第845話
レイがクリスタル・スケルトンとの戦いを始めた頃、馬車の周囲で見張りをしているディーツはリビングアーマーと戦っていた。
レイと共に移動するこの集団は、全部で三十人程の人数となっている。
それだけの人数を中心に、周囲を囲むようにして見張りをしているのだから、どうしても人数としてはそんなに多くを割く訳にもいかない。
また、一箇所で戦っている仲間の応援に行こうにも、他の場所からアンデッドが襲撃してくるかもしれない為、迂闊に自分の持ち場を離れることは出来ない。
それが出来るのは、レイのように相棒がいる場合だけだろう。
「ちぃっ、よりにもよってリビングアーマーかよっ! 厄介な敵が現れやがる!」
ディーツが苛立たしげに叫びながら、手に持っている槍を突き出す。
だが金属鎧に怨念が乗り移って生み出されたリビングアーマーは、そんな槍の攻撃を手に持ったバトルアックスで容易に弾く。
周囲に甲高い金属音が鳴り響く。
スキルの類が使えるでもなく、魔法の類も使えない純粋な戦士であるディーツは、目の前にいる自分の天敵とも呼べるような存在に舌打ちする。
「レイ隊……いや、レイさんがいればこんな奴はどうとでもなるんだろうが、俺にどうしろってんだ、よ!」
自分の頭を真っ二つにしようと振り下ろされたバトルアックスの一撃を、後ろへと下がりながら回避する。
ディーツの目の前を猛烈な勢いでバトルアックスが通り過ぎていく。
当たれば間違いなく即死だろう一撃。
それでも、ディーツにとってそんな攻撃は既に見慣れたものでしかない。
「遊撃隊での訓練に比べれば、この程度は温いんだよ!」
地面に叩きつけられたバトルアックスの刃の付いてない部分を踏んで動きを封じ、槍を横薙ぎに振るう。
メルクリオ軍の中でも精鋭が集められた遊撃隊に所属していたディーツだ。
当然その武器である槍も、柄は木ではなく金属で出来ている。
その金属の柄の部分がリビングアーマーの頭部へと迫り……だが次の瞬間、リビングアーマーはバトルアックスの柄から右手を離して頭を庇う。
再び周囲に金属音が響く。
その結果に、ディーツは舌打ちしながら後方へと跳んでリビングアーマーから距離を取る。
同時に、一瞬前までディーツの姿があった場所をリビングアーマーの手甲が通り過ぎた。
もし一秒でも判断が遅ければ、ディーツの頭部は砕かれた卵の如く破裂していただろう。
「厄介な相手だ!」
吐き捨てるディーツ。
自分の手札ではリビングアーマーを倒すことは不可能……とまではいかないが、それでも難しいのは事実だった。
(くそっ、この手のモンスターを仕留めるには、魔石を奪ってしまうのが手っ取り早いってのに)
ディーツは自分との距離が開いたのを確認し、地面のバトルアックスへと手を伸ばしているリビングアーマーを睨み付ける。
魔石のある場所は分かっている。あの鎧の中……それも恐らくは胸部付近だろう。
だがその魔石を奪い取るには鎧を何とかせねばならず、その鎧を何とかしようにも今のように防がれる。
(俺も棍棒とか、バトルアックスとかを持ってれば良かったんだろうけどな)
この手のモンスターを相手にするには、鋭い一撃ではなく力任せの強烈な一撃の方が効果的だった。
その攻撃手段がない自分に苛立ち、リビングアーマーの方はその兜のせいで何を考えているのか分からないままにバトルアックスを構え……次の瞬間、何を思ったのかバトルアックスを上へと掲げる。
何をしてるんだ? そんな疑問を抱いたディーツだったが、その理由はすぐに判明する。
「グルルルルルゥッ!」
そんな雄叫びと共に、夜空から何かが降ってきた。
その何かが上げていた雄叫びに一瞬身体を硬直させたディーツは、その雄叫びが聞き覚えのあるものだと悟ると、今までよりも更にリビングアーマーから距離を取る。
同時に周囲に響く破壊音。
リビングアーマーのいた場所へと視線を向けると、そこでは兜や鎧がひしゃげて地面へと転がっている。
上に掲げていたバトルアックスはセトの一撃で破壊されなかったのか、鎧から少し離れた場所に放り出されていた。
何が起きたのかは、そのひしゃげた鎧の上に立っているセトの姿を見れば明らかだった。
「グルルゥ?」
パワークラッシュのスキルを使ってリビングアーマーを大破させたセトは、大丈夫? と喉を鳴らしてディーツに尋ねる。
そんなセトの様子に、我に返ったディーツは慌てて頷く。
「あ、ああ。悪いな、助けてくれて。セトが来なきゃ、もっと苦戦してたよ」
ここで負けていたと言わないのが、ディーツらしいところだろう。
「グルゥ」
セトはそんなディーツに視線を向けて、怪我をしてないようだと判断すると、残骸の中からリビングアーマーの魔石を咥え、そのまま去って行く。
「あ……」
一瞬魔石に関して何かを言い掛けたディーツだったが、自分が助けられたのを知っている以上、ここで何を言っても言い掛かりにしかならないと判断する。
「……リビングアーマーの魔石、結構高いんだけどな。バトルアックスがあるだけ、まだマシか」
それでもぼやくのは止められなかったが。
少し前にここで戦闘が起こったというのに、そんな様子を全く気にせず、レイは焚き火で暖を取っていた。
その手にあるのは、クリスタル・スケルトンの魔石。
「一個しかない以上、デスサイズとセトのどっちかだけど……やっぱり、ここはセトだろうな」
レイは今回のベスティア帝国の件で炎帝の紅鎧というスキルを身につけた。
また、マジックアイテムという意味でも、新月の指輪という古代魔法文明の遺産を手に入れている。
それと比べると、セトはベスティア帝国に来てから何かこれといったスキルやマジックアイテムを入手した訳でもない。
勿論ノイズとの戦闘の経験という、形に残らない貴重なものは得ているのだが。
それでもレイとしては、きちんとセトに対して感謝の意味を込めた何かを贈りたかった。
「まぁ、魔石だと考えれば吸収してしまうとなくなってしまうから、形に残る物じゃないんだけどな」
近くの枯れ木を、焚き火の中へと放り投げる。
パチッ、パチッという音と共に炎の勢いが強くなったのを眺めていると、地を駆ける音に気が付く。
それが誰の足音かというのは、レイにとって考えるまでもない。
やがて暗闇の中から現れたのは、予想通りにセトの姿だった。
「グルルルルゥ」
喉を鳴らしながら焚き火に当たっているレイへと近づいたセトは、クチバシで咥えていた魔石をレイへと渡す。
「ん、ありがとな。セトが持ってきたってことは、これはリビングアーマーの魔石か?」
「グルゥ」
そうだよ、と鳴き声を上げるセト。
魔石を受け取ったレイは、そっとセトの頭を撫でる。
以前倒したリビングアーマーの魔石は、セトが吸収した。
それを考えると、この魔石はデスサイズで吸収するのが一番だろうと。
(そうなると、魔石の交換って意味でお礼にはならないような気もするけど……このお礼はまた後ですればいいか)
少し離れた場所で戦いの音が聞こえてくるのを聞きながら、レイもまた持っていたクリスタル・スケルトンの魔石をセトの方へと差し出す。
「セト、これはクリスタル・スケルトンの魔石だ。リビングアーマーの魔石の代わりに、これをお前にやるよ」
「グルゥ!?」
レイの言葉に、嬉しげに喉を鳴らすセト。
魔石の吸収は、戦闘に参加しなければ意味がない。
だがセトはレイの魔力から生み出された存在であり、だからこそレイが倒した魔石でもスキルを吸収出来た。
……もっとも、それでスキルを得ることが出来るのかと言われれば、話は別なのだが。
「グルルルゥ」
嬉しそうに喉を鳴らしたセトは、そのままクチバシで咥えていたクリスタル・スケルトンの魔石を飲み込む。
【セトは『クリスタルブレス Lv.一』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージが、レイの脳裏を過ぎる。
「クリスタルブレス、か。大体どんなスキルなのかは想像出来るけど、試しておいた方がいいか。幸い今は皆が見張りの最中か寝てるから、覗かれる心配はないだろうし」
周囲を見回しながら呟くレイ。
焚き火の明かりのある場所だけではなく、夜目のおかげで周囲を見回すのに殆ど苦労はしない。
レイの見た限りでは、誰も自分達の方を見ている者はいなかった。
もっとも、馬車の中にある安全地帯でまだ眠れないような者達がいるのは何となく分かっていたが。
だが、野営をしている中で突然戦闘音が聞こえてくるのだ。それも悪名高いセレムース平原でとなると、集まってきているのは間違いなくアンデッド。
そうである以上、元冒険者や軍隊経験のあるような荒事に慣れている者でもない限り、この状況下で眠るというのは難しかった。
「周囲に迷惑にならない程度の勢いで、ちょっと試してみてくれ」
「グルゥ」
レイと言葉に短く喉を鳴らすと、セトはそのまま焚き火から少し離れ、軽く息を吸ってから空中へと向かってクリスタルブレスを発動する。
「グルルルルゥ」
出来るだけ声を抑えて放ったクリスタルブレスは、セトのクチバシから放たれて空中へと消えていく。
「……あれ?」
それを見ていたレイが、予想と違ったのか首を傾げる。
「てっきり、水晶の槍とか矢とか、そこまでいかなくても水晶の塊なんかがブレスと一緒に吐き出されると思ってたんだが……」
「グルゥ」
ごめんなさいと頭を下げてくるセトに、レイは慌てたように首を振って頭を撫でる。
「気にするなって。別に俺の予想通りになるとは限らないんだから。それよりもさっきのを見る限りだと、ブレスに水晶を混ぜて物理的なダメージを与えるって訳じゃないのか。なら……そうだな、次はこれに試してくれるか?」
そう告げ、レイが手に取ったのは焚き火に使う為の薪。
セトが喉を鳴らして了解したのを見たレイは、その薪を空中に放り投げる。
「グルルルゥ」
先程同様にセトの口から放たれるブレス。
そのブレスは、レイが放り投げた薪へと見事に命中する。
そうして少し離れた場所へと吹き飛んだ薪を拾い上げたレイは、その薪の異常に気が付く。
薪が薄らと水晶でコーティングされているかのようになっているという異常に。
掌で薪へと触れると、どう考えても薪の感触ではない。
ただし、そのコーティングもそれ程厚い訳でも、しっかりとくっついている訳でもなく、薪を強く掌に打ち付けると表面を覆っていた水晶が剥がれて地面へと零れ落ちる。
「なるほど。水晶の塊をブレスの中に混ぜるんじゃなくて、ブレスを当てた相手を水晶の中に閉じ込めるタイプか。……確かに使いようによっては便利かもしれないけど、レベルが一のままだとちょっと足止め出来る程度か?」
身体が水晶に包まれるというのは、直接それを食らった者よりも、寧ろ周囲にいる者の方が驚き、警戒するだろう。
そう考えるレイは、駄目? と小首を傾げてくるセトの頭を軽く撫でる。
「今は使い勝手が悪いかもしれないけど、それはこれからレベルを上げていけばいいだけだろ。まぁ、どんなモンスターの魔石を吸収すればいいのかが分からないけど。それに、今のままでも全然役に立たないって訳じゃない」
薪から落ちた水晶を拾い上げると、セトの前へと持っていく。
何? 何? と不思議そうに見てくるセトに、レイは言い聞かせるように話す。
セトの前に広げたレイの掌に乗っているのは、水晶の欠片。
「これでも水晶だから、細工をやってる場所とか、鍛冶師とかなら買い取ってくれる筈だ。それに水晶は錬金術の素材としても使えたと思うから、このクリスタルブレスがあれば金に困ることはない」
もっとも、レイは既に大金を持っている。
それこそ人が一生暮らしていける程度には。
それを考えれば、水晶はいざという時に小金を稼ぐのには使えるだろうが、そこまで執着することはなかった。
レイ自身、元々金に対しては強い執着を覚えていないというのもある。
それでも金はあれば色々と買えるし、食費のことを考えるとないよりはあった方がいいのだが。
「さて、じゃあ次は俺の番だな。セトが持ってきたリビングアーマーの魔石を使わせて貰おうか」
「グルゥ!」
先程までの落ち込んだ様子は何だったのか、レイの言葉にセトは嬉しげに喉を鳴らす。
そんなセトの様子を眺め、次にレイは手にしたリビングアーマーの魔石に視線を向ける。
だが、その表情に浮かんでいるのは未知の魔石に対する期待ではない。
以前にセトがリビングアーマーの魔石を吸収した時に覚えたのが、パワークラッシュ。
だとすれば、習得するのは恐らくパワースラッシュのLv三だろう。
そんな風に思っていた為だ。
確かにパワースラッシュはレイにとっても強力な攻撃手段の一つだが、それでもレイの戦闘スタイルにはあまり合わないのも事実。
(それに、パワースラッシュは手首に衝撃が来るんだよな。それを上手く逃がさないと、自爆状態になるし)
デスサイズを握っている自分の手首を眺めながら、以前手首を痛めかけたことを思い出す。
だが、セトが折角持ってきた魔石なのだしということで、少し離れたセトからの期待の視線を受けつつ、魔石を空中に放り投げる。
そしてデスサイズを一閃。
その刃が魔石を斬り裂く。
【デスサイズは『飛斬 Lv.四』のスキルを習得した】
瞬間、そんなメッセージが脳裏を流れる。
「……え?」
予想したのとは全く違うスキルの習得に、レイは思わず声を上げるのだった、
【セト】
『水球 Lv.三』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.一』『毒の爪 Lv.四』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.一』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.二』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.二』『嗅覚上昇 Lv.一』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』new
【デスサイズ】
『腐食 Lv.三』『飛斬 Lv.四』new『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.二』『風の手 Lv.三』『地形操作 Lv.一』『ペインバースト Lv.一』『ペネトレイト Lv.二』
クリスタルブレス:相手を水晶に閉じ込めるブレス。現在はLvが低いので水晶でコーティングする程度の威力。ただし、それでも相手の動きを多少止めることは可能。
飛斬:斬撃を飛ばすスキル。威力はそれなりに高いのだが、飛ばせる斬撃は一つのみとなっている。
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