第1146話
サンドリザードマンの魔石からスキルを覚えることが出来なかった翌日……レイの姿は、再びゴーシュにあった。
結局スキルを習得出来なかった後は、少しだけいじけながらもセトと夜を共に過ごし、朝を迎えてザルーストとナルサスの二人が起きてきたのを確認してから、こうしてゴーシュへと戻ったのだ。
尚、朝食はレイのミスティリングに入っている料理を適当に置いてきた。
百面の者の村にも食料は当然あったのだが、気持ちとして暗殺者集団の村に置いてあった食料を食べたくないというのは当然だろう。
どうしても食料がないのであればまだしも、レイはミスティリングの中に食料をたっぷりと持っているのだから。
また、暗殺者は普段から微量の毒を摂取して毒に耐性を得るという話もあるので、その方面から考えても遠慮したいと思うのは無理もなかった。
その結果として、レイがサンドイッチを適当に何個か渡したのだが……
(まさか、あそこまで喜ばれるとは思わなかったな)
ゴーシュの街中を、端の方……オウギュストの屋敷がある方へと歩きながら、ザルーストとナルサスがサンドイッチを目にした時の喜びようを思い出す。
サンドイッチではあっても、それはゴーシュで食べられている物とは色々と違っている。
それこそ、ゴーシュで食べられているサンドイッチに比べると、パンの質から挟んである材料といったものが全く違うのだ。
更に、ゴーシュでは香辛料を多く使った物が多い。
そんなサンドイッチを食べ慣れたザルーストやナルサスにとって、ギルムで売られているサンドイッチは全く違う料理のように感じられたのだろう。
ギルムでは普通に売っているサンドイッチ……もっとも、普通にと言ってもレイが大量に購入してミスティリングの中に収納しておくくらいなので、当然他の店に比べると数段上なのだが。
ともあれ、普通に売られているサンドイッチでこんなに喜ばれるというのは、レイも色々と驚いてしまった。
レイにとっては、ゴーシュで売られている料理も独特な料理が多く、どれも美味いと感じていたのだが。
もっとも、ザルーストやナルサスが喜んでいたのは、あくまでも珍しいサンドイッチだったからだろう。
人間、たまに食べるのならともかく、普通に食べるのであれば食べ慣れた料理の方がいいと言う者が多いのだから。
そんなことを考えながらセトと歩いていると、やがて目当ての屋敷へと到着する。
昨夜来た時に比べると、護衛の人数は減っていた。
それは、レイ達が百面の者の村を壊滅させたのと無関係ではないだろう。
それでもゴーシュの中にまだ他の百面の者がいる場合を考え、ある程度の護衛は残していた……といったところか。
「おう、レイ。セトも。随分早かったな」
オウギュストの屋敷の門番を務めているギュンターが、レイとセトの姿を見て軽く挨拶をしてくる。
まだ早朝……午前六時の鐘が鳴ってからそれほど経っていない時間だから、ギュンターがそう声を掛けてくるのも無理はない。
だが、そんなギュンターに、レイは小さく肩を竦めてから口を開く。
「そうか? ゴーシュの住人は朝が早いだろ? このくらい普通だと思うけど」
そう告げるレイの言葉は、紛れもない真実だった。
ゴーシュが存在する砂漠というのは、昼は暑く夜は寒い。
つまり日中に活動するよりも、涼しい朝方に行動をした方が効率的なのだ。
その為、気温がまだ涼しい朝方に動きが活発になるのは、ある意味当然だろう。
レイはドラゴンローブを身につけており、暑さも寒さも全く影響を受けないので時間は関係ないのだが。
そんな風に短く会話を交わし、レイはセトと共に門を潜る。
何も言われずともセトは厩舎へと向かい、レイは屋敷の中に入っていく。
屋敷の中にも護衛はいるが、やはり昨夜来た時に比べると少なくなっているように思えた。
そうして護衛の者達に話を聞きながら、レイが向かったのは食堂。
最初は食事が終わるまで待っていた方がいいと思ったのだが、食堂の前で話していると丁度そこにオウギュストが姿を現し、レイを引っ張り込んだのだ。
そこでは丁度オウギュスト、キャシー、ダリドラ、そしてダリドラの護衛達も一緒に朝食を食べている。
「おや? 随分と早かったですね」
最初にレイの姿に気が付いたのは、当然ながら護衛……ではなく、ダリドラだった。
レイの様子を見ながら、少しだけ驚きの表情を浮かべる。
いつもは神経質そうな表情が、今はそこまで険を感じないのはキャシーの料理の力か。
もっとも、キャシーにとってダリドラは決して歓迎出来る相手ではない。
今は百面の者の件で呉越同舟となっているが、キャシーはダリドラが砂賊を使ってオウギュストを狙ったことを決して忘れていないのだから。
それはダリドラも分かっているのだろう。オウギュストやキャシーに気を使ってこの屋敷で過ごしていた。
「ああ、セトがいれば村からゴーシュまでは数分程度だしな。寧ろ、ゴーシュに入ってからここまで歩いてくる方が時間が掛かる」
「羨ましいですね」
そんな風に会話をしていると、レイは当然のようにキャシーに引っ張られて椅子に座らせられる。
「ほら、折角なんだから食べていきなさい。昨日は色々と疲れたんでしょう?」
半ば強引に朝食が用意され、レイもそれを断ることは出来なくなってしまう。
もっとも、レイも朝食はザルーストやナルサスと一緒にサンドイッチを軽く食べただけだったので、食べようと思えばこのくらいは簡単に食べることが出来る。
「それで、レイさん。昨日言っていた通り、この後は……」
「分かっている。こっちはいつでも準備が可能だ。そっちの方の準備は?」
「ええ、問題ありません。オウギュストさんとの合同という形になりましたが」
シチューのスプーンを置いたダリドラの視線が、オウギュストへと向けられる。
それだけでオウギュストもダリドラが何を言いたいのか理解したのか、笑みを浮かべて口を開く。
「今回の件では、私も十分に関わっていますからね。それに、ティラの木のこともある。その村に人を派遣するのは当然でしょう」
「……なるほど」
そう言えば、百面の者の件で有耶無耶になってはいたが、まだティラの木のことや、ゴーシュの城壁の件といったことが残っていたな……と考えるレイ。
だが、それに関しては既にゴーシュでの話である以上、自分は口を出す必要はないだろうと、口に出すのはそれだけに留めた。
「ま、話は分かった。じゃあ、準備が整ったら早速向かうか。幸い……」
一瞬だけダリドラの方へと視線を向けたレイだったが、少しだけ意地悪い笑みを浮かべて言葉を続ける。
「砂上船もある。馬車とかで移動するよりも速いし、ある程度の人数がいても問題ないだろ」
砂上船という言葉に、一瞬だけ顔を顰めるダリドラ。
元々は自分の物だったのが、砂賊に――名目上はだが――奪われたのをレイが取り戻したという形になっており、その所有権は既にダリドラからレイの物となっていた。
そうである以上、何を言える筈もなく……また、ここで何かを口にすれば、折角オウギュストを通じてレイとの関係が改善しているのに、それが駄目になってしまう。
その為、ここでは何かを言える筈もない。
少しだけ気まずい雰囲気になったのを、誤魔化すようにダリドラが口を開く。
「百面の者の村には私も行ってみたいのですが、その件についてリューブランド様と話を詰めておく必要があります。なので、残念ながら私がその村を見るのはもう少し先になるでしょうね」
冗談めかして告げたダリドラの言葉で、少しだけ悪くなった雰囲気は軽くなるのだった。
食事が終わった一行は、それぞれの準備に取り掛かる。
オウギュストとダリドラの二人は、それぞれ自分の部下達に百面の者の村まで行く用意をさせ、キャシーは弁当の用意をし、レイはセトと共に街中を適当にぶらついてから正門前へと向かう。
朝食を食べたばかりにも関わらず、レイは屋台で食べ物を買ってはセトと共に食べ、美味いものはより多く購入してミスティリングへと収納していく。
少し前までは、ダリドラと敵対しているということで売るのを渋っていた者も多いのだが、今はレイが……より正確にはその雇い主であると認識されているオウギュストが共に行動しているということもあり、売り渋りはなくなっていた。
(曲がりなりにも協力するようになったのは昨日からなのに、情報が随分と早いな。いやまぁ、商人としてはこのくらい当然のことなのかもしれないが)
砂羊と呼ばれる動物の串焼きを食べながら、レイは商人の情報網の広さと早さに驚く。
「この串焼きもう三十本くれ」
「……へ?」
「大丈夫、問題ない」
「は、はぁ。金を払ってくれるなら、こっちとしても文句は言いやせんが」
店主にきちんと串焼き三十本分の料金を支払い、受け取った串焼きをミスティリングへと収納していく。
驚きの表情を浮かべて固まっている店主を見ながら、収納をし終わったレイはその場を離れる。
肉の臭みが多少気になる串焼きだったが、それでも香辛料を上手く使ってそれを出来るだけ気にならないように調理されていた。
肉も、柔らかい肉が好きな人にはあまり好まれないかもしれないが、レイは歯応えがある肉も嫌いではない。
(もう少し料理の腕があれば、肉の臭みを消すんじゃなくて肉の風味といった風に香辛料で変えることが出来るのかもしれないけど)
手に持っていた串焼きの最後の肉を口の中へと運ぶ。
セトも砂羊の肉は好みだったらしく、もっと頂戴とレイに頭を擦りつけていた。
「分かった分かった。もう一本だけだぞ?」
たった今ミスティリングに収納した串焼きを一本取り出し、セトに与える。
クチバシを器用に操り、一気に串焼きの肉を口の中に収めると、セトは嬉しそうに喉を鳴らしながら肉の味を楽しむ。
レイがオウギュストの屋敷で朝食を食べたのと同じく、当然セトも食事を厩舎に運んで貰っていた。
それでもセトの食欲の前には朝飯前――朝食後だが――でしかなく、こうして買い食いを楽しんでいたのだ。
そんな楽しい時間も、周囲に屋台を始めとした食べ物を売る店がなくなれば終わりを告げる。
正門へと近づくに連れ、ゴーシュで用事を済ませて他の村や街へ向かおうとしている商人や、仕事の依頼の為に外へと向かう冒険者の姿が見えてくる。
そうして正門の近くへと到着すると、そこにはとある集団の姿があった。
それがどのような集団なのかというのは、レイには考えるまでもない。
そもそも、この集団を百面の者の村へ連れていく為にこうしてゴーシュに戻ってきたのだから。
「レイさん、こちらです!」
レイの姿を見るなりそう叫んだのは、オウギュストの部下の一人だった。
サンドサーペントに襲われているところを助けた時に商隊にいた人物で、そういう意味ではレイがゴーシュに来てからの付き合いは長い方ともいえる。
……もっとも、レイがゴーシュに来てから一ヶ月と経っていないのだから、他の者達と比べて大差ないのだが。
そんな顔見知りの方に、セトと共に近づいていく。
「もう全員揃ってるか?」
「はい。すぐにでも出発出来ますよ。馬車の方も準備は整ってますし」
そう告げる男の視線の先には、駱駝に牽かれている馬車の姿があった。
数にして、五台。
「……随分と多いな」
多くの馬車を見て呟くレイに、最初に声を掛けてきた男の側にいた二十代程の女が口を開く。
「それは仕方がありませんわ。これから向かうのは何があるのか分からない場所ですもの。食料を含めてある程度の余裕は持たせないと。……あら、ごめんなさい。挨拶が遅れましたわね。私はダリドラ様の下で働いている、ネーナと申します」
笑みを浮かべて頭を下げるネーナ。
すると黒く艶やかな髪が太陽の光に煌めく。
普通の男であれば、ネーナの美貌に見惚れてもおかしくはないだろう。
ダリドラが少しでもレイの好感度を上げようとして用意した女だ。
だが……不幸にも、レイは美人という意味では、エレーナ、ヴィヘラ、マリーナという希に見る美人三人を知っている。
その三人に比べれば、ネーナは美人ではあるが目を奪われる……といった程ではない。
そんなレイの態度に女としてのプライドが傷ついたのだろう。少しだけ不満そうな表情を露わにする。
それでもすぐにその表情は消え、一行はゴーシュの外に出る。
レイが来るまでの間に手続きは済ませていたのか、全部で三十人近い人数の集団はすぐに外へと出ていく。
レイもセトと共に素早く手続きを済ませると、ゴーシュの外へと向かう。
百面の者の村へと行く者達が集まっている場所へと向かい……全員の注目を集めながら、ミスティリングから砂上船を取り出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます