第1255話

 靴の件が片付いた、二日後……レイとセトは、ギルムの外にある林の中にあった。

 何度かモンスターを解体している、川の流れている場所だ。

 雪を見た時に感じたレイの予想は当たり、現在は雪が急速に積もっている。

 川の周辺にも十cm以上も雪が積もっており、今もまた雪が降り続いていた。

 見るからに寒そうな景色だったが、レイはドラゴンローブのおかげで特に寒さは覚えてないし、セトもグリフォンなのだからこの程度の寒さはどうということはない。

 難点なのは、足下だろう。

 雪が積もっているだけに、微妙に歩きにくいのだ。

 ましてや、ここはそれなりに冒険者が利用しているので踏み固められて道が出来上がってはいるが、それでも街道があるような場所のように歩きやすい訳ではない。


「……セトに乗ってきた方が良かったかもしれないな」


 呟くレイの言葉に、セトは喉を鳴らす。

 まるで、最初からそうしたら良かったのに……と、そう言いたげなセトの鳴き声。

 こうして歩いている最中でも雪が降り続いており、ドラゴンローブやセトの身体の上にも雪が降り積もっていく。


「ああ、俺もそう思うよ。……そう言えば昨日はどうだったんだ? ヨハンナと一緒にすごしたんだろ?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 ミレイヌと一日をすごした次の日はヨハンナとすごす。

 レイにとっては疲れそうなスケジュールに感じられるが、可愛がられているセトにとっては寧ろ嬉しいことだったらしい。

 食べ物を多く貰えるというのは、セトにとっても嬉しかったのだろう。

 そのような時間をすごしたセトが今日レイとこの川に訪れたのは、銀獅子の魔石を吸収する為だった。


「どんな能力が手に入るんだろうな」

「グルルルゥ?」


 小首を傾げるセトの頭を撫でながら、レイは銀獅子との戦いを思い出す。

 すぐに思い出されるのはやはり聞いた者の動きを止める咆吼だろう。

 それ以外にも、体毛を針のようにして全方位に放つ攻撃方法もあるし、純粋に身体能力を上げるような攻撃方法というのも有り得る。

 いずれにしろ、どのような能力を習得しても、セトにとって大きな戦力となるのは間違いのない事実だった。

 それ以外にも、レイが……より正確にはデスサイズが習得した地形操作のスキルがどれ程効果が強化されたのかを確認するという意味もある。


「さて、一応確認してくれ。周囲には誰もいないよな?」

「……グルゥ」


 レイの言葉に、セトは周囲の様子を確認して短く鳴く。

 今からやるのは、レイにとってはお馴染みとなった魔石の吸収だ。

 だが、それでもいつもより慎重にならざるを得ないのには、理由があった。

 何故なら、これからセトが吸収する魔石は銀獅子の魔石なのだから。

 ランクSモンスターの魔石……それがどれだけの価値を持っているのかは、考えるまでもない。

 レイが持つ銀獅子の素材を求めて少なくない商人が接触してきたが、もしレイが銀獅子の魔石を持っていると知っていれば、その攻勢はより強力なものになっただろう。

 幸いというか、銀獅子の心臓と魔石はヴィヘラの意識を取り戻す儀式に使ったことにしたので、多くの商人達はそれを信じたが。

 中にはレイの言葉を疑った商人もいたのだが、少し調べればレイが意識不明になったヴィヘラを助ける為に二ヶ月近くも行動していたというのは分かるし、アンブリスというような遙か昔に一度現れただけの存在をどうにかする為には、ランクSモンスターの心臓や魔石が必要だと言われれば納得せざるを得ない。

 そんな訳で、現在レイが銀獅子の魔石を持っていると知られれば、間違いなく今までよりも遙かに大きな騒動になるのは間違いなかった。

 それこそ、黄昏の槍の一件でギルムの外に避難した時のように、またどこかへと避難しなければならない程に。

 レイもそんなことになるのは嫌だったので、こうして念の為に周囲の様子をセトにしっかりと確認させていたのだ。


「……よし、じゃあセト。これだ」


 ミスティリングから取り出した銀獅子の魔石を、レイはそっとセトの方へと差し出す。

 いつもであればセトの方に放り投げて吸収させるのだが、まさか銀獅子の魔石のような貴重品をそのように扱う気にもなれなかったのだ。

 セトもいつもと違うというのは理解しているのか、レイの掌の上に乗っている銀獅子の魔石を、クチバシでそっと咥え……そのまま飲み込む。


【セトは『王の威圧 Lv.三』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 それを聞いても、レイは特に驚くようなことはない。

