第959話
「では、この盗賊達はこちらで引き取るということで。奴隷として売られた金額はどうします?」
「そうね、どのくらい時間が掛かるものなのかしら?」
サブルスタの警備兵がヴィヘラの姿に目を奪われながらも、少し考えて口を開く。
「これから商人達と交渉して……ということになるので、正確な期間は分かりません。恐らく数日は掛かると思いますが」
「……困ったわね。私達は明日にでも旅立つ予定なのだけど」
困った表情を浮かべるヴィヘラだったが、レイが前へと進み出る。
これまで幾つもの盗賊団を襲撃して生き残った盗賊達を奴隷として売り払ってきたレイだけに、手っ取り早く金を得る方法も理解していた。
(まるっきり奴隷狩りをしている奴隷商人になったような気分だけどな)
そんな思いがあるものの、後ろめたい思いを抱くことは一切ない。
これまで好き勝手に生きて他者を力で思い通りにしてきたのだから、自分もまたそうなって当然だろうという思いがある為だ。
「警備隊の方である程度の値段で奴隷を買い取って、それを奴隷商に売るという方法もあると思うけど、それは無理なのか?」
レイの口から出た言葉に警備兵は頷く。
「確かにそうすればすぐにでもお金を支払うことは出来ますが、規定上かなり安くなりますよ? 一番低い値段で売れたと仮定しての金額になりますから。……まぁ、その差額が警備隊に入る以上、こちらとしては助かりますけど」
「だってさ。どうする?」
「そう、ね。……多少安くても早い方がいいと思うのだけど。こっちで決めてもいいのかしら?」
レイの言葉に、ヴィヘラが後ろにいる二人の商人へと視線を向ける。
一応ヴィヘラとビューネはこの二人に雇われているという形になっている以上、そちらの意見も聞く必要があった。
盗賊に襲われた商人の場合、その盗賊をどうするかというのは商人によって異なる。
盗賊を嫌っている商人であれば襲ってきた盗賊を皆殺しにするという者もいるし、今回のように奴隷として売り払うという者もいる。
この場合、奴隷として売り払うのは穏便な対応になると言ってもいいだろう。
尚、中には襲ってきた盗賊に人としての道を説きそのまま解放したという商人も過去にはいたのだが、その後解放された盗賊により他の商人に多くの被害が出た為に解放した商人は責められ、商人として爪弾きにされ街から追い出されたという話もある。
更に追い出された商人は新たな村や街、都市といった場所に向かったのだが、そこでも商人の情報網によってその商人が盗賊を見逃して被害が広がったという話が伝わり、商人として暮らしていくことが出来なくなった。
最終的には農民として暮らしていくことになったのだが、農民にとっても盗賊というのは自分達の富や食料を……そして若い女や年端もいかない子供を奪っていくような存在だ。
そんな盗賊を見逃した人物が農民としてまともにやっていける訳がなく、育てた農作物も安く買い叩かれ、最終的には逃がした盗賊により家族を殺された生き残りに復讐されて無残な最期を遂げることになる。
「ああ、僕達は構わないよ。いや、構わないんじゃなくて、こちらとしてはその方が助かる。ギルムでの商談にはまだ余裕があるけど、早く着くに越したことはないしね」
「そうだな、こっちとしてもそうして貰えると助かる」
商人二人からの許可を得て、ヴィヘラは最後にレイへと視線を向ける。
盗賊との戦いで最後に多少戦っただけではあったが、それでもレイもまた戦いに参加した以上は報酬を得る権利がある。
特に盗賊から聞いた場所にあったアジトには春になったばかりでろくな物がなかったということもあり、それを知っている二人の商人から少し不安そうな視線を向けられるレイだったが、特に異論は口にせずに頷きを返す。
「俺は十本近い槍を手に入れられただけで十分だよ」
「ん!」
自分も忘れるなと自己主張するビューネに、ヴィヘラは小さく謝って頭を撫でる。
「ああ、ごめんね。ビューネもそれでいい?」
「んー……ん!」
少し迷うも、ビューネもまた頷きを返す。
元々金を稼ぐ為にダンジョンに潜っていただけあって、ビューネは金にはうるさい。
だが、ここで数日という時間を使ってまで多少稼ぐよりは、ギルムへと向かった方が他に多く稼ぐ手段があると判断したのだろう。
辺境故に危険は多いが、その分稼ぐことが出来ると。
「では、そういうことでお願いするわね」
