第884話

「うん? あのガメリオンは……」


 セトの背に乗って空中からガメリオンの姿を探すこと数分。

 ゴブリンの集団に対して、牙を突き立てんと襲い掛かっているガメリオンの姿を見つける。

 どこにでも姿を現すゴブリンだったが、それはこの草原も例外ではない。

 ガメリオンにとって、ゴブリンというのは弱くて不味い肉という扱いでしかない。

 それでもレイとセトの視線の先で行われているようにゴブリンに対して攻撃を仕掛けるのは、そういう気分だったのか、それとも単純に腹が減っていてゴブリンでも構わなかったのか。

 その理由がどうであれ、ガメリオンがゴブリンに対して攻撃を加えては牙で食い千切り、耳で斬り裂き、尾で打ちのめし、その巨体で押し潰す。

 普通のゴブリンがガメリオンを相手にどうにか出来る訳もない。

 連携することが出来れば話は別だったかもしれないが、集団で襲い掛かっても不利になればすぐに逃げ出してしまうのがゴブリンだ。

 ガメリオンを相手に踏み止まって戦い、殿を引き受けるなどという真似が出来る筈もなかった。


「あのガメリオンなら他の冒険者に襲われてはいないか。……セト、頼む」

「グルゥ!」


 レイの頼みを聞き、地上へと戻っていくセト。

 その場所は馬車のある場所……ではなく、少し前に獣の牙がガメリオンと戦っていた場所だ。

 本来であれば、先程のように馬車泥棒を警戒して馬車のある場所に降りるのが正しいのだろうが、ガメリオンがゴブリンを襲っている光景を目にした今は違う。

 このまま時間を掛ければ、ゴブリンを倒したガメリオンはその場を後にする可能性も高い。

 餌としてゴブリンを食うのだろうが、それだって目立つところでそんな真似をしたりはしない可能性も高かった。

 もしくは、先程獣の牙に先を越されたように他のガメリオン狩りのパーティに出し抜かれるかもしれない。 

 その辺を考えると、少しでも早く新たなガメリオンの居場所を教えた方がいいという判断からだった。

 勿論林に降りる前に上空から馬車の方を一瞥し、問題がないことを確認してからだが。

 林の上から降下していくと、漂ってくるのは血の臭い。

 レイが左右に両断したガメリオンの血の臭いだというのはすぐに分かり、特に動揺する様子もなく地上へと舞い降りる。

 それを見て驚いたのは、ガメリオンの解体をしていた者達の方だ。

 それも当然だろう。内臓の処理を終えたかと思えば、上空からいきなりセトが降りてきたのだから。

 現に、獣の牙の面々は素早く戦闘態勢を取っており、レイとセトについてあまり詳しくないレントも同様に長剣を構える。

 もっとも、レイとの付き合いがそれなりにある元遊撃隊の面々は一瞬だけ緊張したが、空からやって来たのがレイを乗せたセトだと知るとすぐに緊張を解いたのだが。


「レイさん、セトと一緒に戻ってきたってことは……?」

「セトちゃん、頑張ってくれたのね!」


 元遊撃隊の男とヨハンナが、それぞれ呼び掛ける。

 もっともその呼び掛けの時点で色々と違いは出ていたのだが。


「ああ、ガメリオンは見つけた。ちょうど今ゴブリンを襲っているところだ。倒すには丁度いいだろ。それで、こっちのガメリオンの方は?」

「あ、はい。見ての通り既に内臓の処理は完了しています。残るは身体の方だけなので……」

「分かった」


 短く言葉を交わし、レント達が貰い受けると決まったガメリオンの死体の方へとレイが近づいて行き、その死体に触れた次の瞬間には一瞬前までそこにあった死体の半分が、嘘のように消え去っていた。

 ガメリオンの半身がそこに残っているだけに、余計に周囲の者達に与えた違和感は強い。


「これは……」


 特に驚いていたのは、クロノ達獣の牙の面々。

 レイがミスティリングからデスサイズを取り出したところは見ていたのだが、デスサイズとガメリオンの半身ともなればその大きさは明らかに違う。

 それだけに、目を大きく見開いてレイと地面に残っているガメリオンの半身へと視線を向けていた。

 驚きに身を固めている獣の牙の面々に対し、レイは特に気にした様子もなく口を開く。


「取りあえずここでの件はもう終わったと思っていいんだな? まだ何かこいつらと話しておくことはあるか?」

「え? あ、いや、ないですけど」

「そうか。じゃあ俺達はこの辺で失礼させて貰う。ほら、行くぞ。セトは馬車の護衛を頼むな」

「グルルルゥ!」


 レイの呼び掛けに、任せて! と鳴き声を上げると、セトはそのまま何も言わずにその場を去って行く。


「あ、セトちゃん。行っちゃうの!?」


 ヨハンナが残念そうに叫ぶのを横目に、レイはそこにいる者達へと声を掛ける。


「ほら、ガメリオンを探しに行くんだろ。このまま時間を掛ければ、ここのガメリオンみたいに他のパーティに先を越されるぞ。いいのか?」

「良くないって。じゃあ、案内を頼む」


 レイの言葉に我に返ったレントが告げ、他の者達も同様にその言葉に頷く。

 ヨハンナ以外は、だが。


「じゃあ、そういう訳で俺達は行く。また会ったらよろしく頼む」


 短くそれだけを告げ、レイはレントやヨハンナ達を引っ張って林から出る。

 それを見送る獣の牙の面々は、レイ達が消えてからようやく我に返った。


「と、取りあえず……俺達もガメリオンを探すか? これだけだと、ちょっと少ないし」


 半身に足りない程度に斬り裂かれたガメリオンの死体を見ながらクロノが呟き、それを聞いた他の面々も同意する。

 自分達の危機ではあったが、それでもある程度のガメリオンを得ることが出来たのは嬉しい。だが、可能であれば他のガメリオンを丸々一匹欲しいというのが正直なところだった。


「出来れば、レント達と一緒に行動したかったわね。そうすれば確実にガメリオンを見つけることが出来たでしょうし、仕留めたガメリオンを持ち帰るのもアイテムボックスがあれば……」

「ジョナ!」


 少し羨ましそうに告げたジョナだったが、近くでそれを聞いていたシャントが強引にその言葉に割って入る。


「あんな小さな奴に手伝って貰うって、プライドがないのか? 俺達は誇りあるランクCパーティ獣の牙なんだぞ」

「……あのねぇ。確かに私達はランクCパーティだけど、レイさんはランクB冒険者よ? それも、ソロで。身体が小さかろうが、幼かろうが、強い相手は強いって認めなさいよ。レイさんの力がどれ程のものなのかというのは、シャントだって見たでしょ? 斬撃に対して強い耐性を持っている筈のガメリオンを、一回大鎌を振るっただけで真っ二つにしたのよ?」

「ぐむ……それはそうだけど……」


 実力を見せつけられたという意味では、寧ろ他の者達よりもシャントの方がショックは大きいだろう。

 自分より小さな相手……という思いが少なからずあったのが、自分達だけでは倒せず、レント達の手を借りてようやく倒せたガメリオンを、容易く両断して見せたのだから。

 更に、そこへクロノが追撃を掛けるように言葉を紡ぐ。


「それにヨハンナ達も殆どがランクC冒険者だって話だしな。何でもベスティア帝国の帝都とかで冒険者をやってたらしいぞ?」


 自分達と同ランクの冒険者だと言われれば、シャントもそれ以上は不満を口には出せなかった。


「それに、今年のガメリオンはレイさんのおかげで出てくるようになったんでしょ? それを考えれば……」

「もういいって、ジョナ」


 まだ何かを言い足りないジョナだったが、クロノに止められてしまえばそれ以上は何も言えない。

 パーティリーダーとして信用しているし、個人的にも想いを寄せている相手なのだから。


「……分かったわよ。じゃあ、とにかく私達も他のガメリオンを探しましょ。セトがいないから空からは見つけられないけど、獣人特有の鋭い嗅覚を使えば、人間の冒険者よりも見つけやすい筈よ」


 そう告げ、クロノもジョナの言葉に納得して盗賊でもあるグリンの方へと視線を向ける。

 その視線を向けられたグリンは、小さく頷き新たなガメリオンを探すべく歩き出す。

 半分になっているガメリオンの死体は、シャントが担ぎ上げて持ち上げ、荷車のある方へと運ぶ。

 こうして、獣の牙の面々は次のガメリオンを探して再び行動を開始する。






「あれだ」


 レイの呟きと共に、その後ろにいたレントやヨハンナ達がレイの視線を追う。

 その視線の先では、丁度最後のゴブリンがガメリオンが横を通り抜け様に耳で斬り裂かれ、地面へと崩れ落ちたところだった。

 そうして最後のゴブリンを仕留めたガメリオンは、そのままゴブリンの死体へと牙を突き立てる。


「うわっ、相変わらずガメリオンってのは悪食だな。ゴブリンの肉なんかよく食えるもんだ」


 レントがうんざりとした口調で呟く。

 ヨハンナを始めとした他の者達も、それに同感だと頷きを返す。


「ゴブリンの肉を食うような悪食なのに、なんだってガメリオンの肉はあんなに美味いんだろうな?」


 元遊撃隊の男の一人が呟き、こちらも皆が同様だと頷く。

 レイもまたその言葉に頷きながらも、一歩後ろへと下がる。


「さて、約束通りガメリオンは見つけた。今回は最初のと違って、他のパーティに先を越されたりもしてないし、文句なくお膳立ては整ったと言ってもいいだろ。俺はここで見てるから、頑張ってガメリオンを倒してくれよ」

