第508話

 途切れること無く前方から突き出される鋭利な切っ先。

 レイの身体を貫かんと連続して放たれる突きの全てを、レイはデスサイズという巨大な武器を器用に取り回しながら弾く、弾く、弾く。

 本来であればオリキュールの持っているレイピアという武器は、とてもではないがデスサイズと打ち合える武器ではない。

 いや、そもそもレイピアという武器の特性を考えれば、デスサイズどころか普通の長剣とでも同様に打ち合えないだろう。それを可能としているのは、オリキュールの持っているレイピアが歴史上最高の錬金術師とも言われているエスタ・ノールの作品……だからというだけではない。

 どのような武器であっても、振るう者の腕が悪ければ達人の振る木剣にすら劣る。デスサイズとここまでやり合えているのはオリキュール自身の卓越した技量があってこそだ。

 右手だけで振るわれる、疾風の如き突き。

 一見するとオリキュールが一方的に攻めているだけであり、レイは防御に徹しているようにしか見えない攻防は次第にその天秤を傾けていく。

 ……そう、レイの有利な方向へと。

 キキキキキキキンッ!

 一瞬にして周囲に響く無数の金属音。

 それはレイピアの切っ先をデスサイズの刃や柄、あるいは石突きを使って瞬時に弾いた音だ。

 そのまま、やがて小さく口元に笑みを浮かべたレイは1歩、2歩と徐々にだがオリキュールの方へと近づいていく。

 レイから発せられる圧迫感に、レイピアの動きを止めて数歩後退するオリキュール。

 だが、その顔にはまだ焦りの色は殆ど浮かんでいない。いや、寧ろ余裕の色すら浮かんでいた。


「……どうした? 追い詰められている割には随分と余裕そうだな。何かまだ奥の手があるのなら、今のうちに出した方がいいぞ?」

「さて、それはどうかな。そっちこそ忘れていないか? 私達は負けずに時間稼ぎをしていればいいだけなのだと。今、シルワ家は……さて、どうなっているのだろうな?」


 レイを動揺させようと告げてくるオリキュールだったが、それに返されたのは嘲りの笑み。

 その様子に、微かに不愉快そうに眉を顰めたオリキュールが口を開く。


「何がおかしい?」

「いや、本気でそう言っているのが分かってしまうだけにな。……確かにエレーナはシルワ家にいる。だが、そのエレーナを……姫将軍と呼ばれているエレーナをどうにか出来る戦力を、お前達の本拠地でも無いこのエグジルで用意できるのか? お前達は裏の存在でしかないだろう。そうなれば動かせる戦力も限られている筈だが? そして、ここにも20人程の戦力を用意している」


 チラリ、とヴィヘラの方へと視線を向けるレイ。

 そこでは言葉を交わすことなく、視線や仕草だけでお互いの動きを理解し、攻撃を繋げていくローブ達。

 あるいは魔力による爪の生えた手甲へと向かって短剣を投擲して攻撃をずらし、仲間を助ける。

 蹴り飛ばされ、殴り飛ばされた仲間を受け止め、壁へと激突させることなく最小限のダメージで済ませる。

 そんな風に見事としか言えない連携でヴィヘラと戦いを繰り広げているローブ達だったが、それでも決定的な戦力差を埋めることは出来ず、櫛の歯が欠けるように1人、また1人と次第にその人数は減っていく。

 地面に倒れているローブの中で、最も幸運なのは気絶している者だろう。逆に最も不幸なのは、本来曲がってはならぬ方向に首の骨が曲がっている者だったり、あるいは手甲から伸びている爪により頭部を幾重にも斬り裂かれ、既に命の炎が完全に消え失せている者達。


「見ての通り、ヴィヘラを相手にしていつまで持ち堪えられると思う?」


 オリキュールへと告げつつ、デスサイズの刃を下側に持っていくレイ。

 それを見て、オリキュールもまた下からの斬撃に対応するようにレイピアの構えを防御を重視して後ろへと重心を掛けたものへと変える。


「ふむ、確かにこうして見る限りではこちらの危機でもある。だが……お互いの実力差を理解した上で私達が出てきているとは思わないのか?」

「実力、ね。もしかしてあの人形にでも期待しているのか? 確かに向こうはこっちがやや不利な戦況だが」


 呟くレイの動きを牽制するかのように、オリキュールは持っていたレイピアの刀身をゆらゆらと揺らす。

 まるでタイミングを計るかのように一定の感覚で動かし……次の瞬間、床を蹴って急速にレイとの間合いを詰めていく。

 再び放たれる、雷の如き速さを持つ突き。

 それが先程よりも鋭く、速く放たれるも、レイはその剣先をデスサイズの刃を使って弾いていく。


「腐食、腐食、腐食、腐食、腐食」


 繰り返しデスサイズのスキルでもある腐食を使いながら。

 だが……


(ちっ、随分と頑丈なレイピアだな。さすがにエスタ・ノールの作品ってことか)


 レベルが3に上がった腐食を何度使っても、レイピアの刀身に異常は全く無い。


「どうしたのかな? 先程から同じ言葉を呟いているようだが。私としては時間を稼がせてくれるのなら大歓迎だがね」


 突きの嵐を一旦収め、そのまま後方へと跳躍しながらレイへと言葉を投げかけるオリキュール。


「いや、どうやってお前を片付けようかと思ってな。……まぁ、この手が使えなくても、他に幾らでも打つ手はある」


 構えていたデスサイズを、柄の中心部分を持ちながら両手を使って回転させていく。

 クルクルクルクル。

 回転するデスサイズは、、やがてその速度が上がっていくと風を斬り裂くような音が周囲へと響いていく。

 今までに無いレイの行動に、オリキュールは微かに眉を顰めて警戒する。

 そして……


「ふっ!」


 鋭く息を吐き出し、手の中で回転させているデスサイズを振るう、振るう、振るう。

 先程までのオリキュールが出していた突きが空気を貫くような突きであれば、今レイが繰り出しているのは空気そのものを斬り裂くような斬撃。

 それも、これまでにレイが放ってきたデスサイズの斬撃と比べても尚速度の速い……だ。

 勿論それだけでは終わらない。

 繰り返される斬撃に、オリキュールが回避に専念しながら隙を窺っていた、その時。


「ペネトレイト」


 レイの口から出たその呟きと共に、デスサイズの石突きの部分に風が纏わり付き……次の瞬間、斬撃ではなくデスサイズの石突きによる突きが放たれる。

 その鋭さはオリキュールが放っていた突きと比べても遜色のないものであり、純粋に速度に限って言えば、あるいはレイピアで放たれる突きよりも上だったかもしれない。


「なっ!?」


 それでもオリキュールが何とか回避に成功したのは、それだけの実力を持っていたからというのもあるが、オリキュール自身が放つような無数の突きではなく、ある程度の回数だけだったからだろう。

 ……だが、それでも風を纏った石突きで繰り出される突きは、オリキュールのマントを斬り裂く。

 デスサイズの石突きによってではない。石突きに纏っている風によってだ。

 それが……その一瞬の驚愕が、レイに対して隙を生む。


「甘いっ!」


 隙を見逃さず、次に放たれたのはデスサイズの刃による斬撃。オリキュールの左から右に向かって横薙ぎに振るわれたその刃は……だが、レイの予想を完全に裏切り、胴体を切断することなく途中で受け止められ……それでも100kgを超えるデスサイズの重量と、レイの人外とも称すべき膂力から放たれた威力を殺すことが出来ずに真横へと向かって吹き飛ばされる。

 まるで子供が投げた石のように吹き飛ばされたオリキュールは、それでも何とか空中で体勢を立て直しながら床へと着地し……


「オイコラ。ジャマダヨ!」


 ビューネとナクトが人形達と戦っている戦場でようやく速度を殺すことに成功する。

 床に足を着き、そのまま滑った跡がついているのを見れば先の一撃がどれだけのものだったのかが誰にでも理解出来るだろう。

 だが、そんなオリキュールへに対してレイは訝しげな視線を向ける。

 自分が放った一撃は、間違いなく致命的とすら言える攻撃だった。かなりの魔力を込めた横薙ぎの一閃だった以上、オリキュールは上半身と下半身に身体が切断されていてもおかしくはなかったのだ。

 それが、内臓を周囲に散らかしながら吹き飛ぶのではなく五体満足のままで吹き飛び、まだ生きている。それこそがレイにとっては看過出来ぬイレギュラー。

 だが、その原因もオリキュールの方へと視線を向ければ納得する。

 右手にはレイピア。これはまだいい。先程見ていたのと何ら変わらぬ装備なのだから。だが、左手。そこに握られているのは短剣と呼ぶには長すぎ、長剣と呼ぶには短すぎる剣。刃が付いているのは片方のみで、もう片方は櫛のような形になっている。

 本来であれば櫛のようになっている部分で敵の剣を受け止め、そして破壊する武器。即ち、ソードブレイカーと呼ばれている武器だ。


(しかも、デスサイズの一撃を受けても傷はあるが破壊はされてない。エスタ・ノールが作ったレイピア程ではなくても、相応に強力なマジックアイテムであるのは変わり無い、か)


