第483話

 スケルトンの異常種との戦闘があり、シルワ家へとその死体と4本の魔剣を売った翌日。レイの姿はエグジルの通りにあった。

 いつもと違うのは、ダンジョンへと向かっているのではなくエグジルの正門へと向かっていることか。

 そして何よりも、エグジルに来てからは殆どレイと行動を共にしていたエレーナ、そしてイエロの姿が無いというのも大きいだろう。

 本来であれば、素材の剥ぎ取りに関してはエレーナも共に来る予定だった。だが、突然マースチェル家からの招待状が届き、そちらに行かざるを得なくなってしまったのだ。

 勿論レイとしても、エレーナ1人だけをマースチェル家へと向かわせるのには不安があった。

 ボスクのシルワ家、シャフナーのレビソール家、そしてビューネのフラウト家と違い、今まで一切の接触を持っていなかった家なのだから。

 エグジルを治める3家のうちの1家。雇っている者の数も少なく、ある意味ではエグジルの中ではもっとも不思議に満ちている一族と言ってもいい。


(そして……異常種の件にも何らかの関係を持っているのは恐らく間違いないだろうな)


 歩いている途中に買ったファングボアの串焼きを口へと運びながら、レイは内心で呟く。

 このエグジルの中心でもあるダンジョンを見つけた冒険者パーティの中でも、マースチェル家は魔法使いの子孫であり、それだけに異常種の件に関しても無関係であるとはレイには思えなかった。

 だが、向こうから招待状が来たのはエレーナに対してだけであり、レイはと言えば前日にギルドへと依頼をした素材の剥ぎ取りの件がある。

 モンスターの死体だけを放り出してエレーナと行動を共にするというのもレイの脳裏を過ぎったのだが、エグジルの外で素材の剥ぎ取りをする以上、周囲のモンスターからの護衛という意味もあるし、素材の剥ぎ取りに関しての勉強という意味合いもあった。

 そして何よりも、エレーナ自身がここは自分に任せろと言ったのだ。

 それを聞いても尚言い募ろうとしたレイだったが、自分を信じられないのかと言われては否と言える筈も無く、こうしてセトと共に正門へと向かっていた。


「グルルルゥ?」


 レイの隣を歩きつつ、大丈夫? と喉を鳴らすセトに、レイはそっと手を伸ばして背中を撫でる。


「そうだな、俺が心配してもしょうがないか。それに貴族同士でのやり取りは俺よりもエレーナの方が圧倒的に慣れているし。なら、俺は俺がやるべきことをやればいいだけか」

「グル!」


 その通り、と喉を鳴らすセトを連れ、レイは正門の前へと到着する。

 そこには既に10人を超える集団が存在しており、レイが来るのを今か今かと待っていた。

 より正確には、依頼を受けた10人に昨日レイがダンジョンで助けたティービア、エセテュス、ナクト、ゴートの4人の合計14人。


「……へぇ」


 思わず呟いたのは、集まったメンバーの中に右肩から先が無いティービアの姿を見つけたからだ。

 腕一本を失うような大怪我をしたというのに、翌日には既にこうして外に出歩けるという治療技術に関しては、レイが知っている日本のものと比べてもエルジィンの方が圧倒的に優れていると言えるだろう。

 そんな風に考えつつ、その集団にセトと共に近づいていったレイは、自分に視線が集まっているのを感じながら口を開く。


「よく集まってくれた。ここにいるのは、俺がギルドに出したモンスターの素材剥ぎ取りの依頼を受けてくれた者達ということでいいか? それ以外の、別の用件で来たという者に関しては名乗り出てくれ」


 レイの言葉に、その場にいる全員がシンと静まりかえって異論を唱えない。

 実を言えば、この中には未だにレイの外見で見くびり、報酬の額を無理矢理にでも上げさせようと考えている者もいたのだが、レイが連れているセトを見ては、さすがにそんな真似を出来る勇気も無く沈黙を保っていた。


「……よし、全員揃っているようだな。ああ、それと依頼の人数が10人なのに14人いるのを疑問に思っている奴もいるかもしれないが、そっちの4人については無料で手伝ってくれることになっている。よって、その4人がこの依頼に参加したからといっても報酬が下がるようなことはないので安心して欲しい」


 その言葉に、冒険者達の中の数人が安堵の息を吐く。

 10人募集ということでやってきたのに、そこには予想以上の人数がおり、不安を抱いていた者達だ。


「依頼書にも書いてあったと思うが、剥ぎ取りをして貰うのはブラッディー・ダイル、アースクラブ、スパイラル・ラビット、コボルト、デザート・リザードマンの5種類だ。ただし、ブラッディー・ダイルとコボルトに関してはかなりの数がある。当然、依頼書にこれらのモンスター名は書いてあったんだから、全員がどのモンスターの素材剥ぎ取りも出来ると考えていいんだな?」


 試すかのように口にしたレイの言葉に、その場にいた全員がそれぞれ頷いたり、鼻を鳴らしたり、笑みを浮かべたりして肯定の返事をする。


「よし、素材の剥ぎ取りをするのはエグジルの外にある森の中だ。出来れば平原でやりたかったんだが、エグジルに来る者達に変な目で見られても困るからな。ちなみに、剥ぎ取りをしている間の周囲の警戒に関しては……セト」

「グルルゥ」


 レイの呼びかけに、喉を鳴らしながら冒険者達の方を一瞥するセト。

 レイから見れば円らで愛らしい瞳なのだが、冒険者によっては違うらしく、まるで獲物を見定めるかのような視線に感じて数名の冒険者は思わず唾を飲み込む。


「このセトが周囲の警戒をしているから、血の臭いに誘われてモンスターが近づいてきても心配はいらない。セトがいると分かった上で襲いかかってくるようなモンスターはまずいないと思うが、それでも襲ってきたら俺が……」


 そこで一旦言葉を止め、ミスティリングからデスサイズを取り出し、大きく振るう。

 2m程もある大鎌が、空気を斬り裂くかのような勢いで振るわれたその様子は、冒険者達にセトに感じたものとはまた違った恐怖を抱かせる。


「深紅の異名を持つ俺が、責任を持って撃退する。だからお前達は周囲の様子を気にすることなく素材の剥ぎ取りに集中してくれ。……ああ、言うまでも無いが、剥ぎ取った素材をくすねたりしたらどうなるか……分かっているな?」


 デスサイズの柄を肩で担ぎつつ言葉を紡ぐレイ。

 素材の剥ぎ取りをする前にこのように脅すような真似をしたのは、剥ぎ取った素材を盗み出すような真似をさせないように脅しを掛ける為だった。

 事実その脅しは、グリフォンであるセトやデスサイズ、そして深紅という異名もあって、冒険者達の中でも下手な真似をしようと内心で少しでも考えていた者達へと恐怖と共に刻み込まれる。


「……さて、何か質問がある奴はいるか?」


 その言葉に誰もが口を開かないのを確認したレイは、被っていたドラゴンローブのフードを下ろし、降り注ぐ日光に一瞬だけ眉を顰めた後で口を開く。


「これ以上の質問が無いようなら早速エグジルの外に向かうぞ。ああ、昼食に関しては心配しなくてもいい。素材の剥ぎ取りが終わったモンスターの肉、デザート・リザードマンとブラッディー・ダイルを考えているが、この肉を昼食として提供する予定だ。味付けに関しても、タレや塩といったものはある」


 この場合は飴と鞭とでも言うべきか、モンスターの肉をご馳走すると言われて冒険者達の中にあったレイに対する恐怖や畏怖といった感情が薄まる。

 若干飴の効果は少ないが、それでも冒険者達が動けるようになっただけマシなのだろう。


「よし、まずはエグジルの外に出るぞ」


 レイのその言葉と共に、正門へと向う。






 エグジルから徒歩で30分程歩いた場所にある、森と呼ぶよりは林とでも呼んだ方がいいような木々の生えている場所。

 そこにレイや素材の剥ぎ取りの依頼を受けた者達の姿があった。

 尚、この林のある場所はエグジルへと向かっている街道からは多少離れた場所にあり、例えここでモンスターの解体をしていたとしても、エグジルに向かっている者達に見られるようなことはない。

 更に小さな川も流れており、真夏の暑さを多少ではあるが和らげてくれる効果もあった。

 もっともレイが宿の従業員から聞いた素材の剥ぎ取りが出来そうな場所の中でもここを選んだのは、別に涼しさを求めてのことではない。いや、勿論その気持ちが全く無かったとは言わないが、どちらかと言えばモンスターの解体により血で汚れた手を洗ったり出来るといった理由の方が大きい。

 唯一の難点は真夏の林ということで蚊を始めとした虫がいることだが、それに関しては何人かの冒険者が虫除けのマジックアイテムを持ってきていたので問題は無かった。


「よし、じゃあそれぞれで分かれてくれ。デザート・リザードマンに2人、アースクラブに2人、スパイラル・ラビットに1人、ブラッディー・ダイルに4人、残りは全員コボルトだ。ただし、当然割り当てられたモンスターの剥ぎ取りが終わったら、まだ終わっていないところの手伝いに向かって貰う。とは言っても、一番数が多いのはコボルトだけどな」


