第1288話
冬の夜の庭という、普通であればパーティをする場所とは思えない場所。
だが、マリーナの精霊魔法とレイが用意した窯による熱により、庭は夏……とまではいかないが、春に近いだけの暖かさだった。
それでいながら窯の周りも含めて雪が全く溶けていないのだから、精霊魔法の出鱈目ぶり……もしくは、それだけマリーナの精霊魔法の技量が卓越したものなのだろう。
一見すれば、精霊魔法やマジックアイテムを無駄に使っているようしか見えない光景。
それでも貴族街に住んでいる他の者達に奇妙な目を向けられなかったのは、この屋敷が貴族街の中では目立つ場所にないというのもあるし、なによりこの屋敷がマリーナの屋敷だということを貴族街に住む者達も知っていたからこそだろう。
マリーナの美貌とギルドマスターとしての地位を考えると、当然取り入ろうと考える者が出て来てもおかしくはない。
だが、今回に限って言えば、そのような者達が姿を見せることはなかった。
……それがパーティをしている中にセトの姿があったからなのか、それともマリーナが精霊魔法で何かしたからなのか。それを知る者は本人だけだろう。
「レイがパーティリーダーなんだから、やっぱりパーティの名前は炎とかそういうのが付くものにしたいわね」
「俺はパーティリーダーになったのを認めた訳じゃないんだけどな」
ピザの材料は既に片付けられ、数枚のピザのみが置かれたテーブルの上に、飲んでいた紅茶を置きながらレイはヴィヘラの言葉に不服そうに呟く。
「諦めなさい。そもそもこのパーティはレイを中心に集まった面子で構成されてるんだから」
『ふふっ、そうだな。私から見てもその面子を引っ張っていけるような者はレイ以外にいないと思うぞ?』
マリーナの言葉に、テーブルの上に置かれていた対のオーブに映し出されたエレーナが同感だと頷く。
最初は自分の家の集まりがあって忙しかったエレーナだったが、それも何とか一段落したところで、こうして対のオーブ越しではあるがレイ達が行っている年越しパーティに参加することが出来たのだ。
もっとも、対のオーブ越しなので直接レイと触れあえないのはエレーナにとっても不満だったのだが。
「そう言ってもな。俺がパーティリーダーをやろうものなら、間違いなく問題が起きまくるぞ?」
「……まぁ、レイだしね」
レイの言葉にしみじみと呟くマリーナに対し、ヴィヘラは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
戦闘を好むヴィヘラにとって、何らかのトラブルが起きて誰かに狙われるというのは、決してマイナスではない。
寧ろヴィヘラにとってはプラスですらある。
もっとも、そのような時に出てくる相手は決して強い者だけではなく、中には口だけで弱い見かけ倒しの相手というのも多いのだが。
「パーティリーダーの件は取りあえず置いておくとして、だ」
このままでは自分の分が悪いと判断したレイは、取りあえず話を誤魔化す。
……もっとも、レイの言葉を聞いていた者達は皆がそれを理解した上で異論を唱えなかったのだが。
「私達が組むパーティで、一番目立つのはやっぱりセトよね? なら、セトを目立たせるようなパーティ名がいいと思うんだけど」
「それには異論がない」
パーティ名というのは、そのパーティの特徴を表しているものが多い。
レイが知ってる限り、エルクの率いる雷神の斧というのがそれだろう。
エルクの武器であり、異名であり、パーティ名でもある。
雷神の斧という名前を聞けば、誰であってもエルクとそのパーティを思い浮かべるだろう。
勿論それが全てという訳ではなく、灼熱の風というミレイヌのパーティ名のようなパターンもある。
もっとも、そちらもミレイヌの剣技やスルニンの魔法、エクリルの弓のように、激しい攻撃をするという意味で灼熱の風という名前が付けられたのだが。
「セトの名前か。……ミレイヌやヨハンナ辺りなら、いいのを思いつきそうだけど」
「止めておきなさい」
レイの言葉に、ヴィヘラが即座に待ったを掛ける。
ミレイヌやヨハンナがセトをどれだけ可愛がって……いや、溺愛しているのかを知っているからこその言葉。
もしその二人がパーティ名を考えた場合、『セトちゃんを愛し隊』『セトちゃん最高』『セトちゃんは何にも勝る』といったようなパーティ名を考えるのではないかと、そうヴィヘラの脳裏を過ぎったからだ。
少し考えれば、レイもそれは理解出来……最終的にヴィヘラの言葉には頷くしか出来ない。
「うーん、けどパーティ名か。迷うな」
ミレイヌやヨハンナ云々のことは取りあえず忘れ、改めて自分達のパーティ名についてを考える。
だが、元々自分のネーミングセンスにはそれ程自信がある訳でもないレイだ。
それこそ、ミレイヌやヨハンナが考えるようなパーティ名しか思い浮かばない。
ましてや、自分達の特徴や目標といったものを分かりやすくするパーティ名は……と考えると、殆ど思い浮かばなかった。
『そういうことで悩めるというのは、羨ましいな』
「あら、どういう意味?」
対のオーブから聞こえてきた言葉に、マリーナが尋ね返す。
『別に揶揄するようなつもりはない。ただ、そういう名前を考えたりしている時が、一番楽しいものだろう?』
「そうね。それは否定しないわ」
祭りそのものより、祭りの準備をしている時の方が楽しい……といった話は、時々聞く。
今の自分達もそれと同じようなものだろうと言われれば、マリーナもその言葉を否定するつもりはなかった。
それに、対のオーブに映し出されているエレーナの顔が、本当に自分達を羨ましそうに見ていたというのも大きいだろう。
「何言ってるんだよ。このパーティには、いずれエレーナも入るんだから、一緒に名前を考えてくれないと困るぞ」
『……え?』
だからこそ、レイのその言葉に対のオーブに映し出されていたエレーナは、意表を突かれた表情を浮かべる。
そして数秒呆けた表情を浮かべ……やがて我に返ると、慌てて口を開く。
『いや、だが……レイも知ってる通り、私はとてもではないが冒険者などは出来ないぞ?』
その言葉は、間違いなく真実だった。
エレーナは、ミレアーナ王国の三大派閥の一つ、貴族派の中でも象徴的な存在だ。
とてもではないが、冒険者として活動出来る筈がなかった。
だからこそパーティのことを話しているレイ達が羨ましく……寧ろ直接その場におらず、対のオーブ越しのやり取りであったことに感謝すらしていた。
もし自分が直接マリーナの屋敷で行われているパーティに参加していれば、らしくない言動をすることがあったと、そう確信している為だ。
それだけに、レイの口から出た言葉には意表を突かれ……今のエレーナの顔は、公爵令嬢でも、姫将軍でもなく……愛する男を前に驚きの表情を浮かべる、一人の女の顔だった。
エレーナがそんな顔を向けるのは、それこそレイだけだ。
父親のケレベル公爵ですら、エレーナのそんな顔を見ることは出来ないだろう。
(本人はそのことに気が付いてるのか、いないのか……どちらなのかしらね)
笑みを押し殺しつつ、マリーナは対のオーブに映し出されているエレーナを見ながら考える。
だが、決してそれを口にすることはない。
何故なら、もしそれを言えばその言葉はそっくりそのまま自分に返ってくるのだから。
それはマリーナだけではなくヴィヘラも同様であり、唯一この場ではレイを愛していない――好意は抱いているが――ビューネは、話を右から左に聞き流しながらテーブルの上にある干した果実を味わうことに専念していた。
そんな風に、様々な感情を抱いている者がいる中で、レイはエレーナに頷く。
「ああ。今のエレーナだと無理だろうな。けど……いつまでもって訳じゃないだろ? 継承の儀式のおかげで、エレーナは俺と近い存在になった。なら、今すぐには無理でも、そのうち今の立場から解放されることになるかもしれない」
その時、俺達のパーティに入ればいい。
そう告げるレイの言葉に、エレーナは一瞬何を言われたか分からずに黙り込み……だが、次の瞬間噴き出す。
『ぷっ、くくく……はははは。そうか、そうだな。ああ。そうなったらいいな』
笑いの衝動を押し殺せないエレーナ。
この笑顔もまた、普段エレーナを知っている者であれば見ることが出来ないものだろう。
貴族派の男であれば……いや、貴族派でなくてもエレーナを知っている男であれば、誰もが羨ましがるだろう光景。
だが、レイは自分がそんな幸運に恵まれているとは全く思いもせず、対のオーブの向こう側で太陽の光その物を形にしたような金髪を振り乱しながら笑っているエレーナに、不服そうな表情で口を開く。
