第668話

 表彰式が終わり、舞台からノイズとレイの姿が消えた後。一般の観客席にいる観客や、貴賓席にいた貴族や招待客達も一度爆発が起きてからは特に何もないのでそろそろ帰ろうとしている時、貴賓室の中の一つで呟く声があった。


「おい、さっきの爆発音は結局なんだったんだよ? 何だか城の方から聞こえてきたような気がするけど」

「さて、何だろうな。まぁ、ロドスが気にすることじゃない。お前の目的はレイなんだろ? 見て分かる通り、レイは爆発音があった時にはこの闘技場内にいた。だとすれば、お前の標的でもあるレイがあの爆発を起こした訳じゃないってのは明らかだろ」


 小さく肩を竦めるブラッタの言葉に、どこか訝しそうな表情を浮かべて見返すロドス。

 実際、爆音がしてからすぐにレイが舞台の上に姿を見せた以上、ブラッタの言う通り今回の件にレイが絡んでいないというのは確かだった。

 だがそれでも、ロドスには心配するべき理由がある。


(元々の作戦ではレイがベスティア帝国の上層部……この闘技場に来ている貴族達の目を引き付けて、その隙を突く感じでヴィヘラさん達が捕らわれていた第3皇子を助け出すって話だった筈だ)


 帝国に入る前にヴィヘラやテオレームから聞いた話を、そして帝都に到着するまでにエルクやミン、ダスカーが話していた内容を胸中で呟く。

 そして先程の爆発音を考えると、タイミング的にはこれ以上ない程あからさまだったのだ。


(けど、隠密行動をする必要があるのに、ここまで爆発音が聞こえてくるような派手なことをするか? それだと陽動の意味もないような……)


 内心で首を傾げているロドスだったが、そちらに意識を集中していた為に貴賓室にいる他の第1皇子の部下達数名から観察されるような視線を向けられていることには気が付いていなかった。

 普段であれば気が付いたかもしれないが、今は内心でヴィヘラのことを考えていた為、そちらに意識を集中していた為だ。

 確かにロドスはレイへの対抗心で第1皇子派に潜り込んだ。それは事実であるが、だからと言ってロドスの中にあるヴィヘラへの恋慕の気持ちが消えた訳ではないのだから。


「とにかく、お前がやるべきことはレイと戦える力を得ることだろう? 今のお前ではまだまだ力不足。カバジード殿下よりマジックアイテムを与えられたとしても、それを使いこなす訓練が必要なのだからな」


 だからこそ、私と訓練だ。

 そう告げるペルフィールに、貴賓室の中にいる他の者達が微妙な表情を向ける。

 だが決して口に出したりはしない。

 もし何かを口にすれば、自分もペルフィールの訓練に巻き込まれてしまうかもしれない為だ。

 ペルフィールは確かに頼りにされているが、自らに課す訓練は厳しく、同時に他人に課する訓練も厳しいのは周知の事実。

 そういう意味では、その訓練にロドスが付き合わされており、結果他の者達がペルフィールの被害に遭っていないというのは第1皇子派の者達としてもありがたく、ロドスに対して感謝の念を抱いている者も少なくはない。


「……分かってるよ。レイと戦う時の力を溜め込むためにも、ペルフィールの訓練はうってつけだしな」


 嫌そうな顔を浮かべつつ、それでもロドスはペルフィールの言葉を拒否はしない。

 それが嬉しかったのか、ペルフィールも笑みを浮かべて口を開く。


「そうか、分かっているのならそれでいい。訓練というのは人を裏切らないものだ。ブラッタ辺りもそれを分かってはいる筈なんだが、どうにもその辺を理解しなくてな」

「お前の訓練に付き合っていれば、寧ろ成長するんじゃなくて身体が壊れるんだよ」


 ボソリと呟いたブラッタの言葉に、ペルフィールは心外と言いたげな視線を向ける。


「そんなのでカバジード殿下の剣として働けるつもりか? もっと鍛えなければ。大体、あの決勝を見て何も感じなかったとは言わせないぞ」

「……ふんっ」


 同じ派閥に属していても微妙に気が合わないのか、どこか棘のあるやり取りをする。

 そんな二人だが、貴賓席にいる他の者達が特に何かを言う様子はない。

 これまでに幾度も見ているやり取りのため、既にこれが二人のコミュニケーション手段だと理解している為だ。


「それより、俺にくれるマジックアイテムってのは具体的にいつ貰えるんだ?」


 そんなじゃれ合いに付き合うのは馬鹿らしいと告げてくるロドスに、ブラッソはどこかからかうような溜息を吐く。


「あのさぁ、確かにお前にマジックアイテムを渡すって話にはなってるけど、だからってそう簡単に貰えると思うのか?」


 その言葉に、思わず顔を緊張で強張らせるロドス。

 視線を鋭くしながら口を開く。


「さっきと言ってることが全く違っているが?」

「ま、その辺はカバジード殿下の考え次第だからな。悪いがいつって風には言えないよ。ただまぁ、恐らく近いうちだとは思うけどな」

「……そうか」


 一瞬反故にされるのでは? そんな風に考えたロドスだったが、それはなさそうだと安堵の息を吐く。


(もっとも……多少性能のいいマジックアイテムを貰ったとしても、レイに太刀打ち出来るかどうかってのは微妙なのは今日の試合を見て理解した)


 目にも留まらぬ速度で動き回るノイズと、それに対応出来るレイ。

 それに対抗出来るだけの実力が今の自分にあるのかと言われれば、答は否だった。

 勿論、だからと言ってみすみす諦めるつもりはない。だからこそペルフィールの訓練を自分から受けているのだから。






 表彰式を終えたレイとノイズは、そのまま控え室へと戻ってきていた。

 最上級の宿屋である悠久の空亭に勝るとも劣らぬその控え室で、ソファへと腰を下ろすレイ。

 そんなレイの向かいに、ノイズも腰を下ろす。


「……で、何で俺と一緒の控え室に来てるんだ? そっちにも専用の控え室があった筈だろ?」


 自分がここにいても当然。何もおかしいことはないとでも言いたげに、自分の向かいに座っているノイズに向かって尋ねるレイだが、尋ねられた本人は特に気にした様子もなく目を閉じていた。

 そんなノイズを見ていたレイは、改めて実感する。

 試合の時もそうだったが、こうしてノイズと向かい合っているのに全く恐怖を感じないことに。

 それは試合で負けて気絶から目覚めた時もそうだったが、表彰式という面倒なものが終わり、更にはこうして向かい合っていても同様だ。

 ノイズを見ながら内心で考えていると、やがてそのノイズが口を開く。


「レイ。お前はどうする?」


 短い問い掛けではあったが、それを聞いたレイは思わず息を呑む。

 自分がヴィヘラに協力していることを、そしてこれから恐らくは内乱に向かうだろうことを言っているのかと思ったからだ。


「どう、とは?」


 数秒前まではノイズと向かい合っていても、特に緊張を感じることはなかった。

 だがそれでもやはり目の前にいるのは、ランクS冒険者のノイズなのだ。

 それを理解したレイは、自らの中に生まれたその思いを押し殺すようにしてノイズの言葉を待つ。

 しかし、そんなレイの思いとは裏腹にノイズは特に何かを感じた様子もなく口を開く。


「だからこれからだ。闘技大会は終わった。そうなると、ミレアーナ王国の冒険者であるお前が帝都にいる意味はないだろう? お前が一緒に来たラルクス辺境伯と共にミレアーナ王国へと戻るのか?」

「……そうだな。恐らくそうなるだろう」

「ミレアーナ王国に戻って、何か特別にやりたいことでもあるのか?」

「やりたいこと、ねぇ。俺の趣味に魔石を集めるってのがあるから、それだろうな。元々そのつもりで辺境のギルムを選んだんだし」


 色々と誤魔化しつつそう告げるが、今の言葉の中にどれだけの嘘が入っているのかをノイズが知ったら、どんな反応をするんだろう。ふと、そんな風にレイは思う。


「なるほど。モンスターの魔石か。それなら……なぁ、レイ。この先どうするかの話だが、もし良ければ俺と魔の山に行かないか?」

「……何?」


 その言葉はレイにとっても予想外だったのか、思わず問い返す。

 魔の山。そこはランクS冒険者であるノイズが闘技大会優勝の賞品として望んだものだ。

 つまり、普通ではランクS冒険者であろうとも無断で入ることが出来ない場所。

 そんな場所に行くのは、当然刺激を求めてのことだ。

 そして、魔の山へと向かうのにレイを誘った。

 自分が認められてるからこその提案だとはレイも理解しているし、嬉しいか嬉しくないかで言えば勿論嬉しい。

 だが……


「悪いな、今はそういう気分じゃないんだ」


 レイがそれに頷く訳にはいかなかった。


(もしこの後に何もないのなら、魔の山に行くのは大歓迎だったんだけどな。当然今まで戦ったことのないモンスターもいて、魔石も入手出来るだろうし)


 そう告げたレイの言葉に、ノイズは小さく溜息を吐く。


「そうか。……一緒に来れば、覇王の鎧についても教えてやれたんだがな」


 その言葉に、ピクリとするレイ。

 ノイズのスキルでもある覇王の鎧は、一応使えるようになっている。だがそれはあくまでも使えるというだけであって、使いこなすというには遠く及ばない。

 いや、その稚拙さは使っているというのすらも過大な評価だろう。何とか覇王の鎧を発動させている。そう表現するのが正しいのだから。

 だが……だからこそ、レイは首を横に振って口を開く。


「確かに俺がお前についていけば、覇王の鎧をお前と同じように使いこなせるようになるんだろう。けど、それだと結局はノイズの劣化でしかない。覇王の鎧というスキルは同じでも、その進むべき道筋はノイズとは違うものにしたい。そして……それでノイズに勝てると思った時には、また戦いを挑ませて貰おう」


 そんなレイの言葉に、ノイズの顔は一瞬呆気にとられたようにポカンとする。

 もしこの場にベスティア帝国の者がいれば、ランクS冒険者、不動のノイズのその表情に目を見張っただろう。特にノイズの友でもあるトラジストであれば、寧ろ哄笑すら浮かべていたかもしれない。

 そして一瞬後には口から笑みが漏れる。


「くっくく……そうか。俺と同じ覇王の鎧を使ってもその目指す場所は違うか」

「そうなるかは分からないけどな。最終的に同じような効果になるとしても、そこを辿るまでの道筋が違えば一見同じに見えても最終的には違うものになるかもしれないし」

「そうだな、確かにそうかもしれない。……ははっ、いや、今回の件は確かに俺の勇み足だった。ただまぁ、俺もお前と一緒に魔の山に挑むのは面白いと思ったんだがな」


 笑い声を上げつつも、どこか残念そうな表情を浮かべるそんなノイズに、レイもまた苦笑を浮かべる。

 確かに今回はノイズの提案を断ったレイだったが、正直な気持ちを言えば一緒に行きたかった。

 未知のモンスターの魔石や、その素材、あるいは肉。

 特に肉に関しては、ランクの高いモンスター程高い魔力を持っており、その結果肉の味も上がるのだ。

 普通の冒険者であれば肉を大量に手に入れても腐らせてしまうが、レイの場合はミスティリングがある。ノイズにしても、レイと同様にアイテムボックスを所持している。

 そうである以上、どれだけ高ランクモンスターの肉を手に入れても、それを腐らせるという心配は全くなかった。

 色々な意味で惜しいノイズの言葉だったが、レイとしてはそれを受け入れることが出来ない。

 じっとレイの目を見ていたノイズだったが、ふと何かに気が付いたかのように眉を微かに動かすと、溜息を吐いて立ち上がる。


「今回はお互いに合わなかったってことだな。……お前の様子を見る限りだと、何かあるようだが」

「っ!? ……まぁ、確かに俺にも色々とやるべきことがあるのは間違いないな」


 そう告げたレイの心の底までを覗き込むかのように視線を向けてくるノイズに、息を呑みながらもレイは視線を逸らさない。

 何かがあるとノイズの中で確信はあるようだが、それが何か分からない。

 そんな思いで込められた視線をレイもまたじっと見返し……そのまま数分が過ぎ、やがてノイズは立ち上がる。


「まぁ、いいさ。……レイ、次に会うのがいつになるのかは分からないが、その時に俺を失望させるような真似をするなよ」


 上からの見下ろすような言葉だが、実際にノイズの全てを出させることもなく負けた以上、レイとしてはその言葉を受け入れるしかない。


「ああ。次に会った時には、ノイズの実力を全て引き出した上で勝ってみせるさ」

「……そうか」


 短くそれだけを告げ、しかしそんな態度とは裏腹に口元に微かな笑みを浮かべてノイズは控え室から出て行くのだった。

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