第601話

 レイが動いた。

 それを見た瞬間、舞台上で戦いを繰り広げていた中でも、レイに対して特に意識を割いていた者達が即座に反応する。 

 とはいっても、それは別にレイに向かって攻撃を仕掛けるといったものではなく、現在戦っている相手との戦闘を続けながら少しでもレイから離れるという反応だが。

 相手と戦ってる最中に他の場所にも注意を向けるというのは、逆に言えば現在戦っている相手に完全に集中している訳でもないのでその隙を突かれて攻撃される者もいるし、あるいは自分とレイの2人だけに注意をしている為にそれ以外の相手からは注意を外し、結果的に全く意識していなかった相手から不意を突かれて攻撃される。

 そんな者もある程度いる中、最大限にレイを警戒していたのは2人だった。

 控え室でレイに絡んだ格闘を得意としている男と、舞台の上でレイに絡んできた背の高いハンマーを持った男。

 その2人共がレイに対して絡んだという事実があるだけに、レイから注意を外すことは出来なかったのだ。


「うおおおおおおっ!」


 自分の胴体目掛けてメイスを振るってきた男の攻撃を後ろに素早く跳躍して回避し、目の前をメイスが通り過ぎたのを確認した瞬間には殆ど反射的に前へと飛び出し、下から顎を砕くかのようなアッパーを繰り出して吹き飛ばす。

 それで一安心とはいかず、すぐにその隙を突くかのように近づいてきた男の振るう短剣を回避。

 だが短剣を持っている男の技量は男の予想以上だったらしく、素早く切り替えされた一撃によりレザーアーマーの胸元を斬り裂かれる。


「ちっ、隙を突くしかない小物が」


 忌々しげに吐き捨てた男の言葉に、短剣を持っていた小柄な男は嘲笑を浮かべるだけで、言葉を返す様子もない。

 再び振るわれる短剣の連続攻撃を回避しつつ、男は再びレイの方へと視線を向け……


「なっ!?」


 ふと気が付くと、つい数秒前にはいた筈の場所にレイの姿はない。

 一瞬の動揺ではあったが、短剣を持つ男にとっては十分な隙だった。

 ……そう。本来であれば、その一瞬の隙を突いて短剣の刀身を身体に埋め込んでいた筈なのだ。


(……あれ?)


 だが、何も出来ないままに男の意識は闇へと沈み、そのまま舞台の上へと崩れ落ちる。

 何が起きたのかも理解出来ないままに。

 だが、何が起きたのかを理解出来なかったのはあくまでも気絶した男だけであり、周囲にいた他の参加者達は違っていた。

 いつの間にか、短剣を使っていた男のすぐ後ろにレイの姿があったことに気が付いたのだ。

 当然最初にそれに気が付いたのは、短剣の男と戦っていた徒手空拳の格闘を得手とする男。

 控え室で軽くではあるが拳を交えた――一方的に攻撃して回避され続けていただけだが――のが功を奏したのだろう。

 既に舞台の上に倒れ込んだ短剣使いの男の事は一切気にした様子もなく、控え室にいた時とは比べものにならない程真剣にレイの様子を窺いながら間合いを計る。


(深紅の武器は圧倒的に間合いの広い長柄の武器だ。つまり取り回しが難しい。懐に入ってしまえばどうとでも対処は可能な筈だ!)


 内心で自分に言い聞かせるように呟き、レイがデスサイズを振るうのを待つ。

 この考え自体は全く間違ってはいない。寧ろ槍やハルバード、ポールアックスといったような長柄の武器を相手にする場合には一般的に考えられるものだろう。

 ……そう、間違ってはいないのだ。それが普通の武器であったのなら。

 レイがデスサイズを振るう予兆を決して見逃さないように、その全体の動きを注意深く観察する。

 本来であれば、バトルロイヤルで1人だけに集中しているという状態は決して褒められたものではない。隙を見せれば、周囲の者達が我先にと攻撃してくるのだから。

 だが今回の場合は違っている。深紅という厄介な相手を倒せるかもしれない……そこまでいかなくても、傷を負わせることや、あるいは隙を作ることは出来るかもしれない。

 そうすれば、この場で最も厄介な相手である深紅を倒せる可能性が出てくる。

 周囲にいた者達は暗黙の了解でレイに挑んでいる男に対しては攻撃せずに様子を伺う。

 もしも自分が深紅を倒すことが出来れば、間違いなく大金星だからだ。

 その場合、本戦の決勝トーナメントまで残ることが出来なくても、十分過ぎる程の名声を手に入れることが出来る。

 そんな思いでいた周囲の者達は、次の瞬間にはただ唖然とするしか出来なかった。

 男の方に一歩を踏み出して突き出されたデスサイズ。

 格闘をやっているだけに身軽さには自信のある男だったが、その予兆を感じ取ることは出来ず、気が付けば地面に崩れ落ちている。


「な……」


 何が起きた。そう呟こうとして言葉が出せず、息すらも思うように出来ないことに気が付く。

 痛み……というよりは衝撃。

 鳩尾に感じる重い感触が、呼吸を妨害する。


(何が……起き、た?)


 内心で疑問を抱きつつ、男の意識は闇に飲み込まれ意識を失うのだった。


『わあああああああああああああああぁっ!』


 闘技場内に響き渡る大勢の歓声。

 例え舞台の上で活躍しているのがベスティア帝国では不倶戴天の敵に等しい深紅だとしても、その強さを見ればそんな細かいことはどうでも良かった。

 勿論身内を殺された者達にしてみれば、ふざけるなと言いたいのだろう。だが、この場にいる観客の中でもレイの強さに歓声を送っている者達は、そんなのは全く関係ないとばかりに歓声を上げる。


「ばっ、おい、今の動き見えたか!?」

「……あの大鎌の石突きで鳩尾を突いた、のか?」


 舞台の上で顔見知り同士なのだろう2人が背中合わせになりつつ、他の参加者からの攻撃を捌きながら言葉を交わす。


(予選の組み合わせは完全に運だから、こいつと一緒になったのは最悪だと思ったが……こんな化け物を相手にするとなれば、寧ろ運が良かったのかもな)


 槍を持ってる男は内心でそう考える。

 自分1人、あるいは全く見知らぬ相手と共にレイと戦うことになるよりは、知り合いの冒険者と共に立ち向かった方が絶対に有利だったからだ。


「行くか?」

「もうか? 出来ればもう少し相手の手の内を見たい」


 長剣を持っている女が斬りかかってくるのを、バトルアックスで弾き返しながら異論を唱える。


「……だが、このまま人の数が少なくなれば不意を突くのも難しくなるし、こっちの動きも悟られる……ぞ!」


 長剣を持っている女とやり合っている隙を突こうとしていた相手を牽制するように槍を突き出しながら、男が言葉を紡ぐ。


「このっ、話ながら戦うなんて……私を舐めないでよね!」


 鋭い突きを放つ女だが、バトルアックスを最小限に動かすだけでその突きを弾く。

 そんな女の隙を突くかのように、槍の男が放った一撃が長剣を上空へと弾き飛ばし、唖然とした女の腹にバトルアックスを持っていた男の膝蹴りが叩き込まれ、舞台の上へと崩れ落ちる。

 舞台の上に崩れ落ちた女をそのままに、周囲を警戒していた槍の男がレイの動きに気が付く。


「気をつけろ、どうやらまたやらかすようだ。何かあってもすぐに行動に移れるようにしておけ。隙が出来れば一気に行くぞ。躊躇して好機を逃したくはない」

「……分かった、どうやらその方がいいようだな。他の様子を窺っている連中も同じ考えのようだし」


 呟くバトルアックスの男は、舞台の上を素早く一瞥する。

 戦闘が始まってから既に10分程。まだ意識があって舞台の上に立っている者の数は半分程まで減っていた。

 この機会を逃せば、下手をすると自分達だけで深紅と戦わなければいけないかもしれない。

 そんな思いでレイの様子を窺っている中……デスサイズを手にしていたレイは、そのまま口を開く。


『炎よ、集えよ集え。汝等は個にして群。群にして個。我が声を持ってその姿を現せ』


 その言葉と共に、デスサイズの先端に1m程の大きさを持つ炎の球が生み出され……

 レイを観察していたもののうち、それが何であるのかを悟った何人かが顔を引き攣らせ、1人が叫ぶ。


「魔法だ、完成させるな!」


 悲鳴の如き叫び声に一瞬固まった参加者達だったが、すぐに事態を察知して一斉にレイへと向かって駆け出す。

 先程までは様子見をするというのが暗黙の了解だったのだが、使われるのが魔法であれば話は別だ。

 振るわれる大鎌は、幾ら長柄の武器でも攻撃可能範囲はたかが知れている。

 だが、魔法は別だ。使われる魔法の種類にもよるが、その攻撃可能範囲はこの舞台全てを覆っても、尚余りあるだろう。

 この予選を……そして闘技大会を勝ち残る為には、ここで負ける訳には絶対にいかなかった。

 しかし、既にレイがデスサイズを振るって放たれた炎の球は空を飛んでおり、それ程の速度ではないが真っ直ぐ目標へと向かって飛んでいる。

 ……そう、予選が始まる前に舞台の上でレイに絡んできたハンマーを持った巨漢の男へと。

 自分に向かってくる、1m程の大きさの炎の球。

 それを見た男は一瞬顔を引き攣らせたものの、炎の球の速度がゆっくりとしたものだと気が付くと安堵の息を吐く。

 レイに向かって魔法の発動を止めようとした数人の者達もまた同様に、炎の球の速度に思わず足を止めていた。

 見るからに速度の遅い炎の球では、自分達が思う程の威力があるとは思えなかった為だ。

 そうであるのなら、わざわざ焦って自分から深紅と呼ばれている相手に向かって行く必要はないだろうと。

 魔法に関してはともかく、戦士として相当の力を持っているのは目の前で見せられて実感していたのだから。







「へっ、深紅だ何だって言われていても、結局はこの程度の魔法しか使えないのかよ。炎の竜巻を作り出したとかいう話もあったけど……」

『咲き誇る炎華』


 男が何かを言っているのは分かっていた。だが既に聞く価値もないと判断したレイは、最後まで言わせることなく魔法を発動させる。

 その魔法が発動した、その瞬間。1m程の大きさの炎の球は爆散し、無数の小さな炎の固まりとなって周囲へとその牙を剥く。

 不幸中の幸いか、この闘技大会では相手を即死させるような攻撃は禁止されている。

 現にレイにしても、魔法に込めた魔力は驚く程に小さなものだった。

 命中した相手が肉体が炭と化すのではなく、火傷で済む程度の魔力で。

 それでも無数の炎を浴びせられては、ハンマーを持った男にしてみればたまったものではない。

 寧ろ火傷を何ヶ所も負ったことにより、一撃で気絶した格闘の男よりも悲惨な結末だったろう。

 幾ら舞台の上から出れば回復するとはいっても、それはあくまでも身体の傷のみだ。心に負った傷は別である。

 炎によって無数の火傷を負い、持っていたハンマーを放り投げて痛みのあまり舞台の上を転げ回っている男は、間違いなくトラウマをその心に刻み込まれていた。

 セレムース平原で炎の竜巻を生み出し、あるいはベスティア帝国軍の兵士を斬り殺したレイを見て恐怖と共に深紅と名付けた者達のように。

 また、炎の散弾とも呼べる攻撃を食らったのはハンマーの男だけではない。その周辺にいた他の参加者達も同様だった。

 全部で4人の参加者が火傷の痛みに苦しみ、舞台から飛び降りて降参するという道を選択する。


『凄い、凄い、凄い! これが深紅の神髄か! 放たれた炎の固まりが細かくなって参加者達に襲い掛かり、数人を一気に脱落させたぞ! 生き残った参加者達も、これにはどうしようもないのか! Cブロックの予選はやはり大本命ともいえる深紅が勝ち残り、残り2枠を争うことになるのか!』


 闘技場の中に響く実況の声に一瞬眉を顰めつつ、デスサイズを携えたままレイは舞台の上を一瞥して呟く。


「……さて。本戦に出場出来るのは全部で3人だったな。となると、残り10人ちょっとか」


 不思議とその声は、舞台の上にいる者達全員の耳へと届いていた。

 他にも観客席の中でも前の方にいる者達も同様だっただろう。

 その声が聞こえた者は、何の前触れもなく背筋にゾクリとしたものを感じる。


「次、行くぞ。忠告だが、痛い目を見たくない奴はさっさと舞台の上から降りた方がいい」


 レイの口から出た声に、思わず後退りする数人。

 だが、殆どの者は退くに退けない状態であり、先程の実況の声にあったように何とかレイ以外の2人の枠に滑り込もうと考えを巡らせ……その一瞬の隙が、致命的な時間となる。


『炎よ、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く降り注げ』


 呪文を唱えると、レイの背後に浮かぶのは炎の矢。その数、約50本。

 ただし、先程同様に込められている魔力は大分少ない。

 この魔法を初めて見る者には理解出来なかっただろうが。


「っ!? 止めろぉっ!」


 レイの背後に浮かぶ炎の矢を見た参加者の数名が叫び、レイへと飛び掛かってくるが……既に魔法の発動を止めるのは不可能だった。


『降り注ぐ炎矢!』


 レイの口から放たれた言葉で魔法が発動され、50本程の炎の矢が一斉に放たれる。

 まさに掃射とでも呼ぶべき速度で放たれた炎の矢は、レイに向かってきていた他の参加者達へと命中しては炎に包み込む。

 それでも炎の矢が身体を貫通したり、一撃で身体そのものを燃やし尽くさなかったのは、先程同様に魔法の発動に関する魔力を大きく減らしていた為だろう。

 ……結果、炎の矢による掃射が終わった後で舞台に立っているのは、レイ。そして魔法の発動を止めようとして進み出ていたが故にレイの近くに存在していた2人の参加者のみだった。

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