 何故なら、恐らく王の威圧のスキルレベルが上がると、予想していた為だ。

 銀獅子の攻撃の中で何が厄介だったかといえば、やはりあの咆吼だろう。

 もっとも、新たに咆吼というスキルを習得するという可能性も否定出来なかったのだが。

 だが、レイとしては出来れば王の威圧のレベルがあがって欲しかったので、今回の結果は最善と言える。


(まぁ、あの毛針を全周囲に飛ばすという攻撃も結構魅力的ではあったんだけど……でも、それだとセトの毛がなくなりそうな気がするんだよな)


 銀獅子は何度も毛針を飛ばす攻撃を使っても体毛がなくなっていなかったのだから、多分大丈夫だと思うレイだったが、それも絶対ではない。

 ふと、レイの脳裏にセトの羽毛や体毛といったものが全て抜けてしまった姿が過ぎり……


「グルゥ!」

「痛っ!」


 レイが何を想像しているのかを本能的に悟ったのか、セトがクチバシでレイの手を軽く突く。

 勿論セトも本気で怒っている訳ではないので、レイの手から血が出るようなことはない。

 だが、それでも痛いものは痛いのだ。


「セト……」

「グルルルル」


 レイが少しだけ責めるような視線を向けるが、それに対してセトはいじけるように顔を背ける。


「分かったって。悪かったよ。ほら、許してくれ」


 レイが自分の非を認めてそっと身体を撫でてやると、まるで少し前まで拗ねていたのが嘘のようにセトの機嫌が直る。


「さて、じゃあ……次は俺の番だな」


 機嫌が直り、もっと撫でろと頭を擦りつけてくるセトと数分程戯れた後、レイはミスティリングからデスサイズを取り出す。

 

「本当なら王の威圧も試したいところだけど……誰もいない場所で試しても意味がないし、下手に誰か他の冒険者に聞かれれば、それもまた色々と問題あるしな」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトが残念そうに鳴き声を上げる。

 事実、セトの王の威圧というのは咆吼を上げる必要があるだけに、どうしても目立ってしまう。

 今は冬だが、この林はそれなりに冒険者の数が多い場所でもある。

 だとすれば、下手に王の威圧を使えば、それが冒険者を驚かし……結果として、モンスターを相手に戦っている最中の冒険者にとっては致命的な隙ともなりかねない。


「試すのは、また今度……そうだな、モンスターと遭遇した時だな」


 そう告げると、セトは少し残念そうにしながらも納得したように鳴く。

 セトの身体を一撫でし、改めてレイはデスサイズを手にしながら意識を集中する。

 スキルの発動にはそこまで意識を集中する必要はない。

 ……もしそうであれば、それこそ戦闘中には迂闊に使えないことになるのだから。

 だが、今回はレベルアップしたスキルを初めて使うだけに、何があっても即座にどうにか出来るようにという緊張がレイにはあった。


「よし……いくぞ。地形操作!」


 デスサイズの石突きを地面に触れさせながら叫ぶレイ。

 同時に、レイとセトのいる場所から少し離れた場所の地面がまるでエレベーターか何かのように一m程せり上がっていく。

 縦横五十cm程の正方形の形でせり上がったその様子は、もし誰かがそこへと向かって突っ込めば間違いなくそのせり上がった土の塊にぶつかるだろう。


「大体一mくらいか。……となると、こっちもか? 地形操作」


 先程よりは気合いの入っていない声で呟き、再びレイは地形操作を発動させる。

 すると一m程せり上がっていた地面のすぐ隣で、次は一m程の穴が開く。


「……随分と使えるな。これは」


 一m程度ではあるが、地面を自由に操ることが出来るというのは、個人としての戦いではそれ程役には立たないだろう。

 けれども、これがレイの得意としている対多数……それこそ小さいのでいえば盗賊、大きければ軍隊といった者達を相手にするのであれば、非常に有効に使えるのは間違いない。

 数十、数百、数千、数万……そのような集団が真っ直ぐ自分へと向かって攻めてきている時に、いきなり足場が一mも消え去り、落とし穴になってしまったらどうなるか。

 軽装の者は落ちても余程運が悪くなければ、首の骨を折ったりはしないだろう。

 だが、そこにフルプレートアーマーを身につけたような者達や、騎兵といった者達が落ちてきたらどうなるか。

 ……致命的と言ってもいいだろう被害が出るのは間違いない。

 また、一mの高さ程度であれば穴に落ちても上ることが出来ると、そう考えてしまう者も多い。

 しかし、戦場でいきなり自分の足下が消えてしまった中で、すぐに上ろうと判断出来る者がどれだけいるか。

 そして判断が数秒でも遅くなれば、背後から迫ってきた仲間に押し潰されることになる。

 ましてや、落とし穴から脱出しても、次の瞬間には再び同じような落とし穴を作られる可能性があるのだ。


「それに……別に使えるのは、戦闘だけじゃないし」


 レイには……いや、ギルム周辺ではあまりそのような仕事は多くはないが、治水工事や街や村の拡張といった仕事もある。

 そのような時に、一m程であっても地面を自由に上げ下げ出来るような能力があれば、どれだけ助かるのかは考えるまでもないだろう。


「もしかしてこれ、あまり人目に晒さない方がいいんじゃ? ……いや、今更か」

「グルゥ」


 一瞬、これを知られると色々と面倒なことになるのでは? と思ったレイだったが、そもそもレイは基本的に自重というものをしていない。

 それこそ、もしレイが自重をしているのであれば、異名付きの冒険者などになっている筈はない。

 ましてや、ランクAモンスター……いや、希少種扱いということで、ランクS相当扱いとなっているセトを連れている時点で、自重も何もないだろう。


「今度治水工事とかそういう依頼があったら、受けてみるか?」

「グルルルゥ?」


 レイの言葉に何を感じたのか、セトが首を傾げて喉を鳴らす。

 セトが何を不思議がっているのかを疑問に思ったレイだったが、取りあえず今はやるべきことを全て済ませたと判断する。


「帰るか?」

「グルルゥ!」


 ギルムに戻って何か温かい料理でも食べるか。

 デスサイズをミスティリングへと収納してそう言おうとしたレイに、何故かセトが首を横に振る。


「どうした? 帰らないのか? もう少しここにいたいと?」

「グルゥ!」


 レイには全く理由が分からなかったが、何故かセトはもう少しここにいたいと鳴き声を上げる。


「……まだここにいるのか?」


 ドラゴンローブのおかげで寒さは感じないが、それでも雪国で育っただけにレイは雪を見るのがあまり好きではない。

 今もしんしんと雪が降っているのを見ると、出来れば早く夕暮れの小麦亭に戻ってゆっくりしたいというのが正直なところだった。

 だが、雪が嫌いなレイとは違い、グリフォン……下半身が猫科の獅子であるにも関わらず、人懐っこく犬的な性格のセトは雪の中を駆け回って遊ぶのは決して嫌いではないのだ。

 夕暮れの小麦亭の厩舎がある場所の近く……裏庭で、セトがミレイヌやヨハンナ、それ以外にも様々な相手と雪遊びをしている光景は、それ程珍しい話ではない。


「少しだけだぞ」


 だからこそ、レイもセトの円らな瞳でされる無言のお願いに負けてしまい、そのままセトを自由にさせる。

 嬉しそうに周囲を駆け回るセトを見ていたレイだったが、やがてふと思い立ち、ミスティリングから再びデスサイズを取り出す。

 そして石突きを地面に触れさせ……


「地形操作」


 デスサイズのスキルを発動し、自分のすぐ側の地面を一m程せり上げる。

 そしてミスティリングから取り出した布をその上に敷き……そこに座る。


「うん、普通に椅子としても使えるな。それに大きさの事を考えれば、臨時のテーブルとかにも出来そうだ。……テーブルは無理か?」


 呟き、再度地形操作を発動して長方形型に地面をせり上げる。

 地面を強制的にせり上げているだけなので、足を入れるような場所はない。

 テーブルとしては少し使いにくいのは明らかだった。


「まぁ、臨時のテーブルとしてなら使い道がないでもないだろうけど」


 呟き、靴屋で用意して貰った靴で軽く土を蹴りながら、嬉しそうに林の中を走り回るセトを眺めるのだった。






【セト】

『水球 Lv.四』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.三』new『毒の爪 Lv.五』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.四』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.五』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』


王の威圧:自分より弱い敵に対して、怯えさせて動きを止めることが出来る。動きが固まらない相手に対しても、速度を三割程低下させることが可能。ただし、自分と同等以上の相手には効果はない。

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