ベスティア帝国の内乱

第676話

 ダスカーの部屋に、沈黙が満ちる。

 その理由は明らかにレイの第3皇子派に協力するという一言だった。

 ダスカーは読んでいた書類を机の上に放り投げてレイへと視線を向け、エルクやミンもまた同様にレイの方を見ている。

 その視線は3人共が鋭く、半ば攻撃的な色すらもあった。


「……レイ。俺の聞き間違えじゃなければ、内乱に参加すると聞こえたんだが?」


 確認するように尋ねてくるダスカーの声は重く、迫力に満ちている。

 レイがこの部屋に入ってきた時も真面目な空気が漂っていたが、今はそれに重圧のようなものすらも加わっていた。

 ミレアーナ王国三大派閥の一つを統べる者の顔を見せながらダスカーは問い掛ける。

 だが……レイはそんな重圧などものともせずに口を開く。


「はい。そう言いました。可能であれば出来るだけ早く帝都を出たいと思います」

「闘技大会の表彰式はどうするつもりだ? お前はミレアーナ王国を代表するという形で闘技大会に出場し、準優勝を勝ち取ったんだ」

「……決勝で負けた以上、負け取ったというのが正しいと思いますが」

「話を逸らすな。そもそも今回の内乱でお前がヴィヘラ殿に要請されたのは、メルクリオ殿下を救出する為にベスティア帝国の者達の目を引き付けることだろ? それは立派に達成された。だというのに、何故わざわざ内乱に参加をする?」

「準優勝の話に戻りますが、俺は闘技大会の決勝で負けました。そんな自分が許せないというのもありますし、同時に決勝でノイズから盗んだ覇王の鎧を使いこなせるようにしたいという目的もあります」

「……相手はランクS、不動のノイズだぞ? 世界にも三人しか存在しない猛者だ。そんな猛者に負けたのが、それ程に悔しいのか? 確かにお前は強い。それこそエルクを倒した時のことを考えれば、ランクSとまではいかなくてもランクA以上の強さは持っているだろう。だが、それでも言い方は悪いが所詮ランクA相当の力でしかない。最強でも何でもないんだ」


 エルクを倒したという言葉で、ダスカーの視線はソファに座っているエルクへと向けられる。

 その視線を追ったレイもまたエルクに視線を向け、二人の視線は空中でぶつかった。

 エルクにしても、確かに以前はレイに負けた。だがそれから自分を鍛え直しており、その力は以前よりも強くなっているというのを実感している。

 だからこそ、次にレイと戦えばそう簡単に負けたりはしないという思いがあったのだろう。

 ボグッ!

 急にそんな音がし、思わずレイが視線を向けると、そこにはいつの間にか杖をエルクの頭部へと振り下ろしていたミンの姿が。


「今はエルクの実力とかは関係ない。レイの選択に関しての話し合いだ」

「……ぬぅ」


 何かを言い返したいが、それをすれば再び自分の頭へと杖が振り下ろされると理解しているのだろう。エルクは多少不満そうな表情を浮かべつつも、そのまま押し黙る。

 そんなやり取りを尻目に、ダスカーは再び口を開く。


「どうしても第3皇子派に協力するのか?」

「はい」


 そのままじっとお互いを無言で視線を向けること一分程。やがてダスカーは溜息を吐きながら口を開く。


「分かった。好きにしろ」

「……いいんですか?」


 ダスカーの口から出てきたのは、予想外の言葉だった。

 それ故に、レイは思わず尋ね返す。


「何となくこうなるだろうと予想はしていたからな。お前の性格を思えば、それ程おかしくはないさ。ただ……そうなると、こっちとしても色々と手を打つ必要が出てくる。例えば、今のお前は俺の護衛という名目となっている。闘技大会に出場した為にその辺は有耶無耶になったが、お前が内乱に介入するとなると既に明確にお前は俺の護衛を止めて出て行った。そして俺とは関係がなくなったと周囲に報告する必要が出てくる」


 その言葉を聞き、微妙に嫌そうな表情を浮かべるレイ。

 何よりも面倒臭いのは、やはり仕官に関しての希望だろう。

 現在はレイがダスカーに雇われているという形になっていることもあり、ダスカーがまず最初に出て行って断るという形をとっている。

 だがダスカーとレイの雇用関係がなくなったということになれば、それはダスカーに伺うことなくレイへと仕官への誘いをすることが可能となる。

 これからは全て自分で断らなければならなくなる。その面倒臭さを考えると、確かに気が進まないというのも事実ではあった。

 しかし、それでも……この戦いに関する気持ちをどうにか出来るかと言われれば、選択肢が一つしかないのも事実。


「そうですね。確かに色々と面倒な出来事は起きますが……それが知られる前に帝都から姿を消してしまえば、その類の問題もなくなるのは事実ですから」

「消えるって、おい。城で行われる表彰式に出ないつもりか?」


 ダスカー自身がこの話を認めればすぐにでもこの場を去って第3皇子派に合流すると言っているように思えたレイの言葉に、思わず尋ね返す。

 その言葉に、すぐさま頷くレイ。

 実際、表彰式に出る……即ちこれまで以上に目立つとなると、仕官の誘いだけではなく鎮魂の鐘のような刺客達までもが多くやってくるというのは容易に想像が出来る。

 ならば、その前にさっさとここから立ち去った方がいいというのが、レイの狙いだった。


(マジックアイテムは惜しいが……そもそも、食堂で広がっていたように武力衝突が起きでもすれば、表彰式どころではなくなるだろうしな)


 ヴィヘラの性格を考えると、まず最初に一当たりして戦いの流れを自分のものにしたいと考えてもおかしくはない。

 レイとヴィヘラの付き合いはそれ程長くないが、その代わりにかなり濃い付き合いだ。それを思えば、何となくヴィヘラの考えていることは予想出来る。


(もっとも、それを第3皇子が許すかどうかは分からないけどな)


 テオレームが心酔していることや、ヴィヘラがその命の危機と聞いて、一度出奔したベスティア帝国へと弟を助ける為に戻ってくるような人物だ。当然相応の能力は持っているだろうと予想が出来たが、それでも直接会った訳でもない人物をどうこう言える筈もない。

 目の前に立っているレイが内心でそんな風に考えているというのを知らないダスカーは、やがて小さく溜息を吐く。


「……しょうがない、か。そもそも、今回の件に関しては俺達はたまたま流れに乗せて貰ったって感じだしな」


 この場合の俺達というのは、中立派、そして貴族派のことだろう。

 事実、今回の話はヴィヘラからレイやエレーナを経由して中立派、貴族派へと持ち込まれたのだ。

 色々と根回しはしているが、実際に大きく動いているのはテオレームやヴィヘラ達、そして帝国の闘技大会に出場して注意を引き付けるという役目を持ったレイが主だった。

 ……もっとも、ダスカーの場合はベスティア帝国の帝都までやって来るという手間を掛けており、エレーナの父親でもあるケレベル公爵は第3皇子派が内乱で負けた時に確保出来るようにと裏で色々動いているのだが。

 その辺を考えれば、決して楽して結果だけを得ようとしている訳ではない。だが、それでも……やはり自分達で計画したのか、それとも計画されたのを持ち込まれたのかというのでは大きく違う。

 それを理解しているだけに、ダスカーはレイの言葉を認めたのだろう。

 また、今回唯一の不安要素であるノイズが魔の山に向かうと言っていたことも影響している。

 闘技大会の決勝を見る限り、ベスティア帝国でレイに対して明確に勝てると断言出来る存在はノイズだけのように思えた。もしもランクA冒険者が出てきたとしても、レイであれば何とか出来るだろうし、何より闘技大会ではないので、今回はセトが戦闘に参加出来るのだ。


「では?」

「ああ。好きにしろ。……だが、一応聞いておくが、お前は第3皇子派がどこを拠点にしているのか分かっているのか?」

「いえ、残念ながら」


 そう言い、首を横に振るレイだが、その表情には残念そうな色はない。

 それを不思議に思ったのだろう。ダスカーが先を促すように視線を向ける。


「確かに今は拠点が分かりませんが、内乱という事態になれば、嫌でもその第3皇子派の拠点は知られることになるかと」

「……それまではずっとどこかに隠れてるのかよ? そんなの、お前に出来る訳ないと思うけどな」


 レイとダスカーの会話に割り込んできたのは、黙って二人の話の成り行きを見守っていたエルクだ。

 自分と同じく、レイは黙って待つのが苦手だと知っているからこその言葉。

 だが、レイはそんなエルクの言葉に小さく肩を竦めて口を開く。


「ま、確かに俺一人ならそうかもしれないが、セトがいるからな。どこかその辺のモンスターがいる場所でセトとゆっくり過ごすさ」

「……モンスターのいる場所でゆっくり過ごすってのが、まず普通なら有り得ないのだが」


 エルクの隣でミンが額を押さえてそう呟く。

 だが、その考え自体はレイにとってはそれ程危険はない。帝都の近辺ともなれば、当然高ランクモンスターは存在しないだろう。それでいて、帝都に初めて来たレイにしてみれば、セトと共に未知のモンスターの魔石を吸収することが可能になるという大きな利点がある。

 同時に、これまで食べたことのないモンスターの肉を食べられるというのも大きいだろう。


「未知の魔石の収集に、食べたことのないモンスターの肉。正直、俺やセトにしてみれば、これ以上ない程の環境なんだけどな。唯一にして最大の問題点は……そっちに夢中になりすぎて、いつの間にか内乱が終わっていたとかにならないかってことだな」

「いや、レイ。それ以前の問題があるぞ」





 溜息を吐きつつ告げてくるダスカーに、首を傾げるレイ。


「そもそもだ。そんな場所にいて、誰から第3皇子派の拠点を聞き出すつもりだ? お前とセトしかいないんじゃ、情報の入手のしようがないだろう」

「……一応、内乱中でも冒険者は普通に行動している筈なので、そっちから情報を貰おうかとは思ってましたが……」


 駄目でしょうか? そんな風に尋ねるレイに、ダスカーだけではなくミンが……そしてエルクまでもが溜息を吐く。

 そして、三人を代表するかのようにエルクが口を開く。


「あのな、情報を集めるのにそんな不確かな手段を使ってどうするんだよ」

「不確かか?」

「そりゃそうだろ。大体、お前のいる場所まで冒険者が来るかどうかも分からないし、そいつが本当に情報を持っているかも分からない。そもそも、そいつの情報が正しいのかどうかさえ、一人から聞いただけじゃ分からないだろ」

「……む」


 エルクの言葉が図星だったのだろう。レイは小さく呻く様な声を漏らす。


「はぁ、戦闘力や咄嗟の時の判断力は高いのに、どうしてこう……帝都からそれ程離れていない場所にある、オブリシン伯爵の領地に行ってみろ。ヴィヘラ殿下はそこにいる筈だ」


 どこか呆れた表情を浮かべつつも、ダスカーはレイへと向かってそう告げる。


「それは……何故ダスカー様がヴィヘラの居場所を? 食堂でもまだ第3皇子派の拠点に関しては噂話にもなっていませんでしたが」


 この悠久の空亭に泊まっているだけの財力や実力を持つ者であれば、当然情報に関しても耳が早い。

 貴族は内乱に巻き込まれないかどうか、商人はそこに商機があるかどうかといった理由から、出来るだけ早く、正確な情報を手に入れようとしている。

 そんな食堂でもまだ噂になっていなかった第3皇子派の本拠地を何故知っているのか。そんなレイの質問に、少し自慢げに口を開いたのはエルクだった。


「そっちに関してはうちの馬鹿息子のおかげで情報が入ってきてるんだよ」

「……何?」


 ロドスが第1皇子派に潜入しているというのは知っていたが、それでもこの状況で連絡をしてくるとは思わなかった。

 そう言いたげなレイの様子に、エルクの隣に座っていたミンが溜息を吐いて言葉を続ける。


「正確には昨夜遅くに第3皇子派の手の者が接触してきてね。ロドスからの情報を伝えると同時に第3皇子派がどこに拠点を構えているのかというのも教えてくれたんだよ」


 困ったように笑いつつ、それでもどこか嬉しそうなのは、やはりロドスのおかげで情報を入手出来たからだろう。

 事実、第3皇子派としては自分達がどこに拠点を構えているかというのは出来るだけ広めたくはない筈だ。

 将来的には必ず広まるだろうが、その時は遅ければ遅い程にいいのだから。

 それでも、ロドスから第1皇子派の情報を得る代償としてその辺をダスカーに知らせて欲しいと言われれば、それを断る訳にもいかず……はたまた口だけの約束で実際には拠点を教えないともいかずに、結局こうして拠点の場所を知ることが出来たのだった。


「……でも、何でロドスが俺達に第3皇子派の拠点の場所を?」

「さて、どうしてだろうな。恐らくは俺達が今回の件に絡んでいるからこそ、この情報を有効に使って欲しい。そう思っているんだとは思うがな」


 ダスカーが小さく肩を竦めて告げる言葉に、レイもまた若干ながら疑問を抱きつつも頷く。

 それが最も納得出来る理由だったからだ。


「とにかく、これでお前の行き場所は決まったな。今日の午後にはレイが俺の下から出奔したって情報をギルドや貴族達に流す。宿の手続きに関しても俺の方でしておく。だからお前はヴィヘラ殿のところへ行け。……ただし、ギルムではお前を待っている奴が大勢いる。必ず帰ってこいよ」


 ダスカーの告げる言葉にレイが頷き、ミンに小さく頷き、エルクと視線を合わせて無言で意思のやり取りをし、部屋を出て行くのだった。

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