第711話

 メルクリオの言葉により会議が終了して貴族達が解散したのを機に、レイもまたマジックテントを出る。

 だが向かうのは自分に割り当てられた場所ではない。

 レイが出てきたのを見て近寄ってきたセトと共に、目当ての貴族達から少し距離を置いて一人と一匹は後を追う。


「グルルゥ?」


 どうしたの? 喉を鳴らして尋ねてくるセトに、レイは手を伸ばして頭を撫でる。


「ちょっと野暮用があってな。……まぁ、これだけの大所帯だ。あんな奴等が紛れ込んでいるのも当然なんだろうが……」


 先程の議論の場でどこかおかしい行動をした貴族達。

 フリツィオーネの件に賛成するでもなく、反対するでもなかった者達。

 それだけであれば、レイもどちらに味方をしていいのか分からない、良く言えば中立、悪く言えば流されるだけで主体性のない貴族という認識しか持てなかっただろう。

 だが……その貴族達は目の色が違った。

 周囲にいる他の貴族達を見下しているような視線。

 もしもその目が悩んでいるものであれば、レイもおかしいとは思わなかっただろう。

 だがその視線は明らかに違っていた。

 また、その男の周囲にいた二人の貴族もまた同様の視線を浮かべているのを見れば、レイの中にある疑いは決定的なものへと変わる。

 その結果が、今のレイの行動へと結びついていた。

 セトと共に歩きながら、目標の三人から距離を取り、気が付かれないように後を追う。

 そのまま陣地を進むこと暫く。案の定と言うべきか、その三人の貴族は同じテントへと入っていく。

 そして、テントの周囲には誰も通さないように言われているのだろう。五人程の兵士がそれぞれ立つ。

 テントとは言っても、貴族が使うようなテントだ。その大きさはそれなりに広く、広さにして六畳程はある。


「全員が一緒のテント、か。普通なら今日の件の相談をするってところなんだが……さて、どうだろうな?」

「……グルゥ?」


 首を傾げるセトの頭を撫でつつ、レイはテントの方へと視線を向ける。

 そこでは誰であろうとも近づけるなとでも命令されているのか、偶然近づいてきた冒険者と思しき男にじっと兵士達が視線を送っている。

 それ以上近づけば何かを言うつもりだったのだろうが、冒険者の男にしてもそんな雰囲気を感じ取ったのだろう。特に何を言うでもなくテントから離れて行く。

 その後はテントの側に立っている男達は、特に何を言うでもなく見張りを続ける。


(テントの中の話を聞くにしても、あの兵士達が邪魔だな)


 レイの目から見ても、中々に鍛えられているというのが分かる兵士達。

 自分達の後ろめたさから、何かあった時の用心の為にあのような兵士達を連れてきたのだろうとレイは判断する。

 そのまま数秒程考え……結局このままここで考えていてもしょうがないだろうと判断したレイは、セトを一撫でしてから囁く。


「セト、悪いけどここで待っててくれ」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトが喉を鳴らして頷き、それを確認したレイは、ミスティリングから槍を――投擲用に使う壊れかけのものではなく、普通の槍を――取り出しながらその場から少し離れる。

 そして5m程の助走をした後で大きく跳躍。そのままスレイプニルの靴を使用して空中を足場にしながら空へと向かって跳びはねて行く。

 一歩、二歩、三歩。

 その三歩で丁度貴族達が使っているテントの上空付近までやってくると、そのまま重力に引かれるようにして地上へと落下していく。

 ……そう、地上でテントの近くにいる兵士達の真上へと。

 兵士達が警戒しているのは、あくまでもテントに近づいてくる反乱軍の者達。当然上空から近づかれることを想定している筈もない。

 それ故に、上から降りて……否、落ちてくるレイに気が付くこともなく、兵士の中でも最も不運だったものは上からレイによって押し潰され、一瞬にして意識を失う。

 この時に首の骨を折るといった大怪我ではなく純粋に意識を失った程度だったのは、不幸中の幸いであると言ってもいいだろう。

 同時に、他の四人の兵士は一瞬動きが固まる。

 周囲をきちんと警戒していたにも関わらず、気が付けば自分達の仲間が……しかもレイは気が付いていなかったが、兵士達の中の指揮官が気絶させられたのだから無理もない。

 そして、レイにとっては一瞬でも時間があれば次の動きを起こすのはそう難しい話ではなかった。

 

「ふっ!」


 大声を上げるのではなく、短い気合いの声と共に放たれた槍の石突きは相手のレザーアーマーの鳩尾を突き、一瞬にして意識を奪う。

 それを三回。

 抜く手も見せず……という表現があるが、まさにその表現通りに素早く放たれた槍の石突きは、兵士三人の意識を瞬時に刈り取る。

 残った兵士は一人のみ。

 レイが上空から降ってきてから、僅か数秒の早業。

 そこまでされて、ようやく最後まで意識を保っていた兵士は自分達に攻撃を仕掛けてきたのがレイであると気が付いたのだろう。目を大きく見開きながら何かを叫ぼうとし……


「眠ってろ」


 再び放たれた石突きの一撃により、兵士の意識は闇へと沈む。

 こうしてあっさりと意識を絶たれた兵士達は地面へと倒れ込む。

 兵士達が地面に寝転がる際に多少の音はしたが、それでも殆ど無音に近い状態で仕留めたのは長柄の武器を使うことに対する慣れというものが大きいのだろう。


「……さて」


 それでも一応テントの中で何か騒動が起きていないかどうかを確認し、特に騒がしくなっていないのを確かめるとそっとテントの入り口をめくる。

 その瞬間に聞こえてきたのは、明確にこの反乱軍を裏切る為の話し合いの様子だった。


(なるほど。確かに討伐軍と大きな戦闘になっている時にいきなり裏切りが起きれば、それは実際の戦闘力以上に反乱軍に衝撃を与える。いわゆる埋伏の毒って奴か。確かにそういう意味でダメージは大きいが……こいつらにそこまでのことが出来るか?)


 元々このテントの中で話している三人の貴族は、前回の戦いが終わってから反乱軍に合流してきた者達だ。その風見鶏の如き信頼度は、当然最初から参加してきた者達に比べると低く、次に大きな戦いがあった場合は先鋒にさせられると、レイはテオレームから聞いていた。

 だとすれば、男達が話しているように都合良く進むとは思えなかったが……それでも、戦闘の最中にいきなり裏切るような真似をされれば、厄介な事態になるのは間違いない。

 そして、話は諜報部隊が何故反乱軍の様子を調べることが出来ないかという話に移っていく。


(グルガストの兵士や、ヴィヘラもそうだが、やっぱり最大の理由は魔獣兵だろうな。けど、それをこいつらに知られるのは不味い、か)


 例えここでこの貴族達の命運が尽きることが既に決まっていたとしても、敢えて冥土の土産に教えてやる必要もないだろう。もし何かの間違いで討伐軍側に情報が渡ってしまえば、手違いでは済まないのだから。

 だからこそ、レイは手に持っていた槍をミスティリングへと収納し、代わりに自分の代名詞でもあるデスサイズを取り出す。

 戦うという意味では槍でも構わない……いや、テントの中ではデスサイズよりも余程に使いやすい武器なのだが、相手に与える心理的な恐怖を考えると、デスサイズの方が多少使いにくくてもこの場には合っている武器だと感じた為だ。


「それは……俺みたいなのがいたからだろうな」


 そう言いながらテントの中へと入っていくレイ。

 当然それを見た貴族達は目を大きく見開き、驚愕を露わにする。

 だが、それも一瞬。次の瞬間には内心で感じた動揺を隠そうと、精一杯高圧的に叫ぶ。


「貴様、何のつもりだ! ここは儂のテント、例え反乱軍の中でも腕利きの存在だからといって、一介の冒険者が勝手に入ってきていいような場所ではないぞ!」

「そ……そうだ! いかにヴィヘラ殿下からの信が厚いからといっても、やっていいことと悪いことがある!」

「今なら問題にしないでおいてやる。だからさっさと出て行け!」


 それぞれが叫ぶ声を聞きながらも、レイは全く気にした様子なくもテントの中に入っていく。

 デスサイズの大きさ故に若干中に入る時に苦労したが、一度入ってしまえば後は問題ない。


「どうしたんだ? 随分と焦っているように見えるな。そんなに俺に聞かれると困る話だったのか? この反乱軍の防諜体制に関してとか」

「な……何を言っている!? 全く儂等に身に覚えがないことを!」

「分かった、分かったぞ! お前、私達に何らかの罪を擦り付けようと企んでいるな!?」


 必死に先程までの話を誤魔化そうとする男達を、レイはデスサイズを肩に乗せたまま一瞥する。


「一応これでも異名持ちの冒険者なんだけどな。一介のってのはちょっと言い過ぎじゃないか?」

「ふん! 異名持ちと言えども、所詮貴様はミレアーナ王国の冒険者だろう! そんな相手に、ベスティア帝国の貴族である儂等が遠慮すると思っているのか!」


 レイの言葉を言下に一蹴する貴族。

 本来であれば、異名というのは国を超えて通用するものだ。それは、レイの闘技大会でのネームバリューを考えれば分かるだろう。

 だが貴族達にとって、今それを認めることは絶対に出来なかった。

 何故なら、それを認めてしまえば自分達が追い詰められるのは間違いないのだから。

 それなら、多少強引でも外国の……それもベスティア帝国と長年敵対してきたミレアーナ王国の冒険者であるというのを前面に押し出し、何とかレイの発言に疑問を持たせる以外にない。

 先程の自分達の話を聞かれていたのであれば、それを問題視するのは確実なのだから。


(くそっ、よりにもよって何故この男が!)


 この反乱軍の中で、レイの立場は一種特別なものがある。

 それは、遊撃隊という扱いで一人と一匹だけの独自行動を許されているというのでも明らかだろう。

 他の冒険者達のように部隊を組むのではなく、ただ一人で一つの部隊と同様の……あるいはそれ以上の戦力的な価値があると反乱軍上層部に認められている存在。

 つまり、この反乱軍の切り札的な存在だ。

 更に反乱軍の幹部と呼ばれる者達からの信頼も――男女関係で色々とあるのは事実だが――厚く、相応の発言力や影響力があるということになる。

 それ故に今は目の前の男をどうにか誤魔化し、相手に何の証拠や言質を与えることなくこの場をやり過ごさなければならなかった。


(ヴィヘラ殿下と親しいということで、メルクリオ殿下やブーグル子爵からは疎まれていると聞く。その辺が突破口になるか?)


 貴族の男が素早く考え、口を開く。


「貴様がメルクリオ殿下の覚えが良くはないというのは知っている。迂闊に妙なことを言っても信じて貰えないだろうが、お前の為にも慎重に行動するんだな」


 その言葉を聞けば、レイは大人しく引き下がるだろう。自分達を相手に強気に出ることが出来ても、皇族であるメルクリオの名前にはどうしようもない筈。

 そんな風に思ってこの場を乗り切ったと思った貴族達だったが……それに返ってきたのは、口元に嘲笑を浮かべたレイだった。

  この時、貴族達が間違ったのは皇族であれば例え他国の者であるレイであろうとも敬意を払うと判断したことか。

 確かに普通に考えれば、それが常識だろう。だが……レイはその普通という言葉とは程遠い存在でもある。

 そもそも、レイが生まれ育ったのはこのエルジィンという世界ではなく日本だ。貴族や皇族という存在は知ってはいるが、この世界に来るまで直接会ったこともなかった相手。

 皇族に関しては天皇という存在がいたが、それだってテレビでたまに見る程度でしかなく、特に興味があった訳ではない。

 更に今までにレイが会った貴族というのは、多少の例外を除いて我が儘で自己中心的な者が殆ど。

 そんな相手に対して、敬えというのがまず無理だろう。

 何より、目の前の貴族達が唯一の光明と見ているメルクリオにしても、先程の話の時にこの貴族達に関しては違和感を持っていた。

 それを知っていたレイは、だからこそ……


「さて、ご託はそれで終わりか? それ以上何も言うことがないのなら、さっさと捕らえてメルクリオやヴィヘラの前に連れて行くが? 逃げるんなら、それはそれで好きなようにしたらいい。もっとも、俺から逃げられると思ってるんならな」


 肩に担いでいたデスサイズを、これ見よがしに動かして見せつける。

 更にレイは口にしなかったが、テントの外にはセトもいるのだ。

 軍馬に乗って全速力を出してもセトから逃げ延びるのは不可能だというのに、生身の状態でどうにかしろというのは、まず不可能な話だった。


「……ぐぅ、儂等をこのような目に遭わせて、ただで済むと思うなよ」

「そうだ、後で十分に後悔するがいい!」

「精々、今は得意がっているといい。今に自分が何をしたのか、きちんとその身体に教え込んでやるからな」


 貴族達がそれぞれそう告げてくる言葉を聞きながら、レイは小さく肩を竦めて口を開く。


「負け犬の何とやらだな。ま、詳しいことに関してはメルクリオの前で釈明……いや、言い訳するといい」


 そう告げつつ、レイは目の前の三人を連行すべくミスティリングからロープを取り出す。

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