第882話
レイがネズミの獣人のグリンと共に林の中へと到着すると、既にそこではガメリオンが瀕死の状態になっていた。
クロノを始めとしたランクCパーティ獣の牙との戦いでは圧倒していたガメリオンだったが、そこにヨハンナやレント達が混ざってしまうと、人数的な問題もあってあっという間に押し込まれてしまったらしい。
「ガアアアァァァッ!」
ガメリオンが雄叫びと共に、地を蹴ってヨハンナへと向かう。
せめて一人だけでも道連れに食い殺してやろうと、そんな思いから放たれた一撃。
斬撃に耐性のある体毛を持っているガメリオンだったが、右目は槍の一撃で既に存在せず、熊の獣人であるシャントの棍棒や、元遊撃隊の男が持っている鎚による攻撃により、身体の内部でも骨が折れ、内臓が潰れている。
そんな状態にも関わらず、ガメリオンは最後の一撃とヨハンナへと向かったのだが……
「そう簡単に私を倒せると思ったら、大間違いよ!」
手に持つ槍を突きの形に構えたヨハンナは、ガメリオンを待ち受ける。
「ヨハンナッ!」
そんなヨハンナを見てレントが叫ぶが、ヨハンナはそれには構わず、自分の顔を噛み砕かんと迫ってくる牙を見つめ……その牙が閉じられようとした瞬間、ガメリオンの一撃を紙一重で回避しながら、槍の穂先を牙の奥……喉へと突き出す。
三mの巨体を誇るモンスターと女としては平均的な身長のヨハンナが交差し、最終的に擦れ違った先で倒れたのはガメリオンだった。
上顎から頭部へと貫通した一撃が頭蓋骨と脳を破壊して致命傷となり、地面に倒れ込むガメリオン。
周囲の者達は、それを見た数秒の間沈黙を守り……やがて代表としてクロノが口を開く。
「やった……のか?」
「ええ。これで生きてたら、それこそガメリオンじゃなくてアンデッドの類でしょうね」
絶命し、手足を伸ばしたまま地面に倒れているガメリオンに近づいて行くヨハンナ。
ガメリオンの口を開け、そこから槍を引き抜く。
「わぁ……凄い……」
同じ女として気になったのだろう。狐の獣人のジョナが、どこか尊敬の混じった視線をヨハンナへと向ける。
「腐っても元遊撃隊ってことだな」
口の中で小さく呟くレイ。
セトに対する過剰な愛情が目立つヨハンナだったが、元遊撃隊である以上、その実力は確かなものだ。
それこそ、レイと厳しい訓練をしてきたのだから当然だが。
「ご苦労さん。で、このガメリオンはどうするんだ? 分け前は……」
「おい、待て。何なんだよお前は」
レイの言葉を遮り、シャントが睨むような表情で口を挟む。
勿論シャントも目の前にいる人物が誰なのかというのは知っている。
今のギルムでレイのことを知らないという冒険者がいれば、それは余程の世間知らずかモグリだろう。
……冒険者ではなく、錬金術師でレイを知らなかった者はいたのだが。
それでもシャントがレイに向かって強い口調で問い掛けたのは、何もしていないレイがこのまま自分達の獲物であるガメリオンを奪っていくと思ったからだろう。
そんな視線を受けて、何となくどう思われているのかを覚ったレイは口を開く。
「言っておくけど、お前達と一緒に戦ったレント達はともかく、俺は今回のガメリオンに関しては報酬を貰おうとは思っていない。きちんと別の報酬を貰う約束をしてるしな」
「……本当だな? 信じてもいいんだな? もしそれで嘘だったりしたら、絶対に許さねえぞ?」
確認してくるシャントに、再度頷きを返すレイ。
そこまでして、ようやくシャントも安堵したのだろう。視線をクロノへと向け……
「この、超特大級の馬鹿がっ!」
跳躍し、クロノの拳がシャントの後頭部へと叩き込まれる。
「がっ、い、痛えじゃねえか!」
「お前、相手が誰だか分かってるのか! 深紅の異名を持つランクB冒険者のレイさんだぞ! だってのに、何を考えて喧嘩を売るような真似をしてるんだよ!」
「す、すいませんレイさん。うちの馬鹿が……その、私達は別にレイさんに対して含むところはありませんから」
怒鳴り声が響く中、幾度もジョナが頭を下げる。
そんなジョナの隣では、グリンがどことなく居たたまれない雰囲気を出して所在なさげにしていた。
レイを連れて来たのが自分だけに、どうしたらいいのか分からないだろう。
「そんなに気にしないでいい。俺は別にお前達をどうこうするつもりはないし」
「……すいません、本当に」
最後にクロノが謝り、取りあえず今の揉めごとはそれで手打ちとすることになる。
「あー……それで結局ガメリオンの取り分はどうするんだ?」
取りあえずこれだけは決めておかなければならないだろうと、レントがその場にいる全員へと尋ねる。
レントの視線を受け、少し考えたクロノが口を開く。
「そうだな、俺達はあんた達がいなければ確実にガメリオンに殺されていた。だとすれば、命が助かっただけ儲けものだし、ガメリオンをやってもいいと思うんだけど……」
「おい、クロノ。それは幾ら何でも譲り過ぎだ。俺達だって別に金に余裕があるって訳じゃねえんだぜ? せめて半分……いや、確かに命を助けられたのも事実だし、向こうの方が取り分が多いってのはしょうがないけど、それでもこっちにもある程度は必要だ」
「……けど、どうやって半分にするんだよ? ただでさえ斬撃に対して強い耐性を持つガメリオンだぞ?」
そう言い争う獣の牙のメンバーに、言葉を掛けたのはヨハンナだった。
「えっと、レイさんならガメリオンを真っ二つにするくらいは簡単に出来ると思うんだけど。どうかな?」
「ガメリオンを? ……いや、異名持ちならそのくらいのことは出来て当然なのか?」
クロノがレイの方へと視線を向けながら口の中で呟く。
レイの噂が本物であれば、それ程難しいことではないという期待を抱き、口を開く。
「その、レイさん。お願い出来ますか?」
「ちょっ、おい、クロノ!」
先程突っかかるようにレイへと口を利いただけに、シャントとしてはここでレイに頼るというのは我慢出来なかったのだろう。
クロノの肩に手を伸ばすが、それをグリンが止める。
「おい、レイ……いや、レイさんにあまり失礼な真似をするなよ。俺達は彼等に助けられたんだからな。もしレイさん達がいなければ、今頃そんな口も利けなかったんだぞ」
「グリン……ちっ、分かったよ。それがガメリオンを切り分けなきゃ意味がないってのは確かだしな」
グリンの言葉に、シャントもその大きな巨体に不満を抱きながらだが、納得の言葉を口にする。
(別に、俺がやるって決まった訳でもないんだけどな。まぁ、ここで無駄に時間を掛ける必要もないか)
若干の不満を抱きながらも、レイはミスティリングからデスサイズを取り出す。
それを見た獣の牙の面々が驚きを露わにしていたが、それは慣れきった反応なのでレイは特に気にしない。
握り締めたデスサイズへと魔力を流し、地面へと倒れているガメリオンへ向けて刃を一閃。
その一撃は、本来であれば斬撃に対して強い抵抗力を持っている筈のガメリオンを、容易く切断する。
頭部と胴が綺麗に左右に切断されたガメリオンの死体からは、内臓が零れだして強い血の臭いを周囲に漂わせる。
「凄い……こんなにあっさりと……」
今の一撃を見たクロノが、やはり噂は本当だったと……もしくは、噂の方がまだ大人しい表現だったのかと納得してしまう。
それは他の者達も同じであり、特にシャントは目を大きく見開いている。
「……あ。えっと、内臓の素材に関しての取り分はそっちで決めてくれ。俺達は助けて貰ったんだし、それに文句は言わない」
数秒の間呆然としていたクロノだったが、やがて我に返ったようにヨハンナやレント達へと告げる。
それを見ていたヨハンナ達は、分かる分かると内心でクロノ達に同情の視線を送っていた。
自分達は、これまで嫌になる程にレイの信じられない行為を見てきたのだ。
炎の竜巻により殆ど単独で一軍を殲滅したり、遊撃隊を相手にした訓練での凶悪な戦闘力。
勿論一軍を殲滅した時は遊撃隊の面々も多少手伝ってはいるのだが、それでもレイの異常な力はその目に焼き付けられている。
それだけに、初めてレイの凄さを見た者が浮かべる驚きの表情は、ヨハンナ達にとっては内心で頷いてしまうものだった。
「そうね、じゃあ解体を始めましょうか。……そっちは荷車の類はあるの?」
「ああ、林の外に置いてある。まぁ、今は誰も見ていないから……グリン、頼む」
「あいよ」
クロノの言葉に、グリンは返事をして林の外……レイ達がやって来たのとは違う方向へと走っていく。
そっちの方に荷車が置いてあり、それを取りに行ったのだろう。
