第794話
舌戦が終わり、ヴィヘラとペルフィールがそれぞれ自軍へと戻る。
そうして、お互いが最前線で部隊を率いて相手の軍と向き直る。
本来であれば、皇族であるヴィヘラが最前線に立つというのは考えられない出来事だ。
だが、既にヴィヘラはベスティア帝国を出奔している身。
そうである以上、最前線に立っても全くおかしくないと言い張った。
当然姉の身を心配するメルクリオや妹の身を心配するフリツィオーネはそんなヴィヘラに反対したのだが、結局は言い負かされてしまう。
ヴィヘラが部下を率いて戦った時にどれ程の力を発揮するのかというのは、これまでの戦いで証明されていた為だ。
そして……そんなヴィヘラのすぐ近くには、とある貴族達三人の部隊も存在している。
言うまでもなく、メルクリオ軍が未だ反乱軍と名乗っていた時に元々裏切るつもりで合流してきた者達だ。
その際にレイの手で裏切る予定だったと告発されて以降、メルクリオに戦いで矢面に立つように言われたのはいいものの、結局これまでその機会はなかった。
少し前に行われた陣地攻防戦では、討伐軍の奇襲ということもあって他のこの三人だけが最前線に立つことが出来なかったという事情もある。
その結果、内乱の最終決戦とでも言えるこの戦いで最前線に立つこととなってしまった。
「くそっ、くそ! 何で儂がこんな目に!」
「そ、それもこれも……貴公の言葉に乗ったのが原因だ!」
「全くだ。……だが、今はそんなことを話している場合じゃないだろう。とにかく、今はどうやってこの戦いを生き延びるかを考えねば」
「いっそ、このまま敵方に突っ込んで向こうに合流するというのはどうじゃ?」
「無茶を言わないで下さい! 後ろで弓兵がこっちを狙っているのですぞ! 迂闊な動きをしようものなら、後ろから矢が降り注いできます! それに、カバジード殿下達に対してもここで合流するとは知らせてないのでしょう? そんな状況で無防備に向こうへと近づこうものなら、間違いなく攻撃されます!」
この三人の貴族の背後には、テオレームの部下の一人が一部隊を率いて陣取っている。
その攻撃の矛先は、討伐軍ではなくこの三人の貴族。
つまり、その部隊の役目はいわゆる督戦隊というものだった。
もし逃げ出したり怪しい動きをしようものなら、督戦隊の放った攻撃は間違いなく自分達へと降り注ぐ。
そうである以上、この三人の貴族は唯々諾々と従うという道しか存在しなかった。
そして……いよいよ運命の時が訪れる。
「全軍、進軍を開始せよ!」
その声が周囲に響き渡り、いよいよベスティア帝国で行われていた内乱の、最後にして最大の戦いが始まる。
まず最初に進軍を開始したのは、当然のように最前列にいる部隊。
それぞれが武器を手に、敵軍の前衛を打ち崩そうと進み始める。
勿論メルクリオ軍の前衛の最前線には裏切る前に見破られてしまった三人の貴族達の部隊が存在していた。
磨り減らされるのは間違いない位置に配置された三人の貴族は、とにかく自分達が生き残る為に必死に働く。
ことここに及んでは裏切るという真似をする訳にもいかず、必死になって部下を統制して討伐軍を相手に奮戦する。
「へぇ。思っていたよりもやるわね」
メルクリオ軍の左翼でグルガストとその部下達と共に討伐軍へと突っ込んで行ったヴィヘラが、感心したように呟く。
戦争が始まった時は馬に乗って敵軍へと突っ込んで行ったのだが、今のヴィヘラは既に馬には乗っておらず、地面に下りて戦っていた。
元々ヴィヘラの攻撃方法が格闘である以上、リーチの長さを考えれば当然だろう。
そんなヴィヘラとは裏腹に、グルガストは馬の上でバトルアックスを振るっては、討伐軍の兵士達を両断していく。
「全く。ヴィヘラ様はともかく、グルガストはもう少し考えて突撃してくれると助かるんだけどな。……援護を絶やすな! グルガストはともかく、ヴィヘラ様には傷一つ付けさせるなよ!」
微妙に同僚に対して酷いことを口にしつつ、ティユールは率いている弓兵へと命令を下す。
放たれた矢は、その殆どがヴィヘラの進行方向へと向かって降り注ぎ、ほんの僅かな矢だけがグルガスト率いる部隊の進行方向へと向かって降り注ぐ。
「ええいっ、邪魔だ! こっちの援護はいらんと言うのに!」
後方からの援護に文句を言いつつも、グルガストの振るうバトルアックスの動きは止まらない。
自分に向かってくる兵士の鎧へと叩きつけられると、兵士の鎧が粗雑なものだったせいだろう。あっさりと鎧が破壊され、当然そこに収まっていた肉体に関しても骨と肉体諸共に潰され、へし折られる。
更にはグルガストの部隊の者達は、それぞれが好き勝手に敵へと向かって自らの闘争本能を発揮して戦っていた。
元々グルガストの部隊は連携といったものを殆ど考えておらず、腕利きの者達が自分の好きなように敵を倒していくという形をとっている。
とても部隊として纏まっているとは言えないのだが、それでも決定的に破綻しないのはこの部隊を率いているグルガストの実力によるものだろう。
もっとも、意図して部隊を纏めている訳ではなく本能的なものなのだが。
また、右翼の方では白薔薇騎士団が騎兵を率いて討伐軍に向かって突っ込んで行く。
全員が馬に乗っている為に、その機動力は左翼のヴィヘラ達に勝るとも劣らない。
もっとも、馬を敵兵士のいる場所へと向かう為の乗り物としか考えていなかったヴィヘラはすぐに馬から飛び降りたが、白薔薇騎士団は基本的に騎兵で構成されている。
勿論以前にレイがウィデーレ達と遭遇した時のように、馬から降りた状態でも高い能力を持ってはいるのだが、その本領はやはり騎乗した状態での高い機動力を活かした戦闘力にあった。
それが最大限に発揮されたのが、フリツィオーネが帝都を脱出した時にそれを防ごうとしたブラッタ率いる部隊との戦いだろう。
その白薔薇騎士団の実力は、ここでも存分に発揮されていた。
「進みなさい! フリツィオーネ殿下に従う私達の力を、討伐軍の者達へと見せつけるのです!」
第一部隊の隊長の言葉に、真っ直ぐに敵兵へと突っ込んで行く白薔薇騎士団。
討伐軍側の前衛を構成している歩兵達は、それぞれ槍を構えて白薔薇騎士団の突撃を防ごうとする。
普通の騎兵であればそれで十分防げたかもしれないが、白薔薇騎士団はとてもではないが普通の騎兵とは言えない存在だった。
第五部隊、第六部隊が後方から放った矢や魔法が降り注ぎ、第一部隊とぶつかる直前だった討伐軍の歩兵部隊が陣形を崩す。
「うわ、本気かあいつら? 自軍と敵軍が接触する直前の援護攻撃とか……下手をすれば味方にも被害が及ぶぞ?」
突撃した白薔薇騎士団第一から第四部隊の背後を走って追いかけている傭兵の一人が、信じられないとばかりに呟く。
それも当然だろう。普通であれば味方に誤射する可能性が高く、とてもではないが出来ることではない。
だが一発の誤射もなくそれをやってのける練度と、背後から自分達が撃たれるのでは? という心配を一切しない度胸。
その背後に続いている者達は、さすがにフリツィオーネ殿下直属の部隊だと走りながらも感嘆の息を吐く。
中央、右翼、左翼。その全てで現在はメルクリオ軍が有利に戦いを進めている。
そんな中……
「さて、行くかセト」
「グルルルゥッ!」
メルクリオ軍の前衛、特に先程まで近くにいた白薔薇騎士団が突撃していったのを見ながら、レイはセトに声を掛ける。
「俺達が上手くやれば、それこそ数時間もしない内にこの戦争は終わる筈だ。向こうが俺に対する手段を何か用意してきたってのは事実なんだろうけど……さて、あの炎を吸収するようなマジックアイテム程度で俺達をどうにか出来るかな?」
呟き、セトの背に跨がるレイ。
すると、それを待っていたかのようにセトは数歩の助走の後に翼を羽ばたかせて上空へと飛び立つ。
翼が羽ばたくごとに、大きく、素早く上空へと向かって行くセト。
それを見ていたメルクリオ軍からは歓声が、そして討伐軍からは悲鳴が聞こえる。
レイが所属しているメルクリオ軍はまだしも、討伐軍が数万人が入り乱れて戦闘が可能なこの戦場でセトの姿を見逃さなかったのは、当然これまで幾度となくレイから被害を受けてきた為だろう。
上空を飛ぶ敵を見つけたら最優先で報告、対処せよというのが討伐軍には広まっており、それを警戒していた為だ。
「来たぞ、深紅だ! 奴を上空で自由にさせるな! 撃てぇっ!」
その言葉と共に、一斉に放たれる無数の矢。そして、投石機から放たれた岩。
矢の数程ではないにしろ、討伐軍は投石機もそれなりの数を用意していたらしく、セトへと目掛けて放たれた岩の数はそれなりにあった。
そんな中を、翼を羽ばたかせて回避しながら上空へと向かって行く。
メルクリオ軍の中にはセトに当たらなかった矢や岩が降り注いで被害を受ける者もいたが、殆どの者は回避するなり、盾を上に掲げるなりして防御していた。
岩の方は盾で防ぐのも難しかったので、回避するしかなかったのだが。
ともあれ、そんなメルクリオ軍とは裏腹にセトは翼を羽ばたかせながら上空へと上がっていく。
その高度、約百五十m程。
普段が大体百m程度の場所を飛んでいるのだと考えると、五割増しといったところか。
そこまでの高度を取れば投石機の岩は全く届かないし、矢の方も届く者は極少数となる。
その少数の矢にしても、威力が大きく落ちている為にセトであれば回避するのは難しくはない。
翼を羽ばたかせて空を飛ぶセト。
地上からは豆粒程の大きさに見えるセトだが、それを見ている者達は気が気では無かった。
寧ろ、恐怖していたと言ってもいい。
そんな中、討伐軍の中で何でもないかのよう呟く男が一人。
「なるほど、確かにあそこまで上がられると手を出すのも一苦労だな。どれ、なら俺が出るか」
「行ってくれるかな?」
討伐軍の本陣でもある陣地の中、その男……ノイズに尋ねるカバジード。
「ああ。このままだとここが直撃される可能性もあるんだろう? それに俺としても……この短い間に奴がどこまで強くなったのかを見てみたいという気持ちもあるしな」
呟き、何か投げる物を……と周囲を見回すと、兵士の持っている槍を目にする。
そして、レイが槍投げを得意としているという情報も。
(レイの得意な攻撃方法で先制攻撃……というのも面白いかもしれないな)
少し悪戯めいたことを考え、口を開こうとした、その時。
空から何かが無数に投下され、それが地上へと向かって降り注ぐ。
それが何なのかというのを、ノイズの驚異的な視力は捉えていた。
岩。それも、人間の頭部程の大きさを持つ岩だ。
そんな岩が大量に上空から落下させられており、討伐軍の後陣へと降り注いでいた。
咄嗟に盾を上に掲げる者もいたが、空高くからの落下速度を得た岩を盾でどうにか出来る筈もない。
盾がひしゃげ、腕の骨が折れ、更には頭部を潰される者すらも存在した。
人が集まっている場所へと落ちた岩は、避ける暇すら与えずに相手を押し潰す。
「ちっ、厄介な。おい、槍を貸せ」
兵士は目の前に広がる光景に唖然としながらも、この陣地を守っているだけの精鋭だけあってすぐに我に返ると、手に持っていた槍をノイズへと手渡す。
この陣地は討伐軍の中でもカバジードやシュルス、それに仕える貴族達が集まっている。
当然そんな様子は空を飛んでいるレイにしてもきちんと理解出来る訳で、その陣地へと向かって幾つもの岩を落とす。
あくまでも先制攻撃に過ぎないその攻撃は、丁度レイが投石機を破壊した時に入手した岩の数々だ。
人の頭程のその岩は、まさに雨の如く……とまではいかないが、かなりの頻度で討伐軍の後方へと落下していた。
その被害は甚大であり、多くの兵士や騎士、指揮官といった者達の命を奪う。
ただし、カバジードとシュルスのいる陣地は当然のように守りが硬く、魔法使いが風の魔法を使って降り注ぐ岩を防ぐ。
また、レイとセトは高度約百五十mにいるのだから、当然のように落とした岩を正確に狙った場所へと落とせる訳ではない。
人の頭部程度の大きさだとしても、岩それぞれで微妙に大きさは違う。
また、落下中に受ける風の影響もある。
その辺を考えれば、命中精度がどれ程のものかは想像が出来るだろう。
そして……
「俺がいる以上、好きにはさせる訳がないだろうっ!」
陣地を守っている兵士から渡された槍を手に、上空を飛んでいるセトへと向け……ノイズは思い切り投擲する。
それでも覇王の鎧を使わずに投擲したのは、この一撃で倒してしまえばつまらないと考えていたからか。
ともあれノイズの手で投げられた槍は、空気を斬り裂きながら上空に存在しているセトへと向かって飛んでいく。
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