第521話

「おヤ? 今度は彼女の代わりにレイですカ?」


 振るわれるデスサイズの刃を、後方へと大きく跳躍して回避しながらオリキュールが告げる。

 それを聞き流しつつ、レイは手首を強引に返して返事の代わりだとでも言うように叫ぶ。


「飛斬っ!」


 デスサイズの刃から放たれる、飛ぶ斬撃。

 既に見切ったとばかりに床へとしゃがみ込んでその攻撃を回避するオリキュールだったが、そこにボスクが距離を詰めてクレイモアを大きく振り上げる。


「その程度デ!」


 しゃがんだ状態のままに、瞬発力に任せて床を蹴って攻撃を回避しようとしたオリキュールに、そうはさせじとセトが鳴き声を上げる。


「グルゥッ!」

「ぬウ、またカ!」


 衝撃の魔眼により生み出される一撃。

 ただの人間が食らっても殆どダメージにはならないような威力しかなく、非常に高い再生能力を持っているオリキュールにしてみればダメージとして考えれば全く無意味な攻撃。

 だが、行動を阻害するという一点においては、これ以上ない程の効果を持っていた。

 動きが一瞬硬直し、そこにボスクのクレイモアが頭部目掛けて振り下ろされる。

 その一撃を、何とか身体を反転させて致命的な一撃は回避するオリキュールだったが、振り下ろされた一撃は左肩へと深く食い込む。

 2mを超える体躯を持つボスクの一撃でも左腕を肩から切断できなかったのは、やはり青い肌となったことにより大幅に防御力が上がっている為だろう。

 だが……


「下がれ、レイ、ボスク!」


 その言葉と共に空中を走り抜ける鞭状に変化した連接剣。

 魔力をこれでもかとばかりに込められたその一撃は、ボスクのクレイモアが半ば近くまで食い込んでいた左肩へと剣先を埋め込む。


「はああああぁっ!」


 そのまま大きく連接剣を上へと向けて振るうと、その動きをなぞったかのように鞭状になった刀身が動き……次の瞬間には、オリキュールの左肩から先が切断され、その勢いで空中を大きく飛ぶ。


「レイ!」


 再びエレーナの口から出る一言。

 その一言が何を意味しているのかを瞬時に悟ったレイは、オリキュールの腕が回転しながら飛んでいく先にいるセトへと向かって叫ぶ。


「セト、腕をこっちに寄越せ!」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に鋭く鳴いたセトは、そのままクチバシで腕を咥えると猫科の肉食獣特有の機敏な動きでレイの隣へと向かう。

 その腕をセトから渡されたレイは素早くミスティリングの中へと収納し、第2の腕の時と同様に瞬時の再生を不可能にする。


「ぐぎぎギ、小癪ナ」


 左肩を押さえながら忌々しげに呟くオリキュールだが、切断された左肩は泡を生み出しつつ急速に傷口が消えていく。

 憎々しげにレイ達を睨み付けつつも、決してこの場から逃げ出そうとはしない。

 その精神は人魔化の影響によって非常に好戦的になっており、冷静に戦局を判断して撤退するといったようなことを選択するだけの分別は残っていなかった。

 知性の消えかかった目で自分に攻撃を仕掛けてくる者達を睨み付け、地を蹴り残った右腕を大きく振るう。

 その拳の向かう先は、ボスク。

 セトを抜かせば一番身体が大きく、それ故に狙いやすかったのだろう。


「ふざけんじゃねえっ!」


 自分が真っ先に狙われたのを、この中で最も与しやすい相手と判断されたと感じたのか、巨大なクレイモアの刀身を盾のようにしてオリキュールの拳を受け止めたボスクだったが……


「うおおおっ!」


 その勢いのまま強引に拳を振り切られ、盾代わりにしたクレイモア諸共にボスクの身体は大きく吹き飛ばされる。

 クレイモアの重さとボスクの身体の重さ、更にその身につけている鎧の重さを考えれば200kgを超えているだろう重量が吹き飛ばされたのだから、ボスクにしても驚愕の声を上げるしか無かった。

 更に、そんなボスクへと追撃を仕掛けるべく1歩を踏み出したオリキュールだったが、そうはさせじとセトがボスクとオリキュールの間に割り込むように立ちはだかり、それを警戒して足を止めたところで鞭状になった連接剣の刃が迫る。


「ぬウ、数ばかり多くてモ!」


 残った右手で連接剣の切っ先……ではなく、その切っ先へと繋がっている鞭のような部分を強引に掴もうとしたオリキュール。


「甘いぞ!」


 だが、オリキュールの行動を先読みしていたエレーナは、連接剣に魔力を流しつつ柄の部分を握っていた手首を返す。

 その瞬間、魔力と手首の動きによって連接剣の切っ先がクルリとオリキュールの右手に巻き付き……そのまま素早く連接剣を引かれ、次の瞬間には右肘から先が切断されて空中を飛ぶ。


「セト!」

「グルルゥッ!」


 右手の飛んだ先にセトがいるのを見たレイが叫ぶと、全て承知とばかりにセトが鳴き、飛んできた右手をクチバシで咥え、そのまま自分に向かって右手を返せとばかりに突っ込んできたオリキュールに尾で横薙ぎの一閃を与える。

 レイとセトが何を狙っているのかというのを、実際にその身で経験していたからこそのオリキュールの行動だったのだが……それは残念ながら無謀と言わざるを得なかった。


「ぐおおおおおオ! 私の腕を返セ!」


 セトの尾の一撃で吹き飛ばされ、地面に転がされても即座に起き上がって傷が治りかけている傷口を振りかぶりながらセトの後を追おうとしたオリキュールだったが、その前にエレーナが立ちはだかる。


「行かせると思ったか? ボスク、いつまで寝ているつもりだ!」

「分かってるよ!」


 クレイモア諸共に吹き飛ばされたのだが、それでも全くダメージを受けた様子が無いままにボスクが地を蹴ってエレーナと共にオリキュールを挟み撃ちにするべく動く。

 今のオリキュールでもこの状況で迂闊に動けば致命的なまでに不味いというのは理解しているのか、前後に位置する2人を額にあるのも合わせて3つの目で順番に鋭く睨み付ける。

 そんな様子を眺めつつ、レイはセトから受け取ったオリキュールの腕をミスティリングの中へと仕舞い込む。


(この調子で四肢を切断して全部ミスティリングに仕舞い込めば……いや、駄目だな。胴体の部分だけは生きている以上どうしてもミスティリングに収納出来ないし、それに時間が掛かればそのうち……結局は中から再生も出来ない程一気に吹き飛ばすしかないか)


 内心でそう考えていたレイだったが、やがて自分の方に近づいてくる1つの足音に気が付く。

 そちらへと視線を向けると、そこにいたのはヴィヘラ。

 その手にはビューネがプリから奪った、宝石の入った袋が握られている。

 袋の中身が増えているのは、ビューネが指輪、腕輪、足輪、髪飾り、首飾りといったものについていた宝石を外して入れているからだろう。

 だが、そんなことよりもレイの視線が向けられたのは、宝石の入った袋を持っていない方の手に握られている2つの宝石。

 オレンジがかった赤と、水色のそれがなんであるのかを知り、思わず口を開く。


「いいのか?」


 何をとも、何がとも口にしなくても、レイが何を言いたいのかは分かったのだろう。

 ヴィヘラはチラリと少し離れた場所でじっと自分達の方を見ているビューネへと視線を向け、お互いに視線が合うと小さく頷く。

 そして改めてレイの方へと視線を向けると、口を開く。


「ええ。この宝石を破壊して解放して欲しいらしいわ」

「……そうか」


 10歳の少女が、自らの両親を生贄にして生み出された宝石の破壊を決意する。

 その決断にどれだけの意思の力が必要なのかを想像して、小さく目を閉じること数秒。やがて目を開いた時にはレイの中でも覚悟が決まっていた。


「よし、じゃあ行くぞ。まずセトやボスクの攻撃でオリキュールをあそこから引き離す」


 視線の先にいるオリキュール。そして攻撃している仲間達。

 その場から引き離すとした理由は、現在のオリキュールの位置が部屋の中央付近。即ち、魔法陣の中央に捕らえられているティービアからそれ程離れていない場所にいるからだ。

 勿論部屋の大きさを考えればまだ10m以上の距離はあるが、それでも宝石を爆発させるのならなるべく離れた場所の方がいいだろう。

 現在は魔法陣の中央で何らかの障壁のようなものに守られているティービアだが、それが宝石とレイの使う魔法の相乗効果によるもの……それも、オリキュールを一瞬で内部から粉微塵にする程の爆発からもその身を守ることが出来るかと言われれば、楽観視出来る筈もない。

 それを理解しているのか、ヴィヘラも小さく頷く。


「行きましょう。私達が生き残る為に。……そして、ビューネの両親をこの宝石から解放する為に」


 宝石にされる際に生贄にされたからといっても、別に宝石の中に生贄にされた人物の意思がある訳ではない。その存在の全てを犠牲として宝石とされるのだから。だが、それでも……やはりビューネにとって、そしてヴィヘラにとって宝石の破壊というのは、生贄にされた者達を解放するということに他ならなかった。

