第622話

『さてさて、闘技大会の2回戦も数試合が行われてきた。さすがに色々な意味で今年の闘技大会はものが違う。……毎年同じことを言っている? いやいや、確かにこれまではそうだったかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。何しろ今年の闘技大会には深紅や不動を始めとして異名持ちの中でも有名所が多く参加しているからな』


 実況の声が観客を煽るように、そして盛り上げるようにそこまで告げると、一旦言葉を止めて溜めを作る。


『もっとも、一昨日の試合で見た不動の一回戦では殆ど対戦相手の自滅という決着の仕方だっただけあり、見ている方も不満はあっただろう。だが……それとは逆に、深紅の戦いは二刀の曲刀を持った戦士相手に派手な戦いをしてくれたのを覚えていると思う。……そして次の試合はその深紅の出番だ! 更に言えば、その対戦相手はアドレッド。そう、その腕力でこれまで幾多のモンスターを葬ってきた男! 未だにランクCに留まっているものの、それは素行の悪さが影響してのことであり、その実力はその辺のランクB冒険者よりも上だと言われているぞ!』


 既に対戦相手に関しても知られていたが、それでも実況の言葉を聞いていると興奮してくるのだろう。観客達がアドレッドとレイの戦いに対する期待を高めていく。


『対する深紅のレイは正真正銘のランクB冒険者! これは、お互いの実力が近いと見るべきか? それとも異名持ちの深紅がその実力を見せつけるのか! とにかく、目の離せない戦いになりそうだ!』


 闘技場内にそんな声が響き渡る中、レイはデスサイズを手に姿を現す。

 それに対応するかのように、向かい側の出入り口からも1人の男が姿を現した。


(人間……か?)


 お互いに舞台に上がり、アドレッドと向き合ったレイは思わず内心でそう呟く。 

 だが、それも無理はないだろう。何しろアドレッドの身長は2mを優に超えており、2.5mにすら達している。

 どう考えても、人間であるとは思えない相手だった。

 更にその身長に関わらず身体にもしっかりと筋肉が付いており、ひょろ長いといった印象は全く受けない。寧ろ、重厚な壁が目の前にあるようにすら感じられる。


(巨人の一族……にしては、それ程背が高くない。となると、ハーフとかその辺か? あるいはオーガ辺りの血が入っているのかもしれないが)


 ゴブリンやオークと同様に、オーガもまた他種族の女を使って繁殖することが可能だ。当然身体の大きさの関係もあり、母胎となった女が生き延びることは少ないのだが。

 過去にその血が入っているのかもしれない。そんな風に思いつつアドレッドを眺めていると、その視線が不躾に感じたのだろう。アドレッドがレイを睨み据えて口を開く。


「何だ、お前。何か言いたいことでもあるのか?」

「いや、別にそんな訳じゃないさ。ただ、お前さんのようにでかい相手とどう戦ったらいいかと考えていただけだよ」

「……ほう」


 レイの言葉を聞きニヤリとした笑みを浮かべるアドレッド。

 両腕に填められた特注品の手甲をぶつけて高い金属音を発すると、口元に獰猛な笑みを浮かべる。


「お前のような小僧が異名持ちだとか聞いてちょっと残念に思ってたんだが……そんな心配はなさそうだな。精々お互いにいい戦いをするとしようや」

「……なるほど」


 アドレッドの言葉に、どんな性格なのかを半ば理解するレイ。


(格闘を武器にしている奴は戦闘を好むようになるのが、この世界では当然の出来事だったりするのか?)


 そんな風に思いつつ、レイは手に持っていたデスサイズを構える。


「そうだな、その方が寧ろ俺としては助かる。俺がより高みに行く為に……糧となって貰おうか」

「がははは。俺を糧にするか。だが気をつけろよ? 下手に食い損なえば、その時は俺がお前を糧とさせてもらうからな」


 お互いに好戦的な笑みを浮かべつつ、それでも相手に対して好意的な気持ちを抱く。

 それを見て審判もそろそろいいと判断したのだろう。舞台の外から周囲に聞こえるように大きく声を上げる。


「試合、開始!」


 その言葉を合図として、一気にレイとの距離を縮めてくるアドレッド。

 対するレイは、デスサイズを構えたままで待ち受ける。

 その巨体に似合わぬ速度で距離を詰め、拳を繰り出す。

 空気そのものを砕くかと思わせるような巨大な拳に対し、レイはデスサイズの柄の部分で受け止め、受け流す。

 手甲とデスサイズのぶつかり合う金属音が周囲に響く中、アドレッドはそんなのは構わないとばかりに拳を引き戻し、連続して放つ。

 だが、レイは一回戦で行ったように、その全てを受け流す。


(よし。曲刀……剣だけじゃなくて拳相手でも受け流しに関しては問題ないな)


