望ともなれば、それに否と言うような者は基本的にいない。

 下手にそこでレイに向かって文句を言おうものなら、それこそレイと敵対してしまう。

 その実力を間近で見たのを考えれば、わざわざ好んで自分からレイと敵対したいと思うような者はそういないだろう。

 もっとも、報酬の面でレイが横暴な真似を……それこそギガント・タートルと戦ったのに、素材の代わりに銅貨数枚しか払わないとなれば、話は別だが。

 だが、レイはきちんと金貨で支払うとしているので、その辺りの心配はいらなかった。


「さて、そろそろ少し休むか」


 呟くレイは、空を見る。

 戦闘の興奮があるので眠気の類はまだ感じられないが、現在は真夜中と呼ぶに相応しい時間だ。

 ……いや、寧ろ真夜中ではなく明け方と呼んだ方がいいのかもしれない。

 本心としては、レイもこのまま騒いでいたい気分ではある。

 だが、朝になったら今回の件についての報告をギルドにしなければならないし、ギルドの方でも領主のダスカーに報告をする必要があった。


「そうね。……あら? でも、その前にもう一仕事する必要があるみたいよ?」


 レイの言葉に頷いたマリーナだったが、次の瞬間には視線をギルムの方に向けながら呟く。

 そんなマリーナの視線を追ったレイが見たのは、十台を超える馬車だ。

 その中には、ギガント・タートルとの戦闘が始まるからということで、ギルムに帰した馬車の姿もある。

 もっとも、まだ夜なので見分けることが出来たのは、レイを始めとして暗視の能力を持っている者だけだろうが。


「何しにきたんだ?」

「あのね……援軍を呼ぶように頼んだでしょ? 多分、それよ? なのに援軍としてやってきてみれば、既にギガント・タートルは倒されているし。援軍に来た人達にとっては、拍子抜けでしょうね」


 ギルムそのものが危なくなるかもしれない、そんなモンスターが現れたから、援軍を送って欲しい。

 そう無理を言って集めた援軍だ。

 この時間であれば、当然多くの冒険者は寝ていただろう。

 酒場で飲んでいたり、娼館に繰り出した者もいたかもしれない。

 そのような者達の中でも、まだ酔っていないような者達を集めてこうして援軍に向かわせたのだろうが……実際に馬車に乗って急いでやってきてみれば、既に戦いは終わっていたのだ。

 援軍として急かされた者達にとって、色々と納得出来ないと思う者がいるのは間違いない。


「そう言われてもな。まさか、倒せる時に倒さないで、わざと戦闘を長引かせるような真似なんか出来る筈がないし」


 改めてレイはギガント・タートルの死体に目を向け、呟く。

 レイは傷を負うようなこともなく、冒険者の中には一人の死人も出なかった。

 その結果だけを見れば、レイ達の完勝と……そう思う者がいてもおかしくなはない。

 だが、実際にはそこまで完全な勝利という訳ではなかったというのは、レイを含めて戦いに参加した者達全員の正直な思いだろう。

 ましてや、レイ程の実力がない普通の冒険者達にとっては、マリーナの精霊魔法があっても綱渡りに等しい戦いだった。

 それで自分達が来るまで戦いを長引かせていろと言われれば、冒険者達がどう反応するかは火を見るより明らかだ。


(頼むから、そんな馬鹿な真似を言うような奴は来ないでくれよ。特に騎士)


 辺境という位置からのものなのか、それともダスカーという存在が頂点にいるからなのか……基本的に、ギルムに所属している騎士の類でそんな馬鹿な真似を言うような者は少ない。

 ……少ないであって皆無ではない辺り、レイにとっても頭が痛いところだが。

 ともあれ、援軍にやってきた人物がどのような相手なのかを確認してから、どう対応するかを決めるべきだろう。

 そう判断し、レイはマリーナやヴィヘラ、セトと共に自分達の方に近付いてくる馬車の一団を待つ。

 そんなレイ達の様子は、当然のように他の冒険者達にも伝わる。

 そうすれば当然のようにレイ達の回りに冒険者達が集まってきて……そして、馬車が停まった。

 ギルムを出た時は、恐らく全速力……そこまでいかなくても、出来る限りの速度を出して走っていたのだろう。

 だが、ギガント・タートルが地に伏したのを見て緊急性がないと判断したのだろう。近付いてきた時の馬車の速度はそれ程でもない。

 それだけに、馬車が停まる時もあっさりと停まることが出来た。

 馬車の扉が開き、やがて一人の騎士が姿を現す。

 その人物を騎士と認識出来たのは、冒険者にしては珍しい金属製の鎧を身につけていたこともあるが……何より、レイが顔見知りだった相手だというのが大きい。

 もしそれがレイの知らない相手であれば、その人物を騎士と認識出来たかどうかは微妙なところだっただろう。

 基本的に戦闘以外にも探索や採取といった具合に様々な依頼をこなす冒険者は、動きやすい装備を好む。

 それこそ、金属鎧の類ではなくモンスターの革を使ったレザーアーマーのように。

 勿論、それもあくまでもその傾向が強いというだけで、絶対という訳ではないのだが。


「レイ、無事だったようで何よりだ。……俺達が来る必要はなかったな」


 その騎士は、レイに向かってそう友好的な笑みを浮かべて声を掛けるのだった。

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