第1175話
まず真っ先にレイへと飛び掛かってきたのは、ワーウルフの中でも一番小さな個体だった。
レイの実力を理解する為の捨て駒……という訳ではなく、純粋にそれだけの実力があるからだろう。
サイクロプスに向かって攻撃していた時とは全く違う速度。
勿論サイクロプスと戦っている時に手加減をしていたという訳ではなく、純粋に倒すべき相手がサイクロプスかレイかという大きさの違いだろう。
一撃の威力よりも、速度を活かした一撃離脱。
それを小柄なワーウルフはレイへと狙ったのだ。だが……
「その程度の速度では、な」
爪の一撃で斬り裂こうとしてきたワーウルフだったが、レイの持っている武器はデスサイズと黄昏の槍だ。
どちらも長柄の武器であり、爪を使った一撃と比べると間合いは圧倒的にレイが有利だった。
ワーウルフにしてみれば、レイの放った一撃を潜り抜けて攻撃をするつもりだったのだろう。
しかし、それはレイの持つ身体能力を侮っているとしか言えない行動。
左手に持つ黄昏の槍を鋭く突き出すレイ。
本来ならその一撃を最小限の一撃で回避し、槍を手元に戻す動きに合わせて間合いを詰める。
そんなつもりだったのだろうが……それは、あくまでもレイの突き出す槍の速度にワーウルフが反応出来ていればの話だ。
「ギャフッ!」
レイの手から放たれた黄昏の槍による突きは、ワーウルフが反応出来る速度を超えていた。
槍の一撃は頭部を砕き、その衝撃でワーウルフの口から濁った悲鳴が上がる。
また、レイが黄昏の槍の一撃から一瞬遅れて放ったデスサイズの横薙ぎの一撃は、頭部を粉砕されたワーウルフの胴体を切断し、走ってきた速度のまま地面へと崩れ落ちる。
その衝撃で上半身と下半身がそれぞれあらぬ方へと飛んでいき、それぞれの切断面から大量の血と内臓、体液といったものが周囲に撒き散らされた。
そんなワーウルフの死体……いや、残骸とも呼べるものを見ながら、レイの眉が軽く顰められる。
本来であれば黄昏の槍の突きと同時にデスサイズの横薙ぎの一撃を繰り出すつもりだったのが、最初に突きに対して身体の動きが大きすぎてデスサイズの一撃が一瞬遅れたのだ。
今回のワーウルフ相手にはその辺は問題なかったが、もっと技量が上の相手……それこそヴィヘラのような技量を持つ相手と戦う場合、その一瞬の隙を突かれてもおかしくない。
(二槍流の方もまだまだだな。だからこそ、こうしてワーウルフを相手に実戦訓練をしてるんだけど)
一度の実戦は十日の練習に匹敵する。
時間の大小はあれど、その類のよく言われる話を、レイは完全に信じている訳ではない。
それでも実戦でなければ理解出来ないこともあるというのは知っているし、十日分の練習とまではいかずとも、充実した訓練になるのは事実だ。
それもあって、こうしてワーウルフを相手に二槍流で挑んでいるのだから。
また、二槍流を……より正確にはデスサイズを使っているのは、ここでサイクロプスがワーウルフと戦っていたからというのも大きい。
その影響で周辺の木々がある程度へし折れており、デスサイズを振るうだけの空間的な余裕が出来たのだから。
勿論一本の木も生えていないという訳ではないので、完全に自由にデスサイズを振るうことは出来ない。
だがそれも、二槍流を使っていく上ではこれから幾らでも有り得ることなのは事実だった。
そう考えれば、これもまたレイにとっては二槍流のいい訓練になると言える。
「ワオオオオオオンッ!」
今のやり取りで、レイの実力はとても甘く見ることが出来るものではないと悟ったのだろう。
背後に控えていたワーウルフリーダーが、高く遠吠えの声を上げる。
遠吠えを聞いたワーウルフ達は、それを合図に一斉にレイへと襲い掛かってくる。
ワーウルフらしい俊敏な動きと、仲間との連携。
一匹ではレイに敵わないだけに、ワーウルフの長所を活かして数の差で押し包もうと考えたのだろう。
それは決して間違ってはいない。
事実、その戦い方でワーウルフの群れは被害を出しながらもサイクロプスとほぼ互角に戦っていたのだから。
だが……レイとサイクロプスでは、格そのものが違う。
そもそも、最初にレイに襲い掛かったワーウルフは決して鈍い訳ではない。
それどころか、小柄だった分速度という面においては他のワーウルフより上だった。
にも関わらず、レイの放った黄昏の槍はそんな素早いワーウルフに回避する暇を与えずに一撃で命を奪ったのだ。
そう考えれば、速度でレイを相手にどうにかするというのはワーウルフには難しいのは間違いない。
「っと……おらっ!」
文字通りの意味で四方八方……それに加えて上からも襲い掛かってきたワーウルフの攻撃を、レイはその場から殆ど動かずに回避し続ける。
そうしてワーウルフ達の連携が途切れた一瞬……普通なら見逃してもおかしくないだけの一瞬の隙を突き、デスサイズを振るう。
動きが遅れたワーウルフは、そのミスを自分の命で償うことになる。
最初に襲い掛かって来たワーウルフと同様に胴体を切断されて絶命し、周囲に血や肉、内臓といったものを撒き散らす。
精密機器程壊れやすい。
それは、高度な連携術を持っているが故に一匹が殺されてしまうと、連携のリズムが狂ってしまうのとどこか似ていた。
デスサイズの一撃により殺されたワーウルフの姿を見て、他のワーウルフは動揺……はしていなかったのだろうが、それでも連携に狂いが出たのは事実だった。
それは一秒にも満たない数瞬だったが、レイにとってはその数瞬があれば次の行動に出るのは全く問題がない。
「飛斬!」
自分に攻撃をしようしていたワーウルフの機先を制するかのように、飛斬を放つ。
飛ぶ斬撃は、ワーウルフに致命傷とも呼べるだけの傷口を身体に残す。
同時に左手に持っていた黄昏の槍を魔力を込めながら投擲する。
腕の力だけでの投擲だったが、それでも魔力を込められた黄昏の槍の穂先は、レイが狙ったワーウルフの胴体を貫き、その背後にいる別のワーウルフ二匹の胴体も同じように貫いて木の幹に突き刺さる。
三匹の胴体を貫通した黄昏の槍だったが、その程度で投擲された威力は殆ど減じておらず、穂先は完全に木の幹に埋まってしまった。
普通であれば、木の幹に完全に埋まってしまった槍を引き抜くというのはそれなりに大変だ。
少なくても、こうして戦いの最中に隙を見せずに引き抜くことは難しい。
だが……それはあくまでも普通の槍であれば、の話だ。
木の幹に突き刺さっている槍は、黄昏の槍。
この世界でも恐らくは上位に位置するだろうマジックアイテムであるとレイは思っていたし、である以上はこの程度のことはどうということもなかった。
そして実際、木の幹に完全に穂先が埋まっていた黄昏の槍は、次の瞬間にはレイの手の中に姿を現していた。
黄昏の槍の能力の一つ、いつでも好きな時に手元に戻せるというものだ。
瞬く間に何匹ものワーウルフが殺され、またはそこまでいかずとも重傷を負ってしまったのを見て、このままでは群れの被害が大きくなると判断したのだろう。群れの後ろから、ワーウルフリーダーが姿を現す。
「グルルルルルルゥ!」
部下、または仲間を傷つけられたことに怒ったのか、ワーウルフリーダーはレイを見て酷く剣呑な唸り声を漏らす。
普通であれば、そんな唸り声を聞けば怯えてしまってもおかしくはない。
しかし、レイを見て普通だと思う者がどれ程いるのか。
事実、レイはデスサイズと黄昏の槍を手に持つ二槍流のまま首の力だけでフードを脱ぎ、ワーウルフリーダーに向かって獰猛な笑みを浮かべていた。
「どうした? 来いよ?」
レイの顔を見て、ワーウルフリーダーの足が一瞬止まり、それに対して告げた言葉。
だが、レイの様子に警戒感を抱いたのか、ワーウルフリーダーは距離を取ってじっとレイの様子を伺うだけだ。
(へぇ……珍しいというか、てっきり戦闘になれば冷静さもなにもなく突っ込んで来るのかと思ったけど……これは完全に予想外だったな)
戦うという意味では単純な方が良かった。
だが、こうして実際に向き合って相手の強さを察するような敵は、今のレイにとっては都合がいい。
(ある程度強くて、それでいてこっちを見くびらない敵……そういう意味だと、こうして二槍流の練習相手としてはもってこいだな)
周囲のワーウルフ達は、自分達を率いているワーウルフリーダーとレイの戦いに手を出す様子はない。
ワーウルフリーダーが必ず勝つと、そう信じているからこそだろう。
だが、そう思われているワーウルフリーダーの方は、どうしてもレイを前にして動くことが出来なかった。
大鎌と槍という、見るからに取り回しの悪そうな武器をそれぞれ両手に構えているレイ。
