第552話
「そろそろ出発するから、モンスターの存在にはくれぐれも気をつけるように」
『了解』
ランガの言葉に、討伐隊の兵士達が声を揃えて返事をする。
ゴブリンの襲撃があってから数時間。幸い襲撃は1度だけで済み、それ以降は特に騒ぎも無いままに朝を迎えた討伐隊の一行は、簡単な朝食を済ませて早速林から出てギルムへと帰還しようとしていた。
当然血塗られた刃のメンバーを引き連れてだ。
「俺はこの手紙を届ければいいんだな?」
「ああ、頼む」
ランガが討伐隊の者達に声を掛けている時、レイは騎士の1人から手紙を渡されていた。
今回の件に関しての報告が書かれているもので、セトという相棒のいるレイが一足先にギルムまで戻りダスカーに渡すよう頼まれたものだ。
「レイに対して心配はしていないが、一応念の為に気をつけて欲しいとは言っておく」
「何だその面倒な言い回しは。分かってるよ、きちんとダスカー様に届けるから大船に乗ったつもりで任せてくれ」
「そうだな。レイに任せたんだから、泥船にのったつもりでもいつの間にか軍艦になってそうだな」
「言ってろ」
笑みと共に騎士と言葉を交わし、遠くで手を上げて挨拶をしているランガに軽く手を振り返したレイは、そのままセトの背へと跨がる。
数歩の助走の後で空へと駆け上がって行くセトを地面から見上げた騎士の顔には、どこか羨ましそうな表情が浮かんでいた。
空を飛ぶというのは竜騎士でなければ出来ない以上、セトに乗って好きな時に好きなだけ空を飛べるというレイは騎士にとって非常に羨ましい存在だった。
小さい頃から竜騎士に憧れていたというのも、レイを羨む理由の1つだろう。
(いつか、俺も……)
そんな風に竜騎士への夢を心の中で呟き、やがて同僚の騎士に呼ばれて我に返る。
今は憧れに心を委ねる時ではなく、捕らえた血塗られた刃の者達をギルムまで連行することが重要なのだと。
「……よし」
自らに気合いを入れるように呟き、騎士はランガや同僚の騎士達の下へと戻っていく。
街道の上を飛んでいたレイは、眼下に20人近い集団を見かける。
「まさか、また盗賊だったりしないだろうな」
そんな風に考えつつ下をよく見ると、何故かそこには空に向かって大きく手を振っている人物が1人。
見るからに興奮しているその人物が誰なのかは、すぐに分かった。
セトに対する好感度では恐らくギルムでも最高位に近い位置にいるだろう人物、灼熱の風のパーティリーダーでもあるミレイヌだ。
「あー……なるほど」
そう言えばゴブリンの残党狩りをすると言っていたなと思いだし、思わず呟く。
「グルゥ?」
レイが新人達の腕試しをしている時にはギルドの近くで寝転がり、あるいは冒険者や街の住人と遊んでいたセトは不思議そうに喉を鳴らす。
そんなセトの首をそっと撫で、レイは苦笑と共にセトへと話し掛ける。
「いや、あいつらの目的は恐らく俺達が昨夜倒したゴブリンなんだよ。……相手はゴブリンなんだから、他にも生き残りはまだいると思うんだけどな」
出来ればいて欲しいと、普通の人が聞いたら怒りそうなことを口にしながら、見つかった以上無視は出来ないだろうと地上へと降りるようにセトへと頼む。
「グルルルルゥ!」
高く鳴き声を上げ、翼を羽ばたかせながら地上へと降りていくセト。
そんなセトの様子を見て、ミレイヌのテンションはひたすらに上がっていき、スルニンは溜息を吐き、エクリルは苦笑を浮かべる。
ゴブリンの残党狩りとして一緒に行動していた他の冒険者の中でも、1年以上ギルムで過ごしていた者達は軒並みレイとセトに向かって笑みを浮かべ、あるいは小さく手を振ったりしている。
そんなベテランの冒険者達とは裏腹に、今回のゴブリン討伐を戦闘訓練を兼ねて駆り出された新人達は半分くらいが最近ギルムにやって来た者なのだろう。降下してくるセトに対し、驚愕や恐怖、畏怖といった視線を向けていた。
「大丈夫だって、セトは可愛いし大人しいし、人懐っこいから」
「……その割にはモンスターを倒す時はかなりの凶暴さだって聞くけどな」
「おい、落ち着かせてるんだから余計なことを言うんじゃない」
「セトちゃん、可愛いわよね。あたしもああいう従魔が欲しいな。でも、テイムって難易度が」
「それなら召喚魔法とか?」
「ええい、落ち着け。あのグリフォンはギルムでも人懐っこくて有名なモンスターだ。変に手を出したりしなきゃ問題無い」
「どこぞの商会長はセトに手を出して最終的に破滅したけどね」
「だから余計なことを言うな!」
そんな風にやり取りをしている冒険者グループの前で、地上に降りたセトが何歩か歩いて動きを止める。
「セトちゃーんっ!」
冒険者の集団から飛び出してくるミレイヌをセトに任せ、レイはそのままスルニン達がいる方へと向かう。
集団の中から、ミレイヌに遅れながらも何人かがセトの方に向かっているのを眺めつつ、スルニンに向かって手を上げて挨拶をしながら口を開く。
「ゴブリンの残党狩りだったな」
「ええ。そちらは昨日ダスカー様に呼ばれてからどうしてたんですか?」
「盗賊退治の援軍にな。で、それが終わってこうしてギルムに報告に戻っているところだったんだが……」
微妙に言い辛そうに口籠もるレイに、スルニンは不思議そうな表情を浮かべて口を開く。
「どうしたんです?」
「あー……いや、その……だな。盗賊を倒した後、その場で夜を明かしたんだが……その時にゴブリンの集団に襲われたんだよ」
「ほう」
討伐対象であるゴブリンの名前が出てきたことにより、セトにじゃれつくミレイヌを呆れた様に見ていたエクリル、そして昨日から接してきたミレイヌとは全く違う様子に戸惑うグルッソ、クラージュ、コノミルの3人、更には他の冒険者達もレイへと視線を向ける。
そんな視線に、若干居心地が悪そうな表情を浮かべたままレイは口を開く。
「で、当然俺だけじゃなくてセトや盗賊の討伐隊もいた訳だが……相手がゴブリンだった以上、こっちが圧倒してしまってな。もしかしたらゴブリンの残党を根こそぎ倒してしまったかもしれない」
「あー……いやまぁ、まさか襲われたのに反撃するなとも言えませんけど」
スルニンはそう告げつつも、自分達はもしかして無駄足になるんじゃないか? という雰囲気が周囲に広がるのを止めることは出来なかった。
「皆さん、ゴブリンの繁殖力の高さを忘れてはいけません。確かに昨日レイさん達が一定数は倒したのかもしれませんが、それだけで集落から逃げ出したゴブリン全てが倒されたと判断するのは早計です」
「……ま、確かにそうだろうな。奴等ときたら、少し目を離せばあっという間に増えやがるし」
討伐隊の中でも、灼熱の風と同じ保護者組と思われる20代後半の男がそう告げる。
その言葉により、新人組も自分達が確実に無駄足を踏むのではないと理解したのだろう。士気が上がっていく。
「確かにあれで全滅させたとは言えないか。……ああ、そうそう。逃げたゴブリンを統率してたのはホブゴブリンだったから、そっち関係でまだ生き残りがいるかもしれないってことだけは覚えておいた方がいい」
エベロギによって一撃で殺された、人間の大人程の大きさのゴブリンを思い出しながら告げるレイに、スルニンを含めた冒険者達は小さく驚きの表情を浮かべる。
ホブゴブリンによって統率されているとなると、それなりに厄介だと判断したのだろう。
実際にはゴブリンの集落から無事に逃げ出したホブゴブリンの生き残りはエベロギによって殺された1匹だけなのだが……それをレイが知る筈もなかった。
もっとも、そのおかげで緩んでいた警戒心が引き締まったのだから、スルニンを始めとしたベテラン組の冒険者達にしてみれば文句などはなかっただろう。
「分かりました、忠告ありがとうございます。……皆も聞いていましたね? 敵はゴブリンだけではなく、ホブゴブリンがいる可能性もあるとのことです。決して油断せずにいてください」
ゴブリンに対する討伐隊の皆にそう告げているスルニンへの様子を見ていたレイは、不意に視線をセトに抱きついて蕩けた表情を浮かべているミレイヌへと視線を向ける。
(この光景を見て、ミレイヌを灼熱の風のリーダーだって思う奴がいるか?)
