第1124話

 ダリドラの情報を得るべくゴーシュの中を移動していたレイだったが、肝心のダリドラがどこにいるのか分からないということに気が付く。


(そもそも、エレーマ商会がどこにあるのかも俺は分からないしな。でもって、当然の如くダリドラの家がどこにあるのかも分からない。いや、でも家なら……)


 ダリドラの、つまりこのゴーシュでも有数の力を持っている人物の家だ。

 当然その規模はオウギュストの屋敷よりも大きいのだろう。

 そう考えてゴーシュの中でも裕福な者が住んでいる居住区へと向かおうとしたレイだったが、そんなレイに対して幸運の手が差し伸べられる。


「急げ、ダリドラさんの店に集まって守りを固めろって話だ!」

「けど、誰がそんな真似をしたんだよ。このゴーシュでダリドラさんを狙うような奴なんかいないだろ?」


 オウギュストがいる場所で会ったのとは違う、別の二人の冒険者がそれぞれ言葉を交わしながらレイの側を走っていく。

 エレーマ商会はゴーシュでも影響力の大きい商会だ。

 当然そこに雇われている者の数は多く、何かがあればそのような者達に声が掛かるのは当然だった。


(これも俺の日頃の行いがいいからだな)


 もしレイを知る者が聞けば即座に首を振るだろうことを考えながら、レイは急いでゴーシュの中心部へと向かっている二人の冒険者の後を追う。


「けど、ダリドラさんにはナルサスさんがついてたんだろ? それなのに怪我をしたのか?」

「そうらしいな。……もしかしてナルサスってそんなに強くないのか?」

「おい、呼び捨てにするなよ。もし聞かれたらことだぞ? ナルサスさんは厳しいんだから」

「けどよ……」


 そのやり取りは、少し離れた場所を進むレイの耳にも届いていた。


(意外とナルサスってのは嫌われているのか? 二人の話から考えれば、多分ダリドラの護衛の中でも一番腕利きか、リーダーなんだろうけど)


 レイが内心で首を傾げつつも二人の冒険者の後を追っていくと、やがて一軒の大きな店の前へと到着する。


(そうか、この店がエレーマ商会の店だったのか)


 ゴーシュの街中はそれなりに見て回ったレイだったが、それは主に食べ物関係が多い。

 武器関係の店には多少なりとも興味はあったが、オウギュストの知り合いだというのを考えると、迂闊に立ち寄ってもまともな買い物が出来るとは思えなかった。

 ……もっとも、それは食べ物関連でも同じなのだが、オウギュストの屋敷に泊まっているということで、キャシーの人脈が功を奏して食べ物を売って貰えないということはない。

 エレーマ商会の近くにはまだ大勢の人が集まっており、それぞれに固まって話をしている。

 そんな中で、見覚えのある女……キャシーの友人であり、レイにもしっかりと食べ物を売ってくれた店の店主がいるのに気が付くと、そちらへと近づいてく。


「なぁ、何があったんだ?」

「っ!? ……何だ、あんたかい。あまり驚かさないでおくれよ」


 突然話し掛けられて息を呑んだ店主だったが、話し掛けたのがレイだと知ると安堵の息を吐く。

 だが、すぐにここにレイが……オウギュストの仲間だと思われている人物がいることの危険性に気が付いたのだろう。レイを引っ張って近くにある食堂の中へと入る。

 本来なら自分の店に引っ張り込みたいところだったが、その人物の店はここからかなり離れた場所にある。

 店主がここにいたのは、買い物の為にこの近くにある店にやって来た為だ。

 その店に向かっている途中で、ダリドラが襲われた光景に出くわしてしまった。


「ああ、何か適当に摘まめる料理を。それと水」


 一応店に入ったので、情報料代わりに目の前にいる店主の分も注文する。

 それに少し照れくさそうにした店主だったが、食堂の従業員はレイの注文を聞いてすぐに厨房へと注文を伝えに向かう。

 幸い今のレイはドラゴンローブのフードを被っている為に、ダリドラと敵対していると思われるレイだとは気が付かれていないらしい。


「いいのかい?」

「この炎天下だ。喉も渇いただろうし、小腹も空いただろ? 情報料代わりだから、気にしないでくれ。オウギュストに……いや、正確にはザルーストから情報を集めてくるように頼まれたんだよ」

「ああ、なるほど。……と言っても、私だってそこまで詳しい話は知らないよ?」

「うん? 最初から見てたんだろ?」


 最初から見ていたのに、何故詳しい話を知らないのかと疑問に思うレイに対し、キャシーの友人の店主は小さく手を振る。


「そりゃあ、荒事に慣れてる人ならよく分かったかもしれないけど、私はそういうのに全く関わってこなかったからね」

「……あー、なるほど。うん、分かった」


 キャシーの友人がそう言うのと同時に、店の従業員が料理を持ってくる。

 肉の串焼きと水という簡単な料理がテーブルの上に並ぶ。

 銅貨で支払いをし、料理を運んできた従業員がいなくなったところで再びレイは口を開く。


「じゃあ、取りあえず分かることだけでいいから教えてくれないか?」

「まぁ、それでいいなら」


 レイの言葉に頷くと、すぐに何から話すべきなのか考え始める。

 元々人と話すのが好きだというのもあるし、噂話というのは絶好の娯楽でもあった。

 だからこそ、何から話すべきなのか迷っている今は本人もとても喜んでいるのだろう。

 そして水を一口飲むと、それで口の滑りがよくなったかのように喋りだす。


「まず最初にダリドラがどこかに出掛けようとして、馬車に乗り込もうとしたのよ。そうしたら突然三人の男がダリドラやその護衛に向かって襲い掛かっていったんだ」

「……三人?」

「ええ」


 オウギュストを襲ったのが一人だったことを考えると、その人数は三倍となる。


(だとすれば……オウギュストを襲ったのが囮、もしくはついでといった感じで、本命はダリドラの方だったのか?)


 そう考えれば、レイにも納得出来ないことはなかった。

 ゴーシュという街で影響力が強いのは、圧倒的にダリドラなのだから。


「けど、その三人も妙でね。……何だか攻撃されても全く怯まなかったのよ。それこそ矢が身体に刺さっても全く気にした様子もない状態で」

「また、厄介な」


 痛みを感じないような敵というのは、これまでにレイも何度か戦ったことがある。

 弱い戦力を手間暇を掛けずに強くするという意味では有効な処置ではあるが、それはあくまでも使い捨ての戦力として考えた場合だ。

 エルジィンという世界で、人の命は軽いし安い。

 それでも戦力として使い捨てに出来るかと言われれば、殆どの者は否と答えるだろう。

 勿論中には武器防具の方が人の命よりも価値があると考えているような者もおり、そのような者なら兵士を使い捨てにするのには何ら痛痒を覚えないのは確かだった。


「けど、ダリドラの護衛も腕利きを金で引っ張ってきた人達だからね。特に護衛のナルサス様は格好良かったのよ」


 ダリドラは呼び捨てにするのだが、何故かナルサスには様付けをするその様子は、女がナルサスにどのような想いを抱いているかを示している。


「格好良かったわよ、本当に。襲撃されたと思ったら、すぐに皆に指示を出して……」

「あー、うん。それは分かった。けど、他の連中についても聞かせてくれ」


 そういいながらも、ナルサスというのがどのような人物なのかをレイは何となく理解した。

 以前ダリドラと会った時の中で一番強そうだった男。

 恐らくランクB冒険者と思われる人物の顔がレイの脳裏を過ぎる。


「とにかく、ナルサス様の指示で襲ってきた男は倒されたのよ」

「……倒された?」


 てっきりその三人によってダリドラが手傷を負ったのだと思っていたレイは、その言葉に少しだけ驚きの表情を浮かべる。

 だが、女はレイの言葉に再度頷きを返す。


「ええ、倒したわ。……けど、問題はそこからよ。とにかく敵襲があったから、ダリドラも一旦店の中に戻ろうとしたんだけど……」


 勿体ぶった言い方ではあったが、それも聴衆であるレイの注意を引く為の技術なのだろう。

 噂話が好きなだけに、自然と身についた技術だった。

 それが分かっていたレイだったが、それも気持ちよく話をする為には必要なのだろうと話の先を促すように口を開く。


「けど?」

「その瞬間、どこからともなく何本もの矢が放たれたのよ。咄嗟にナルサス様がダリドラを庇ってなければ、多分ダリドラは死んでたわね」

「……具体的に何本くらいの矢だったか、分かるか?」

「無理よ。私は別に冒険者でもなんでもない一般人よ? とにかく一杯というくらいしか分からないわ」


 そう言われれば、レイも無理を言う訳にはいかない。

 実際目の前の女は本人が口にしたように荒事には慣れていない一般人でしかないのだから。

 寧ろ、その状況で襲撃があったのに逃げ出さずに一連の様子を見ていたということそのものがレイにとっては僥倖といえただろう。

 普通ならダリドラが襲撃されたときのようなことがあれば、一般人は巻き込まれまいとして逃げ出す者が多い。

 中には物見遊山としてその場に残る者もいるが、そのような者達は運が悪ければその場で死ぬ。

 もっとも、女が無事だったのは襲撃が終わるまでの時間が短かったからというのもあるのだろう。

 襲撃現場を見て、我に返って逃げ出すよりも早く事態が進行してしまったのだ。


「で、ダリドラが怪我をしたって聞いたけど、そのナルサスって奴のおかげで助かったのか?」

「ええ。頭に刺さりそうだった矢が右肩に刺さったんだから、まさに命を拾ったというのはああいうことを言うんでしょうね」


 しみじみと呟く女だったが、その言葉の中には若干惜しいと思われる色がある。

 キャシーの友人だけあって、ダリドラには思うところがあるのだろう。

 それを理解しつつ、レイは話を続ける。


「それで、矢を射った奴はどうなったんだ?」

「どうなったも何も、そのまま行方を眩ましたわよ」

「……矢の数は多かったんだよな?」

「そうね。素人目だけど多いように思えたわ」

「なら、犯人の一人の顔も見なかったのか?」


 その言葉に、女は待ってましたと言いたげに笑みを浮かべて口を開く。


「そうなのよね。そこが凄く不思議なんだけど、私だけじゃなくて他の周囲にいた人達も含めて、誰も弓を持った人を見なかったのよ。……ナルサス様も周辺にいた人達に聞いたみたいだけど、全く情報を得られなかったみたいだし」

「それは妙だな」


 弓というのは基本的には大きい。

 小さい物がない訳ではないが、そのような弓で放った矢は威力に劣る。

 とてもではないが、ランクB冒険者を始めとして腕利きの護衛をどうにか出来る筈がなかった。


(クロスボウとか、そういうのなら……いや、でも今までクロスボウは殆ど見たことがないしな。俺も作り方は分からないし)


 日本にいた時の知識からそう考えるが、実際にレイがエルジィンに来てからクロスボウの類は見たことがなかった。


(だとすれば、マジックアイテム?)


 弓に一定以上の大きさが必要なのは事実だが、それがマジックアイテムとなれば話は違ってくる。

 例えば弓ではないが、ネブラの瞳は元々魔力で矢を作り出すという能力を持っていたマジックアイテムを改良して作った物だ。

 他にもレイが知らないだけで、弓や矢に関するマジックアイテムがあるのは当然だろう。

 レイも、自分がエルジィンにある全てのマジックアイテムを知っているという訳ではないのは理解していたのだから。


(それに、弓を使って襲撃した人物の顔を一人も見ていないっていうのはおかしいよな。こっちもマジックアイテムか何かか?)


 だが、このゴーシュはそこまで発展している街という訳ではない。

 勿論ソルレイン国の中では五本の指に入る街ではあるが、それでもあくまでもミレアーナ王国の従属国として……それも周辺国家に比べると国力の低い国として、だ。

 レイが見たところ、ゴーシュではリューブランドの統治が上手くいっているおかげか住人の生活が苦しいということはなかったが、だからといってマジックアイテムを大量に揃える程裕福な訳でもないだろう。

 マジックアイテムを多く揃えることが出来る人物といえば、砂上船を持っていたダリドラが真っ先に浮かぶ。

 だが、今回はそのダリドラが命を狙われている。

 最初はアリバイ作りなのではないかとも考えたレイだったが、ナルサスという護衛が助けなければ頭を矢で貫かれていたと言われれば、その考えも引っ込めざるを得ない。

 そこに考えが及ぶと、レイの顔が少しだけ不愉快そうに顰められる。

 ただでさえ色々と面倒な事態になっているのに、この上更に面倒に巻き込まれるというのは出来れば避けたかった。

 ……もっとも、自分の性格から考えてトラブルが起きれば自分から突っ込んで行くのは間違いないだろうと思ったのだが。

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