第568話

 日付が既に変わろうとしている頃合い。

 数時間前にはゴトで行われている宴会も既に終了しており、村の住人も今頃は自らの家で安らかな眠りについているだろう。

 それはダスカーが連れてきた者達も同様であり、一応念の為ということで護衛を任されていた数人の騎士以外は全員がテントで旅の疲れを癒やしている。

 そんな中……肝心のダスカーの姿はテントの中にはなく、ゴトから離れたセレムース平原にあった。

 当然1人でここまで来た訳では無い。他にもレイ、セト、ヴィヘラ、ミン、ロドス。

 ……そして、レイ達の視線の先にいるのはエルクとテオレーム。

 数時間前までは雲が空を覆っていたのだが、今はその雲もエルクから吹き出される殺気や闘気に怯えたかのように姿を消しており、月の光のみが地上を照らしている。

 黙って向かい合うエルクとテオレーム。それぞれが己の武器を手に、少しでも情報を得ようとして相手の様子をじっと観察していた。

 そんな中、ダスカーが一歩前に出て口を開く。


「では、これからエルクとテオレームの決闘を始める。お互いに色々と思うところはあるだろうが、この戦いを以て以後遺恨を残さないように」


 その言葉に無言で頷く2人。

 それを確認すると、ダスカーは小さく頷き……やがて周囲に響くような大声で告げる。


「始め!」

「うおおおおおおおおっ!」

「っ!?」


 開始の合図がされたと同時に、地を蹴るエルク。

 自分の異名でもあり、パーティ名にもなった雷神の斧を大きく振りかぶりながらテオレームとの距離を詰める。

 先手必勝。そのつもりでいるのは、振りかぶられた雷神の斧が放電しているのを見れば明らかだった。


「はあああぁっ!」


 気合い一閃。

 雷を纏って振るわれたその一撃は、とてもではないが巨大な斧を振り回しているとは思えない速度と鋭さでテオレームへと襲い掛かる。

 だが、テオレームも閃光の異名を持つ人物だ。そんな致命的な一撃を黙って食らう筈もなく、雷神の斧が振り下ろされた瞬間に後ろへと下がる。

 轟っ!

 雷神の斧が地面へと叩きつけられた瞬間、地面が爆発した。

 ……そう、文字通りの意味で爆発したのだ。

 周囲に散らばる土と石と草。あるいはアンデッドが多いセレムース平原故にか、何かの骨の欠片といったものが周囲へと飛び散る。

 当然そんな状態である以上、後方へと跳躍して今の一撃を回避したテオレームへとそれらは襲い掛かり、視界を覆うその土砂を邪魔だとばかりにテオレームも剣を振るう。

 閃光の一撃に相応しい一閃。

 空気どころか、空間その物を斬り裂くかの如き横薙ぎの一撃だったが、エルクにしても名うての冒険者だ。その一撃を殆ど見ることなく、長年の冒険者の勘によって雷神の斧の柄の部分で咄嗟に受ける。

 ギンッ、という金属音が周囲に響き……だが、次の瞬間長剣と斧の柄の部分がぶつかり合っている状態でエルクが吠えた。


「うおおおっ!」


 力ずくの一撃で受け止めていた長剣の刃を斧の柄の部分で破壊せんと、そのまま力を込める。

 だが瞬時にそれを見抜いたテオレームは、長剣へと込めていた力を抜く。

 同時に、大きく後方へと飛ぶテオレームの姿。

 長剣を折らんとして振るわれたエルクの力を、後方へと跳躍するのに利用したのだ。

 そのまま数mの距離を経て睨み合う2人。

 お互いがお互いの隙を探るかのようにじっと観察する。

 その間にも、それぞれが握っている武器の動き、あるいは肩や足といった細かなフェイントを繰り返す。

 素人目には殆ど黙って向かい合っているようにしか見えないだろう。だが、幸いここにいるのは全員がある程度以上の実力を持つ者だった。

 一番実力の低いのがランクC冒険者であるロドスであり、ロドスにしてもエルクとテオレームの間で行われている無言の駆け引きを、全てではないにしろ理解していたのだから。

 そうしてお互いがお互いを引っかけようとしたフェイントを繰り返すこと数分。

 このまま無駄に時間が長引くのを嫌い、痺れを切らせたエルクが口を開く。


「結構やるじぇねえか。閃光とかいう異名は伊達じゃねえな」

「そちらこそ。噂に名高い雷神の斧、その威力の程を間近で見て胆が冷えましたよ」

「へっ、よく言うぜ。……ただ、それだけの実力があるってぇのに、裏で人質を取るような汚え真似をするってのは……許せることじゃねえよな?」


 挑発の意味を込めた言葉ではなく、最初からその一言を口にしたかったのだろう。

 そこまで口にするのと同時に、まるで粘度でも持つかのような濃厚な殺気がエルクの身体から溢れ出す。

 その殺気は、エルクがゴトへとやってきた時に馬車の中から発したのものの再現だった。

 まるで殺気自体が物質化したようにも感じられる、濃厚な殺気。

 だがその殺気を受けたテオレームはといえば、顔を強張らせてはいるものの、それ以上は特に何がある訳でもない。

 この辺、閃光という異名を持つテオレームだからこそだろう。

 これが普通の兵士や騎士、冒険者といった者であれば、間違いなく動けなく……下手をすれば殺気に当てられて心臓が止まってしまうということにもなりかねないのだから。


「確かに個人的にはどうかと思うが、生憎と私は冒険者ではなく将軍なのだ。部下の命やベスティア帝国の名を背負っている以上、例え汚い手段であっても、それがより危険性が低ければ選ばせて貰う」


 エルクの放つ殺気に対抗しつつ、堂々と告げるテオレーム。

 しかしそれが余計にエルクの怒りに触れたのだろう。額に血管が浮き出る程に力を込めて睨み付ける。


「ふっ、ざけんなぁっ! 幾ら何でもやっていいことと悪いことくらいの区別はつくだろうが!」


 吐き捨てた言葉をその場に置き去るかの如き踏み込みで、テオレームとの間合いを詰めて雷神の斧を大きく振りかぶる。

 これまでの攻撃も十分すぎる程に高い威力を持っていたのだが、今回のその攻撃は今までの攻撃が何だったのかと言いたくなる程の一撃だった。

 それだけの一撃である以上、受け止めるのは下策と判断したのだろう。テオレームは回避に専念しながらも、振るわれる攻撃の隙を縫うかの如く長剣を振るう。

 まさに暴風の如く連続攻撃を繰り出すエルクも、またその隙を突くかのような一撃を放つテオレームも……どちらも異名持ちなだけあって、ロドスには何とか目で追える程度の速度で攻撃し、防ぎ、受け流し、回避し、弾く。


「……エルクも甘いな」


 ポツリとダスカーの口から呟かれたその言葉に、ロドスは反射的に視線を向ける。

 もしもその言葉を発したのがレイだったとしたら、恐らく食ってかかっていただろう。

 だが発言の主が自分達が拠点としているギルムの領主でもあるダスカーだけあって、一瞬口を噤む。

 そして息子の代わりに口を開いたのは、その母親でもあるミンだった。


「確かに甘いと言えるでしょう。ですが、それこそがエルクの長所であり、だからこそ私はエルクを信頼しているのです」

「確かにな。それは俺も同感だ」


 ミンの言葉に同意するように頷くレイ。

 冒険者である以上、当然多種多様な依頼を受けることになる。その中には、非情に徹しなければ味方をも巻き添えにして致命的な一撃を受けることもある。

 ……そう。例えばテオレームがやったような、家族を人質にとられたりといったようにだ。

 それを理解したのだろう。ロドスが奥歯を噛み締めて言葉を続けるのを我慢する。

 そもそも自分が捕まったのが原因なのだ。そんな自分が何かを言えるような立場にはない、と。

 ロドスが内心で悩んでいる間にも、エルクとテオレームの激しい応酬は続く。


「クソ野郎が、くたばりやがれえっ!」


 そんな叫びと共に、まともに当たればテオレームの胴体を両断せんと横薙ぎに振るわれる雷神の斧。

 空気を斬り裂き……否、破壊しながら襲い掛かってくるその一撃を、テオレームは後ろへと跳躍して回避する。

 受けることが出来ない。これはテオレームがこの戦いで大きく不利な要素だろう。

 テオレームとて、閃光の異名を持つベスティア帝国の将軍だ。当然その手に持っている長剣は名工とも呼べる鍛冶士が鍛え上げたものであり、その辺の中途半端な魔剣の類であれば全く問題無く受け、それどころか刀身を斬り裂くことすら可能な鋭さを持っている。

 だが、今相手にしているのはランクA冒険者、雷神の斧。

 持っている武器がそのまま異名となったエルクであり、その武器は非常に高度なマジックアイテムの一種でもあった。

 当然その武器を受け止めれば、長剣が耐えられない。だからこそ、テオレームはエルクの攻撃は回避するしか出来ない。

 あるいはテオレーム自身の攻撃も、雷神の斧の刃の部分で受け止められると下手をすればそれだけで長剣が破壊されかねず、刃を合わせるのにも細心の注意が必要だった。

 普通より体力が多いと自負しているテオレームだったが、一合刃を交える度に精神力を削られていく。


「ぐぅっ!」


 後方へと跳躍して致命的な一撃は回避したものの、雷神の斧の名前通りに雷を発して、テオレームのレザーアーマーが黒く焦げる。

 当然その一撃は体内にまで及んでおり、後方へと跳躍したものの一瞬動きが鈍る。

 雷神の斧。その一撃は強力無比でありながら、更に厄介な点は斧から放たれる雷だった。

 ギリギリの見切りで回避したとしても雷の舌が伸び、徐々にその身を雷が蝕み、痺れによる麻痺や反応速度の低下、あるいは体力すらも奪っていく。

 普通の敵を相手にするのであれば、若干の不利程度の一撃。

 だがエルクのような強者を相手にしての麻痺や反応速度の低下は、致命的でもあった。


「く、ら……ええぇぇぇっ!」


 一瞬動きの止まったテオレームへと向かい、ここが最大の好機と判断したエルクは雷神の斧を振りかぶったまま一気に距離を詰める。

 振るわれる斧の一撃にテオレームは回避することは不可能と判断し、せめてもの悪あがきとばかりに長剣を盾にする。

 ギンッ!

 そんな音が周囲に響き渡り、長剣は刀身の半ばで折れて、その先端は回転しながら空を飛ぶ。

 手応えだけで刀身を折ったのを理解したのだろう。エルクはその行く先を視線で追うこともなく、雷神の斧を振りかぶり……そのままテオレームの頭部を粉砕するかの如き勢いで振り下ろす。

 その場にいた誰もが、この勝負はテオレームの死亡で勝負がつくと思っただろう。

 だが……何故か振り下ろされた雷神の斧は、その刃がテオレームの頭部へ触れるかどうかといった場所で動きを止める。

 渾身の力を込めて振り下ろしたにも関わらず、寸止めを可能にする。これもまた、エルクの卓越した力量があってこそのことだった。


「……え? 何で?」


 何故斧を途中で止めたのか。それが分からずに思わず呟くロドスだったが、その疑問はレイの言葉で晴れる。


「ロドス、エルクの喉元を見てみろ。そうすればなんで攻撃が止まったのかが分かる」


 その言葉に従い、エルクの喉元へと視線を向けるロドス。

 ミンも自分の夫が何故攻撃を止めたのかが分からなかったのだろう。ロドスと同様にエルクへと視線を向け……鍛え抜かれて太く筋肉で覆われている喉元へ、短剣の刃が突きつけられているのを目にする。


「あれは……いつの間に?」

「長剣を折られた時だよ。あの時に長剣を手放しながら、懐から取り出した短剣を抜き放って突きつけた訳だ」

「そうだな。俺の目から見ても短剣を取り出す速度はかなり早かった。さすがに閃光の異名を持つだけはある」

「別に閃光というのは、そういうのが理由でついた異名じゃないのだけど……」


 レイの言葉にダスカーが納得するように同意し、それをヴィヘラが苦笑しながら訂正する。

 そんな風にどこか和やかな雰囲気なのは、戦いは終わりだと判断したからだろう。

 事実、エルクは自分の首筋へと突きつけられている短剣に目だけを動かして視線を向けると、忌々しげに鼻を鳴らしながらテオレームの頭部数cmの場所で動きの止まっていた雷神の斧を手元へと戻す。


「……ふぅ」


 その様子に、テオレームは思わず安堵の息を吐く。

 見ようによっては互角に見えた戦いだったが、実際には常にエルクが主導権を握っていた戦いであり、こうして自分が引き分けに持ち込めたのは半ば偶然に近い。

 それでも、もしかしたら今回の中で最も難易度の高かった戦いを生き延びることが出来たのだから、テオレームにしても喜ばしいことだろう。

 それなりに気に入っていた愛剣を叩き折られたのは痛かったが。


「……ま、いい。これでお前を完全に許したって訳じゃないが、けじめは取った。だが、覚えておけ。次に俺の家族に手を出すようなことがあってみろ。今度は寸止めなんて真似はしないで、その綺麗な顔に雷神の斧を思い切り叩きつけてやるからな」

「胆に銘じておこう」


 自分を納得させるかのようなエルクの言葉に、テオレームは小さく頷きを返す。

 だがどうしても必要があった場合、自分は同じ手を使うことを躊躇わないだろう。内心でそう考えながら。

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