第704話
「では、出発する! 非戦闘員は陣の中央に位置取り、担当の戦闘員がそれぞれその周辺で防御を固めるように。いいな、私達はベスティア帝国第3皇子、メルクリオ殿下が率いる軍だ。確かに今は反乱軍と呼ばれているし、私達自身もそう名乗っている」
風の魔法を使い、声をこの場にいる者全てに聞かせているのだろう。陣の端にいる者の耳にも普通にテオレームの声は響き渡っている。
反乱軍となってからこれまで本拠地とした陣地を引き払い、いよいよ帝都方面へと……オブリシン伯爵領の外へと向かう日がやってきたのだ。
この日までに、既に十分利益を上げたとして反乱軍の陣地から去って行った者達もいる。
だが逆に、これからこそがより大きな利益を上げるとして集まってきている者達もいるのだ。
そのような者達を陣の中央に配置し、兵士や冒険者といった者達がその周囲を守るようにして反乱軍は進んでいく。
最初はそのような非戦闘員を守ると反乱軍の兵力に支障が出るという意見もあったのだが、そのような者達は反乱軍にとっても貴重な者達だ。
自分達で用意した兵糧の類を消費しなくても食料を提供して――正確には販売して――くれるし、武器や防具を売買したり、修理したりもしてくれる。
また、中にはどうやって入手したのかは分からないが軍馬を買って欲しいと持ってくる者もいたりと、非戦闘員と区別された者達は反乱軍にとって非常に重要な位置を占め始めているといってもいい。
そのような者達を纏めて非戦闘員と呼称してはいるが、反乱軍に合流してくる者達だ。当然ある程度の戦闘力を備えている者も珍しくはなく、中には兵士と言い争いになって襲い掛かって来た兵士を逆に殴り飛ばしたという話を聞くのも珍しくはない。
ともあれ、そのような者達が集まり陣地の移動……より正確には帝都方面への進軍についても付いてくることになった。
「だが、反乱軍であろうともなかろうとも……私達と共に来るという者を守り切れないとなれば、それは大いなる屈辱だ。それを忘れるな。この先に進めば、討伐軍も当然現れるだろう。それ以外にも盗賊やモンスターといった存在もいる筈だ。私達の為に力を貸してくれる非戦闘員の者達を、決してそのような者達に害されるようなことがあってはならない! 各自、くれぐれも自らがメルクリオ殿下の率いる部隊の者であるというのを自覚した上での行動を期待する。では、出発!」
『うおおおおおおおおおおおっ!』
テオレームの演説が終わるや否や、反乱軍の兵士達から大きな喚声が上がる。
自分達こそがメルクリオ殿下を助けると、その為の力になると声を上げながら反乱軍は進み始める。
まず最初に進むのは騎兵部隊。
この騎兵部隊は前方に対する偵察や、敵を見つけた場合はそれを排除する役割を持つ。
索敵攻撃と威力偵察の二つの任務をこなす部隊と考えてもいいだろう。
そんな騎兵部隊は、反乱軍の進行方向だけではなく背後や左右といった方面にも進む。
次に騎兵や歩兵が周囲を覆い、その内側に弓兵を始めとして遠距離攻撃が可能な者達、そして中央に非戦闘員達といった風な陣形となっている。
形としては、大きく円を形成するような方円の陣に近い。
そんな陣形であるが故に、移動速度そのものはそれ程速くはない。だがその分どこから攻撃を受けても対処可能であり、もしも陣形を抜かれそうな相手がいる場合には反乱軍の中でも特化戦力のヴィヘラ、グルガスト、テオレーム、レイといった者達の出番となる。
また、陣の中央には非戦闘員の他にも補給物資を満載した馬車の姿もあった。
当初、春の戦争の時にラルクス辺境伯軍がやった様にレイがミスティリングを使って補給物資を運ぶか尋ねたのだが、それに返ってきた返事は否。
レイ一人だけに補給物資を渡しておくと全員に配る時に毎回それを出さなければならず、いざという時に迅速に対応出来ないという理由からだった。
実際、春の戦争でレイが行っていた物資輸送も、ギルムからセレムース平原までのものが主だったことを考えると、テオレームの意見は決して間違ってはいないだろう。
自国を移動した戦争の時とは違い、今回は反乱軍という扱いで帝国の領土……すなわち敵の勢力圏内を移動しているのだから、いつ襲撃されてもおかしくはない。
また、レイに頼まない理由の一つとしてテオレームは口に出さなかったが、レイが反乱軍に協力してはいるものの、ベスティア帝国の者ではないというのも大きいだろう。
大量の武器防具、薬や食料やその他諸々。それらの補給物資をレイが個人で持っているというのは、反乱軍としても体裁が悪いというのもあるし、反乱軍に協力している者の中には言葉には出さなかったが、いざという時にレイが補給物資を持ち逃げするのではないか。そんな風に思っている者も少なからずいる。
本人が聞けば馬鹿にするなと言いたくなるだろうが、緒戦で圧勝した影響もあって増えた三千人近い兵力を擁する反乱軍の首脳陣としては、レイという不確定要素に頼り切るのは危険だと判断するのも当然だろう。
これはレイを信頼出来る出来ないの問題ではなく、反乱軍という組織を運営していく上では必須の出来事だった。
だからこそ、レイの能力に対して強い信頼を抱いているテオレームや、それに加えて熱い想いすらも内に秘めているヴィヘラも特に文句を言うことなく納得したのだ。
レイ自身もそのことを理解しているし、前もって説明されている為、特に不満に思うこともない。
「ま、こっちの負担が減ったってのはいいことだしな」
「グルゥ?」
レイの横を進むセトが、どうしたの? とばかりに喉を鳴らす。
「いや、何でもないよ。ちょっと暇な進軍になりそうだと思っただけだ」
周囲を見回しながらレイは呟く。
レイとセトがいるのは、陣の中でも中央付近……非戦闘員や反乱軍の首脳陣が集まっている場所だ。
本来なら反乱軍の首脳陣はともかく、個別の戦力としては群を抜く力を持つレイとセトだ。出来れば周辺の歩兵や騎兵といった場所に放り込みたかったテオレームだったが、基本的にレイやセトは個人として動くのならともかく、連携して動くというのはその性格や能力の高さ故に得意ではない。
ならいっそのこと中央付近で非戦闘員の護衛をさせると共に、先行偵察している騎兵隊が手に負えない相手が出てきた時に使える切り札とした方がいいという結論になった。
また、セトが空を飛べるということも重要視されている。
もしもレイが普通の騎兵であれば、強力な敵に襲撃されたとしても周囲の非戦闘員が邪魔であり、またその外側には遠距離攻撃が可能な部隊、そして一番外側に歩兵部隊や騎兵部隊という風に配置されている為に初動で大きく遅れるかもしれない。
だが空を飛べるセトなら、数歩の助走距離さえあれば空を飛ぶことが出来る。
空を移動出来るというのは、それ程までに強力なアドバンテージを与えるのだ。
(まぁ、それは当然向こうも理解している筈だ。いや、寧ろ空を飛べる竜騎士を擁している分だけ、飛行可能な兵種を持っていることの優位性に関しては詳しいだろ。もっとも、戦闘に出してくるかどうかは微妙だが)
春の戦争でレイとセトの一人と一匹が多数の竜騎士を葬ったことは広く知られている事実だ。
それを知っている以上、戦闘で竜騎士を出してきたとしてもその時の二の舞だろうというのがレイの予想だった。
もっとも、レイが反乱軍に参加しているというのが知られてない以上、最初は竜騎士を出してくる可能性は低くない。
(まぁ、これだけ広い陣形だ。一撃離脱戦法を色々な場所で波状攻撃的にやられると多少厄介なのは事実だが)
あくまでもレイとセトは一人と一匹でしかない。そうである以上、波状攻撃を仕掛けられれば手に負えなくなる可能性も高い。
それでも一ヶ所からの攻撃であれば、レイが得意とする炎の魔法を使っての広範囲攻撃が可能だろう。元々その魔力量や炎の魔法を使うレイの戦闘方法は広域殲滅という戦い方を得意としているのだから。
だが広範囲攻撃が可能だということは、その効果範囲内に味方がいたら攻撃が当たるということだ。
ゲームや何かのように敵味方を自動的に識別してくれるような効果がある筈もない。
そのような効果を発揮するとすれば、それは例えばレイが放った火球や炎の矢の一つ一つを個別にコントロールして……ということになる。
一人や二人であればまだしも、三千人を超える人数を相手にそんな真似が出来る筈もない。
また、方円陣のような陣形で進軍している以上はあらゆる方向から一撃離脱戦法をされた場合に手が出しようもないのも事実だ。
(まぁ、竜騎士ってのは色々と金が掛かる代物らしいから、向こうにしても虎の子って奴だろうし。俺達にぶつければ確実に被害が出ると分かっている以上はそんな真似はしない……と思いたいところだな)
あくまでもレイの願望に過ぎないが、出来ればそれが当たって欲しい。
そんな風に考えるレイは、進んでいく反乱軍を眺める。
陣の中央に商人を始めとした非戦闘員がおり、当然そのような者達の荷物も馬車で運んでいる。
そうなれば移動速度が遅くなるのは自明の理。反乱軍はとても軍勢が進むのではない速度で進んでいた。
ただ、これだけの集団ともなれば今回の内乱に際して流入してきている盗賊の類も手を出すようなことはない。
モンスターに関しても、前もって倒しているので殆ど出てくることはない。
たまにゴブリンが姿を現しては、先行していたり、周辺を警戒している騎兵に見つかっては仕留められていた。
その程度のモンスターしか現れない以上、反乱軍は速度自体は遅くても順調に進んでいると言ってもいいだろう。
そうして……
「レイ、ちょっといいか?」
陣の中央で非戦闘員と共に進んでいたレイに、そんな声が掛けられる。
声の聞こえてきた方へと視線を向けると、そこにいたのは軍馬に乗っているテオレームの姿。
少し離れた場所で馬車に乗る娼婦達から餌を貰って嬉しげに喉を鳴らしているセトがいるというのに怯えた様子を見せないのは、それだけ高度に訓練された軍馬だからだろう。
「ああ、こっちは問題ない。……というか、凄く暇だ。今ならゴブリンを相手に戦ってもいいぞ」
「……いや、さすがにそれは色々と問題があるだろう。そうではなくて、だ」
「何だ? ゴブリンの希少種でも現れたのか? それなら俺が出るぞ。希少種の魔石は、例えそれがゴブリンであっても貴重だし」
希少種は、その名の通りに稀少な存在でありレイにしてもこれまで数える程しか遭遇したことはない。
それ故に出来れば遭遇したい。そんな思いで出た言葉だったのだが、それに戻ってきたのはどこか呆れた表情を浮かべたテオレームの顔だった。
「だから、いつ私がゴブリンが現れたなどと口にした。全く、幾ら暇だからといってももう少し緊張感を持ったらどうだ? こう見えても、これは軍事行動なのだぞ?」
「そう言われてもな。敵が来るのならまだしも、こうも暇じゃな。いや、弱いモンスターや盗賊なんかはいるんだろうけど、騎兵の方で対処しているんだろ?」
「そうだな、その報告は受けている。何せ、深紅の異名を持つレイが直々に鍛えた兵士や騎士だ。その能力に疑いはない」
数秒前の呆れた表情は何だったのか。そんな風に言いたくなるくらいにレイに対して感嘆の言葉を告げるテオレーム。
そんなテオレームに、レイは小さく肩を竦めて話の先を促す。
今まで下ろしていたドラゴンローブのフードを被るレイだったが、それが照れ隠しの一つに過ぎないというのはテオレームからも見て取れた。
「……で、結局何の用事でここまで来たんだ?」
「ああ。この速度で進めば夕方くらいにはオブリシン伯爵領を出ることになると思う。その際に、悪いが偵察に出て貰えないか?」
「なるほど。当然セトもだな?」
一応の確認として問い掛けるレイに、テオレームは当然とばかりに頷く。
そもそも今回の偵察を頼んだ理由が、セトを従魔としているレイには空を飛べるという圧倒的なアドバンテージがあるからこそだ。
ここで他の騎兵のように馬に乗って偵察してきたいと言う筈もないし、そもそもその場合はセトの匂いが染みついているレイだ。余程の馬……それこそテオレームが乗っているような軍馬でもない限り、レイをその背に乗せるようなことはしないだろう。
「話は分かった。さっきも言ったが、俺としては全く問題はない。何なら、今からでも偵察に出るが?」
「それは止めてくれ。何だかんだと言ってもレイという戦力がいざという時に備えてここにいるというのは、色々な意味で大きい。反乱軍の皆もそれを心の拠りどころにしているところがあるからな」
そんなテオレームの言葉を聞き、微かに眉を顰めるレイ。
この軍は、あくまでもメルクリオが率いる反乱軍なのだ。だというのに、言ってみれば一介の雇われ冒険者の自分がそこまで中心人物になってもいいのか。ふとそう思った為だ。
(よくある話だと、俺を邪魔に思った反乱軍の首脳部が排除するべく動き出すとかあるが……いや、ないか)
メルクリオを含めて何人かが自分に思うところがあるのは知っているが、だからといって迂闊な真似をする程に馬鹿でもないだろう。下手にそんな真似をすれば、それこそ反乱軍そのものが焼き尽くされる可能性もあるのだから。
そんな風に考え、レイはテオレームに頷くのだった。
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