第982話
ギルドの倉庫で鎚の検分を済ませたレイは、セトと共に街中を歩いていた。
サイクロプスの使っていた鎚もあることだし、ノイズの魔剣を槍に変えるという件もどこまで進んだのか気になっていたので、パミドールの鍛冶工房へと向かっていたのだ。
本来なら今回の件の中心になっているだろうアジモフの工房に直接出向くのが最善なのだろうが、挨拶がてらパミドールの店に顔を出しておくのもいいだろうと判断してそちらへと向かっていた。
「グルルルゥ」
レイの隣を歩いているセトも、上機嫌に喉を鳴らす。
先程屋台で買った木の実と肉を炒めた料理が美味かったというのもあるだろうが、その上機嫌の中にはパミドールの一人息子のクミトに会うというのもあった。
基本的に人と遊ぶのは好きなセトだったが、クミトのような子供と遊ぶのはかなり嬉しいらしい。
(精神年齢が同じくらいなのか?)
ふとそんな疑問を抱きつつ進むレイとセトは、裏路地に入って暫く進むと目的の店が見えてくる。
「あ、セトだ! わーい、どうしたの? 久しぶりだね! ここ最近見なかったけど、元気だった?」
「グルゥ!」
店の前で他の子供と遊んでいたクミトが、真っ先にセトを見つけると真っ直ぐに駆けていく。
他の子供もそんなクミトの後を追うように、セトへと向かって走る。
そんな子供達をセトはじっと見つめていると、やがて子供達がセトへと飛び掛かる。……否、抱きしめた。
「セト、元気だった?」
「昨日帰ってきてるって話だったんだから、もっとはやく遊びに来ればいいのに」
「えっと、セト……この干し肉食べる? 美味しいよ?」
「あ、じゃああたしはこれ! 木の実!」
皆がセトを撫でたり餌を与えたりしているのを見ながら、レイはパミドールの店へと向かう。
「クミト、俺は少しパミドールと話があるからセトの相手をしててくれ」
「うん、分かった!」
レイの言葉に、クミトは嬉しそうに返事をする。
そんなクミトに軽く手を振り、レイは店の中へと入っていく。
だが、店の中には誰の姿もない。
いや、正確には奥の鍛冶工房には人の気配があるのだが、この店の部分にパミドールの姿はないと言うべきか。
「……盗人とかが来たら不用心じゃないか?」
呟くも、すぐにそれを否定する。
もしパミドールがどのような人物なのかを知っている者であれば、この店に盗みに入ろうと思う者はいないだろう。
パミドール自身は頑固ではあるが意味もなく人に手を上げるような性格はしていない。
しかし、その顔が非常に凶悪であり、盗賊の親分……それもその辺の小さな盗賊団ではなく、数百人、数千人の盗賊を率いているような大親分と見てもおかしくない程の顔立ちだった。
レイも女に間違えられたりするような今の自分の顔には色々と思うところはあるが、それでもパミドールのように狂暴な顔付きでないのはゼパイルに感謝している。
もしレイがパミドールのような凶悪な顔立ちであったら、その性格もあって間違いなく今よりも多くの騒動に巻き込まれる生活を送っていただろう。
……今でも十分騒動には巻き込まれているのだが。
「ふんっ、盗人だぁ? そんなのが来たら、俺が作った武器で試し斬りにしてやるよ」
店の奥、鍛冶工房のある方からそんな声と共に一人の人間が姿を現す。
その凶悪な顔付きは、やはりそう簡単に慣れるものではない。
もしパミドールのことを何も知らない子供がその顔を見れば、恐怖に泣き叫んでもおかしくはなかった。
(そう考えれば、よくこの店の前で他の子供達がクミトと遊んでたな。それとも、実はパミドールは子供受けしたりするのか?)
かなり失礼なことを考えつつ、それでも表情に出さないようにしながらレイは目の前のパミドールに手を挙げて口を開く。
「久しぶり」
「ああ。お前さんは確かどこぞの貴族に召し抱えられたって話を聞いたけど、どうやら違ったみたいだな」
マルカがやってきた件はギルムでもそれなりに広まっている。
雪が降ってる中でギルムに来る者というだけで限定的だというのに、それが貴族の……いや、その辺の貴族では使うことができないような高価な馬車に乗ってきたのだから当然だろう。
そんな馬車がレイを迎えに来た以上、そこからレイが貴族に仕えるようになったという噂が立っても不思議でもなんでもない。
「当たらずとも遠からずってところか。別にクエント公爵家に仕官したとかじゃなくて、臨時に士官学校で模擬戦の教官として雇われただけだ」
「……国王派の貴族とあれだけ大騒ぎを起こしたお前が、国王派の中でも有力者のクエント公爵家に、か?」
パミドールもレイがあれだけの騒ぎを起こしたのはきちんと理解していたらしく、疑問を口にする。
「ま、色々とあったんだよ。で、昨日帰ってきた訳だ」
「ああ、それは知ってる。街でも知る人ぞ知るって感じで騒ぎになってたからな。何でも女を連れてきたって?」
「……それは否定しないけど、何だか微妙に女という言葉の意味が俺の思ってるものと違うように思えるな。ま、それはともかくとしてだ。今日サイクロプスの討伐に行った連中の援軍として出て行ったんだが……」
レイの口から出て来た言葉は、パミドールの凶悪な顔に呆れという感情を浮かび上がらせる。
「お前、昨日の今日で何だってそんなに好戦的なんだよ」
「いや、別に俺が自分から進んでサイクロプスと戦いにいった訳じゃないからな? 俺の知り合いがサイクロプスの討伐依頼を受けて森に行ったら、本当なら単独行動している筈のサイクロプスが五匹纏まってて、それで援軍を求めて来たんだ」
「サイクロプスが纏めて? ……また、随分と珍しいことがあるな」
「ま、その結果……ああ、ここは床だからちょっと危ないか。悪いけど工房の方に行ってもいいか? そっちは別に床がここみたいな感じじゃないんだろ?」
「は? ああ、まぁ、構わねえが……」
唐突に何を言っているのか分からなかったパミドールだったが、それでもレイを工房の方へと案内する。
店の奥の工房は下に土を敷いており、少し前まで鍛冶をしていたのを証明するかのように熱気が工房の中に篭もっていた。
「うわ、熱いな。……夏とか、大変だろこれ?」
「そうだな。だが鍛冶師をやっていればそのくらいは当然だ。で、何を見せてくれるんだ?」
「これだよ、これ」
パミドールの言葉に、レイはミスティリングから巨大な鎚を取り出す。
レイの隣に現れた鎚に、パミドールは大きく目を見開く。
当然だろう。とてもではないが、普通の人間に使えるような大きさではなかったのだから。
「これは……」
「サイクロプスを率いていたと思われる希少種が使っていた鎚だ。……分かるか?」
最後まで言わず、意味ありげに呟くレイの言葉に、パミドールは鎚へと触れる。
そして数秒、パミドールは反射的にレイへと視線を向けた。
そこに浮かんでいるのは、驚愕。
今日レイから聞かされた話には色々と驚くことはあったが、それにもまして強い驚きがパミドールの表情には浮かんでいた。
「もしかして、マジックアイテムか!?」
「正解。この短時間で見破るとはさすがだな」
「ちょっと待て。お前が倒したのはサイクロプスだったんだよな?」
「正確にはサイクロプスの希少種か上位種ってところだ」
「何ではっきりしないんだ? 死体を持ってきたんじゃないのか?」
「戦いの中で死体そのものが消滅してしまってな。このマジックアイテムの効果もあって」
レイの口から出た言葉の意味が分からないと、首を傾げるパミドール。
(無理もないか。普通マジックアイテムに操られるなんて、考えもしないだろうし)
凶悪な顔付きに似合わぬような、どこか愛嬌を感じる……者もいるかもしれないだろう表情を浮かべているパミドールに、レイは鎚の能力を説明する。
殴った場所に雷を発生させ、持ち主に高い再生能力を与え、最終的には使用者の身体に根を張って意識を失わせて身体を操るという、その能力を。
「……何て言えばいいんだ? よくこんな強力で凶悪なマジックアイテムを持ってこようと思ったな」
触れるのも嫌だと鎚から距離を取るパミドールに、レイは安心させるように口を開く。
