第1073話

 その戦場で行われていた戦いは、本来であれば我に返ったモンスター同士が戦っている隙を突き、そこから逃げ出そうとするモンスターを優先的に仕留めていく……筈だった。

 だが、そんなダークエルフ達の狙いはすぐに消えてしまう。

 最初に数人のダークエルフ達がモンスターの群れに突っ込んで行ってしまった為だ。

 手柄を焦ったのか、それともモンスターの数に我慢しきれなかったのか……ともあれ、数人のダークエルフはモンスターの群れへと突っ込み……当然のように我に返ったばかりのモンスターは数秒であっても混乱しており、そんなダークエルフ達に対処は出来ない。

 結果として、最初に突っ込んで行ったダークエルフ達はそんなモンスターを相手に意表を突いた形となり、一定数のモンスターを倒すことに成功する。

 成功したのだが……自分達の仲間が倒されれば、当然モンスター達もそれを行った相手に対して敵意を持つ。

 結果として、ダークエルフの近くにいたモンスター達はモンスター同士での戦いではなくダークエルフへと攻撃を集中する。

 勿論我に返ったモンスターの全てがダークエルフに攻撃をした訳ではなく、群れの端では当然のようにモンスター同士での戦いが行われていた。

 それでも大多数のモンスターはダークエルフへと意識を向けたのだ。

 モンスター同士が争っている時であればまだしも、一気にモンスターに攻められれば対抗するのは難しい。


「くそっ、何を考えてこんな真似をしやがったんだ! この戦いが終わったら、絶対にとっちめてやる!」

「そうだな。この戦いが終わったら思い切り怒ってやる必要があるな。だから、お前さんもこんな場所で死ぬなよ?」


 ダークエルフの男が弓を引き絞りながら忌々しげに……それでいながら集落の仲間としての心配も合わさって叫ぶと、その男の隣で同じく矢を射っていたダークエルフの男が叫ぶ。

