第1126話

 何故リューブランドやダリドラと対立するのか。そしてモンスターを捕食し、人間には危害を加えないティラの木を使ってゴーシュを守るのを良しとしないのか。

 本来ならレイはゴーシュで起きている争いに対し、積極的に関与するつもりはなかった。

 元々レイがここにいるのは、黄昏の槍の件で鬱陶しい商人達が落ち着くのを待つ為だという意識が強い。

 砂賊の時のように自分へ危害を加えられそうになるのであればともかく、そうでなければ見ているだけのつもりだった。

 事実、リューブランドとの会食でどちらに味方をするのかと言われた時も、結局どちらにも味方をしないと答えたのだから。

 それでもレイがこうしてオウギュストに尋ねたのは、やはり今回の襲撃事件が大きい。

 ダリドラでも、リューブランドでも……ましてやオウギュストの仕業ですらない今回の事件。

 第三者の仕業と思われる今回の事件は、このまま放置しておけば間違いなく厄介な結果が待っているとレイには予想出来た。

 そうである以上自分が関わる必要があると考え、そして今回の件に関わる以上はしっかりとオウギュストとダリドラが対立する原因を知らなければならない。

 そんな思いから尋ねた言葉だった。

 ……もしティラの木を使うのにオウギュストが反対しているのが利己的な理由であれば、レイはダリドラに付くという可能性すらある。

 そんな思いで尋ねられた言葉に、オウギュストもレイの思いを理解したのだろう。じっとレイの方へと視線を向け、やがて小さく溜息を吐いてから口を開く。


「ティラの木を防壁の代わりに使う。私も普通に考えればいい手段だと思います。まぁ、ティラの木は人間に反応しないので、砂賊や何か後ろめたいことを考えている者が自由にゴーシュに出入り出来るようになるという問題はありますが」

「まさか、それで反対していたって訳じゃないだろ? それくらいなら対処法がない訳じゃないし」

「そうですね。ですが、これも決して簡単に認めることが出来ない理由ではあるんですよ。知っての通り、ソルレイン国は国力が低いですし、ゴーシュにいる冒険者も決してランクが高いとは言えない方々ですから」


 そう告げるオウギュストの言葉に、ザルーストは微かに眉を顰める。

 ゴーシュの出身であるザルーストにとって、オウギュストの言葉は耳に痛いものがあるのだろう。

 だが、オウギュストが口にしているのは間違いのない事実でもあった。

 ゴーシュにいる警備兵はそこまで精強という訳でもない。

 そんな中でティラの木を防壁代わりにしてゴーシュを覆っている壁の修復を疎かにした場合、頼られるのは当然冒険者なのだから。


「まぁ、その件が結構大きいのは分かった。けど、それだけじゃないんだろ?」


 更に何かを言おうとしているオウギュストの言葉を遮ってレイが告げる。

 レイの言葉を受けたオウギュストは、口から次々に吐き出された言葉を一旦止め、じっとレイへと視線を向けていた。

 そのまま数分が経ち、やがてオウギュストは小さく深呼吸をするようにしてから改めて口を開く。


「いいんですか? この話を聞く以上、最後まで付き合って貰うことになりますよ?」


 念を押すように告げてくるオウギュスト。

 その後ろではザルーストが何も言わずに頷いていた。


(うん? ザルーストには何も確認しないところを見ると、もしかしてザルーストは知ってることなのか?)


 ザルーストを見てそんな疑問を抱くも、それは口に出したりはしない。

 オウギュストもザルーストがここにいるのを知っている以上、自分が何を言う必要もないだろうと判断した為だ。

 また、これからオウギュストが喋る内容を知っているからこそ、ザルーストがダリドラではなくオウギュストへと協力しているのだとすれば納得も出来た。


「構わない。ここまで巻き込まれたんだし、どうせなら最後まで巻き込まれてもいいだろ。……それに言っておくけど、別にその理由を聞いたからって必ずしも俺がお前に協力するとは限らないぞ? もしかしたら、ダリドラに協力するかもしれない」

「ふぅ、物好きですね。……分かりました。教えましょう。ただ、残念ながらここには誰の耳があるかも分かりません。幸い今日は仕事どころではないですし、これから家に帰って話しましょうか」

