第1371話

 トレントの森で伐採された木を全てミスティリングに収納したレイは、予定通りセトに乗ってギルムに戻る。

 それこそ空を飛んでいる時間は数分程度と、まさにトレントの森を立ったと思った次の瞬間にはもうギルムの正門前にいた……というのが、レイにとっての感覚的な思いだった。

 そうして正門前に降りると、そこでは門の前に何人もの騎士と、何故かマリーナ、ヴィヘラ、ビューネの三人の姿もある。


(騎士?)


 何故騎士がここに?

 そんな疑問を一瞬抱くレイだったが、すぐにこのトレントの森の一件には騎士団も……もしくはその上層部や、下手をしたら領主のダスカーまでもが加わっているのだと悟る。

 寧ろ騎士達よりも、何故マリーナ達がここにいるのかの方がレイにとっては疑問だった。

 空を飛ぶセトについては、既に気が付いていたのだろう。

 セトが地上に降りた瞬間、騎士達が近寄ってくる。

 尚、以前は正門の側に直接降りるような真似はしないで欲しいと言われていたレイやセトだったが、今では済し崩し的にそれが許されていた。

 セトの存在が多くの人に知れ渡ったというのが、その理由だろう。

 警備隊の隊長ランガも、それを認めている。

 ……もっとも、最近は色々と忙しいらしくランガが正門で手続きをするようなことはなくなっているのだが。


「待ってたぞ、レイ。それで木の方は?」


 そう声を掛けてきた騎士には、レイも見覚えがあった。

 元々、レイは様々な理由があって騎士団と接することも多い。

 それだけに、騎士団の方でもレイに気安く接する者は少なくなかった。

 ましてや、この騎士はベスティア帝国との戦争でレイと行動を共にしたことがあり、どちらかと言えば戦友という印象をレイに対して持っている。

 そんな戦友に向ける言葉は軽い調子だった。

 レイも、恭しい態度を取られるよりもこちらの方が十分に接しやすい。

 そのことに笑みを浮かべながら、口を開く。


「ああ、問題ない。伐採されていた木は、全て持ってきた。それで、どこに置けばいいんだ?」

「ほら、あそこに頼む。そうすれば、残りはこっちでどうにかするから」


 レイに話し掛けてきた騎士が示したのは、正門のすぐ側。

 そこには何台もの馬車が……それも樵が木材を運ぶ時に使う専用の馬車が用意されていた。

 ギルムに入る手続きをしている者達が、そんな馬車を物珍しげに眺めている。

 商人や冒険者、旅人といった者達が多いのだが、そのような者達にとっても樵用の馬車というのは珍しいものなのだろう。

 特に商人は、レイと騎士団のやり取りを耳に挟み、何かの儲け話に繋がるのではないかと考える。

 実際、それは間違いではないのだ。レイはともかく、わざわざ騎士団がこうして直接出て来ているのを考えれば、何かあると考えるのは当然だろう。

 ……もっとも、そこに食い込めるかどうかというのは難しい話なのだが。

 ダスカーの中では、既にギルムの増築に関してどこの商会に話を持っていくのかというのは、決まっている。

 勿論依頼された商会が、自分達だけでは捌ききれない、もしくは他の商会に対する影響力を強めるといった理由で自分達以外の商会にも仕事を回す可能性はあるが。

 レイと騎士のやり取りを見ている商人がその商会に入れるかどうかは、微妙なところだった。


「分かった。……それはともかくとして、何でマリーナ達が?」


 樵用の馬車の方を見ながら尋ねるレイに、三人を代表して話し掛けられたマリーナが口を開く。


「特に何かあった訳じゃないから、安心してちょうだい。ただ、三人ともちょっと時間が出来たから街中を歩いていたら……」


 そこで言葉を切ったマリーナの視線が、騎士達に向けられる。


「あー……うん、何となく理由は分かった」


 無表情ながら、どこか嬉しそうな雰囲気を発してセトを撫でているビューネを眺めつつ、レイはマリーナの言葉に頷きを返す。

 別にここにマリーナ達が来たからといって、何か問題がある訳ではない。

 寧ろこうしてマリーナ達と顔を合わせることが出来たのは、嬉しいと言ってもいい。


「そっちは今日何をしてたんだ?」

「ちょっと頼まれてね。……トレントの森の件で」

「……なるほど」


 マリーナの言葉に、レイは何となくマリーナが何をしていたのかを理解する。

 そもそもの話、以前マリーナをトレントの森に連れていった時には色々と戸惑っていた。

 それは、精霊魔法使いとして高い能力を持つマリーナだからこそのものだったが、今回はその精霊魔法使いとしてのマリーナにレイが伐採してきた木について調べて貰おうということなのだろうと。