 一回戦の戦いで見せたように受け流しを続けたレイだったが、アドレッドが拳を引き戻した瞬間、それに合わせるかのようにデスサイズを振るう。

 ただし、刃の部分ではない。石突きの部分でアドレッドの足を掬い上げるかのような一撃だ。

 ロドスとの練習では幾度となく決まった一撃。

 だがアドレッドはそこまで迂闊ではなかったらしく、柄の部分が視界から消えたと判断した瞬間、後方へと跳躍してレイとの距離を取る。

 同時に、一瞬前までアドレッドの足があった空間をデスサイズの石突きが通り過ぎた。


「っとぉっ! 危ねぇ、危ねぇ。何か微妙に戦いにくいな、お前。その辺はさすがに深紅の異名持ちってことか?」


 手甲を顔の前で構えつつそう告げてくるアドレッドに、レイもまたデスサイズを構えながら笑みを浮かべる。


「さて、どうだろうな。俺がどうこうってのが気になるなら、もう少し付き合ってみるんだな」


 そう告げ、しかしレイがアドレッドに向けたのはデスサイズの刃の部分ではなく、石突きの部分。


(今回の戦いの課題は、デスサイズの刃の部分じゃなくて石突きの部分のみで戦うこと。刃の方を使えば確かにあっさりと勝てるだろうが、そうなれば棒術の技術が磨かれないからな)


 レイの莫大な魔力を用いて振るわれるデスサイズの刃は、基本的に殆ど斬り裂けないものはない。

 唯一の例外は同種の魔力を通して性能を上げるマジックアイテムだが、それにしても莫大な魔力というアドバンテージがあるレイが圧倒的に有利だ。

 しかし、今までデスサイズのその性能に頼りすぎていたのも事実。自分よりも格下であったり、あるいは同レベルくらいの相手であればそれでも何とか出来るだろう。 

 だが、明確に自分よりも格上の相手と戦うとなると話は別だ。より緻密な技術が求められる。

 それを得る為に、レイは今回のアドレッドとの戦いは石突きだけを使って渡り合うことに決めていた。

 ……しかし、当然それを見たアドレッドは自分が手加減されているように感じ、面白くない。

 事実レイの構えを見た瞬間に、アドレッドの表情は数秒前の如何にも戦いを楽しんでいるという笑みから不愉快さを滲ませたものに変わっていた。


「……おい、それは何のつもりだ? 俺を相手に手加減をしている余裕があるとでも?」

「別にそんな訳じゃないさ。ただ、こっちにもこっちの理由ってのがあってな。そっちにとっては不愉快かもしれないが、この戦いはこのままでいかせて貰う」


 そこまで告げて一旦言葉を止め、挑発するかのように笑みを浮かべて口を開く。


「どうしても俺にデスサイズを使わせたいんなら、そこまで俺を追い詰めることだな。そうすれば、俺もここで負ける訳にはいかない以上、デスサイズを使うことになる」


 その言葉に戦意を掻き立てられたのだろう。アドレッドは再び獰猛な笑みを浮かべつつ左右の拳をぶつけて自らの闘争心に火を付ける。


「分かったよ、やってやる。おらぁ、行くぞぉっ!」


 周囲一帯に響くような大声で叫び、再びレイとの距離を縮めんと迫ってくるアドレッド。

 レイもそれに合わせるようにしてデスサイズの石突きの部分を構え、アドレッドが右手を振り上げたその瞬間、ゾクリとした嫌な予感に促されるままにその場を飛び退く。

 瞬間、アドレッドが空中を殴るようにして大きく振るった拳から何かが放たれ、一瞬前までレイのいた空間を貫いていく。


「へぇ、さすが」


 自らの一撃を回避されたというのに、アドレッドの口に浮かんでいるのは笑み。


「スキル、か」

「ま、そういうことだ。格闘をメインにしているからって、別に遠距離攻撃が出来ない訳じゃない。お前も魔法は得意なんだろ? なら存分に使ってこいよ」

「……先程と同じ言葉を贈らせて貰おうか。俺に魔法を使わせたいというのなら、そこまで追い詰めてみるんだな」

「ははは。言う言う。なら……そうさせて、貰おうか!」


 先程と同様の拳から放つ遠当てを連続して撃ち続け、それを牽制としながらアドレッドはレイとの距離を縮めてくる。

 レイにしても最初は驚いたが、それでも一度でも見てしまえば対処するのはそう難しくはない。

 確かに拳と違って殆ど攻撃が見えないのは痛いが、それでも回避出来ない程ではなかった。


「やってみろ、よ!」


 振るわれる手甲を回避し、弾き、あるいは受け流す。その隙を突くかのように石突きの部分で突きを入れ、横薙ぎの一撃を繰り出し、反撃に転じる。

 手甲と石突き、あるいは足甲と石突きのぶつかりあう金属音が幾重にも響き渡り、一種の音楽にも似た音を奏で始めた。

 キンッ、キキキキキンッ、キン。

 その音は激しくなることはあっても静まることはなく、観客達の耳を楽しませる。

 だが、それでも戦いがいつまでも続く筈はない。徐々にではあるが、純粋な身体能力の差が現れ始めた。


「ちぃっ、俺の力をもってしても防御を崩せないか。また厄介な……っと!」


 アドレッドが陥ったのは、一回戦でレイと戦った二刀流の曲刀使いアナセルと同じく、動きの限界。

 武器を振るうのではなく、拳や足を振るうという違いから要所要所で素早く呼吸を入れてはいたが、それでもレイとの激しい応酬の中で十分とは言えなかった。

 それを感じ取り、背後に一旦飛び退こうとしたアドレッドだったが……


「させるかよっ!」


 決定的ともいえる、そんな隙をレイが見逃す筈もない。

 先程の礼だと言わんばかりに、後方へと跳躍しようとしたアドレッドの鳩尾目掛けてデスサイズの石突きを突き出す。


「ぐおっ!」


 それでも身体を捻り、鳩尾から脇腹に攻撃の命中場所を変えたのは、格闘家としての本能に近いものだったのだろう。

 鳩尾を突かれ意識を失うことは避けられる。

 ……だが、その代償として肋骨数本が石突きにより砕け、痛みに苦痛の声を漏らす。


「ほら、ほら、ほら! 今度はこっちの番だ!」


 そう口を開きつつ、まるで棍の如く振るわれるデスサイズ。

 横薙ぎ、叩きつけ、突き。それらがあらゆる角度から放たれ続ける。

 アドレッドも手甲を使って何とか攻撃を逸らし、あるいは回避しようとするのだが、何しろ息が続く限界まで攻撃をした直後であり、尚且つ脇腹に強烈な一撃を貰っている。

 その為、最初は何とか防いでいたものの、それも時間が経つにつれて攻撃を捌ききれなくなり……


「ぐぎゃぁっ!」


 横一閃に振るわれたデスサイズの柄が、先程の突きで砕かれたのとは反対の肋を砕く。

 それだけであれば闘技場の観客達も驚きはしたものの、そこまでではなかっただろう。

 だが……


『嘘だ、嘘だ、嘘だぁっ! 身長にして深紅の2倍近く、体重に関してはそれ以上の差があるだろうアドレッドが、真横に吹き飛んだぞ! 信じられない……自分の目で見ても全く信じられない!』


 実況の声に、観客席も自分達が今見た光景が信じられないといった風にざわめく。

 そんなざわめき声を聞きながら、レイは舞台の上に倒れているアドレッドの方へと近づいていく。


「くっ、くそ……どんな力をしてやがる」


 たった今殴り飛ばされ、肋の殆どをへし折られた脇腹を押さえつつ立ち上がろうとするアドレッド。

 それを見たレイは、小さく驚きの表情を浮かべる。

 100kgを超える重量を持つデスサイズを、金属ですら容易に片手で曲げるだけの力を持つレイが振るった一撃だ。

 何らかのモンスターの革を使って作ったと思われるレザーアーマーを身につけているとはいっても、まさか立ち上がれる程にダメージが少ないとは思ってもいなかったのだ。


(本戦の二回戦まで上がってくるだけの実力はある、か)


 その頑強さは、確かにこの長い闘技大会を勝ち抜く上で重要な要素の一つだろう。だが、レイにしてもここで負けるという訳には……そして手こずる訳にはいかないのだ。

 チラリ、と一瞬だけ向けられた視線の先は、皇族用の貴賓席。そこには皇帝の姿があり、同時にその皇帝が推薦したノイズの姿もある。

 向こうでもレイが自分を見ていると気が付いたのだろう。唇の端を小さく動かし、笑みを浮かべていた。

 自分のいる場所まで上がってこられるか? そんな意味を込めた視線を受け、改めてアドレッドへと視線を向ける。


「こんな場所で足踏みしている訳にはいかないんだよ」


 その言葉と共に再びデスサイズが振るわれ、柄の部分でアドレッドを吹き飛ばし……身長2.5m程もある大男は、そのまま舞台の外へと吹き飛ばされるのだった。


「勝者、レイ!」

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