第885話
レイの視線の先では、ガメリオンが地面へと倒れ込んでいる。
レントとヨハンナ達を始めとする者達の攻撃により、ガメリオンの命が尽きた為だ。
ガメリオンの攻撃をレントが盾で防ぎ、その隙を突くような形でヨハンナ達が攻撃を仕掛けていくという流れで戦闘は進んでいった。
牙や耳、尾による攻撃の殆ど全てを防いだということもあり、レントの持つ盾は既にかなりの傷が付き、歪みすらも存在している。
「うわっちゃぁ。これは鍛冶師に修理……いや、買い換えた方が早いな」
金属の盾を見ながら、うんざりとした表情で呟くレント。
「凄いな、これ。獣の牙の奴等と一緒に戦った時は基本的に攻撃は回避していたけど、実際にはこんなに攻撃力があるんだな」
元遊撃隊の男が、驚くように告げる。
三m近い大きさの身体には、しっかりと筋肉がついているガメリオンだ。
その一撃の重さがどれ程の威力なのかというのは、金属の盾にここまで傷を負わせているのを見れば明らかだろう。
「レントが攻撃を引き受けてくれたから、こっちには殆ど被害はないわ。……ありがとう」
「ははっ、俺は元々壁役でもあるんだ。この程度のことはどうってことないって」
ヨハンナからの感謝の言葉に、そう返すレント。
だが、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
自分のいいところをヨハンナに見せるという目的を達した為だろう。
レントにしてみれば、今回のガメリオン狩りの目的はその肉以上にヨハンナに自分のいいところを見せるというものがある。
それを無事に達成したのだから、笑みが浮かぶのは当然だった。
「怪我人は一人もなしか。上手い連携だったな」
ガメリオンの方へと近づきながら、レイが呟く。
「そりゃそうですよ。レントはともかく、それ以外は皆一緒の部隊で戦ってきたんですから、嫌でも連携は鍛えられます」
「……そうだよな。レイさんとの訓練で、連携も何もなしだと、ただ一方的に狩られるだけだったし」
「寧ろ、実戦よりも訓練の方が連携を必要とするってのは……正直どうかと思う」
「ふふっ、確かにそうかもしれないわね。正直なところ、実戦よりも訓練の方が何倍も厳しかったもの」
ヨハンナ達がそれぞれ告げる言葉に、レントの呆れたような視線がレイへと向けられる。
冬の寒空だというのに、激しく動き回っていたレントの身体からは湯気が立ち上っており、それが余計にレントの視線に地味な説得力を持たせていた。
「レイ、お前どんな訓練をしてたんだよ?」
「別に、そこまで厳しいってものじゃないぞ?」
『嘘だ!』
ガメリオンの死体をミスティリングへと収納しながら呟くレイの言葉に、ヨハンナ達は即座に異論の声を上げる。
その声は乱れることなく揃っており、それがヨハンナ達の気持ちをこれ以上ない程に表していた。
それでもレイは、特に気にした様子もなく肩を竦める。
「やれやれ、かつての部下にこうも言われるとは思わなかった」
「……あの訓練を厳しくないと言われてしまえば、無理もないかと」
元遊撃隊の男の一人が、しみじみと呟く。
「レイ、お前一体……本当にどんな訓練をしたんだ?」
レントの言葉に、レイは自分に疚しいところはありませんとでも言いたげに首を横に振る。
「俺としては、そんなに厳しい訓練だとは思わなかったんだけどな。それにだ、実戦よりも訓練の方が厳しいというのは、いいことだと思わないか? 訓練で出した実力を出し尽くさなくても、実戦で生き残ることが出来るって訳だし」
「それは……否定しないけどよ」
「だろ? ……まぁ、それはともかくとしてだ。これで二匹目……正確には一匹半のガメリオンだけど、もう少し探すか? 確か今はガメリオンが獲れるようになったから、また一つのパーティで狩ってもいいのは何匹までって決まってるんだろ?」
レイの言葉に、レントは空を見上げる。
そこに広がっているのは、冬らしい曇天。
いつ雨や雪が降ってきてもおかしくない雲。
「制限は五匹だから、もう二匹か三匹は狩っておきたいところだ。ただ、ギルムに向かってる途中で雨とか雪に降られると、ちょっと洒落にならない。どう思う?」
「セトちゃんなら雪とか平気だと思うんだけど」
「いや、セトの話じゃないから。俺達の話だから」
即座に話をセトに結びつけるヨハンナに、元遊撃隊の男が呟く。
だが、ヨハンナのセト好きというのは元遊撃隊の中では有名であり、だからこそそれだけで済んでいる。
「じゃあ、もう少しガメリオンを探してみるか?」
「頼む」
レイの口から出た言葉にレントが頭を下げるが、レイは特に気にした様子もなく首を横に振ってから口を開く。
「気にするな。こっちはきちんと報酬を貰えれば、多少の苦労は厭わないよ」
普段のレイを知っていれば、多少なりとも驚くだろう言葉。
それだけレントから食べさせて貰ったチーズが美味かったのだろう。
あのチーズを食べる為であれば、レイにとって多少の苦労は苦労ではない。
そう言い切れるだけの価値を、レイはあのチーズへと見出していた。
(チーズなんて作り方は殆ど変わらないと思うんだけど……何だってあんなに味に違いが出たんだろうな?)
