第1189話
ゴブリンの魔石と討伐証明部位の剥ぎ取りを終えたレイ達は、ギルムへと向かって進んでいた。
「いやいや、本当に助かりました。レイさんが護衛をしてくれると言わなければ、こちらもどうなっていたか……」
「気にするな。ギルムに来てくれる商人というのは減ってるしな」
「あははは。だからこそこちらもギルムに行く価値があるんですけどね」
ワレインと名乗った商人は馬の背の上で笑みを浮かべ、地面を歩いているレイに対して改めて頭を下げる。
馬車は横倒しになって車軸が折れていたが、幸い馬は特に怪我らしい怪我もなかったので、この中では一番体力のないワレインがその背に乗っていた。
「レイさんのおかげで、被害は殆どないままで済みそうです」
嬉しそうに告げるワレインだったが、喜ぶのは当然だろう。
例えば、馬車。
ゴブリンの襲撃により横倒しになり、車軸が折れていた。
普通であれば……特に今のような状況であれば、車軸が折れた馬車は捨てていくのが当然だった。
また、そうなれば当然ながら馬車に乗せていた荷物の殆ども捨ててこなければならない。
だが、レイは壊れた馬車をミスティリングへと収納した。
車軸は馬車にとっても重要な部品であり、修理費用も高額だ。
だが、それでも馬車を何もないところから作るよりは明らかに安くつく。
それ以外でもミスティリングに収納した商品はその多くがギルムで売ることが出来る。
勿論全ての商品が無事という訳ではない。馬車が転んだ衝撃により売り物にならない物もあった。
こちらも馬車と同様に、本来であれば捨てられるべき物をそのまま使うことが出来るのだから大きな損はない。
レイがいなければこれから商人として生きていくのは無理だろう程の損害があったのだろうが、レイのお陰で最低限の損害で済んだ。
そしてゴブリンの魔石や討伐証明部位も全て譲って貰ったので、最終的にはもしかしたら少し利益がでるかもしれないくらいになるだろう。
やはりゴブリンの死体が綺麗だったのが影響している。
綺麗であるといっても、レイの振るうデスサイズで胴体を上下に切断され、頭部から左右に切断され、頭部を切断され、としているゴブリンが多かった。
セトの一撃で頭部が砕け、胴体が砕け、毒の爪で痙攣して泡を吹き、ファイアブレスで燃やされ……または、ヴィヘラの一撃で身体を斬り裂かれて内臓を地面に零れ落としたり、浸魔掌で外傷はないものの死んでいるゴブリンもいる。
濃い血臭や内臓の感触があろうとも、魔石や討伐証明部位を剥ぎ取ることが出来るというのは幸運なことだった。
もしレイがここ最近よくやっているように、セトに乗ったまま上空から魔法を使ってゴブリンの群れを燃やしつくした場合、その死体は完全に炭と化してしまう。
討伐証明部位は当然ながら、体内にある魔石もが炭と化す炎の魔法の威力は驚嘆に値するが……こと素材を剥ぎ取るという一面については、レイの魔法は強力すぎた。
もっとも、今回の件は完全にワレインの運が良かっただけなのだが。
もしワレインの乗っている馬車がゴブリン達に追われているという状況であれば、敵味方を全く考慮する必要がないので、レイはいつも通りに上空から炎の魔法を地上へと向かって撃ち込んだだろう。
そうなれば当然ゴブリンも、ゴブリンリーダーも、素材を剥ぎ取ることが出来なくなっていたのだろうから。
「全く、普段は人付き合いが好きじゃないとか言ってるのに、時々こうなるんだから」
地面を歩くレイと、その隣を歩く馬に乗っているワレイン。
そんな二人を見ながら、ヴィヘラが呟く。
もっとも、言葉では文句を言っているのだが、レイを見る目にあるのは愛する人を見る優しい視線だ。
「……そ、そうなんですか?」
ヴィヘラの姿を見て、一瞬目を奪われた冒険者の女……ミーナが、何かを誤魔化すようにヴィヘラに尋ねる。
尚、もう一人の護衛はジャコモという名前の男なのだが、こちらはヴィヘラの美貌に目を奪われており、言葉を発せる状況ではなかった。
「ええ。いつもはセトに乗って移動するレイが、何で地面を歩いていると思う?」
「え?」
ヴィヘラの言葉に意表を突かれたのだろう。ミーナが首を傾げて前を歩いている二人……正確には二人と一頭の方を見る。
「馬車から馬を外した時、馬は大人しかったでしょ?」
「そう言えば、そうですね。ゴブリンに襲われている時は凄く興奮してたのに。もしかして変な体勢で暴れていたから疲れた……とかでしょうか?」
「違うわよ。いえ、それもあるかもしれないけど、もっと大きな理由はセトがいたから。知っての通り、セトはグリフォンで、ランクAモンスターなの。しかも雑食……どちらかと言えば肉を好む、ね。そうなれば……分かるでしょ?」
「あ」
そこまで言われれば、ミーナにも分かった。
馬にとってグリフォンとは、天敵と呼んでもいい存在なのだ。
「勿論セトは賢いし、野生でもない人が飼っている馬を襲おうとはしないわ。けど、馬にはそれが分からない。……いえ、ある程度セトと一緒の時間をすごせば分かるかもしれないけど、出会ったばかりでしょう?」
ヴィヘラは今まで何度も、最初はセトを怖がっていたものの一緒に行動して時間が経つに連れ、馬がセトを怖がらなく……慣れてくるという光景を目にしている。
その最も顕著な例は、ギルムにある夕暮れの小麦亭だろう。
普通の宿に比べると広い厩舎の中には、セト以外にも当然多くの馬がいる。
その馬も、最初はセトを怖がっていたのだが、数日も一緒に暮らせばセトが自分達に危害を加えるような相手ではないということが分かるのか、厩舎の中にセトがいても力を抜いて楽な姿勢をとるのだ。
そんな光景を何度も見てきているヴィヘラだったが、それでも特別な訓練を受けた馬でもなければ、最初からセトがいても動じないということはない。
馬についての説明をした後で、改めてヴィヘラは歩いているレイへと視線を向ける。
「それを分かっているから、レイはああやってセトを偵察に出しているのよ。ワレインの乗っている馬が怯えないようにね」
「……レイさん、優しいんですね」
ヴィヘラからの説明を聞き、しみじみと呟くミーナ。
そんなミーナの姿を見て、ヴィヘラは先程まで浮かべていた笑みから、どこか曖昧な笑みへと変える。
「そうね。優しいかどうかで言えば優しいんだけど……ただ、レイが言ってるように人付き合いが苦手だというのも間違いのない事実なのよ。実際、レイは敵対した相手には容赦しないし」
ヴィヘラもレイが起こしてきた件は色々と聞いている。
例えば、ベスティア帝国との間で行われた戦争で、自分に攻撃してきた味方の貴族の四肢を切断したとか。
もっとも、後で正確に情報を集めたところ、四肢ではなく両腕だったのだが。
噂が広まる中で大袈裟になっていくのはヴィヘラも当然知っている。
だが、その詳しい情報を集めるのにはそれなりに苦労し、金貨どころか白金貨すら使う羽目になった。
当然だろう。貴族の両腕が切断された場所にいた者は非常に少ない。
それでも情報を得ることが出来たというのは、その情報を漏らした者がいるということなのだが。
何でもその貴族に頼まれ、同時にその件を察したラルクス辺境伯の部下になっていた知り合いに頼まれ、一芝居打ったのだとかその情報をヴィヘラに売った男は、そう言って笑っていた。
……ただ、この件で誰が一番悲惨なのかと言えば、やはりその貴族だろう。
何故なら、ヴィヘラがレイにその件を聞いた時、本気で忘れていたのだから。
ヴィヘラの知ってる限りの当時の情報を話し、それでようやく思い出したのだ。
「敵対した相手、ですか。……レイさんのような強い相手に敵対するような人がいるんですかね?」
ミーナにとって、レイというのはその実力を間近で見ただけにとてもではないがレイと敵対するような者がいるとは思えない。
少なくても、ミーナは絶対に敵対したいとは思わなかった。
「ええ。ああいう性格でしょう? だから、どうしても敵が多いのよ」
ヴィヘラも、レイという人物を知ってから多少の時間が経つ。
それだけにレイが色々な相手に隔意を抱かれることは珍しくないというのは知っている。
(もっとも、そんなレイの態度を気に入る人がいるのも事実でしょうけど)
例えば、自分。例えば、ダスカー。
「グルルルルルルルルゥ!」
そのようなことを考えていると、不意に前方からセトの鳴き声が聞こえてくる。
「レイ!」
「分かってる!」
ヴィヘラが最後まで言わずとも、既にレイは地面を蹴って前方へと……セトの鳴き声が聞こえてきた方へと向かって走り出していた。
それを見たヴィヘラも、すぐにレイの後を追う。
「ちょっと様子を見てくるから、貴方達はワレインを守っていて! モンスターが現れたら、私達を呼んでちょうだい!」
ミーナとジャコモの二人に叫んで。
レイ達が前方で起きた何かに意識を集中している間に、またモンスターが現れたら自分達を呼べと告げて。
「な、なぁ。おい。どうする?」
後を任されたジャコモは、相棒のミーナに心配そうに尋ねる。
本来ならこのような時期にギルムへ行くワレインの護衛を受けるのだから、自分の実力には多少の自信があった。
だが、ゴブリンの群れに襲われ、馬車を横倒しにされてしまった衝撃が強かったのだろう。どこか心細そうな声だ。
「あのね、別にずっと私達だけでワレインさんを守ってろって訳じゃないのよ? なら、ヴィヘラさん達が戻ってくるまでの間くらい、どうとでもなるわよ。ワレインさん!」
「ええ。護衛の方、よろしくお願いしますね」
馬を動かし、ジャコモとミーナの近くにやって来たワレインは笑みを浮かべてそう告げる。
レイとヴィヘラという戦力がいなくなったのに、それでもジャコモと違って焦った様子がないのはワレインの度胸の問題か、それとも馬に乗っているのでいざとなればすぐに逃げられるという判断からか。
理由はともあれ、今のワレインは護衛のジャコモよりも落ち着いていた。
そんな相棒の姿に、ミーナは溜息を吐く。
「ほら、いいから私達はこの辺で周囲を警戒するわよ」
「いや、でもよ。またゴブリンが出てきたら、今度は馬車とかないんだぜ? そうなれば……」
勝ち目はない、と。ジャコモは絶望の表情を浮かべる。
ゴブリンを相手に絶体絶命になったことにより、ジャコモの心は折れてしまっていた。
(ヴィヘラさんがいる時は鼻の下をのばしてたのに……いえ、ヴィヘラさんに集中することで、自分の中にある弱さから目を逸らしていたんでしょうね。それに、馬車がないのは事実だし)
レイ達に助けられる前に馬車を横倒しにされたミーナ達だったが、その倒れた馬車の前に立つことで、背後から襲われるということを防いでいた。
だが、その馬車も今はレイのミスティリングの中だ。
もしゴブリンが襲ってきたら、全周囲から襲われる心配をする必要がある。
それはミーナも遠慮したかった。
(けど……)
レイやヴィヘラが向かった方に視線を向ける。
今回は呼べばレイ達は恐らくすぐに来てくれる筈だった。
それは、馬車を背に戦うよりもよっぽど頼もしい。
「モンスターが確実に襲ってくるとは限らないでしょ! ほら、今はとにかく周囲の警戒をするわよ!」
いざとなれば、確実に安心出来る戦力がいる。
そのことに安堵しつつ、ミーナは自分の相棒を励ますのだった。
時は少し戻る。
馬を怖がらせないために、セトがレイ達から先行し、周囲の様子を偵察していた時、それは起こった。
いつものように空を飛ぶのではなく、街道を歩いていたセトは不意に鋭い視線を近くに一本だけ生えている木へと向ける。
木があるだけなら、セトもそこまで鋭い視線を向けるような真似はしなかっただろう。
だが……セトの視線は、その木の後ろに存在している何者かの存在をしっかりと捉えていた。
木からはみ出ているのは、間違いなく尻尾。それも尻尾のある高さと、何よりもそこから漂ってくる以前嗅いだことのある臭いから、間違いなくワーウルフであると理解した。
集団で暮らすことの多いワーウルフが一匹でいるのは珍しい。
それでも木の後ろに隠れている以上、自分達を襲おうとしているのは間違いないと、そう思ったセトだったが……
「グルゥ?」
不意に小首を傾げる。
木の後ろから漂ってくる臭いが数秒前と少し違ったような気がしたのだ。
ワーウルフらしい獣臭さと同時に、汗を大量に流しているような、そんな臭い。
嗅覚上昇を使えば、それは明確なまでに明らかになった。
それが気になったセトは、光学迷彩を使って木へと近づいていき……その後ろで、黒い霧、アンブリスに身体を包まれているワーウルフの姿を発見する。
自分達が探し求めていた存在を見つけたセトは、レイにこの件を知らせるべく高く鳴くのだった。
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