「何だよ、別に笑うことはないだろ? 俺は素直に誘ってるのに」
『くくっ、あ、ああ。すまん。だが……そうだな、レイの言葉はありがたいし、嬉しいよ。それは間違いない』
対のオーブに映し出されたエレーナは、楽しそうに……本当に楽しそうに笑う。
「とにかく、パーティの名前だが……うーん、ぱっと思いつくのは、ないな」
何だかこのままエレーナと話していれば、全く話が進まないと判断したレイが強引にパーティ名についてに戻すも……そこでも結局いい話は出てこない。
一応幾つか意見は出るのだが、全てどれもしっくりこないというのがただしい。
また、パーティ名を決めるという話をしながらも、話題はそれだけではない。
あっちに飛び、こっちに飛び、といった具合に話が飛ぶ。
もっとも、パーティ名を決める為だけに集まった訳ではないのだから、年越しパーティとしては相応しいのかもしれないが。
『キュ! キュキュ!』
「グルルルゥ」
今もまた、エレーナの側にやってきたイエロが、黒竜とは思えないような愛らしさで対のオーブ越しにセトと話し合っていた。
「それにしても、前から疑問に思ってたんだけど、イエロとセトは全く種族が違うわよね? なのに、何で話が通じてるのかしら?」
ヴィヘラが少し温くなった紅茶を飲みながら、不思議そうに呟く。
視線が向けられている……尋ねられているのはレイなのだが、その疑問にはレイも答えることが出来ない。
初対面の時から、既にセトはイエロと会話が出来ていた。
そういうもの、というイメージがレイの中にはある。
「どうなんだろうな。まぁ、幾つか予想は出来るけど……仮定に仮定を積み重ねた、それこそ単なる妄想だしな」
呟きつつ、レイはイエロに視線を向けた。
イエロは竜言語魔法で……より正確には継承の儀式と呼ばれる、エンシェントドラゴンの魔石を受け継いだエレーナにより生み出された存在だ。
そしてセトは、魔獣術と呼ばれるゼパイル一門だけが為しえた魔術によって生み出された存在。
どちらも共通点らしきものはなんとなくあるのだが、それでも確実とは言えない。
「……あら、もう少しで日付が変わるわね。レイ、うどんを食べるんでしょう?」
魔獣術と竜言語魔法の共通点について考えていたレイは、マリーナのその声で我に返る。
「ああ、そうだったな。……エレーナには悪いけど」
『うん? ああ、心配はいらない。最近はこちらでもうどんを出す店が増えてきていてな。そちらに話を通して、準備はしてある。……出来れば、レイ達と同じうどんが食べたかったが』
「ケレベル公爵領のうどんか。それはそれで、興味深いな。地域によって色々と変わってくるだろうし」
ギルムから広まったうどんだが、焼きうどんも既に出来ているし、出し汁の方も色々な種類が出来ている。
(港街で広まれば、多分海鮮ラーメンならぬ、海鮮うどんとかになるんだろうけど)
そう考えるレイだったが、出来れば年越しはうどんではなく、蕎麦にしたいと思うのは日本人だからか。
……米にはそれ程拘りを持っていないのだが。
「ともあれ、エレーナの方でもうどんの用意が出来たんなら、丁度いい。じゃあ、全員でそろそろうどんを食べるか。日付も変わる頃だし」
そんなレイの言葉に、対のオーブの向こう側でエレーナも頷き、鈴を鳴らす。
するとすぐに扉がノックされ、メイドが顔を出す。
『お嬢様、お呼びでしょうか?』
『うむ。厨房にうどんが用意されている筈だから、持ってきてくれ』
メイドはエレーナの言葉に頷くと、そのまま去っていく。
そして数分もしないうちに、うどんが持ってこられた。
「じゃ、こっちも出すか」
エレーナがうどんの入った器を持っているのを見たレイが、ミスティリングからうどんを出していく。
対のオーブで映し出せるのは映像だけで、匂いを相手に届けることは不可能だ。
だが……それでも、エレーナから見て、本場のうどんというのは自分の手元にあるうどんより何倍も美味そうに思えた。
そのことに少し羨ましそうにしながらも、やがて全員にうどんが渡ったところで丁度年を越し……新年となる。
「明けまして、おめでとう」
そう告げ、うどんを食べるのだった。
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