勿論レイはチーズの作り方を詳細に知っている訳ではない。
精々日本にいる時にTVで見た程度だったり、牛乳にレモンを入れて作るカッテージチーズを学校の授業で作ったことがある程度だ。
だからこそ、どうすればあそこまで濃厚で後を引くようなチーズになるのかというのは分からなかった。
(もしかしたらモンスターの素材を使ってたりするのか? ……うん、何だか普通にありそうだ)
脳裏を過ぎった言葉に、自分自身で納得する。
「じゃ、セトのいる場所に戻ってくるから少し待っててくれ」
「あ、レイさん。俺達はここで待っていれば? それとも馬車の方に?」
「あー……そうだな、じゃあ馬車の方を頼む。セトに乗っていれば馬車を見ている奴がいなくなるし。戦闘の疲れがあるだろうから、ゆっくり来てくれてもいいぞ。セトの臭いがついている場所にモンスターはそうそう襲ってこないと思うし」
そう告げ、レントやヨハンナ達をその場に残してレイは馬車の方へと向かって走り出す。
冒険者に襲われそうになったのを口にしないのは、意図的なものなのだろう。
「うわぁ……さすがにレイさん。速いなんてもんではないな」
見る間に姿が見えなくなったレイに、元遊撃隊の男が思わず呟く。
その場にいる者達は、誰もが口には出さなかったが、皆が同じ思いを抱いていた。
(戦争になった時にレイさんと敵対しなくても済むってだけで、ベスティア帝国からミレアーナ王国に来た甲斐があったよな)
元遊撃隊の男達三人は、それぞれが同じようなことを考えて納得してしまう。
……ヨハンナの場合は、ギルムにやって来た最大の理由がセトである以上、そこまで強く思ってはいなかったのだが。
「さて、じゃあいつまでもこうしていられないし、俺達も馬車に戻るか」
レントの言葉に全員が頷き、そのままガメリオンとの戦闘が行われた場所を後にする。
近くにはガメリオンが食い殺したゴブリンの死骸も多く、周囲には強烈な血の臭いを放っていた。
もし何らかのモンスターがこの臭いを嗅ぎつけたとすれば、ここにやってきてもおかしくはない。
もっとも、ゴブリンを好き好んで食おうと思うようなモンスターはそれ程多くないだろうが。
そんな場所だけに、少しでも早くこの場から離れた方がいいのは事実だった。
無意味な戦いに巻き込まれたくなければ。
「うーん。こうして空から地上を見ると、やっぱりガメリオンを狙ってる奴が多いな。時期が遅くなったから、今のうちに少しでも稼いでおきたいって奴等なんだろうけど……」
セトの背の上に乗って地上を見下ろしながら、レイが呟く。
荷車にガメリオンを積んで移動している冒険者達がいるかと思えば、その場で血抜きを始めてガメリオンの解体を行っている者もいる。
また、現在進行形でガメリオンと戦っている冒険者達の姿を見ることも出来た。
「正に、今がピークってところか。まぁ、この天気だといつ本格的に雪が降ってもおかしくないしな」
空を見上げながら呟くレイ。
去年とは違い、今年の雪は降り始めるのが遅い。
それはガメリオンの件を考えると、幸いだったと言えるだろう。
もしも雪が降ってしまえば、雪の中でガメリオンと戦わなければいけなくなるのだから。
草原ではあっても、その下にあるのは地面だ。そこは当然ながら雪が降ればぬかるみ、足の踏ん張りが利かない。
また、濡れた草が足に絡みついたりといった危険もある。
そんな場所でガメリオンのように素早い移動を可能とする相手と戦うとなれば、余程の実力差がない限りは苦戦するのは明らかだった。
一瞬だけ深刻そうな表情を浮かべたレイだったが、次の瞬間には綺麗さっぱりその表情を消す。
「ま、俺達は自分で食う分のガメリオンの肉は確保したし……そこまで必死になることはないよな」
「グルゥ!」
ガメリオンの肉が食べたい! と喉を鳴らすセト。
そんなセトの首の後ろを撫でながら、レイは口を開く。
「そうだな、そろそろギルドの方でも解体がある程度は終わっている筈だ。もしまだ終わってなくても、俺達が食う分のガメリオンの肉を少し引き取ってくるのはいいかもしれないな」