 その男の言葉に頷きつつも戦闘がそのまま続行されるが……所詮多勢に無勢。どうしたって戦いそのものは数の多い方が有利なのは事実だ。

 とてもではないが、現在のままではダークエルフ達は多数のモンスターに対抗することは出来ない。

 更に悪いことに、最初はモンスター同士で戦っていたモンスターも、周囲のモンスターが一方向へと移動するのを見て戦闘を止め、そちらに合流する者が増えていく。

 その結果ダークエルフ達が戦うモンスターは増えていき、次第にモンスター達に押されていく。

 最初にモンスターの群れに突っ込んだ者達も、現在はとてもではないが周囲のモンスターに抗えないと障壁の結界の側に戻ってきている。

 取りあえずそのダークエルフ達は周囲から軽く注意されただけで済んだが、それはあくまでも現在戦闘中だからだ。

 この戦闘が無事に終われば、叱られることになるのは間違いなかった。

 いや、叱られるだけで済めばまだ軽い方だろう。最悪、オプティスによる強烈な実戦訓練が待っている可能性も否定は出来ない。

 そうなればどうなるか……間違いなく暴走したダークエルフの男達にとって最悪の結果が待っている筈だった。

 だが不幸中の幸いと言うべきか、今の暴走した者達はそんなことを考えてはいられない。

 自分達に向かって真っ直ぐに突っ込んで来るモンスターの群れをどうにかする必要があったからだ。

 そんな状況で戦いが進むと、当然のようにダークエルフ達は押され始める。

 それでもダークエルフ達に絶対的な悲壮感がないのは、やはり後ろに障壁の結界があるからこそだろう。

 もし本当に命の危機に陥ったら、障壁の結界の中に入ればいい。

 そうすればモンスターは自分達に攻撃を出来ないのだから。

 一時的に障壁の結界が消滅してしまった時に感じた絶望感は、ダークエルフ達にとっては非常に大きかった。

 何人かのダークエルフがモンスターの群れに突っ込んだのは、その絶望感に背中を押されたというのもあったのかもしれない。

 その時の絶望感に比べれば、今は後ろに絶対的な安全圏があるのだから口程にダークエルフ達は悲壮感を持っていなかった。

 勿論一度障壁の結界の中に入ってしまえば、モンスター達は障壁の結界を超えようとして攻撃をするだろう。

 そうなれば、ダークエルフ達も障壁の結界から外に出ることは難しくなる。

 後ろに安全地帯があるのはともかく、出来ればその安全地帯に頼りたくないというのはダークエルフ達の思いだった。

 その中には、当然障壁の結界に攻撃されることで世界樹に負荷を与えたくないという思いもある。

 そして押されつつも、まだ何とか持ち堪えている時にダークエルフの一人が自分達の方へと近づいてくる人影の姿を確認する。

 ローブを着ておりフードを被っている人物だったが、それでも人影を見つけたダークエルフの男は相手が誰なのか理解出来た。

 何故なら、その人影は身長よりも大きい鎌を手にしていたからだ。

 現在この集落にいる者で、そのような武器を使う者は一人しかいない。

 世界樹の治療に訪れている、レイだけしか。

 それを見た瞬間、ダークエルフの一人が叫ぶ。


「レイだ、レイがやって来たぞ!」


 敵に押されている現状で最高の援軍が来た。

 そう思った瞬間、それは起こる。

 突然ダークエルフ達に群がっていたモンスターの一部が、身体中を斬り刻まれたのだ。

 効果範囲はともかく、威力自体はそれ程強力ではない。

 それでもゴブリンのように低ランクで身体も小さいモンスターはその超音波により首を切断された者もおり、一定数のモンスターの死体が生み出された。

 傷を受けたものの死ななかったモンスターや、超音波の効果範囲外にいたモンスターは、何が起きたのか全く理解出来ない。

 突然……本当に突然、何の前触れもなく複数のモンスターが命を奪われ、怪我をしたのだから当然だろう。

 もう少し周囲の様子を気に掛けていれば、もしかしたら上空で戦闘をしているセトと巨大蝉が少しずつではあるが近づいてきていたのに気が付いたかもしれない。

 だが残念なことに、ダークエルフ達に攻撃を仕掛けているモンスター達も、そんなモンスター達の攻撃を何とか防いでいるダークエルフ達も、上空で行われている戦いに意識を向けることが出来るような余裕のある者は存在しなかった。

 セトは集落から離れた場所で戦闘をしたかったのだが、巨大蝉との戦いの中で自然とまた集落の方へと戻ってきており……こうして、地上へと被害を与えることになってしまう。

 不幸中の幸いだったのは、被害を受けたのがモンスター達だけだったということか。

 もし先程の巨大蝉の一撃がダークエルフ達にも被害を及ぼしていれば、この戦場は一気にモンスター側有利になってしまったのだから。

 そして、モンスター達の不運はこれだけでは終わらない。


「うおおおおおおおおっ!」


 そんな雄叫びの声と共にモンスターの群れの中へと突っ込んだレイが、自分の身長よりも巨大なデスサイズを思う存分振るう。

 回転しながら数匹のオークの胴体を切断し、石突きがゴブリンの頭部を砕く。柄の一撃でコボルト数匹が纏めて吹き飛ばされていく。

 モンスターの群れの中に突入するという意味では、この戦闘の最初に起こったダークエルフ達と同じ行動だった。

 だが……決定的なまでに違うのは、やはりその実力だろう。

 狩りの類はしていても、大規模な戦闘の経験が殆どないダークエルフに対して、レイはこれまで幾つもの大きな戦闘を乗り越えてきており、何より深紅の異名を持つ冒険者だ。

 ダークエルフ数人でもやがて数に押された戦闘を、レイはただ一人で行っていた。

 次々に身体を切断されたモンスターが地面へと倒れていき、肉や血、内臓、骨といったもので周囲には足の踏み場もなくなる。

 もしこの場に冒険者になったばかりのような者がいた場合、血や内臓に足を滑らせて地面に転がることになっていただろう。

 そんな中で、レイはデスサイズを振り回しながらまだ踏んでも大丈夫な地面を選んだ足運びを行い、跳躍した先でどうしても足の踏み場がない場合はスレイプニルの靴を使って空中を蹴る。

 そんな派手な行動をしていれば、上空で巨大蝉と戦っていたセトも当然レイの存在に気が付く。

 半ば千日手に近い状態になっていたセトは、これ幸いとレイを拾い上げることを決意する。

 ただし、このまま巨大蝉を放りだしていく訳にもいかない為、一時的にしろその動きをとめなければならない。

 レイの魔力を吸収して力を増した巨大蝉を相手に、そんな真似は中々に出来ない。

 結果としてセトが選択したのは、巨大蝉を疑心暗鬼にすることだった。


「グルルルルゥッ!」


 最初の一手は、セトの使用するスキルの中でも最速の一撃でもある、衝撃の魔眼。

 威力自体は殆どなく、巨大蝉のような相手に対しての攻撃では威力が殆どないだろうというのはセトも理解している。

 だが……それでも一瞬ではあっても、巨大蝉の意識から自分を外すことには成功する。


「ギギギギギ!」

 

 そんなセトの目論見は当たり、何の前触れもなく受けた衝撃に巨大蝉は何が起きたのか理解出来ずに苛立ちの鳴き声を上げる。

 衝撃の魔眼は威力が弱いのだが、巨大蝉にとってはそれすら苛立ちの原因となる。

 まるでからかわれているかのような、そんな屈辱。

 巨大蝉のモンスターだけに、表情というものは殆どないのだが、それでも苛立ちは声に表れる。

 今の衝撃がセト以外の仕業だという考えは、巨大蝉の中にはない。

 そして四枚の羽根で態勢を整え、セトへと向き直った巨大蝉を待っていたかのように襲い掛かったのは、セトの口から放たれたクリスタルブレス。

 これまでセトのファイアブレスを何度となく食らってきたのを、超音波で迎撃してきた巨大蝉だっただけに、今回も同じように超音波で迎撃をしようとし……次の瞬間には、表情には出なかったが驚くことになる。

 超音波によって迎撃したと思ったセトのブレスが、瞬く間に小さな水晶へと変わって巨大蝉へと降り注いだのだ。

 水晶そのものはそれ程大きくなく、指先程度のものでしかない。

 それでも巨大蝉の目を一時的にしろ塞ぐには十分な勢いであり……


「ギギギギギギ!」


 視界を遮る水晶を再度発した超音波で全て消滅させ、続けて衝撃波が放たれる。

 クリスタルブレスによる目潰しで虚を突こうとしたのだろう相手の、更に虚を突く。

 そんなつもりで放たれた超音波は、何もない空間を斬り裂き、貫いていく。


「ギギ?」


 つい先程まで全く自分から離れる様子がなく、効果のない攻撃を繰り返してきたセトの姿がないことに、巨大蝉は不思議そうに鳴き声を上げる。

 あれだけしつこかったのだから、自分の目潰しをして逃げたという可能性はないだろうと本能的に察知して周囲を見回す。

 だが、セトの姿はどこにもない。

 それがまた、巨大蝉に疑心暗鬼を生じさせる。

 セトが逃げたとは思えず、間違いなく自分の隙を狙っている筈だった。

 そうである以上必ずどこかにいる。下手に動けば自分がセトに攻撃を食らうことになる……そんな思いから、巨大蝉は動くに動けない。

 セトが今まで行ってきた攻撃であれば全く問題はなかったが、それでも巨大蝉はセトがそれだけの存在ではないと……そう本能で理解していた。

 それは巨大蝉がレイの魔力を持っている影響からかもしれないが、理由の有無はともかく、巨大蝉にとってセトは雑魚という言葉では絶対に言い表せない存在なのだ。

 そうしてセトが動き始めるのを待ち……それは、セトにとって千載一遇のチャンスをもたらすことになる。

 地上で戦いの様子を見ていたレイは、見えなくても自分に何かが近づいてきているのを悟っていた。

 それが何なのかというのを、レイが間違える筈もない。

 自らの魔力から生まれた相棒なのだから。

 そして姿が消えているのも、何をどうやってそうなったのかは理解している。


(光学迷彩のスキルか!)


 近づいてくるセトのスキルを予想しながらも、レイはデスサイズを振るう。

 棍棒でデスサイズの攻撃を受け止めようしたオークが、次の瞬間には魔力を通されたデスサイズの刃により棍棒諸共に切断される。


(光学迷彩は、現在のセトの切り札と言ってもいいスキルだ。それも、一度の戦闘で一回しか使えないような、そんなスキル)


 正確には一度使用した後で三十分が経てば再び使用可能になるのだが、余程大規模な戦いではない限り、戦闘が三十分以上も掛かることはない。

 ……もっとも、セトと巨大蝉の戦闘は開始してから既に三十分以上が過ぎているのだが。

 セトは今こそそのスキルが必要だと判断したのだ。


 光学迷彩を使ってセトの得意な近接戦闘に持ち込めば何とかなったかもしれない。

 だが、それでどうにかなるのは一度だけであり、その一撃が失敗すればレイを拾い上げるのは難しくなる。

 ならば、今この時に最善の行動はレイを拾い上げることだった。

 そう判断し……やがて透明になったセトがレイの暴れているモンスターの群れの中へと突っ込む。

 降下してきたセトが透明のままぶつかっていったのだから、その衝撃はかなりのものであり、ゴブリンやコボルト、オークといったモンスターは次々に弾き飛ばされていく。

 そして透明のままレイの下へと向かう。

「グルルルルルゥ!」

 セトが光学迷彩を解除し、その姿を現す。

 突然現れたグリフォンの姿に動揺するモンスターだったが、レイはデスサイズを振るいながらセトへと近づき……


「セト!」

「グルルルルルゥ!」


 そのまま速度を殆ど落とさずにやってきたセトの背へと跳び乗り、おまけとばかりにデスサイズを振るってモンスター達を斬り裂きながら一人と一匹は空へと向かって駆け上がって行くのだった。

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