「このマジックアイテムにあった、相手の身体を操るとか体内に根を伸ばすとかの能力はもう消えてるから安心してくれ。俺の身体を乗っ取ろうとした時、逆に俺の魔力に押し流されるように消えてしまったからな」
「魔力で押し切ったって、一体どんな魔力をしてるんだよ」
「うーん、そうだな。そこそこ?」
勿論そこそこなんて言葉で言い表すことが出来る魔力量ではないのだが、ここで無駄に魔力があると口にしても無駄に騒がれるだけだろうと判断してそう告げる。
パミドールのことは信頼しているので、もし自分の魔力が異常な量であってもそこまで気にすることはないのだろうけど……と思いながら。
そんなレイの様子に少し疑問を抱いた様子のパミドールだったが、敢えて言わない以上は何らかの理由があるのだろうと判断し、それ以上踏み込むことはない。
この辺の匙加減が、レイにとってパミドールと付き合いやすいと考える理由なのだろう。
「ま、俺の魔力に関しては取りあえず置いといてだ。前に頼んだ、ノイズの魔剣を槍に鍛え直すって作業はどうなってる?」
「その件で動いてるのは、基本的にアジモフだろ。俺は手伝い程度だぞ」
「だろうな。ま、それでも一応挨拶しておこうと思って寄ったんだよ。それと……この鎚を槍に組み込めないかと思ってな」
レイの口から出た言葉に、パミドールは何を言ってるんだこいつはといった表情を浮かべる。
そうして何かを言おうとするも言葉にならず、何度か口を開き、閉じとしながら十数秒が経ってようやく声を出す。
「お前、正気か? あの鎚をどうやって槍に使うってんだよ? 何だ、もしかして鎚の先端に槍を付けるとかするのか? まぁ、鎚の部分を見ただけで攻撃力は高いだろうし、威圧感も洒落にならねえぐらいあるだろうけどよ」
「……は?」
今度はレイの方が何を言われたのか分からずに一瞬混乱する。
呆気にとられたレイの表情という色々と稀少な姿を見たパミドールだったが、レイはそんなパミドールの様子に気が付かず、慌てて鎚へと視線を向ける。
そしてじっくりと鎚の方を見てから、再びパミドールの方へと。
「この鎚の一部分を溶かしたりしてアジモフに頼んでいる槍の材料に使えば、その槍に雷を発生させたり、使用者に再生能力を与えたりとか、そういう効果を持たせたりは……」
「出来ないと思うぞ。いや、正確には分かんねえが。少なくても俺の知識ではそういうのは無理ってことになってる。そもそも、槍の材料にするのは魔剣だろ? つまりマジックアイテムだ。そこに更に別のマジックアイテムを混ぜるってのは……」
「……嘘だろ……」
レイにとっては赤いサイクロプスの魔石や素材を入手出来なかった以上、今回の件で得られる最大の報酬がこのマジックアイテムの鎚だった。
だがこの大きさの鎚をレイが普段使うには色々と無理がある為、ノイズの魔剣を使った槍……魔槍に作り替える際に鎚を材料として使おうと考えていたのだが、それが根本から狂わされた形だ。
「どうしても無理なのか?」
「俺は錬金術にはそれ程詳しくないが、魔剣や魔槍といった武器を作る際には鍛冶師の力が必須になる。実際、今までにも何本かそういう武器を作ってきてるしな。その経験から考えれば……」
そこで言葉を止め、首を横に振る。
それが何よりもパミドールの考えを表に出していた。
だが、自分の言葉でレイがショックを受けたのに気が付いたのだろう。パミドールは少し考えてから、溜息を吐きながら口を開く。
「俺には無理だけど、アジモフならその辺はどうにか出来るかもしれないな。ああ見えて性格はともかく、腕はいい奴だし」
「本当か!?」
「かもしれない、だ。確実にとは言えない。ただ、どうせこの後で槍がどんな具合になっているのかを聞きに行くつもりだったんだろ? なら、その時に聞いてみればいいじゃないのか?」
「分かった。なら、すぐに行ってくる。ほら、パミドールも準備しろ」
そう告げるレイに何かを言おうとしたパミドールだったが、何を言っても無駄だと判断したのだろう。諦めたように溜息を吐いてから首を横に振る。
「分かった、すぐに準備してくるから待ってろ。俺もアジモフのところには持って行く物があったからな。……本当は店を閉めた後で行く予定だったんだが」
こうして、パミドールは店を一時的に閉める準備を済ませると店の外に出る。
そこで遊んでいたクミトに少し出てくると告げると、レイやセトと共にアジモフの下へと向かうのだった。
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