 レイピアを使う者の多くは、利き手とは反対側の手に盾代わりとなる武器を持つのが普通だ。例えば敵の攻撃を防ぐ為に鍔の部分が普通よりも大きく作られているマインゴーシュ、あるいは受け流すための短剣。……そしてオリキュールが持っているような、敵の剣の刀身を折る為のソードブレイカー。


「まだ奥の手があったとは思わなかったな」

「深紅と呼ばれている君に戦いを挑む以上、当然奥の手の1つや2つは用意しておくさ」

「オイ、ジャマダッテイッテルノガワカンネエノカ?」


 オリキュールの足下にいる人形が、苛立たしげに吐き捨てる。

 自分の言葉に被せるようにして告げてきたその人形に、一瞬だけ視線を向け……

 ヒュンッ! という風を切る音が響いたかと思うと、レイピアがオリキュールの顔面目掛けて飛んできた数本の針を弾く。


「確かに邪魔をしたかもしれないが、自分の担当分くらいはきちんと片付けて欲しいな。それだけの数がいるのに、盗賊2人を片付けられないとは……」


 一瞬もレイから視線を外さぬままに、足下にいる人形へと告げるオリキュール。

 その口調には、隠しようのない呆れの色が滲んでいた。


「オマエ……プリサマヲバカニスルノカ!?」


 人形の口から出たその言葉に、周囲でビューネとナクトの動きを警戒していた他の人形達も一斉にオリキュールへと向き直る。

 人形であるが故に、気配も殺気も存在してはいない。だが、それでも人形達が今の発言を聞き流せていないのは明らかだった。


「私が疑問を抱いているのは、マースチェル家の技術ではなくあくまでも君達だよ。それを違うと言うのなら、早くあの盗賊2人を捕らえるなり殺すなりして、私の方に手助けをして欲しいものだな」


 その言葉を聞き、ナクトの口元が忌々しげに歪む。

 一連のやり取りからマースチェル家と聖光教の関係は決して良好なものではないというのは明らかだった。それ故に、あるいは今の言葉で決定的な亀裂になり仲間同士で争ってくれるかも……そのような淡い期待を抱いたのだが、どうやらそれは叶わなかったらしいと。そして、オリキュールの言葉が自分達2人を相手にして苦戦している人形達にもっと激しく攻撃するように仕向けたのだと。

 それは、少し離れた場所で様子見をしていたレイにとっても理解出来た。


(ビューネとナクトを早めに倒して、その人形の戦力を使って俺かヴィヘラの方にけしかける気か)


 自分だけの力でレイを倒すというのは全く考えておらず、真実足止めだけをしていればいいと考えているからこその選択。

 防御に徹すると言っていたのとは全く正反対の行動だが、言葉通りの意味で防御だけに回っていれば押し切られると判断したからこそだろう。


「イイダロウ。プリサマニツクラレタモノノチカラヲミセテヤル」


 だが、人形にとってはその辺は全く関係が無く、自分達の創造主でもあるプリの技術が、自分達を原因として低く見られるというのは決して許容出来ることではなかった。そもそも人形達に擬似的な自我が与えられた時にプリに対する強い信望が付け加えられている。それは、聖光教の信者達が自らの崇める女神に抱くものとそれ程の差異はない。

 もっとも、人形にしろ聖光教の信者達にしろ、お互いがお互いを心の底では認めていない以上は、同じような気持ちを持っていると言われても両方ともが否定するだろうが。


「ミナ、イクゾ。プリサマノタメニ!」


 オリキュールの足下にいた人形がそう叫ぶと、他の人形もその言葉に従うかのようにビューネとナクトに対する攻撃が激しくなる。

 持っている武器を突き出す速度が今までよりも速くなり、結果的に攻撃の手数が増え、戦闘に長けているビューネはともかくナクトは対応に苦慮し始めた。

 元々盗賊に必要とされる技能は戦闘力の類ではない。当然ある程度以上の戦闘力は必要だが、それでも盗賊の本職というのは偵察や罠の解除、あるいは罠を仕掛けるといった特殊な技能なのだから。


「くそっ、このままじゃ!」


 人形の振るう槍を短剣で弾きながらナクトの視線は魔法陣の中央で意識が無いままに放置されているティービアへと向けられる。

 内心に強く渦巻く焦燥と戦いながら、自分に襲い掛かってくる人形が振るう長剣の一撃を回避しながら、短剣を突き出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る