「……あ、はい、少々お待ち下さい。すぐに書類と代金の方を持ってきますから」
いつの間にかヴィヘラに見とれていた警備兵が我に返ると、慌てたように詰め所へと戻っていく。
その間にレイ達は他の警備兵に街中へと入る手続きを終える。
セトについては門の前に姿を見せた時に少し騒ぎにはなったが、ギルムからそう離れていないだけあってレイやセトの情報は多く入っているらしく、警戒されるようなことはなかった。
そうして手続きを終え、ロープで数珠繋ぎに結ばれていた盗賊達を代金と引き替えに渡すと、一行はサブルスタの中へと入っていく。
「はぁ……あれが深紅、か。見た感じだとそんなに強そうには思えなかったけどな」
「ああ。けど、見かけで判断出来ないような奴なんて幾らでもいるだろ? 特に辺境のギルムを拠点にしているような奴だと、高ランク冒険者も多いしな」
商人一行を見送りながら、警備兵がそんな言葉を交わす。
このサブルスタも辺境に近い位置にあるという意味では多少有名な場所だったが、それでもギルムに一番近い街という意味ではアブエロが存在する以上、有名な冒険者がこの街を拠点にすることは少ない。
皆無という訳ではないのだが、それでも殆どがギルムに……そこまでいかなくてもアブエロに拠点を設けるのが大半だ。
それでもサブルスタに寄る者は多く、だからこそここで警備兵をしていれば大物と呼ばれる存在と出会うことも珍しくはない。
だがそんな経験を積んでいる警備兵達でも、レイを見て一目でそのような存在だというのは思いもよらなかった。
セトがいなければ、冒険者になったばかりの初心者という思いすら抱いていたかもしれない。
それでもギルムに近いおかげでレイの噂話は良く聞くし、幸い警備隊の詰め所には以前ここに立ち寄った時にレイに応対した者もいた。
だからこそレイをレイとして認識出来たのだが。
……もっとも、グリフォンが従魔となっている時点でそれが誰であるのかというのは分かりやすすぎるのだが。
「春になってこの辺を通る人も多くなってきたからな。……妙な騒ぎにならないといいんだけど」
「グリフォンを従魔にしてる冒険者に手を出す奴がいると思うか?」
「いるだろ、今ここには。昨日も騒動を引き起こした問題児が」
「……あ」
相棒の言葉を聞き、警備兵の脳裏を一人の男の姿が過ぎる。
ここ暫く、頻繁に騒動を巻き起こしている者の姿を。
その人物のおかげで、ただでさえ忙しい日々が更に忙しくなっているのだ。
本来であれば真っ先に思い出さなければならなかった筈なのだが、それを思い出せなかったのは半ば現実逃避の為か……
「無茶なことにならないといいんだけど……」
「そうだな。サブルスタはギルム程じゃないにしろ、広い。深紅の一行がギルムを目指して明日にでも発つのなら、何も起きない可能性は高いだろ」
半ば祈るように告げる警備兵だったが、レイが騒動の神に愛されていると知ればその祈りは無駄だと悟ることが出来ただろう。
「俺と勝負しろ!」
グリフォンのセトを連れているレイ達だったが、幸い商人達がサブルスタでいつも使っている宿の主人は多少怯えながらもセトと共に泊まることを許可してくれた。
勿論グリフォンであるセトが暴れたら相応の補償をするということで保証金を支払っており、セトの餌代としても別途金額を多目に支払っている。
もっとも保証金はセトが暴れるような真似をしなければ返して貰えるのだが。
ともあれ、無事に宿も決まったし夕方に近いので食事でも食べようと宿の食堂へと下りて行ったレイ達だったが、当然夕方ともなれば食堂で夕食前に酒を飲んでいる者も多い。
そんな酔っ払いがヴィヘラのような男を誘っているとしか思えない美女を見つければ、当然絡む。
そしてヴィヘラがその酔っ払いを相手にしないでいると、当然のようにレイへと絡み始める。
一見すると冒険者に成り立ての子供、ローブを着ていることから魔法使いにしか見えない。それも、杖の類を持っていない魔法使いに、だ。
ここがギルムであれば、レイに絡むことの危険さを知っている者も多いのだろう。だが、ここはギルムではなくサブルスタだ。
もしくはセトがいれば話は別だったかもしれないが、セトは今厩舎にいる。
その結果としてレイが絡まれることになり、当然のように酔っ払い達は負けることになる。
本来であれば、それだけで終わる筈だった。
酔っ払い達も、レイやヴィヘラに絡んだとはいってもそこまで悪質な存在ではい。
