第1368話
「は? えっと……悪いけど、もう一度聞かせてくれるか?」
レイの言葉に、レノラは頷いてから口を開く。
「今日の依頼は、トレントの森の木を伐採して持ってくるのではなく、向こうで伐採された木の運搬となります」
レノラの口から出た言葉に、やはり自分の聞き間違えじゃなかったと判断すると、呆れたように口を開く。
「トレントの森には、なるべく人を近づけないってのがギルドの方針だったと思うんだがな」
「ええ、私もそう聞いてますが……何でも上の方で色々と動きがあるようで。その関係かと」
「……なるほど」
レノラの言葉に、レイは納得したように頷く。
そもそもの話、トレントの森から木を伐採して持ってくるという依頼が色々と疑問があったのだ。
それを考えると、今更依頼の内容が多少変わったところで、特に問題はない。
いや、寧ろ木を持って帰るだけというのは、レイにとって依頼が楽になったと言えるだろう。
「それで今日はギルドの中に人数が少ないのか?」
レイがギルドに来るのは、朝の忙しい時間帯……それこそ依頼ボードに依頼書が貼り出され、それを求めて冒険者達が群がっている時間帯がすぎてからだ。
今日もまたそれは同様だったのだが、いつもであればこの時間帯であってもギルドにいる冒険者はある程度いるのだが、今日に限ってはその数が少ないように思える。
「そう……ですか? 一応トレントの森は危険だということで、ランク制限のある依頼なのですが……まぁ、樵の護衛の他にも冒険者達が自分で木を切り倒せば、それが報酬に上乗せされるという意味では美味しい依頼かもしれませんしね」
「なるほど、本格的にトレントの森の広がりを抑えることにしたのか」
「どうでしょう。もしかしたら、木材の方をより多く欲しているのかもしれませんが……」
レイの呟きに、レノラがそう返す。
そんなレノラの隣では、ケニーがレイに話し掛けたそうにしていたが……まだケニーの仕事の書類整理の方が終わっていないらしく、今の状況で話し掛ければレノラに怒られるのは確実だった。
「ま、どっちでもいいさ。俺の方の依頼が楽になるのならな。……ああ、いっそのことマリーナ達も連れて行くか?」
「……ギルドとしては、出来ればレイさんには何度もギルドとトレントの森を往復して欲しいのですが」
「つまり、今までみたいに一度行っただけじゃなく、何往復もしろと?」
「有り体に言わせて貰えば……そうなります」
レノラの言葉に、レイは考える。
何往復もすること自体は、問題ない。
そもそも、空を飛ぶセトの移動速度はトレントの森まで片道数分といった程度なのだから。
だが、それでも伐採された木を一本ずつミスティリングに収納するのは面倒だし、何より何度もギルムとトレントの森を往復するということは、当然のようにギルムに入ったり出たりする手続きも何度となく行わなければならないことを意味している。
ましてや、その手続きが終わっても何度となくギルドまで移動しなければならないという手間もあった。
それは、明らかに面倒臭い。
「ギルムの正門前でギルドの面子が待機していて、そこに伐採した木を引き渡すってことでいいのなら引き受けるけど?」
結局レイの口から出たのは、そんな妥協案。
トレントの森で伐採された木をミスティリングに収納するのは、面倒ではあっても出来ないことではない。
その辺りを考えて、そう告げたのだが……
「うーん……レイさんの要望も分かりますが、そうなると正門前にある木をどうやってかギルドまで運んでこないといけないことになるんですが……」
「その辺りは、冒険者がいれば何とでもなるし……もしなんなら、最後に纏めて俺が持ってきてもいいけど?」
「いや、それだと結局一気に大量の木が来るってことになるでしょ」
書類仕事を終わらせたのか、ケニーが少し呆れたようにレイに告げる。
元々何往復もして貰うというのは、ギルドの倉庫には限りがある為だ。
そうである以上、ギルドとしては少しずつ定期的にギルドまで持ってきて貰うというのが最善だった。
「なら……そうだな、ギルドの倉庫に集めた木をどこかに持っていくんだろ? なら、ギルドに置かなくても俺が直接そこに持っていけばいいんじゃないか?」
「うーん……普通に考えればそうなんだけどね。ただ、上の方にも色々と事情があるようなのよ」
「事情?」
「ええ。もっとも、私達程度じゃ詳しくは分からないけど。……レノラ、上の人に聞いてきたら? それでも判断が出来ないようなら、それこそギルドマスターに話を通した方がいいかもしれないし」
「……ええ、そうね」
何故ケニーがそんなことを言ってきたのかというのは、それこそ今の嬉しそうに笑みを浮かべている姿を見ればすぐに理解出来た。
そう、レノラが上司に事情を説明している間、ケニーはレイと二人きりで話が出来るのだ。
最初からそれを狙っていた訳ではないのだろうが、それでもケニーはレイと二人きりで話が出来るチャンスがあれば、それを見逃す筈がなかった。
(マリーナ様やヴィヘラさんみたいな美人と一緒に行動してるんだもの。この辺りでレイ君と親しくなっておかないとね)
レイが行動を共にしているマリーナとヴィヘラは、ケニーの目から見ても非常に魅力的な相手だ。
それこそ、ケニーであっても気が付けば見惚れてしまう程に。
唯一、ビューネのみはケニーから見ても恋敵とは思えない相手だが……それは救いにはならないだろう。
「はぁ、仕事も終わってるようだから、これ以上は言わないけど……依頼を受けに来た人がいたら、しっかりと対応するのよ?」
ケニーの狙いを分かっていても、実際今の状況では上司に相談しない訳にはいかない。
レノラは仕方がないと溜息を吐くと、そのまま席を立って上司の方へ向かう。
レノラも、ケニーの恋を応援はしているのだが……それが態度に出ることはあまりなかった。
「ふふっ、こうしてレイ君とゆっくりと話すのは、随分と久しぶりね」
「そうだな。最近は何だかんだと、色々忙しかったし」
スピール商会の件や、それこそ現在進行形で関わっているトレントの森の件。
特にトレントの森の件は、夜になると森が侵蝕し……何よりモンスターとして活動があるということで、空を飛ぶセトと高い戦闘力を持っているレイが半ば専任の形となっていた。
だが、今日からの依頼で他の冒険者も数多く出ることになる。
(ランク制限されてる依頼ってことは、今までとは違って実力のある冒険者がトレントの森に行くってことだしな。……まぁ、俺が昨日見つけた荷物は、どんなパーティの物なのかは分からないけど)
そう考え、昨日の荷物の件が気になったレイはケニーに視線を向けて口を開く。
「俺が昨日見つけてきた荷物の件って、どのパーティの物なのか分かったのか?」
「ああ、レノラが探していた件ね。……いえ、残念ながらまだよ。トレントの森の件で色々と忙しいというのもあるし、荷物の中には個人を特定出来るような物が何もなかったというのが大きいわね」
「そうか。まぁ、ギルドカードでもあれば、話は別だったんだろうけど……」
「そうね。けど、基本的にギルドカードは本人が身につけていることが多いから。その辺を考えると、やっぱり何か特徴的な物が残ってないと、すぐにというのは難しいでしょうね」
そう言いながらケニーが見たのは、レイ。
ミスティリングやスレイプニルの靴、それ以外にもネブラの瞳や新月の指輪といったように、幾つものマジックアイテムをレイは身につけていた。
これだけ特徴があれば、それこそ誰が身につけていた物か探すのも容易いだろう。
……もっとも、マジックアイテムを拾ってそれを素直にギルドに届け出るかと言われれば、それは難しいだろうが。
「レイ君は何回もトレントの森に行ってるみたいだけど、何かモンスターを見たりしたことはないの?」
行方不明になったパーティのことについて話していても、話題が暗くなるだけだと判断したのだろう。ケニーが話を変える。
それでいて全く関係のない話ではなくトレントの森についての話なのは、ケニーもやはりギルド職員としてトレントの森が気になっているからだろう。
現在、ギルムの中でトレントの森について一番足を運んでいるのは、間違いなくレイだ。
つまり、レイ以上にトレントの森について詳しい者はいないということになる。
……もっとも、レイはそこまで植物各種について詳しい訳ではないので、聞かれても答えられることには限りがあるのだが。
だが、それでもトレントの森でモンスターに遭遇したのかと言われれば、レイは自信を持って首を横に振る。
「いや、全くモンスターとは遭遇してないな。スレーシャや俺が昨日見つけた荷物の件を考えると、間違いなく夜になればトレントの森にモンスターは出るんだろうが……」
日中には影も形も見ることが出来ない、と。
そう告げるレイの言葉に、ケニーは首を傾げる。
実際、それはおかしなことなのだ。
夜になればモンスターが活発化すると言っても、昼になれば姿を消すという訳がない。
動きが鈍くなったり、眠っていたりということはあるかもしれないが、それでも臭いを含めてセトの五感、第六感、更には魔力を感じる能力までをも誤魔化せる程ではない筈だった。
「なるほど。なら……」
「お待たせしました」
ケニーが何かを言う直前、戻ってきたレノラがそう声を掛ける。
自分の楽しい一時を邪魔したレノラに対し、ケニーは不服そうな視線を向けるが……元々レイの相手をするのは、あくまでもレノラがいない間だけだったというのは分かっているのだろう。
何か文句を言うようなことはなく、不承不承ながらも黙り込む。
そんなケニーの様子を一瞥したレノラは、改めてレイに向かって口を開く。
「ギルドマスターに聞いて来ましたが、今回の件は色々と機密度が高いらしいです。なので、レイさんが個々に伐採した木を持っていくのは遠慮して欲しいそうです」
「……なら、どうしろと?」
「人を派遣するそうですので、そちらに木を引き渡して欲しいと」
「なるほど、結局そうなるのか。……うん?」
レノラの言葉に、レイは一瞬違和感を覚える。
人をやるとは言っているが、それがどこから派遣されてるのかというのがきっちりとされていないことに。
(まぁ、普通に考えればギルド職員か……もしくは冒険者ってところか?)
一瞬だけ違和感があったが、それでもすぐにそのことは忘れる。
「どうしました?」
「いや、何でもない。じゃあ、改めて今日の依頼を確認すると、俺はトレントの森まで向かって、そこで切り倒された木を収納。その後、ギルムの入り口にいる相手に引き渡せばいいんだな?」
「はい、そうなります。依頼料の方は、運んだ量によって変わるということですが、構いませんか?」
「ああ、それで構わない。ただ、依頼料の方は火炎鉱石での支払いにして欲しい」
「ギルドマスターからその辺は聞いています。火炎鉱石でも、お金でもどちらでもレイさんの好きな方をとのことでしたので」
ワーカーも、今回の件でレイに色々と無理をさせているというのは理解しているのだろう。
だからこそ、こうしてレイが欲しい報酬を用意したのは間違いない。
……もっとも、レイ本人は自分が無理をしているという思いは全くないのだが。
そもそも、今までも一時間掛かるかどうかといった程度の時間しか働いていない。
ただ、それが出来るのがレイだけだというのは、間違いない事実なのだが。
「そうか。じゃあ、火炎鉱石の方で頼む」
「……あんな魔法金属、何に使うの? お金の方がよくない?」
レイとレノラの話を聞いていたケニーが、不思議そうに尋ねる。
レイが炎の竜巻を使うという話は聞いていても、それを具体的にどうやって行うのか……ましてや、そこに火炎鉱石を流し込んで威力や殺傷能力を高めるといった真似をしているというのは知らない。
そのようなことを知らなければ、普通なら火炎鉱石は鍛冶師や錬金術師が使うようなものと考えてもおかしくはないだろう。
そしてレイの場合は鍛冶師でも錬金術師でもない。
もしくは何か作って欲しいと頼む時に素材の持ち込みとして火炎鉱石を欲するのは理解出来るが。
「今の俺にとっては、金よりも火炎鉱石の方が嬉しいんだよ。特に今のような場合は……」
いざという時に火災旋風を使ってトレントの森を燃やしつくす。
最後の手段としてそう考えているレイにとって、火炎鉱石は幾らあっても足りない代物だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます