第1144話

 レイは一体何を言っている?

 それが、オウギュストとダリドラ……だけではなく、レイやザルースト、ナルサスが暗殺者のアジトを襲撃しにいったと知っている者達の正直な気持ちだった。

 暗殺者のアジトを襲撃したにも関わらず、何をどうすれば村を発見したというとんでもない発言に繋がるのかと。

 自分達を狙っている暗殺者のアジトを潰したという報告が来るのを今か今かと待っていただけに、余計にその気持ちは強い。

 それでも問答無用で怒鳴りつけたりしなかったのは、オウギュストにしろ、ダリドラにしろ、それ以外の者達にしろ……レイがその辺の冒険者とは比べものにならないだけの実力を持っていると理解していたからこそだろう。

 それぞれが視線を交わし、やがてこの中で最もレイと親しいと言える関係を築いているオウギュストが口を開く。

 レイと親しいという意味では、オウギュストの妻のキャシーもレイを自分の子供同然に思っている。

 だが、この場合はオウギュストの方が話を聞くのに相応しいと判断したのか、特に何を言うでもなく黙って夫に任せていた。


「それで、レイさん。その、暗殺者のアジトを襲撃する為にゴーシュの外に行っていたと思うんですが、何がどうなって村を発見したということになるのでしょうか?」


 幸いと言うべきか、街の外に出たというのは伝言を頼んだ警備兵に聞かされていたのだろう。

 心の底から不思議そうに尋ねてくるオウギュストに、レイも自分が結論から言いすぎたと判断したのか、考えを纏めるように口を開く。


「そうだな、悪い。ちょっと急ぎすぎた。……まず最初にこれは言っておいた方がいいか。オウギュストとダリドラを狙っていた暗殺者……百面の者とかいう奴のアジト、いや本拠地は壊滅させた」

『百面の者!?』


 レイの言葉にオウギュストとダリドラ……だけではなく、護衛の者達までもが驚愕の表情で叫ぶ。

 レイが何を言っているのか分からないといった様子のキャシーを除き。


「その様子だと百面の者って名前は知ってたらしいな。……まぁ、ザルーストやナルサスも知ってたんだから当然だろうけど」

「当然でしょう!? 百面の者と言えば、伝説的とすら言ってもいい暗殺者集団の名前です。……ただ、その、どのような相手なのかは、今まで全く知られていなかったのですが」


 ダリドラが殆ど反射的と言ってもいいような速度で告げる。

 だが、キャシーはそんなダリドラの言葉に首を傾げるだけだ。

 有名と言っても、それはある種裏に通じている者に限っての話であり、キャシーを愛するオウギュストはそれを妻に教えるようなことはしなかったのだろう。


「しかし……なるほど。百面の者というのは、あの皮膚の件から来てたのですね。てっきりもっと違うところから来てると思っていましたが」


 納得した様子で呟いているダリドラを見ながら、レイは説明を続ける。


「とにかくだ。俺達がゴーシュの外に向かったというのは分かっていたと思うけど、それでセトが最終的に到着した場所には何もなくて……」


 そこから、レイは自分が体験したことを説明していく。

 アーティファクトによる結界、結界に隠されていた村、百面の者の本拠地、それを率いているレゾナンス達との戦い、勝利。……そして村の中を見て回ったところ、戦闘が不可能だと思われる百面の者達が毒を飲んで自ら死を選んだこと。

 それらの説明に一喜一憂しながらレイの話を聞いていた一行だったが、村人全員が自決したという話を聞けば何人かは沈痛な面持ちになる。


「ですが……その、何故自ら死を選ぶような真似を? 勿論暗殺者の一族だったのですから、罪に問われるのは間違いないでしょう。それでも、まだ生き残れる可能性はあった筈です」

「……さてな」


 ティラの木から作ることが出来る、痛みを感じなくさせる薬。

 それについて、レイは何を言うつもりもなかった。

 もっとも、ナルサスがその辺を報告するのを止めるつもりもなかったが。

 所詮自分は、このゴーシュでは部外者でしかない。

 その辺りの事情は、この地で生きる者達がするべきだと判断した為だ。


「とにかく、百面の者が住んでいた村は小さいながらオアシスもあるし、そこまで多くない人数なら普通に暮らすことが出来る。……村を見つけたといった意味は分かって貰えたと思うが?」

「そう、ですね。いや、正直このゴーシュからそれ程離れていない場所にそんな村があり、それも百面の者の本拠地になっていたとは……レイさんの口から出た言葉でなければ、とてもではないが信じられませんでした」


 オウギュストがしみじみと呟き、それにダリドラや他の面々も同意するように頷きを返す。

 当然だろう。自分達の住んでいる家のすぐ近くに、容易に人を殺す毒を持つ蛇の群れが住み着いていたようなものだ。

 普通であれば、それを歓迎するような者はいない。

 オウギュスト達が驚きはしても慌てていないのは、やはり百面の者が既に全滅していると聞いているからだろう。

 そう思って安堵するオウギュストやダリドラ達に、レイは一応と忠告の言葉を発する。


「今回俺達が倒したのは、あくまでも現在あの村にいた奴だけだ。百面の者の一族全員が今あの村にいた訳じゃない可能性も高いのを考えると、いずれその村を出ていた者が戻ってくる可能性がある」

「それは!? ……いえ、そうですね。百面の者と言えば、雇えるのであれば誰でも雇うでしょう。そう考えれば、一族の者全員が村にいたというのは考えられません」


 難しい顔をしながら、ダリドラが呟く。

 百面の者が村に戻ってきた時、村に自分達の一族の者がいなければどうなるのか。

 それは考えるまでもなく、復讐を考える筈だった。

 もっとも、それはあくまでもダリドラの認識でしかないのだが。

 だが、暗殺者という存在がどんな考えを抱くのかというのは、正直なところダリドラには理解出来ない。


(個人的には、百面の者で一番怖いのは皮膚を張り替えて全く別の人間に化ける能力だ。それがない、純粋な戦闘能力という意味では、そこまで怖くないんだけどな)


 内心で呟くレイだったが、それはあくまでもレイだからこそ言えることだ。

 そもそも、そこまで個としての戦闘技術が高くないとしても、それでも一定以上の力はある。

 それは、ザルーストやナルサスと多少なりともまともにやり合っていたのが証明していた。

 それだけの戦闘力を持った相手が、痛みを全く感じずに襲ってくるのだ。

 普通の……それこそゴーシュにいる冒険者であれば、どうにも対処のしようがないだろう。

 ……もっとも、セトのような規格外の存在を相手にした場合は、痛みを感じず、ある程度の戦闘力があるくらいでは全く意味がなかったのだが。


「その辺をどうするのかは、取りあえず任せる。生憎と俺はこの街に住み着くわけじゃないしな」


 レイの口からその言葉が出た瞬間、最も大きな反応を見せたのは、オウギュストでもダリドラでもなく……キャシーだった。

 それでも何も言葉に出さなかったのは、キャシーもレイがゴーシュに移住してくるとは思っていなかったからだろう。

 だが、そうであってもキャシーにとってレイは子供のような存在と言えた。

 それだけにレイがゴーシュから去ろうとしていると聞けば、悲しみを覚えて当然だった。

 キャシーの姿を見れば、大体どんなことを考えているのかは分かったレイだったが、それでも何も口に出すことはない。

 この街から去ろうとしている自分が何かを言える義理はないと理解していた為だ。


「オアシスがある村ですか。……正直、大きすぎてどう扱えばいいのか分かりませんね」


 レイの言葉に、ダリドラが呟く。

 今までゴーシュを発展させる為に色々と動いてきたのは間違いないのだが、まさかここで村が……それもオアシスも込みで丸々一つ手に入るとは思っていなかった為だ。


「このような大きな話になったのであれば、領主様に話を持っていく必要があるのでは?」


 オウギュストの言葉に、ダリドラが頷く。


「そうですね。ですが、今の時間を考えると既にリューブランド様は眠っているでしょう。ここで無理に起こすようなことをすれば、恐らく機嫌が悪くなるかと」

「……こんな重大事でも起こすのは駄目なのか?」


 百面の者という、ソルレイン国だけではなく周辺諸国にもその名が知れた暗殺者一族。

 その一族の本拠地を制圧し、更には小さいながらもオアシスがある村をそのまま手に入れたのだ。

 普通であれば、領主が真っ先に動いてもおかしくはない出来事の筈だった。

 だというのに、寝ているから起こさない方がいいというのは、どう考えても疑問しか湧かない。

 だが、そんな疑問を抱いているのはレイだけであり、レイ以外の者達はダリドラの言葉に同意するように頷いていた。……それこそ、キャシーですらも。


「いやまぁ、さっきも言ったけど、俺はこの件に関わるつもりはないから、そっちがそれでいいのなら構わないけど」


 そう言いながら、レイはレゾナンスが口にしていた言葉……リューブランドが決して有能ではないという言葉をこれ以上ない程に納得してしまっていた。

 レイもリューブランドにはつい先日会ったばかりなのだが、その時は無能だと言われるような相手には思わなかった。

 それどころか、食べ物の価値観という一点においては意気投合すらしてしまったと言ってもいい。


(大丈夫か、この街)


 それだけに、ゴーシュの未来が気になってしまう。

 何だかんだと、この街にはレイと友好的な相手も多いのだから。

 その最たる者が、オウギュストとキャシーの夫婦だろう。


「とにかく、レイさんがここに来たということは、その村は今どうなっているのですか? 他の二人は無事なんですよね?」

「ああ。村を覆っていた結界を、俺が破壊してしまったからな。今はモンスターを防ぐとか出来ないから、村を荒らされないようにあの二人に残って貰っている」

「そう、ですか。ですが、たった二人で夜の砂漠のモンスターを相手にするのは危険です。レイさん、申し訳ありませんが一旦その村に戻ってくれませんか? 明日にでも人を送れるように手配しますから」

「……分かった。ああ、村には自殺した奴も含めて死体が多い。それを処理出来る人数を送ってくれ。砂漠の熱さを考えると、早いところ処理しないと腐ってしまうし、最悪アンデッドになる可能性もあるからな」


 その言葉にオウギュストやキャシー、それに護衛の何人かが嫌そうな表情を浮かべるが、ダリドラは特に気にした様子もなく頷きを返す。


「ええ、分かりました。ただ、死体を集めて燃やすとなると、結構な時間が掛かりますね。村の調査も含めて考えると、数日はその村に泊まることになりそうですが……その、村までの距離は具体的にどのくらいですか?」


 どのくらい? と具体的に自分が移動するのに掛かった時間を考えるも、途中で止まって話していたりしたこともあって正確な時間は覚えていない。

 そもそも、レイやザルースト、ナルサスといった冒険者が歩いて掛かった移動時間と、一般の人間が歩いて移動する時間では、同じ移動時間であっても歩ける距離は大きく違う。


「どのくらいだろうな。ただ、二時間……は掛かってなかったと思う」

「腕利きの冒険者の歩く速度で二時間、ですか。だとすれば、思ったよりも距離は近いですね。……いえ、これ程近くに百面の者がいたということに驚くべきなのでしょうが」


 てっきり遠いと言われると思ったレイだったが、ダリドラの口から出たのは予想外なことに近いという言葉。

 あれ? と疑問に思ったのだが、そんなレイに気が付いた様子も見せず、ダリドラは次々に明日の予定を組み立てていく。

 今、ダリドラの頭の中では明日の早朝にでもすぐに動かせる人員の姿があるのだろう。

 そうして、やがてダリドラの視線が再度レイへと向けられる。


「レイさん、今日はこれからまたその村に戻るんですよね?」

「ああ、オウギュストにもそう言われたしな」

「では……申し訳ありませんが、明日の早朝にでもまたこの街に戻ってきて貰えませんか? 本来ならナルサスに頼みたいところですが、こと移動力という面で見るとどうしてもレイさんが一歩も二歩も上回ってしまいますから」

「俺がそこまでやる義理はないんだけど……」


 そもそも、レイはオウギュストに雇われている訳ではないし……ましてやダリドラにも雇われている訳ではない。

 だが……と、断りの言葉を口にしようとした瞬間、妙に満足そうに死んでいったレゾナンスの姿が脳裏を過ぎる。


「けど、そうだな。たまにはそのくらいはしてやってもいいか。砂上船もあるし」


 自分でも知らないうちに、そう告げるのだった。

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