第1101話
レイとセトの隣を歩くザルーストは、少しだけではあるが不満を表情に出していた。
前日に約束をしたにも関わらず、いつまで待ってもレイがギルドへとやって来なかったからだ。
結局は自分が迎えに行くことになり、オウギュストの屋敷まで足を運ぶことになってしまったのだから、当然だろう。
そんなザルーストに対し、レイは声を掛ける。
「悪かったって。こっちもギルムからここまで旅をしてきたんだ。疲れて当然だろ?」
セトに乗っての移動だったので、ギルムから出発してから殆ど時間は経っていない。
少なくても、普通にギルムからソルレイン国へ移動するのに掛かる時間に比べるとレイが移動に使用した時間は驚く程に少なかった。
それでも他国に行くというのは、ベスティア帝国に続けてここが二番目……大勢での移動ではなく、純粋に一人と一匹での移動となるとこれが初めてなのも事実だ。
当然普段と同じようにしているつもりでも、レイの中には一種の緊張があってもおかしくはなかっただろう。
オウギュストやザルーストと会いはしたものの、その日は野営。そして翌日がオウギュストの家で泊まることになり、ぐっすりと眠ってしまったのだ。
「疲れているというのは分かる。けど、起きてからセトと遊んでいたというのは、正直どうかと思うが?」
「それを言われるとちょっとな。セトとの訓練をしようとしてたところだったんだよ」
セトと思う存分走り回るというのは、レイにとって遊びにしかすぎないが、普通の人間にとっては明らかに訓練に等しい。
それはザルーストも理解しているのか、小さく溜息を吐くと、それ以上は追及してこなかった。
「分かった、もういい。それより……昨日はどうだった?」
唐突な話題転換に首を傾げたレイだったが、すぐにザルーストが何のことを言っているのかを理解する。
「お前、あの夫婦がああいうのだって知ってたな?」
その言葉だけで、レイがどんな思いを抱いたのかを悟ったのだろう。ザルーストは不機嫌そうな表情を消し、小さく笑みを浮かべる。
「そうか、お前もあの洗礼を受けたか」
「……洗礼ってな。いやまぁ、分からないではないけど」
オウギュストとキャシーが目の前で愛を囁き合うという光景は色々な意味でレイにも忍耐力の限界を要求した。
(ああいうのを、砂糖を吐きたくなるって言うんだろうな)
昨夜のことを思い出し、レイの口から溜息が出る。
これで料理が不味ければマジックテントを使った野営に移っていたかもしれないが、残念ながらと言うべきか、キャシーの料理は非常に美味しかったのだ。
「オウギュストさんと関わった人は、誰しもが通る道だ。その辺は諦めてくれ。その分、料理は美味かっただろ?」
「ああ。それは文句なく。まさか砂漠の真ん中で魚が食えるとは思ってなかったけど」
オアシスで魚が獲れるというのは、レイにとってもかなり予想外なものだった。
一晩経った今でも驚きを露わにしているレイに、ザルーストも少し驚いた後で納得の表情を浮かべる。
オアシスで魚は獲れるが、当然この砂漠だけに魚というのは高価な食材となる。
そんな高級食材を出すとは……という驚きと、レイを自分達の味方に引き込みたいという思い、そして何よりこれが一番強いのだろうが、オウギュスト自身が食事を楽しむということがあるだろう。
「そうか、オアシスの魚を食べたのか。……羨ましいな」
以前食べた魚の味を思い出し、ザルーストは小さく唾を飲み込む。
ザルーストもゴーシュでは実力者として名が知られた冒険者だったが、それでも好きな時に魚を食べることが出来る程に裕福な訳ではない。……趣味の娼館通いをもう少し控えれば、話は別なのだろうが。
だが、ギルムでは普通に魚を――川魚だが――食べることが出来るレイは、ザルーストが自分に羨望の視線を向けるのを感じつつ、どれ程に羨んでいるのかというのは本当のところは理解出来ない。
(ミスティリングの中にエモシオンで買った魚介類がまだ結構あるし、今度食べさせてみても面白いかもしれないな)
魚はともかく、貝類やイカ、タコといった海産物を見てゴーシュに住む者がどんな反応を見せるのか。
そして、見た目で忌避しながら実際に食べてみて、その美味さにどう反応するのか。
自分でも少し意地悪いと思いながらも、そんな想像にレイは笑みを浮かべながら街中を進んでいく。
そんな風に考えながら歩いて行くと、やがて昨日もやってきたギルドへと到着する。
……ただし、ザルーストが向かったのはギルドの入り口ではなく、その裏にある建物だった。
セトはレイが何を言うでもなく従魔や馬車用のスペースへと移動して寝転がる。
「へぇ、こういう風になってるのか」
呟くレイの言葉に、ザルーストは不思議そうに口を開く。
「ミレアーナ王国に解体場所はないのか?」
「いや、あるぞ。ただ、ギルドの直営って感じじゃない。倉庫の類はあったけど」
ガメリオンを大量に運び込んだときのことを思い出して告げるレイだったが、その倉庫も使おうと思えばモンスターの解体は十分に出来る。
それと、ギルムに自分用の解体用の建物を持っている者も多いし、それを貸して生計を立てている者もいる。
「そんな感じで一応施設とかはあるけど、街の外でモンスターの剥ぎ取りをするのが一般的だな」
「……羨ましいな。この近辺だと、通常のモンスターはともかくサンドサーペントのようなモンスターだと余程条件が良くないと外での剥ぎ取りは難しいぞ」
「条件?」
「ああ。砂漠だけあって日射しも強いし、何より砂が邪魔をする。勿論素材によってはそんなことを気にしなくても良かったりするが、貴重な素材をどうにかしたいって時は今回みたいに施設を借りることが多い」
「この施設はギルドのってことだったけど、他にもその類の施設はあるのか?」
「それなりにはな。ただ、サンドサーペント程の大きさとなると……ギルド以外だとエレーマ商会とか、その辺の大きな商会なら持ってるだろうが……」
それ以上となると難しい、と。言外に告げるザルースト。
話をしている間に進み、やがてザルーストの足が止まる。
「ここだ」
「……でかいな」
ザルーストが示したのは、かなり大きな建物だった。
それこそ、ギルドその物よりも大きいのではないかと思える。
「まぁ、砂漠にはサンドサーペントよりも巨大なモンスターも多い。そういうモンスターの解体をする場所としてギルドが持っている施設だ」
「……サンドサーペントで借りて良かったのか?」
サンドサーペントが幾ら大きいと言っても、結局は全長五m程しかない。
勿論普通のモンスターに比べれば遙かに大きいのだが、それでも今レイの前に存在する施設の大きさに見合ってるかと言われれば、首を傾げざるを得ない。
「分かってる。本来なら丁度いい場所もある。あるんだが……エレーマ商会が、な」
その言葉だけでレイもザルーストの言いたいことが分かった。
ゴーシュで強い影響力を持っているエレーマ商会だけに、オウギュストと親しいザルーストと関わり合いになりたくないのだろうと。
(それに、もしかしたら砂上船を奪った俺に対する恨みもあるのかもしれないな)
そう考えるレイだったが、それは完全に深読みのしすぎだった。
レイの正体が深紅の異名を持つ冒険者であると知ってしまったダリドラにとって、レイと敵対することだけは何としても避けたいのだから。
ここで嫌がらせをしてレイの恨みを買うよりは、レイが口にした偶然ここに寄ったという言葉が真実であることを期待してレイがゴーシュを出て行くのを待つのが最善……というより唯一出来る選択肢だと判断している。
実際にはレイがここに来たのはマリーナに提案されたからであって偶然ではないし、別の街に向かおうという気は一切ない。
このゴーシュを起点として、砂漠にしかいないようなモンスターを仕留めて魔石を入手するというのが最大の目的なのだから。
「さ、入ってくれ。他の皆もとっくに集まっている。後はレイが来るのを……正確にはサンドサーペントが来るのをだけどな」
そう告げ、ザルーストはレイを施設の中へと案内する。
「……うん?」
施設の中に入ったレイだったが、特に何も感じた様子もないまま周囲を見回しているのを見て、ザルーストは疑問を抱いて口を開く。
「なぁ、レイ。ちょっと疑問に思わないか?」
「……は? 何がだ?」
何を言われたのか、心の底から理解出来ない。
そんな口調で尋ねてくるレイに、ザルーストは不思議そうに首を捻る。
「この倉庫の中、外より大分涼しいだろ?」
「うん? ……ああ、なるほど」
顔を覆っていたフードを下ろしたレイは納得の表情を浮かべる。
三十度を超え、四十度近い温度の外に比べると、この倉庫の中は二十度程しかない。
ゴーシュの住人にとっては、過ごしやすい……どころか、少し寒気すら感じる気温だ。
そんな場所に入っても、レイは全く温度の変化に気が付いた様子がなかったことに、ザルーストは理解出来ない。
「このローブ、マジックアイテムでな。気温を一定に保つ能力を持ってるんだよ」
エアコンのような機能と言っても理解出来ないだろうと、レイの口から出た説明はそのようなものだった。
だが、ザルーストにはその説明で十分だったのだろう。羨ましそうに……それはもう、心の底から羨ましそうな視線をレイへと向ける。
そんな視線を向けられたレイは、特に気にした様子もなく視線を施設の奥へと向ける。
「こうしていても仕方がないし、そろそろ奥へ行かないか」
「……そうだな、分かった」
少しだけ不満そうにしながらも、ザルーストはレイを連れて建物の奥へと向かう。
すると、そこにはオウギュストの商隊の護衛をしていた冒険者の殆どが揃っていた。
「何人か足りないけど、そいつらは昨日の今日でもう仕事があってな。悪いが時間の余裕がなかった」
「ま、冒険者として忙しいのはいいことだろ」
ザルーストへとそう言葉を返しながらも、もしかして現在いないのはエレーマ商会の息が掛かっていた者達……具体的には、情報を流していた人物ではないか? という疑問がレイの中にある。
商人か護衛の中にオウギュストを裏切っている者がいた可能性は非常に高い。
それだけに、ここにいない人物がいるのであれば、どうしてもそんな風に思ってしまうのだ。
「ほら、それよりも時間がないんだし……そろそろサンドサーペントを出してくれ。あの大きさだからな。解体するにも時間が掛かる。……まぁ、頭部がないから多少は時間短縮出来るだろうが」
ザルーストの言葉に従い、レイはミスティリングからサンドサーペントの死体を取り出す。
それを見た冒険者達の口から、ざわめきの声が上がる。
レイがアイテムボックスを持っているというのは、その目で見て知っていた。
実際にサンドサーペントを倒した後で収納する光景を見たのだから、それは当然だろう。
だが……それでもやはり、何もない場所からサンドサーペントの死体が出て来たのを見れば、どうしても驚愕に襲われてしまう。
そんな中で真っ先に我に返ったのは、当然のようにザルーストだった。
「ほら、始めるぞ! 幸い処理の難しい頭部はないから、そこまで時間は掛からない筈だ! 最初は皮を剥ぐ! 俺達の恩人の素材だということを忘れるな!」
その声で我に返ったのか、全員がそれぞれ自分のやるべき仕事を開始する。
ザルーストが口にしたように、最初にやるべきはサンドサーペントの皮を剥ぐこと。
だがこれだけの大きさのサンドサーペントとなれば、どうしても皮を剥ぐのにも時間が掛かる。
好き勝手に斬り裂いてもいいのであれば、簡単だろう。しかしサンドサーペントの皮は防具としても、そして服の素材としても人気がある。
生半可な刃は通さないだけの防刃能力と見た目の美しさは、ゴーシュで作ることが出来るレザーアーマーやマントの素材としては一級品と言ってもいい。
皮と肉の間に解体用のナイフの刃を入れ、肉と皮の両方に傷を付けないようにしながら、皮を剥いでいく。
冒険者になったばかりの者達には難しいということで、実際に解体の作業を行っているのは一定の実力を持っている者だけだ。
新人の冒険者は、剥がされた皮の部分が変な風に動いて剥ぎ取りを行っている者の邪魔をしないように皮の部分を掴んで固定する。
人数が多ければ当然仕事の速度も上がり、一時間もしないうちにサンドサーペントの皮は剥がされ終わった。
サンドサーペントの剥ぎ取りで一番時間が掛かるのが皮である以上、それが終わってしまえば残りは早い。
肉はセト用に適当なブロック肉に切り分け、片っ端からミスティリングの中へと収納していき、次に内臓を処理して使える部位を皮と同じくミスティリングに収納していく。
内臓の中には当然魔石も存在し、レイが一番欲しかった物がようやく入手出来る。
そして最終的にサンドサーペントは骨だけになり……その骨も、錬金術の素材に使えるとレイはミスティリングに収納するのだった。
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