「了解、了解。さっきの戦いではあんまりいいところを見せられなかったからな。ここは張り切らせて貰おうか!」


 背負っていた盾を左手に、長剣を右手にそれぞれ装備したレントが言う。

 もっとも、それが誰にいいところを見せたいのかというのは言葉を濁していたが。


「じゃ、レイさん。私達も行ってきますね」


 その誰かでもあるヨハンナは、レントのアピールに全く気が付いた様子もなく手に槍を持つ。

 元遊撃隊の三人は、それぞれバトルアックス、ハルバード、鎚をそれぞれ手にしていた。

 普段であれば長剣や槍といった手に馴染む武器を持つのだが、今回の敵はガメリオンだ。

 その毛皮は斬撃に対して強い耐性を持つ。

 レイ程の腕とデスサイズのような強力なマジックアイテムがあれば話は別だが、今のヨハンナ達にガメリオンを斬り裂くという真似は到底無理な話だ。

 だからこそ、長剣を持っているレントとヨハンナの二人が囮となり、他の三人の攻撃でガメリオンを倒すという予定になっていた。


「行くぞ、うおおおおおおっ!」


 不意を打てればそれが最善なのだが、当然ガメリオンも食事をしている時であっても完全に油断はしない。

 元々ウサギからモンスター化しただけあって、聴覚はかなりの精度を誇っている。

 それだけに、余程何かに集中していなければ不意を打つという真似は不可能だった。

 だからこそ、レントは盾を持っていて防御力が最も高い自分が、ガメリオンの注意を引き付ける為に大声を出しながら前へと進み出る。


「ガアアァァァアッ!」


 そんなレントへと向かい、威嚇の声を上げるガメリオン。

 だが、レントは寧ろその声を幸いと更に大声を上げる。


「掛かってこいよ、おらぁっ!」


 左手に持っている盾を大きく動かし、ガメリオンを挑発する。

 そんなレントの隣には、槍を持ってヨハンナが並ぶ。

 あるいは、レントにとっては今が幸せの絶頂であったのかもしれない。

 もっともガメリオンはそんなことに配慮する筈もなく、地面を蹴ってレントとの距離を縮める。

 三mを超える巨体が出すとは思えない程の速度……ではあったが、レントにしてみればそれ程早いとは思えなかった。

 林の中で獣の牙の面々と戦ったガメリオンの方が、今自分の前にいるガメリオンよりも、あらゆる面で上だった為だ。

 特に素早さは、間違いなく今目の前にいるよりも明らかに向こうの方が早い。

 真っ直ぐに突っ込んできたガメリオンは、そのままゴブリンの代わりに喰らってやると言わんばかりにレントへと牙を突き立てようとして……その牙がレントの身体に触れる直前、目の前に現れた金属の盾に邪魔をされる。

 牙と金属の盾がぶつかり合う、甲高い音が周囲に響く。

 盾とぶつかりガメリオンの動きが一瞬止まったのを見て、即座にヨハンナは槍を突き出す。

 その速度はかなりの速度であり、槍の穂先が真っ直ぐにガメリオンの右肩に突き刺さった、とヨハンナが思った瞬間には、微かな手応えのみを残してガメリオンは横へと跳んでいた。


「ええいっ、分かっていたけど厄介な瞬発力ね!」


 素早く槍を手元に戻すヨハンナは、偶然ではあってもレントを盾として利用してきたガメリオンの厄介さに悔しそうに吐き捨てる。

 レントの方も、盾を持っている左側に回り込まれてしまえば長剣を振るえない。


「ガアアァァァアァァッ!」


 だが、ガメリオンの方も決して余裕があるという訳ではなかった。

 牙を使った一撃が、こうも容易く止められるとは思わなかったのだろう。

 目の前にいる二人が厄介な相手であるというのは理解し……次の瞬間、突然脇腹に衝撃を感じてその場を跳躍する。

 空中で視線を自分が今までいた場所に向けると、そこではハルバードを手にした人間の男の姿。

 忌々しげに叫んだガメリオンだったが、着地しようとしていた場所にもバトルアックスを持った男が走り寄ってきているのを見て、苛立たしげに叫ぶ。


「ガァァァアアッ!」


 着地地点で着地の隙を狙おうとしている、バトルアックスを持った男に牙を突き立てんとし……だが、その背後に鎚を持った男がいるのを目にしたガメリオンは、危険を察知するも空中では軽く身を捻るくらいしか出来ず、男達の方へと向かって突っ込んで行くのだった。

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