「グルルルルルゥッ!」
レイの言葉に、嬉しさを滲ませながら鳴き声を上げるセト。
その鳴き声を聞いたガメリオンのうちの何匹かが危険を察知し、即座にその場を後にして逃げ出したりもしたのだが……それを行ったセトとレイは、そんなのは関係ないと上機嫌にガメリオンの肉を思う。
シンプルにステーキとして焼いただけでも美味く、手を加えて煮込んだりすれば更に味は上がる。
少し前に食べたガメリオンの肉を使ったサンドイッチは、その典型と言ってもいいだろう。
パンに挟むだけというシンプルな料理にも関わらず……いや、シンプルな料理だからこそ、素材の味がダイレクトに出る。
また、煮るのではなく蒸して余分な脂を落としてから甘酸っぱい果実を使ったソースや、濃厚なクルミを使ったソースといったものをつけて食べても、その味は絶品なのは間違いない。
「あ、やばい。何だか物凄くガメリオンの肉を食いたくなってきた」
ガメリオン料理を想像していると、その分腹が鳴って自己主張をしてくる。
「グルルルゥ」
レイだけではなく、セトもそれは同じだったのだろう。お腹減った、と喉を鳴らす。
「取りあえず、今はこれでも食って我慢しようか」
ミスティリングから取りだしたオークの干し肉をセトへと与え、自分の口の中にも放り込む。
凝縮された肉の旨味が口の中に広がり、自己主張をする腹の虫を何とか押さえる。
だが、それも少しの間だけだ。
寧ろ、干し肉を食べたからこそ、余計に食欲が刺激されてしまう。
「む、しょうがない。もうちょっとだけ食べるか」
「グルゥ!」
賛成! と元気に喉を鳴らすセト。
そんな相棒の様子に、レイは小さく笑みを浮かべる。
そうして次に取りだしたのは、煮込まれた肉の塊が挟まれているサンドイッチ。
……肉の塊の大きさと挟んでいるパンの薄さを考えれば、明らかにバランスが悪い。
だが、そのバランスが悪い程の具の大きさが、余計に食欲を刺激するのも事実だ。
実際、出来たばかりのサンドイッチをミスティリング内で保存していたので、パンに挟まれている肉もまだ温かい。
それこそ、パン越しに肉の温かさが伝わってくる程だ。
もっともセトが飛んでいるのは地上百m程の位置だ。そして季節は冬で、天気は晴れという訳ではない。
そんな状況である以上、ミスティリングから取りだしたサンドイッチは急速に冷めていく。
「とっとっと、ドラゴンローブの温度調節機能は便利だけど、こういう時には少し勿体ないよな。どうせなら俺だけじゃなくて、俺の持っている物とかにも効果があればいいのに」
一つをセトへと与え、次に自分が大きな肉の塊が挟まっているサンドイッチへと齧りつくと、そこから口の中一杯に肉汁が広がる。
同時に、焼きたてのパンが口の中でその肉汁を吸い取り、シャキシャキとした葉野菜が新たな食感を楽しませる。
「うん、美味い。……やっぱりパンの方が若干物足りないけど、これはこれでいいか」
「グルルルゥ!」
レイの手にはまだサンドイッチが半分以上残っているのだが、既に食べ終わっていたセトは、もっと頂戴! と喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイは新しいサンドイッチを出そうとして……地上を歩いているガメリオンの姿に気が付く。
幸いまだ他の冒険者達には見つかってはおらず、今から戻ればヨハンナやレント達が一番乗りすることも出来そうだった。
「悪いな、セト。サンドイッチは取りあえず後回しだ。これで我慢してくれ」
自分の持っていたサンドイッチの残りを与えると、それでも構わない! とセトは嬉しげに喉を鳴らす。
「じゃあ、馬車の所に戻るぞ。他の奴等に取られるよりも前に、手を出しておきたいからな」
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉に高く鳴いたセトは、そのまま翼を羽ばたかせて馬車の方へと戻る。
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