グリンの姿を見送り、クロノはヨハンナ達の方へと視線を向ける。
「そっちの荷車は?」
「え? ああ。ほら、私達にはレイさんがいるから……」
「……なるほど」
羨ましげな視線を一瞬だけ向けたクロノだったが、すぐに首を横に振って口を開く。
「じゃあ、内臓の件を片付けようか」
「ええ。じゃあ、やりましょう」
その場にいた、レイ以外の者達がガメリオンの方へと向かって近づいて行く。
それを見ていたレイは、自分がこの場にいても意味はないと感じてレントへと声を掛ける。
「レント、俺は他のガメリオンを探してくる。ここは任せてもいいよな?」
「うん? ああ、そうしてくれるとこっちも助かる。折角ガメリオン狩りに来たのに、結局手に入れられたのは半身だけってのは面白くないし」
「……その半身の処理はきちんとな。新しいガメリオンを見つけて戻ってきた時には、もう内臓の処理が終わっていると助かる」
「はっ、お前さんがいつ戻ってくるかにもよるよ」
「あ、レイさん。セトちゃんの所に行くんですか?」
羨ましそうに告げるヨハンナだったが、まさかガメリオンの件が残っているのに自分だけが放って置く訳にもいかず、泣く泣く一緒に行きたいと言いたいのを我慢する。
「そうだ。少し待っててくれ。セトのことだから、そう時間が掛からずに新しいガメリオンを見つけてこれると思う。もっとも、ガメリオンが冒険者と戦っている場所ばかりだと、見つけるのも大変だろうけどな」
「お願いしますね。セトちゃんならすぐにガメリオンを見つけてくれるでしょうから、こっちも早めに準備をしておきます」
「頑張ってくれ」
それだけ言葉を交わし、レイはその場を去って行く。
それを見送っていたレントが少しだけだが嬉しそうにしていたのは、レイがいなくなったことでヨハンナとの会話が出来ると思ったからだろう。
レイが側にいれば、どうしてもヨハンナはセトについての話をレイとすることが多く、ヨハンナにいいところを見せたいレントとしては少し面白くなかった。
まぁ、それでもレイに突っかかっていったりしないのは、今回は頼んでレイに来て貰っているからというのもあるし、何よりヨハンナがセト好きだというのを知った上でレイを呼んだというのもある。
「ふーん……お前達、運がいいよな。あのレイと一緒にパーティを組めるなんて」
そう告げたのは、シャント。
レイがいる時は刺々しい態度を崩さなかったのだが、そのレイがいなくなった途端に態度を軟化させていた。
「あら、レイさんが嫌いなの? いい人……だとは決して言えないけど、それでも別に性格の悪い、嫌な人って訳じゃないわよ?」
「そうか? まぁ、そうなんだろうな。ただ、俺としてはあんまり認めたくない相手だけど」
「何で、って聞いてもいい?」
「ふん、あんな風に小さな奴に負けてるのが気にくわないんだよ」
シャントが棍棒を肩に担ぎ、鼻を鳴らしながら告げる。
それを見ていたクロノは、溜息を吐いて自分のパーティメンバーを眺める。
自分より小さいものを見下しがちなのが、クロノから見たシャントの欠点の一つだった。
元々大きな体のシャントだ。どうしても自分より大きい者は少なく、大きい方が強いという思いを持っており、それが獣の牙のリーダーであるクロノの悩みの種となっている。
クロノ達が元々活動していた街でなら、他に目立った冒険者もいなかったのでシャントの意見も正しかったのだが、ギルムに出て来てしまえば獣の牙はその辺に幾らでもいるランクCパーティの一つに他ならない。
(いや、だからこそシャントもムキになってるんだろうけど)
自分達の中でも最大の攻撃力を誇る幼馴染みだけに、出来れば妙な偏見は捨てて欲しいというのがクロノの正直な思いだった。
それを何とかすれば、一皮剥けるのに……と。
「ちょっと、クロノ。ガメリオンの内臓を処理するんでしょ。私達だけじゃなくて、クロノも手伝ってよ!」
「っと、悪い。すぐ行く。ガメリオンの場合、内臓も結構使える素材が多いから、気をつけないとな」
少し怒ったジョナの言葉に我に返り、クロノは小さく謝りながら人が集まって早速処理をしているガメリオンの死体の方へと向かうのだった。
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