 実際には凄腕の精霊魔法使いというのもそうだが、どちらかと言えば自然の中で暮らすダークエルフとしての知識の方に重点が置かれていたのだが。

 特に、ダスカーの場合はマリーナと長い付き合いだし、ワーカーもマリーナの後継者という一面でそれなりに親しい。


「あー……レイ。とにかく、木の方をよろしく頼む。こっちも今は色々と忙しくてな。出来れば、なるべく早く木を運んでおきたい。まだ、何往復もするんだろ?」


 マリーナと話していたレイだったが、騎士の言葉で今の自分の状況を思い出す。


「悪い、じゃあすぐに馬車に積むけど……何本くらいなら大丈夫だ?」

「一応馬の数も多いし、馬車も専用の物だから普通の木なら十本くらいなら問題はないと聞いてるが……」


 自信なさげに呟くのは、当然のように騎士が樵の仕事について詳しい訳ではないからだろう。


「ま、まぁ、こうして馬車を何台も用意してきたんだから、多少数が多くてもどうにかなる筈だ」


 慌てたように付け足す騎士の様子に若干の頼りなさを感じながらも、とにかく今はミスティリングの中に収納されている木を出した方がいいだろうと判断したレイは、馬車に近づいていく。

 普通であれば、一台の馬車に対して馬は一頭から二頭といったところだろう。

 だが、木を乗せられるように荷馬車の部分が長く、そして広く作られており、その分馬車も大きく、自然とその馬車を牽く馬の数も多くなっている。


「これが樵用の馬車か。……随分と普通の馬車とは違うんだな」


 呟きながら、早速レイはミスティリングの中から木を選んで荷台に積み込んでいく。

 ここでレイが……そして騎士達が誤算だったのは、伐採された木は枝の類を切って形を整えたりされていなかったことだろう。

 普段であれば、木を切った樵は木を乾かす為に暫くの間――木によっては半年以上――放っておき、その間に葉は枯れ、余分な枝は切ったりといった手間を掛けるのだが、今回の場合は伐採したまま運ぶようにと言われている。

 だからこそ、木は伐採されたそのままで、木に生えている葉もそのままとなってしまっていた。

 結果として、その葉や枝がそれぞれ邪魔となり、荷台に積み込むのが上手くいかない。


「あー……レイ、悪いけど一旦何本か木を戻してくれ。で、互い違いに乗せてくれるか?」

「そうか? ちょっと待ってくれ」


 荷台の上にある木を数本ミスティリングに収納し、その後、互い違いに荷台に載せていく。

 枝や葉がそのままである以上、普段樵が木を運ぶように上手く載せることは出来ていないが、それでも最初に荷台に載せた時に比べれば随分と多く載せることが出来た。


「よし、取りあえずこっちの馬車はこれでいい。じゃあ、行ってくれ!」

「分かりました」


 騎士の言葉に御者が頷き、馬車を正門に向ける。

 手続きの方は前もって済ませてあったのだろう。

 荷台の長い馬車は、ゆっくりと……載せている木を落とさないようにしながらギルムの中に入っていく。

 それを見送ると、次の馬車の荷台にレイが向かい、同じように互い違いに木を入れていく。

 樵が運ぶ時と比べると、木の本数という意味では随分と少ない。

 これは切った後で乾燥させておらず、木の中にはまだ水分がたっぷりと残っているのが原因だろう。

 事実、レイが荷台の上に置いた木の幹の切断部分からは、樹液や水分が漏れ出ている木もある。

 木の種類によって水分量は変わってくるのだが、切ってからほとんどすぐミスティリングに収納しているので、どの木からも多くの水分が零れ出ている。

 ……正確には一時間、二時間といったくらいの時間は経っているのだが、半年近く乾燥させることを考えれば、一時間や二時間というのは誤差の範囲内だろう。

 その水分量というのは馬鹿に出来ず、当然のように樵達がいつも運んでいるような真似は出来なかった。

 それでも何とか馬車に木を全て載せることに成功すると、先程レイと話していた騎士が再び話し掛けてくる。


「取りあえず、こっちは何とかなったな。……ただ、次はすぐに来るんじゃなくて、もう少し経ってからにしてくれ。こうして見る限りだと、馬車がすぐに戻ってくるのは難しそうだし」

「……だろうな」


 元々通常の馬車よりも荷台が大きく作られており、移動するにも大量の木を載せているので馬が引っ張ってもかなり速度が遅い。

 いや、これでも樵用の馬車……多少であってもマジックアイテムが使われているだけに、まだ馬の数がこの程度で済んでいるのであって、もしこれが普通の馬車であれば馬の数は二倍……もしくは三倍は必要としただろう。

 今の状況でもゆっくりと移動しているのだから、セトの飛行速度を考えれば、また今の状況で戻ってきてもここで待ちぼうけとなるのは確実だった。


「何なら街の中で一休みしていってもいいが、どうする?」

「いや、止めておく。もう少し森を調べてみたい」

「……そうか」


 短く呟く騎士は、それ以上何も言わない。

 この騎士も、今回の件を任されている以上、トレントの森の危険性は理解している。

 だからこそ、レイがそれを解決出来るというのであれば、そこに任せたいという思いは強い。

 もしレイが調べても駄目なようなら、それこそ取れる手段というのは殆どないのだから。

 だが同時に、トレントの森から運ばれてくる木はあればあっただけいいとダスカーから聞かされてもいる。

 少なくても、収容場所に余裕がある限りは……いや、多少無理をしてでも木を集めるようにと言われていた。

 ……その影ではダスカーの部下の錬金術師が昼夜を問わず働いているのだが、そこまでは騎士も知らない。

 こうしてレイは、騎士と言葉を交わし……マリーナ達とも少しだけ話してから、セトと共にトレントの森に向かって飛び立つ。

 そんなレイの姿を見送ると、騎士を始めとしてこの場でレイを待っていた者達はそれぞれギルムの中に入っていく。

 手続き自体は、今の時刻そこまで並んでいる者はいなかったので、そう時間が掛からずに終わった。

 それでも、ギルドカードを出してそれを警備兵に見せて……といった具合に手続きが面倒なのは変わらない。

 ビューネがその面倒さに若干嫌そうな雰囲気を発していたが、それでもギルムの中に入るには我慢しなければならないと、大人しく手続きを済ませる。


「レイのことだから心配はいらないと思うけど……大丈夫よね?」


 呟くマリーナの言葉に、ヴィヘラは問題ないと頷く。


「レイをどうにかしようと思ったら、それこそ森程度じゃどうにもならないでしょ。……私はその森には行ったことがないけど、レイをどうにか出来ると思う?」


 そう言われれば、マリーナも首を横に振るしかない。

 実際、マリーナが見てきた森は、色々と違和感のある森ではあった。

 だが……その違和感があっても、その程度でレイをどうにか出来るとは、とてもではないが思えない。

 寧ろ森がレイに対して危害を加えようとすれば、それこそ森そのものが消滅してしまうのではないかと……そんな風にすら思ってしまう。

 それは都合のいい予想といったものの類ではなく、マリーナの中にある実感としてのものだった。

 マリーナがレイのことを知ってから今まで、その実力に驚かされることはあっても、実力不足に落胆するようなことはなかったのだから。


「そうね。私の考えすぎかしら。……いえ、寧ろレイが頑張りすぎてトレントの森が消滅することを心配しているのかもしれないわね」

「そっちは、普通にあるかも」


 ヴィヘラも、レイがトレントの森にどうにかされるような予想は出来なくても、レイがトレントの森をどうにかするということは容易に予想出来てしまう。

 トレントの森を実際に見ていないからこそ……と言われることもあるのかもしれないが、今回のような場合は、それこそトレントの森を知っていても特にレイの心配をするようなことはなかった。

 それだけレイの実力を理解しているということでもあるが、どう考えてもレイが死ぬようなところは想像出来なかったというのも大きいのだろう。

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