酔いが覚めれば自分のしたことを恥ずかしく思い、レイやヴィヘラに謝罪を……若干恐怖が込められているかもしれないが、ともかく謝罪をして終わっただろう。
だが、その同じ食堂の中にいた人物がその戦い……とまではいかないが、一連のやり取りを一部始終見ていたのが不運だった。
その人物は、一目でレイの実力が並大抵のものではないと悟ると、レイ達が座っているテーブルへとやってきて開口一番自分と戦えと告げたのだ。
「……」
取りあえずレイは何も答えず、その男の様子を確認する。
身長は二mに少し足りないくらいで、身体はどちらかと言えば細身。ただしそれは痩せているという訳ではなく、絞られた筋肉と呼ぶべき身体つきだからそう見えるだけだ。
頭から生えている耳を見る限り、狼の獣人なのだろう。
レイへと話し掛けた際に見えた犬歯の鋭さも、男が狼の獣人であると現していた。……犬の獣人という可能性もあるのだが。
年齢は二十歳になるかどうかといった具合で、その目には獰猛とも呼べる闘志が宿っている。
「おい、またマギタだぜ? 昼前にも決闘騒ぎを起こしたってのに……」
「あの坊主も可哀相に……あ、でもさっきのやり取りを見ている限り結構強そうだし、そうでもないのか? これでマギタが負ければ、少しは懲りるんだろうけど」
「何を考えてこんな真似をしてるんだろうな。全く面倒臭い。このままだと騒がしくなって飯どころじゃなくなりそうだし、出来れば他の場所でやってくれよ」
周囲のテーブルで話している声を聞き、レイは目の前にいるのがヴィヘラに絡んできた男の仲間という訳ではなく、幾度となく騒ぎを起こしている人物だと知る。
(強い相手を求めるって意味だと、ヴィヘラと似たような感じだけど……そもそも、強い相手を求めるなら、このサブルスタじゃなくてギルムまで来ればいいと思うんだけど。ギルムには強い冒険者はかなりいるんだし)
そんな疑問を抱くレイだったが、マギタの方は黙っているレイに痺れを切らしたのだろう。ドラゴンローブを掴んで引き寄せようと、手を伸ばしてくる。
当然そんな状況でドラゴンローブを掴ませるような真似をレイがする筈はなく、手を伸ばしてマギタの腕を掴む。
「何のつもりだ?」
「だから言っただろ? 俺と戦えって」
「そんな真似をして、俺に何の利益がある?」
「そんなの知るか。俺が戦いたいから戦えって言ってるんだよ。お前、結構強いんだろ? 自分の腕にも多少の自信はあるんじゃないのか? それを人に見せつけて、優越感に浸りたくないか?」
「そんな思いはないな。自分の強さは俺だけが知ってればいいし、敵対した相手に思い知らせればいい」
オーク肉の串焼きに手を伸ばしながら告げるレイだったが、マギタはそれこそ待ってましたと言わんばかりにテーブルを叩く。
「だから、それが俺だって言ってるんだよ。俺と戦え。戦わない場合はこっちも色々と手を出させて貰うぞ」
「……手を出させて貰うと言ってもな」
串焼きへと齧りつきながら視線を向けたのは、ヴィヘラとビューネ。
商人二人もいるが、こちらは見るからに商人であり戦闘を生業にする人種ではないというのは明らかだ。
だからこそ、レイを怒らせる為にマギタがこの二人に手を出す可能性は捨てきれなかったのだが。
ヴィヘラの場合はマギタと戦っても問題なく勝てるだろうとレイには思えたし、ビューネの方も勝つのは無理でも負けない戦い方は十分可能だという思いがあった。
「そうだな、じゃあ戦ってみたらどうだ?」
不意に聞こえてきた声は、商人のうちの片方。ぶっきらぼうな性格をしている方の男。
「俺達もお前さんの噂は聞いている。けど、実際にその戦いを見たのは盗賊との戦いだけだしな。出来ればきちんとその実力を見せて欲しい」
「行動を共にしてはいるが、別に俺は正式に護衛として雇われてる訳じゃないんだが?」
そう言いつつも、このままだとマギタが延々と自分に絡んでくる未来が思い浮かぶ。
それならここで実力差をきちんと示しておいた方が最終的には手間が少なくなると判断し、結局溜息を吐いて座っていた椅子から立ち上がる。
「分かった。確かこの宿の裏手は少し広い庭があったな。そこに行くか」
「お? やっとその気になったか。よし、行こうぜ」
レイの言葉にマギタは嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます