第866話

「っと! 見え見えだ!」


 ダンジョンの一階層にある唯一の扉のある部屋。

 部屋の中からの気配を感じつつ、槍の柄で突いても特に何もおきなかったことで罠がないだろうと判断して中に入った瞬間、上から襲い掛かってくる気配を感じ取る。

 その予想通りの動きに、レイは上から降ってきた相手を回避する為、石畳を蹴って前へと跳ぶ。

 そんなレイを待っていたかのように、前方で待ち構えていた犬の顔をした小柄なモンスター二匹が手にした槍を突き出す。

 自分へと向かって突き出された槍を、レイは身体を捻りながら回避し、向こうとの間合いを詰めながら手に持っていた槍を横薙ぎに振るう。

 槍越しに手に返ってきたのは、肉を叩き、骨を砕く感触。そして木で出来た槍の柄が折れる音。

 その感触に舌打ちしつつ、視線を左へと向ける。

 レイが槍を叩きつけたのは、右側にいたモンスター。

 前方に二匹のモンスターがいたのだから、当然まだ左側にはそのモンスターは残っている。

 だがレイの踏み出した動きが予想以上に速かった為か、そのモンスターはレイの姿を完全に見失っていた。

 折れた槍の穂先が空中を回転しながらあらぬ方へと飛んでいくが、レイはそれを全く気にせず、手の中に存在していた槍の柄をまだそこにいたモンスターの頭部へと突き出す。

 レイが持っていた槍の柄の部分は木であり、それが途中で折れているのだから、当然折れた先は尖っている部分があった。

 その尖った部分がモンスターの頭部……具体的には目へと突き刺さり、レイの力で突き出された槍の残骸はあっさりと相手の脳へと達し、そこを破壊する。


「ギャンッ!」


 目に槍の柄の残骸を突き刺したままのそのモンスターは、短い悲鳴を上げながら吹き飛び、地面を転がって数度の痙攣とか細い鳴き声を上げ、絶命する。

 それを見届ける間もないまま、石畳の上につけた足を回転させ、手ぶらになった右手でドラゴンローブの内側、腰に装備しているマジックアイテムのネブラの瞳を起動。

 右手の中に生み出された鏃を指で弾いて飛ばす。


「キャウンッ!」


 レイの背後から聞こえてくる悲鳴。

 それでもネブラの瞳で生み出された鏃では仕留めることは出来ず、相手は顔を押さえて悲鳴を上げながらも、手にした槍を構える。

 ここに至って、ようやく相手の姿を正確に観察することが出来たレイは微かに眉を顰める。

 当然だろう。目の前にいるのは犬の顔を持つ小柄なモンスター。背の大きさはゴブリンと同じか、少し大きい程度しかない。

 そのモンスターの名前を、レイは当然知っていた。

 レイにとっては遭遇するのは二度目のモンスターではあるが、ゴブリンと並んで有名なモンスターだ。

 ランクEモンスター、コボルト。

 それが現在レイの視線の先にいるモンスターの名前だった。

 純粋な身体能力ではゴブリンより若干上といった程度のモンスターだが、ゴブリンよりも頭がよく、今のように連携して襲い掛かってくる。

 また、手先も器用であり、ゴブリンよりも器用に武器を使いこなす。


「ま、それでも結局ランクEモンスターでしかないけどな」


 ミスティリングから取り出したデスサイズを横薙ぎに一閃。

 その一撃の鋭さは、横薙ぎに振るわれてから数秒してようやく胴体が二つに切断されたことが物語っていた。


「ゴブリンよりは素材も討伐証明部位も高額なんだが……それでも解体の手間に比べるとな。せめてもっと高ランクモンスターなら、セトが食べる肉として活用出来るんだけど」


 結局コボルトは収納せず、そのまま死体の残骸は放っておく。

 ゴブリンと同様、このまま放っておけばスライムが処理してくれる筈だった。

 デスサイズを一振りして血を飛ばし、ミスティリングへと収納し、先程折ったのと同じような槍を取り出す。

 コボルトの槍を使わなかったのは、やはり粗末過ぎるからだろう。

 投擲して使い捨てにする分ならともかく、普通に使う槍としては明らかに向いていなかった。

 結局コボルトの槍は投擲用として使えないこともないと判断してミスティリングの中へと収納する。

 そうして一段落したレイは、部屋の中を見回す。


「で、階段は……ああ、あったな」


 部屋の真ん中にポツリと存在している、地下へと向かう階段。

 それ以外には特に何がある訳でもなく、ただ広い部屋が広がっているだけだった。

 いや、コボルト三匹分の死体は転がっているが。


「オーガとかもこんな場所にいれば良かったのにな。……いや、寧ろここが広かったから、外に出たのか?」


 疑問を感じながらも、レイはそのまま階段へと向かって行き……


「ギャギャ」

「ギョギョギャア!」


 そんな声が丁度階段の下の方から聞こえてきて、不愉快そうに眉を顰める。


「またか。いい加減、ゴブリンが出過ぎだろ」


 今日何匹目のゴブリンだったかと溜息を吐き、槍を構えながら、まだ自分を見つけていないゴブリンの不意を打つべく地面を蹴る。

 急速にゴブリンとの距離を縮めるレイ。

 だが、二匹のゴブリンはそんなレイの姿に全く気が付いた様子もなく、階段を覗き込んでいる。


(多分、まだ他にもいるんだろうな)


 微妙に面倒臭いことになると考えつつも、槍を鋭く突き出し一匹のゴブリンの頭部を砕き、そのゴブリンが石畳の上に倒れ込む前に手元に引き戻した槍を再び放ち、二匹目のゴブリンの頭部を砕く。

 一瞬で二匹のゴブリンが命を絶たれたのだが、それに気が付かないゴブリンがレイの予想通りに階段から顔を出し……次の瞬間には再び放たれたレイの一撃によって前の二匹同様に頭部を砕かれてその命を散らす。

 一応念の為と待ってはみたが、四匹目、五匹目のゴブリンが出てくる様子はない。


「ま、こんなもんか」


 階段の下の方へと滑り落ちていった頭部のないゴブリンの死体を見送り、一応念の為に部屋の中を見回す。

 あるのはゴブリンとコボルトの死体だけであり、他の何か価値のありそうなものが一切ないのを確認すると、先程のゴブリンを追うように階段を下りていく。


「確か、二階層は洞窟風だったか?」


 呟きながら階段を進み、そのままゴブリンの死体を跨いで小部屋を出ると、そこにはレイが口にした通り洞窟のような光景が広がっていた。

 地面は一階層の石畳とは違って土であり、小さな石ころがそこら中に溢れている。

 天井には薄らと光る氷柱のような鍾乳石が伸びており、本来であれば暗い通路を明かりに困らない程度に照らす。

 ただ、通路の幅は一階層と大して変わらない程度で、レイがギルムで集めた情報のように戦闘が可能な空間は少ない。


「何だかんだと、嫌らしい通路だよな。もしパーティで挑んでいたりすれば、戦闘可能な人数が少ない。まぁ、弓術士を多く揃えてくればいいかもしれないけど。……その場合は赤字か」


 出てくるモンスターが、基本的に低ランクモンスターのみだ。

 レイが戦ったオーガにしても、明らかに以前戦ったオーガよりも弱い。

 だとすれば、戦闘で消費した矢の代金を回収出来るかどうかは難しいだろう。

 運が良ければ矢は回収出来るかもしれないが、岩に当たって折れたり、鏃が欠けたり、モンスターの体液で使い物にならなくなったりと、確実性は低い。


「そう考えると、俺のネブラの瞳って矢の中でも高価な鏃の部分を量産出来るから便利そうではあるな。……まぁ、すぐに消えるけど」


 自分の腰にある、非常に使い勝手が難しいマジックアイテムを考えながら道を進む。

 もし自分が弓術士であったのなら、もしかして改造する前のネブラの瞳は物凄い有益な代物だったのではないかと。

 ……今頃それに思い当たっているのも妙な話だったが、レイとしては元から弓を武器として使うつもりは一切なかったというのがある。

 弓で攻撃をするくらいなら、ミスティリングの中に入っている槍を投げた方がいい。

 そんな思いがあった為だ。


「弓、か。俺の場合はミスティリングがあるから、もし使ってても矢の数で困ることはなかっただろうな。……当たるかどうかは別にして」


 自分の身体能力がどれ程のものなのか、そして五感や第六感といったものすらも非常に鋭い以上、弓の類はかなり適性があったのかもしれないとは思うが……魔獣術でデスサイズが出て来た以上、それを使わないという選択肢はなかった。


「っと、考えごとをし過ぎたな」


 一本道の通路の先から聞こえてきたモンスターの鳴き声に、敵が近づいてきていると理解したレイはいつでも槍を放てるように……と構えた瞬間、わざわざ接近する必要はないということに気が付く。


(ついさっき槍の投擲について考えてたんだから、思いついて当然だろうけど)


 内心で呟きつつ、構えていた槍を壁へと立て掛け、ミスティリングからつい先程入手したばかりの粗末な槍を取り出す。


(コボルトから奪った槍の出番がこんなに早く来るとは思わなかったな)


 どうせ壊れても構わない、文字通りの使い捨てなのだからと槍を手にしたレイはそのまま構え……鋭い視線を通路の先へと向ける。

 幾ら天井の鍾乳石が明かりを照らしてはいても、その明かりは昼間程に明るい訳ではない。

 だとすれば、敵の位置を見抜くのは視覚ではなく気配そのもの。

 そのまま近づいてくる声がモンスターの鳴き声であり、間違いなく冒険者ではないと確信した瞬間に、数歩の助走と共に身体を捻った力を乗せて槍を投擲する。

 空気を斬り裂きながら飛んでいった槍は、そのまま真っ直ぐに進み……


「ブモォッ!」


 そんな悲鳴がレイの耳に聞こえてきた。


「あの気配と鳴き声からして、ゴブリンじゃないな。これは……へぇ」


 覚えのある気配に、口を笑みの形に歪めながら壁に立て掛けてあった槍を手に取り、地面を蹴る。

 一階層の石畳と違って土で出来ており、ところどころに石が落ちている二階層の地面は、レイの脚力を万全に活かすことは出来ない。

 だがそれでも、その辺の冒険者が走る速度よりは圧倒的な速度であり、見る間に通路の先で地面に踞っている豚の顔を持っているモンスターの姿が見えてくる。

 ランクDモンスターであり、決して高ランクモンスターとは言えないモンスターだが、その肉はランクDモンスターとしてはかなりの美味だ。

 以前のオークの集落に対する襲撃で入手した肉は、レイのミスティリングの中にはまだそれなりに残っている。

 レイやセトも好きな肉であり、それだけに出来れば補充したいと考えていたのだが……と思いながらも、進行方向にいるオークは腹部をレイの投げた槍に貫通されながら、それでも尚立ち上がろうとしていた。

 また、そのオークの近くには別のオークがもう一匹存在しており、何が起きたのか理解出来ない様子で自分の仲間をただ眺めている。

 その呆然とした様子は、レイが近づいてくる足音を聞いてもまだ我には返らない。

 腹部を貫かれたオークの喉を狙った突きにより首が破壊され、頭部が地面に転がり落ちてようやく自分達が攻撃を受けていることを理解し、手に持っている棍棒をレイへと向かって振り上げた。

 だがレイがそれを悠長に待っている筈もなく、棍棒が振り下ろされる前に素早く槍が放たれる。

 殆ど同時に三度。

 一瞬の閃光は、オークの腹部を三度刺し貫く。

 厚い脂肪と筋肉により身体を守っているオークだが、それでもレイの力で放たれた槍の威力を殺しきることは出来なかったらしく、そのまま地面へと崩れ落ちる。

 手足がまだ微かに動いており、それがオークが完全に息絶えていないことの証だった。

 槍によって貫通された場所からは血が流れ、土の地面を汚す。

 それを見ていたレイは、手にしていた槍を構え……次の瞬間、頭部へと一撃を加えるとオークの命は消え去る。


「オークも前に戦ったよりも弱い……か?」


 オーク二匹の死体を眺めながら、呟くレイ。

 もっとも、それは今のレイが以前にオークと戦った時よりも強くなっているからこそかもしれないが。

 だがレイにとって心配だったのは、正確にはオークの強さ云々より、オークの肉質の方だろう。

 折角補充出来たオークの肉なのだから、出来れば強さはともかく肉の味は変わらないで欲しいと願うのは当然だった。

 地面に倒れ込んでいるオークの死体とその武器を、両方ともミスティリングに収納すると再び歩き出す。

 一本道の通路を進むレイ。

 そのまま真っ直ぐ進んでいると、やがて道が左右に分かれている場所へとやって来る。

 一階層の時と違うのは、T字路ではなくY字路だということだろう。


「さて、どっちに行くべきか……」


 一階層の時は結局二階層へと続く階段のある部屋を囲むようにしてあった通路だったが、このY字路でそのようなことにはならないのではないか。

 そんな風に思いながら、直感に従ったレイは右へと続く道へと足を踏み入れるのだった。

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