普通に考えれば、俊敏な動きを得意とするワーウルフにとっては相性のいい相手といえる。
だが、ワーウルフリーダーがこうして見る限りでは、レイに隙があるようには見えないのだ。
もし襲い掛かれば、すぐにでも反撃されそうな、そんな予感がワーウルフリーダーの中にはあった。
「グルルルルゥ」
警戒するように喉を鳴らすワーウルフリーダー。
そのままお互いに動かないままに、数分が経つ。
だが、その数分はレイとワーウルフリーダーでは全く意味の違う時間だった。
レイは、ただ相手が動くのを待っているだけなのに対して、ワーウルフリーダーは何とかレイの隙を探り、精神的な疲労が強くのし掛かる。
これでワーウルフリーダーがもっと強力なモンスターであれば、まだ二槍流を完全に使いこなしてはいないレイの隙を突くのは難しくなかったのかもしれないが、残念ながら今のワーウルフリーダーではレイの隙を見つけることは出来ない。
このまま無駄に時間を掛ければ、自分が負ける。即ち……死ぬ。
そう考えると、更に精神的に追い詰められていき……やがて、緊張が頂点に達した瞬間、ワーウルフリーダーは地面を蹴ってレイとの距離を縮める。
何か勝算があっての動きではなく、ただ単純に緊張に耐えられなくなっての動き。
通常のワーウルフよりも大きな身体を活かし、同様にワーウルフよりも鋭く、大きな爪を突き立てんとレイとの距離を縮めていく。
それに対するレイは、丁度いい練習相手が来たといった笑みを浮かべながらワーウルフリーダーを迎え撃つ。
一番始めにレイに襲い掛かってきた、小柄なワーウルフ。
速度という点だけで考えれば、間違いなく他のワーウルフよりも上だったが、ワーウルフリーダーはワーウルフの上位種らしく、大きな体格をしていながらも速度はこれまでのワーウルフ達よりも明らかに上だった。
レイの首を斬り裂くか、それとも爪よりも強力な攻撃手段の牙で食らいつくか。
どちらを選ぶのかを迷いながらレイとの距離を詰め……
「ギャンッ!」
もう少しでレイを爪の間合いに収めるといったところまで接近したところで、何かの衝撃を受けて反射的に悲鳴を上げる。
それでも空中で体勢を整えながら地面に着地したのは、ワーウルフリーダーの面目躍如といったところだろう。
……レイが追撃を仕掛けなかったというのも大きいのだが。
「グルルルゥ!?」
何が起きたのか、全く理解出来なかったのだろう。ワーウルフリーダーは、混乱した様子で周囲を見回し、レイが振るった黄昏の槍を手元に引き戻しているのを目にする。
それでようやく自分が黄昏の槍の一撃を食らって吹き飛ばされたというのを理解したのだろう。今までよりも更に警戒の視線をレイへと向けながら、再び歩き出す。
先程は焦燥に駆られるように一気に攻めかかって攻撃を受けたのだ。
そうである以上、次はじっくりと攻撃を仕掛けると。
ワーウルフにとって……そしてレイにとっても幸いだったことに、黄昏の槍の一撃を食らったことでワーウルフリーダーの中にあった緊張は既に消えていた。
「どうした? 俺の練習に付き合って貰うんだから、もう少ししっかりと動いてくれよ。お前の本気はそんなものじゃないだろ?」
「グルルゥ……ワオオオオオオオンッ!」
レイの言葉を理解出来ずとも、自分が馬鹿にされている……侮られているというのは分かったのだろう。ワーウルフリーダーの口から、自らを鼓舞する為の雄叫びが上がる。
同時に地を蹴り、先程までよりも更に上の速度を出しながらレイへと襲い掛かる。
向こうの一撃を食らっても構わないので、とにかく自分の攻撃を当てる。
そうすれば、自分の爪の鋭さならレイを仕留めることも可能な筈、と。
そうして瞬く間にレイの側までやって来たワーウルフリーダーは、レイへと目掛けて右手の一撃を繰り出す。
より鋭い一撃を放つ為、爪を振るうのではなく突き出す一撃。
真っ直ぐにレイの喉へと目掛けて向かった突きは……だが、差し出された黄昏の槍にぶつかり、柄を滑っていく。
ワーウルフリーダーが意図しない方へと爪の一撃は滑っていき……そうして完全に攻撃が受け流された瞬間、レイの右手が握っていたデスサイズが横薙ぎの一撃を繰り出し、胴体を切断するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます