第656話

 再びノイズの攻撃によって大きく吹き飛ばされたレイだったが、ノイズの動きに多少ではあるが対応出来るようになったということもあり、振るわれた拳をデスサイズの柄で受け、その力を利用してノイズとの距離を開け、体勢を立て直しながら舞台の上へと着地する。

 だが、それはノイズも理解していたのだろう。レイが気が付いた時には、既にノイズの姿は舞台を蹴ってレイの追撃を行うべく高速移動をしながら間合いを詰めてきていた。

 それに対するのは、デスサイズの一撃。

 何故か魔剣を使わずに拳による攻撃に集中している。そんなノイズの行動の疑問を解消すべく、近づいてくるノイズに向かってデスサイズを振るう。

 幸いにもノイズとレイの距離は大きく開いていた為に、デスサイズを振るうだけの時間的な余裕はあった。


「パワースラッシュ!」


 使用したスキルは、斬撃の鋭さよりも相手に与える打撃力を増したスキル、パワースラッシュ。

 何より、あれだけの高速移動をこなすノイズだ。遠距離攻撃では魔法を含めて回避され、まず効果がないという判断もある。

 それならば、まだ近接攻撃の方が至近距離からの攻撃である分、マシだという判断。


(本来なら、俺が唯一ノイズを圧倒しているだろう魔力を有効的に利用するつもりだったんだが、な!)


 そんな思いと共に、右腕だけの力で振るわれたデスサイズ。

 それをノイズは持っている魔剣で受け止める……のではなく、身体を大きく動かして回避する。

 ……そう。ノイズの体勢からでは魔剣でデスサイズの刃を受け止めるというのが最良の動きであり、次の行動に移るにしても淀みなく移れる筈だった。

 だがそれでもノイズが選んだのは、魔剣で受け止めるのではなく回避。

 その行動を見て、レイの中にあった疑惑は確信に変わる。

 即ち、ノイズはデスサイズと魔剣の接触を避けている、と。


(理由は分からないが……それでも付け込めるのなら付け込ませて貰うだけだ!)


 脳裏を過ぎったその考えに従い、間合いの内側に入ってきたノイズに向かいデスサイズを引き戻す。その動きをしながらも空いている左手の拳は、自分に向かって突き出されたノイズの拳とぶつかり合う。


「なっ!?」


 まさか正面からぶつかってくるというのはノイズにとっても予想外だったのだろう。振るわれたノイズの拳とレイの拳は殆ど密着した状況の中でぶつかる。

 肉と肉のぶつかる鈍い音が周囲に響き、骨と骨がぶつかる音はノイズとレイのみが聞き取る。

 そんな拳の交差の後、相手の拳の威力に押されて吹き飛んだのは……レイではなくノイズだった。

 やはり純粋に身体能力という意味ではレイの方に軍配が上がるのか、空中で身を捻りながら舞台へと着地するとその表情を痛みで微かに歪め……


「飛斬っ!」


 初めてノイズに与えた、ダメージらしいダメージ。

 その好機をレイが逃す筈がなく、間髪入れずに追撃の飛ぶ斬撃を放つ。

 だが自らに迫る斬撃にノイズが取った行動は、ただ魔剣を振り下ろすだけだった。

 魔剣を振り上げた時にはまだ何の変化もなかったのだが、振り下ろし……飛斬の斬撃に刀身が触れる直前に風を纏う。

 振るわれた風の魔剣の一撃は、容易く自分へと迫っていた飛ぶ斬撃を切断する。

 その際に真っ二つにされた斬撃が舞台の外へと飛んでいき、地面へと命中すると鋭利な斬り傷を土に生み出したのだが、そんなのは関係ないとレイは呪文を紡ぐ。

 距離が開いたこの状態でなら長い詠唱をするだけの時間はあると。


(単発で駄目なら、広範囲の攻撃魔法で回避の隙すらなくしてやる!)


 点の攻撃で駄目なら線。線の攻撃で駄目なら面の攻撃と判断したレイが選んだのは……


『炎よ、汝のあるべき姿の1つである破壊をその身で示せ、汝は全てを燃やし尽くし、消し去り、消滅させるもの。大いなる破壊をもたらし、それを持って即ち新たなる再生への贄と化せ』


 呪文の詠唱と共に炎の弾がデスサイズの刃の近くに生み出される。

 その姿は、レイ以外にはただの炎の玉に見えた。

 だが……そこに込められた魔力は、並の魔法使い十数人分が出せる全力とほぼ同等のもの。


『灼熱の業火!』


 その言葉と共に魔法は発動し、放たれる炎の玉。

 レイの振るったデスサイズの軌跡に従い、まっすぐにノイズへと向かって行く。

 だが……それを見たノイズは、回避行動をとるでもなく魔剣を手に魔力を集中する。

 次の瞬間、レイの放った高密度の魔力によって限界まで圧縮された炎の玉はその場で爆発。ノイズのいる場所を中心として、舞台の半分近くが爆炎によって埋め尽くされる。


「やって……はいないだろうが、それでもあれだけの広範囲な……ら……」


 レイの口から出た言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

 視線の先、炎の地獄とでも表現すべき光景に一筋の切れ目が入ったからだ。

 身体に多少の焦げ目はあれども殆ど無傷と言ってもいい様子で姿を現したのは、刀身に炎を纏わせた魔剣を手に持つノイズ。

 その身体全体を覆うような、薄い光のようなものを身に纏っている。


(何だ、あれは)


 ノイズのその姿に内心で呟いたレイだったが、殆ど本能的に察知する。あれが……あれこそが、ノイズの強さの秘密であり、あの高速移動の秘密だと。

 だがそんなレイの思いなど関係ないとばかりに、ノイズは口を開く。


「なるほど。確かに攻撃しても回避されるのなら、それを出来なくすればいいだけだ。そういう意味では実に単純な攻撃方法ではあるが……これ程の魔法を放てるからこそ、だろうな」


 呟き、未だに背後で轟々と燃えている炎に対し、不愉快そうな視線を向けるとそのまま数歩前に出る。

 その動きを見たレイは、ノイズのその行動に疑問を抱く。

 魔法の直撃を食らっても特に被害を受けた様子はないのだ。であれば、別にあそこで不愉快そうにしなくてもいいのではないかと。

 そこまで考え、本能的に理解する。あの身体を覆っている光のようなものは、何らかの制限があるのだと。


(それはつまり、あの高速移動に関しても使うのに限界があるってのか? 普通の魔法使いが魔力を……待て。待て待て待て。今俺は何を思った? 魔力? 光を纏う? それはつまり……もしかして……)


「魔力を身に纏っている?」


 思わず漏れたその呟きに、ノイズの口元が弧を描く。

 形だけを見れば間違いなく笑顔なのだが、それは決して笑顔と呼ぶべきものではない。そんな複雑な表情。

 だが敢えて上げるとするのなら、飢えていた肉食獣が獲物を見つけた時の如き表情と言うべきだろうか。


「ほう、分かったか」


 その言葉に、隠す様子もなくあっさりと頷くノイズに、レイは納得の表情を浮かべる。

 魔力を身に纏うという技術は、マジックアイテムの類を使って行っているのではなく、純粋にノイズ自身の技術によるものなのだ。

 マジックアイテムを使って魔力を物質化するという意味では、ヴィヘラの手甲や足甲がある。だが、ノイズはそれを何の手助けもなく、純粋に技術のみで行っていた。

 本来であれば魔力を感じ取る能力のないレイだが、さすがに光を発して身に纏っていれば、見て、感じることも出来る。

 ……普通であれば、魔力をそのように運用することは出来ない為に見抜くことは出来ないだろう。これを見抜けたのは、純粋にレイ自身の勘の良さによるものだった。

 だからこそ、ノイズはここまで自信満々にレイの言葉を認めるのだ。

 この技術がどのようなものかを理解したとしても、それでどうにか対処出来る方法を見つけられる訳ではないのだから。

 ただ一つノイズに誤算があったとすれれば、それはやはりレイという存在そのものだったのだろう。 

 確かにレイは相手の魔力を感じることは出来ず、魔法の技術も自らの身体を作り上げたゼパイルには到底及ばない。

 だがそれでも……いや、だからこそ、レイには日本にいた時に読み漁った漫画や小説といったものからの知識というものがある。

 そして高速移動の時とは違い、直接その目でノイズが何をどうやっているのかを見た以上、それを自分流にアレンジして真似るというのは難しくない。


「こう、か!?」


 自らの内に眠る魔力を身体の周りに放射し、留まらせる。そんなイメージと共に魔力を放つ。


「何をしている?」


 だがその瞬間、レイの真横から再び聞こえてきた声。

 これで幾度目の拳か。自らに振るわれるその拳が身体に命中する直前にデスサイズを手元へと戻して受け止める。

 魔力の放射に意識を集中していた分、これまでであれば決して間に合わなかっただろう一撃。にも関わらず、ノイズの拳はデスサイズによって受け止められた。

 そんな状態である以上当然攻撃を受け流すといった行為は出来ず、そのままデスサイズ諸共に吹き飛ばされる。


「何だと?」


 だが、そのレイの動きに思わず小さく驚きの声を漏らすノイズ。

 恐らくは、この大会が始まってから……いや、ここ数年で初めて漏らしただろう驚きの声。

 そう、レイが身に纏っていたのは間違いなく今までは自分の固有技術であった筈の、可視化する程に圧縮された濃密な魔力のそれだ。

 勿論長年技術を磨いてきたノイズのそれに比べれば、稚拙というのすらおこがましい程の差がある。

 ノイズが10の魔力でやっている行動を、5000、あるいはそれ以上の魔力を使って力尽くで動かしているのだ。

 それでいて、その効果はノイズの1割にも達していない。

 恐ろしく無駄が多く、レイのように圧倒的とすら言える魔力量があって初めて可能な、強引極まりない行動。

 しかし、それでも……ノイズしか使いこなせなかったスキル、覇王の鎧を発動したのは事実。


「はっ、ははは……あはははは、あはははははははははははっ!」


 空中で体勢を立て直し、舞台の上に着地したレイを見ながら思わず上がる笑い声。


(いつ以来だ? これだけ愉快なのは……)


 内心でそう考えつつも、ノイズの笑いは止まらない。

 ……否、それは既に笑い声とすら言えないだろう。周囲に響いているのは確かに笑い声なのだが、そこから感じるのは狂的とすら言えるナニカ。

 少なくても、普通の人が笑い声と聞いて想像するものとは一線を画したもの。

 そんな声が周囲に響き渡る中、やがてその笑い声がピタリと止まる。

 そしてノイズの視線が向けられたのは、当然の如くレイ。

 いや、既にノイズの視界にはレイ以外の何者も映ってはいない。


「……行くぞ」


 呟き、再びその場から消えるノイズ。

 レイ以外の者の目には見えないその高速移動法だが、稚拙ながらもノイズと同じ覇王の鎧を発動しているレイは何とかその動きについていけていた。

 性能的には圧倒的にノイズのものよりも低いのだが、それでも同じスキルが発動しているだけあって何もない状態でやり合っていた時よりは随分とマシだった。

 レイにとって最大の幸運だったのは、この覇王の鎧というスキルが魔法ではなく、純然たるスキルであったことか。

 レイの魔法属性は炎だけである以上、もしこの覇王の鎧というのがスキルではなく魔法であったのなら、使うことは不可能だっただろう。

 スキル……つまり、魔法を使えない戦士が魔力を使って行う固有の技だ。

 これまでにレイも幾度かスキルを使っている者達を見たことがあったのも、それ程苦労することなく覇王の鎧を使えた理由の一つなのだろう。

 時間が引き延ばされ、周囲の動きが遅くなっているような状態で自分だけが普通に動ける、そんな感覚。レイはデスサイズを左手だけで維持しながら、右手をドラゴンローブの中へ。つい昨日購入したばかりのマジックアイテム、ネブラの瞳へと魔力が流される。

 これまでであれば、レイとノイズの動きの速さが違いすぎて決して不可能だった行動。

 勿論今でも、レイの纏っている覇王の鎧はノイズに比べて圧倒的に性能が低い。それでも覇王の鎧がないままにノイズとやり合っていた時に比べると、その動きは大きく違う。

 そう、今までの戦いのやり取りではレイがネブラの瞳に魔力を通すということが出来なかったのに、それが出来るくらいには。

 ノイズが近づいてくるのを確認しながらネブラの瞳により鏃を生み出し、そのまま手首のスナップを利かせて投擲する。

 本来であれば矢として作り出される筈の鏃は、その鋭利な切っ先をノイズへと向かって空気を斬り裂きながら飛ぶ。

 それも、一つや二つではない。ネブラの瞳に魔力を流し続けたおかげで次から次へと鏃が生み出され、放たれるのだ。

 まさに、鏃によるマシンガンとでも表現すべきその弾幕は、しかしノイズの身体を覆っている覇王の鎧の力によりあっさりと弾かれる。


(ちぃっ!)


 その光景に内心舌打ちし、必要なのは連続して放たれる低い威力の攻撃ではなく一発であっても強力極まりない攻撃だと判断し、左手をデスサイズへと手を伸ばし……その瞬間、再び視界からノイズの姿が消える。

 ……そう、稚拙とはいえ、覇王の鎧を身に纏ったレイの視界から、だ。

 そして、耳に聞こえる声。


「覇王の鎧を身に纏ったのは褒めてやる。だが……練度が低すぎるな」


 その声を聞いた瞬間の危機感。それから逃げるように、レイは殆ど本能的とすら言ってもいい動きで覇王の鎧を足へと集め、その場から……自分の近くにいたノイズから離れようとして、唐突にその意識が絶たれるのだった。

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