 呟き、まずは次々にミスティリングからモンスターの死体を取り出す。

 ミスティリングからモンスターの死体が出てくる光景に、殆どの冒険者が目を見開く。

 驚かないのは、ミスティリングの存在を昨日目の前で見たティービア達4人くらいだった。

 勿論レイがアイテムボックスを持っているという情報は既にそれなりに知られている話だったが、それでも実際に自分の目で直接見るというのは違ったのだろう。


「はいはい。じゃあ、とにかくそれぞれに分かれて作業を始めましょう。手伝いとして来ている私が言うのもなんだけど、今日中に終われば追加報酬があるんだから、頑張った方がいいわよ。それと素材や魔石、討伐証明部位はレイさんに忘れずに渡してね」


 何故かティービアが仕切る形になり、それぞれが相談をしながら散っていく。


「レイさん、コボルトは小さいし人数も多いからすぐに終わると思うから、追加で出しておいた方がいいわ。まぁ、この暑さだから出し過ぎれば色々と不味いかもしれないから、加減が重要だけど」

「ああ、確かにそうだな」


 前日に片腕を失ったばかりだというのに、それを全く苦にせず皆に指示を出し、他の冒険者もまたその指示に大人しく従う。

 その様子に多少疑問を持ったレイだったが、特に不具合がある訳でも無く、寧ろ剥ぎ取りがスムーズに進むのなら問題は無いだろうと判断して仕切りをティービアへと任せる。

 レイやエレーナは知らなかったが、ティービアのパーティはエグジルでも多少は名前が知られているパーティであり、そのネームバリューもあって他の冒険者達は大人しく指示へと従っていた。


「コボルトの数は……取りあえずはこのくらいでいいか?」


 ミスティリングから追加で出した、合計5匹のコボルトへと視線を向け、ティービアへと尋ねる。


「そうね。このくらいなら、人手が余るということはないと思うわ。後は剥ぎ取りが終わったらそこに追加していくような形で」

「ああ。……セト、周囲の見張りの方頼むな」

「グルルゥ?」


 小首を傾げて尋ねてくるセトに、何を言いたいのかを理解したレイは小さく笑みを浮かべて頷く。


「ああ、昼食の時にはきちんとお前も呼ぶから安心しろ。アースクラブはエレーナやイエロにも食べさせてやりたいからお預けだが、他のモンスターの肉は腹一杯食わせてやる」

「グルルルルルゥッ!」


 レイの言葉にセトは嬉しそうに鳴き声を上げ、その場を去って行く。

 周囲に木々が生い茂っている以上は上空で警戒も出来ないので、作業をしている冒険者達の邪魔にならないように離れた場所で警戒を行うべく距離を取り、鋭い五感や魔力を使って周囲に近づいてくるモンスターがいないかを警戒する。

 そんなセトを見送った冒険者達は、安堵や不安といったものを感じながらも素材の剥ぎ取りを進めていく。


「ブラッディー・ダイルは、皮の部分に傷を付けるなよ。防具だけじゃなくて装飾品としてもそれなりに高値が付くからな」

「牙だよ、牙。まずその牙が剥ぎ取りの邪魔にならないようにしてくれ。いや、違う。そっちを押さえて……何でそこから刃を入れるんだよ!」

「はぁっ!? 俺はいつもこうだぜ?」

「アースクラブは甲殻が硬いが、幸い既に手足の殆どが落とされている。後は上手い具合に甲羅の部分を剥ぎ取ってから魔石を……」

「コボルトの討伐証明部位は右耳だぞ。そっちから毛皮を剥ぎ取ったりすれば切り取ったときに妙な具合に傷が付くから」

「おい、デザート・リザードマンの皮って一応素材だよな? 尻尾の部分を上手く剥ぎ取るからそっちを押さえてくれ。足が邪魔だ、足が」


 そんな風に話しながらそれなりに素材の剥ぎ取りが順調に進み、やがて1時間程が経ったとき……


「グルルルルルルゥッ!」


 周囲へとセトの警戒するような鳴き声が響き渡り、林の中に響き渡ったその声の出所を探すべく周囲を見回した冒険者のうちの1人が、上を見て大きな声を上げる。


「ワイバーンだ、ワイバーンが上空にいるぞ!」

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