「……セトもいるし、その辺は気にしなくても大丈夫だと思うけど?」


 レイはセトに絶対的な信頼を置いている。

 セトが周囲を見張っている以上、何があっても安心であり、もし誰かが自分達の様子を探ろうとしてもすぐに見つけることが出来るだろうと。


「レイさんがセトに絶対的な信頼を置いているのは分かっています。ですが、私がこれから話そうと思っているのはこのような場所で易々と話せることではありません。……申し訳ありませんが、場所の移動をお願いします」

「……まぁ、そこまで言うのなら」


 セトを信頼していないというのが若干納得出来ないレイだったが、それでもオウギュストにそこまで言わせる秘密に興味があるのも事実だ。


「グルゥ?」


 どうしたの? と視線を向けてくるセトに、何でもないと首を振る。

 幾らレイがここは大丈夫だから安心して欲しいと口にしたところで、それでオウギュストに安心出来ないと言われればそれ以上は何を言っても無駄なのだから。

 そんな訳で、レイ、セト、オウギュスト、ザルースト……そしてキャシーの四人と一匹はオウギュストの屋敷へと向かうのだった。

 ……もっとも、当然のようにその短い移動時間でオウギュストとキャシーが愛を語り合う光景を目にしたレイは、砂糖を吐くとはこういうことかと納得してしまったのだが。






「さて、それで私がティラの木の使用に反対している理由でしたね」


 オウギュストの屋敷の一室。現在そこにいるのはレイ、オウギュスト、ザルーストの三人だけだ。

 キャシーはこれから始まるのが仕事の話だと察すると、自分がいれば邪魔になるだろうと自分から部屋を出て行った。

 その部屋のソファに三人は座ると、オウギュストは早速話を始める。


「ああ。その辺の事情を是非聞かせて欲しい」

「正直なところ、これは我が家の恥部でもあります。レイさんにはお話ししますが、出来れば他人には絶対に漏らさないで下さい。……約束出来ますか?」

「絶対にというのはちょっと約束出来ないけど……可能な限り守ろうとは思う」


 そう告げたレイの言葉に、オウギュストは何故か笑みを浮かべて口を開く。


「ええ、それで構いません。……さて、それではどこから話したものか。まず結論からにしましょうか。実はティラの木の性質を利用してゴーシュにモンスターを近づけさせなくする。……これは以前にも一度試されているんですよ。そして、試したのが私の先祖です」

「は? ……いや、モンスターのみにしか反応しないというティラの木の性質を考えれば、今回の件が初めてって訳じゃないか」

「ええ。……ところで、レイさん。以前にも言ったと思いますが、私の家は代々商人の家であり、この屋敷を見れば分かるように過去には随分と栄えていたという話は覚えてますか?」


 突然話が変わったことに疑問を覚えつつも、レイは頷きを返す。


「ああ。初めてこの屋敷に来た時に聞いたな」

「覚えて下さっていたようで何よりです。一時期は今のエレーマ商会をも上回るだけの力を持っていたんですけどね。……それが没落した原因が、ティラの木です」

「どういうことだ? ティラの木は人間に悪影響はないんだろ?」

「ええ、そうですね。砂漠に生えている限りでは、特に何の影響もありません。ですがティラの木が一定以上密集すると話は全く違ってくるらしいです」

「らしい?」

「はい。まさか試す訳にもいかないので、この辺は先祖が残してくれた文書によるものですが……ティラの木が一定以上に密集すると、人を襲うようになるらしいのです」


 人を襲わずに、モンスターだけを襲うと言われていたティラの木が、人間をも襲うようになる。

 そう聞かされたレイは、目を大きく見開いて驚く。


「そんなことがあるのか?」

「はい、少なくても私の先祖がティラの木をゴーシュの守りとして売りに出そうとした時には、それで人に大きな被害が出たとか。……当時の研究者の予想では、ティラの木が密集することにより餌となるモンスターの数が少なくなるというのが原因、と」

「あー……うん、なるほど」


 何となく納得したレイは、頷きを返す。

 普段はモンスターのみを餌としているティラの木だが、密集すると当然その分自分達が得られるモンスターが少なくなる。

 そうなれば何か違う手段で養分を得る必要があるので、そこで得られる養分として選ばれたのが人間だったのだろう。


「……人間を襲わないって話だったけど、それは十分にモンスターが餌になっている状態でのみの話だったのか」

「はい。当時はかなりの被害を出したらしいです。で、その結果ティラの木について関わっていた私の先祖は身代を傾ける程の損失を被り……」

「残ったのはこの屋敷のみだった、と?」


 そう告げるレイの言葉に、オウギュストは無言で頷きを返す。


(なるほど。今のダリドラの行為を既に……うん? 待て。じゃあ、何で……)


 オウギュストの話にふと気になる部分があったレイは、改めてオウギュストへと視線を向けて口を開く。


「過去に失敗をしたのなら、ダリドラにそのことを言わないのか? そうすれば向こうも……」

「いえ、ダリドラもそれは知っています。知った上で、今の自分達ならティラの木を暴走……というのとはちょっと違うと思いますが、人を襲わないように出来ると言ってるんですよ」

「けど、オウギュストはそれを信用出来ないと?」

「はい」


 断固とした態度を取るその姿に、レイの疑問は更に強くなる。


(先祖の残した情報だけで、ここまでティラの木に忌避感を抱くものなのか?)


 レイの目から見て、オウギュストはティラの木に対して強い忌避感を抱いているように思えた。

 それは、他にもティラの木を嫌う要因があるのではないか。そうレイに思わせるのに十分なものだ。


「本当にそれだけなのか? 他にもティラの木を嫌う理由はあるんじゃないか?」

「っ!?」


 レイの言葉に一瞬息を呑んだオウギュストだったが、やがてこれ以上は言い逃れが出来ないと思ったのか頷きを返す。


「はい、私も若い頃にティラの木を研究したことがあるんです。先祖の残した情報から、何とかティラの木をゴーシュの役に立てられないかと。ですが……」


 そこで黙って首を横に振ったオウギュストを見れば、レイにもそれがどんな結果をもたらしたのかは容易に想像出来た。

 ここまで強行にティラの木について反対するのであれば、その試みは失敗したのだろうと。

 もっともレイから見ればオウギュストはまだまだ若い方に入る筈だった。

 そんなオウギュストの若い頃というのは、それ程昔のことではないのだろうという予想も出来る。


「ダリドラはそれを知らないのか?」

「いえ、ティラの木を使うという話を聞いた時、ダリドラに面会を申し込み、その話はしました。ですが、ダリドラもこの件には多くの資金や資源を使っています。それこそ、この計画が失敗すれば私の先祖のようになってもおかしくない程に」

「……それが嫌で、無理にティラの木を使うのを強行していると?」

「恐らくですが。それに勝算もない状態でこの件を進めているのではなく、実際何らかの目処は立っているんでしょう。そうでもなければ、ダリドラがここまで力を入れるとは思えません」

「けど、それは前にも失敗してるんだろう? その上で成功すると思うか?」

「……分かりません。ですが、ダリドラが言うにはソルレイン国でも高名な研究者を雇ったという話でしたので、その人物次第では……とは思います。ですが、それでもやはりティラの木を使うのに私は反対です」


 オウギュストの口から出た言葉に、レイは納得の表情を浮かべる。

 だが、それでもまだ分からないことはあった。


「オウギュストがティラの木の研究をして、それが失敗したってのを公表するんじゃ駄目なのか? そうすればダリドラはともかく、他の街の住人とかはオウギュストに賛成をする奴もいると思うんだが」


 オウギュストに……いや、エレーマ商会の影響力が強くても、そこに自分の命まで危険になると知れば街の住民も反対するのではないか。

 そんなレイの言葉に、オウギュストは黙って首を横に振る。


「何人かには話しましたが、エレーマ商会の力を考えると私では無理でもエレーマ商会なら可能ではないかと言われてしまいましたよ。それに、私も大々的に実験を行った訳ではありません。その規模もあくまでも私が無理せずに出来る範囲ですから。一応こちらに協力してくれる方はいるのですが……」


 その人達にも生活がありますから、無理はいえません。そう告げるオウギュストの口調は、悲しげに歪んでいた。

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