 レイとヴィヘラはお互いに視線を合わせ、小さく頷く。

 そして、レイがセトへと向けて大声で叫ぶ。


「セト! そいつを吹き飛ばして場所を移動させろ!」

「グルゥ!? グルルルルルルゥッ!」


 戦いの中で掛けられた声に一瞬戸惑ったセトだったが、それでもレイに対する信頼は高い。すぐに行動を実行へと移すべく高く鳴きながら前足を振るう。

 セトの持つスキルのパワークラッシュが発動する。

 自分目掛けて横薙ぎに振るわれたその前足を何とか回避しようとしたオリキュールだったが、その移動先を制限するかのようにエレーナの連接剣の切っ先が目の前を通り過ぎ、一瞬動きを止めてしまった。

 本来のオリキュールであれば、この程度のことには対応出来ていただろう。だが、人魔と化した今のオリキュールにそこまで冷静な判断は出来ず……


「ぐっがああああああああア!」


 その一瞬止まった動きを見逃さず、セトの前足は振るわれる。

 子供が投げた小石の如く、床へと数度のバウンドをしながら吹き飛んでいくオリキュール。

 あるいは両手があれば速度を殺すことも出来たのかもしれないが、今は両手、そして両方の第2の腕と共にレイのミスティリングの中だ。

 残っている足や、肘だけの右腕で何とか体勢を立て直そうとするが、吹き飛ばされた先にいたのはレイとヴィヘラ。

 顔を上げた瞬間、レイがデスサイズの石突きの部分で顎を下から掬い上げるように殴って真上へと吹き飛ばす。

 レイの放った一撃を真面に顎にくらい顎どころか首の骨が折れるも、持ち前の治癒能力ですぐに再生する。

 だが、再生されたからと言っても数mも空中に浮き上がらせられた状態でどうにか出来るでもなく、そのまま落ちてきたところで……


「はあああああぁっ!」


 連続して放たれるヴィヘラの蹴り。

 足甲に包まれた足で一瞬の間に5発放たれた蹴りは、オリキュールの肋骨を砕きながら再び横へと吹き飛ばした。

 その際にオリキュールの傷口から飛んだ血が、白く肉感的なヴィヘラの太股に1滴、2滴と付着して怪しげな色気を醸し出す。

 しかし吹き飛ばされたオリキュールがそんな光景を見ていられる筈もなく、そのままヴィヘラの蹴りによって吹き飛ばされた身体は部屋の隅、壁へとぶつかり、ベチャリという、人間というよりも切り分けた肉を思い切り投げつけた時にするような音が周囲に響き渡った。

 壁に叩きつけられた衝撃により背骨を含む身体中の骨が砕け、オリキュールといえども動きを止めた瞬間、ヴィヘラが鋭く叫ぶ。


「レイ!」


 何を意図しての叫び声なのか。それを理解していたレイは、頷く暇もなく呪文を紡ぐ。


『炎よ、汝は蛇なり。故に我が思いのままに敵を焼き尽くせ』


 呪文と共にデスサイズの石突きの部分に生み出される炎。

 大量の魔力を込められて紡がれたその呪文は、その分圧縮された炎となり瞬時に周囲の気温を10度近くも上げる。

 その炎を宿したデスサイズを片手に、レイは壁に張り付いたかのように動きを止めているオリキュール目掛けて突き進む。

 そんなレイの隣を、こちらも宝石を手に持ったヴィヘラが併走するように走る。

 レイとヴィヘラにしてみればこの程度の距離は無いも同然であり、次の瞬間にはまずレイがデスサイズの石突きをオリキュールの腹へと思い切り突き刺す。

 鋭利な先端はレイの力によりオリキュールの青い肌を突き破り、体内へと突き刺さる。

 それを確認して、レイは魔法を発動させる。


『舞い踊る炎蛇!』


 生み出された業火の蛇が、オリキュールの体内を焼き尽くしながらゆっくり……ゆっくりと頭部へと向かって突き進む。

 本来であればまっすぐに頭部へと向かうというのに、意図的な如く速度がゆっくりになっているのはレイの込めた魔力の大きさと、魔法を発動する時にオリキュールを確実に殺す為に術式を変更したからこそだろう。


「ガ、があああああああああア!」


 体内から焼き尽くされる激痛に叫び、反射的にレイへと向かって蹴りを放つオリキュール。

 だが……


「させる訳が無いでしょ!」


 レイの隣からスルリと抜け出たヴィヘラが、宝石を握ったままの手甲でその蹴りを受け流してその言葉を口にする。


『汝の全てを無と帰す』


 そうして発動した宝石の全てを、激痛のあまり叫んでいるオリキュールの口の中に詰め込んで喉を殴って強引に嚥下させ……


「ヴィヘラッ!」


 咄嗟にレイがヴィヘラを抱きしめるようにしてオリキュールから引き離した、次の瞬間には爆音すらも感じさせないかのような強烈な爆発が巻き起こり、レイはヴィヘラを抱きしめたままドラゴンローブ越しに強力な衝撃を感じながら吹き飛ばされるのだった。

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