まずいないだろう。そんな風に内心で苦笑を浮かべつつ、レイはスルニンの方へと近づいてく。
「じゃあ俺はそろそろ行くが……構わないか?」
「あ、はい。情報、感謝します。レイさんには言うまでもないことでしょうが、お気を付けて」
「ああ、もっとも空を飛んでいく俺達に対して何か出来るような相手はまずいないだろうけどな。いるとすれば、地上から魔法や弓で狙うような奴だが……そんなのを見つければ、お前のところのパーティリーダーが斬り捨てそうだし」
「あ、あはははは。普通にあり得そうな話だけに、否定出来ないのが辛いところです」
苦笑いを浮かべながら告げてくるスルニンに、その隣で絶対そうだとばかりに無言で頷いているエクリル。
そんな2人と小さく笑みを交わし、レイはセトの方へと近寄っていく。
「ほら、ミレイヌ。お前はお前の仕事があるだろ。セトにばかり構っていていいのか?」
「うー……分かってる、分かってるんだけど……」
セトの柔らかな羽毛の首筋に抱きついたまま、ミレイヌは懊悩とも言える程に悩み……やがてゆっくりとセトから離れる。
「グルゥ?」
もう行っちゃうの? そんな風に小首を傾げて円らな瞳で見つめてくるセトに、ミレイヌはまるで何かの禁断症状の如く指を震わせ……未練を断ち切るかのように、ぐっと強く手を握って視線を逸らす。
「ごめんね、セトちゃん。私は今お仕事の途中だから、またギルムであったら遊んでね」
「グルルルゥ」
残念そうな鳴き声を上げながら視線を地面へと向けるセト。
そんなセトを見ていては我慢出来なくなると判断したのだろう。ミレイヌはセトの前から逃げるように走り去っていく。
その瞳から数粒の涙を零しながら。
(……一応、冒険者としての自覚はセトに対する愛情を上回っていた、か)
ミレイヌの後ろ姿を見送り、内心で呟くレイ。
「ミレイヌに十分遊んで貰ったか?」
「グルゥ!」
もうちょっと遊びたかった、と鳴き声を上げるセトの頭をコリコリと掻く。
自分に対して好意を向けてくれる相手と遊ぶのは、セトにとっても凄く楽しいことだった。
だが、レイはそんなセトに対して済まなさそうに言葉を続ける。
「悪いな、セト。今はギルムに戻ってダスカー様に血塗られた刃の件を知らせるのが先なんだ。それにミレイヌ達もゴブリンの討伐に向かわなきゃいけないし」
「グルルルゥ……」
レイの説明を聞き、残念そうに俯くセト。
それも無理はない。何しろギルムに戻ったら近いうちにベスティア帝国に出向くので、また暫く留守にすることになるのだから。
「ほら、俺がいるだろ? ギルムに戻ったら串焼きでも買うから」
「……グルゥ!」
そんなレイの言葉に数秒程迷ったセトだったが、やがて地面に伏せてレイが跨がりやすい体勢を取る。
「悪いな」
「セトちゃーん、また後でねーっ!」
レイを背に乗せて立ち上がったセトに、少し離れた位置からミレイヌの声が掛けられる。
「グルルルゥ!」
ミレイヌの声に応えるように鳴き声を上げ、そのまま数歩の助走の後に翼を羽ばたかせながら空へと駆け上がって行く。
尚、その際にチラリとレイが地上を見ると、まるで子供から引き離された母親の如きミレイヌを、スルニンが襟首を掴んで強引に引っ張っている光景が存在していた。
ミレイヌ達と別れてから暫くして、空を飛ぶレイの視線の先にギルムの城壁が見えてくる。
「どうやら問題無く到着出来たか。モンスターの類にも襲われなかったしな」
「グルゥ!」
自分がいるんだから当然! と喉を鳴らすセトに、レイは笑みを浮かべながらその首を撫でてやる。
実際、空を飛ぶモンスターの姿を何度か見かけたのだが、それらのモンスターは全てがセトの存在に気が付くと素早く遠ざかっていった。
戦っても勝ち目が無いと理解していたのだろう。
「そうだな、セトがいればその辺は心配いらないか」
そんな風にレイが告げるのと同時に、セトは翼を羽ばたかせて地上へと向かって降りていく。
正門から離れた場所に着地し、まだ午前中ということもあってそれなりに人の混んでいる正門へと向かう。
珍しいことに正門前にいる者達はセトを初めて見るという者が殆どいなかった為か、特に騒ぎになることもないまま、レイとセトは手続きを済ませて領主の館へと向かうのだった。
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