第482話

「異常種の件でボスクに会いたいんだが、今は大丈夫か?」


 ギルドでの買い取りを済ませたレイ達は、これまでにも何度も乗った馬車でシルワ家の前にやってきていた。

 本来であればエグジルを治めているうち3家というのはそう頻繁にやってくるべき場所ではないのだが、大勢の冒険者を抱えているシルワ家に関しては別で、多くの冒険者が行き交っている。

 ともあれ、いつもの門番がレイの姿を見て小さく頭を下げて口を開く。


「はい、すぐに知らせてきますのでもう少々お待ち下さい」


 そして2人いる門番の内の1人が中へと知らせに入っていき、数分程で許可を得て戻ってくるとレイとエレーナはそのまま屋敷の中へ、セトとイエロは庭へと向かう。






 当然という形でレイとエレーナを出迎えたサンクションズが案内したのは、ボスクの執務室……ではなく、以前にも行った倉庫だった。


「さすがにこっちの行動を読んでいるな」


 感心したようにレイが呟くが、エレーナは何を当然のことを、とばかりに口を開く。


「それはそうだろう。実際地下15階でシルワ家の冒険者には会っているのだし、その翌日にこうして尋ねてきて、更には異常種の件で用件があるとまで告げているんだ」

「そうですね。それにレイ様の場合はアイテムボックス持ちですからね。それを考えれば、それ程不思議ではありません。……とは言え、何故レイ様達がこうも異常種と遭遇するのかは、正直こちらでも分かりかねますが」


 小さく溜息を吐くサンクションズに、レイは自分に言われても困るとばかりに肩を竦めてから言葉を返す。


「別に俺が好き好んで異常種に遭ってる訳じゃないんだけどな。正直な気持ちを言わせて貰えば、異常種とは関わり合いたくはないな」


 通常のモンスターよりも強力な力を持ち、折角倒してもデスサイズでは吸収出来ない魔石を持つモンスターだ。

 セトであれば一応魔石を吸収出来るものの、デスサイズで吸収出来ない以上はどんな不確定要素があるか分からない以上、そちらに吸収させるのも危険なのは間違いない。 

 そして何よりも厄介なのは、相手が異常種かどうかを確認する術が明確には無いということだ。


(それを考えれば、俺達が倒したあの巨大なスケルトンにしても本当に異常種かどうかは分からないんだよな。判断の基準は、あくまでも前日に会ったシルワ家の冒険者からの情報なんだし)


 そんな風に考えながら歩いていると、以前も入った倉庫が見えてくる。


「さ、ボスク様は倉庫の中でお待ちになっているので、どうぞお入り下さい」


 サンクションズに促され、倉庫の中に入ったレイ達の視界に入ってきたのは巨大な犬のようなモンスターだった。セトと同程度の大きさを持つその犬のようなモンスターは、頭部が2つに分かれており、切断されている尾も根元から2本に分かれている。

 まるで、2匹の巨大な獣を無理矢理1匹に纏めたかのような、そんなモンスター。


「これは……」

「おう、来たか」


 レイが目の前のモンスターに目を奪われていると、倉庫の奥の方から声を掛けられる。

 聞き覚えのある声にそちらへと視線向けると、当然の如くそこにはこの屋敷の主でもあるボスクの姿があった。

 普段でもどちらかと言えば強面の顔なのだが、今浮かべている笑顔は子供が見れば即座に泣き出しそうな程に凶悪な笑み。

 だが、レイはそんなボスクの凶悪な顔には既に慣れているとばかりに、気にした様子も無く口を開く。


「このモンスターは……異常種か?」

「ああ。地下21階に現れたモンスターだ。幸い何組かのパーティがいる場所を襲ってきたらしく、こうして死体を確保することが出来た」

「よくここまで持ってこられたな。レイと同じくアイテムボックス持ちか?」


 その説明を聞き、半ば感心したように、そして半ば呆れたような声でエレーナが呟くが、ボスクから戻ってきたのは苦笑を浮かべて首を横に振るというものだった。


「お前達が知っているかどうかは分からないが、地下21階層は森だ。ほら、お前達が潜っていた階層が砂漠の階層だっただろう? それの砂漠ではなく森になった感じだ」

「ああ、なるほど」


 その説明はレイやエレーナにとっては分かりやすいものだ。何しろ、継承の祭壇のあるダンジョンでまさに今ボスクが口にしたような場所を経験したことがあるのだから。


「何だ、驚かないんだな」

「そもそも、私達が今攻略している地下16階の次、地下17階も森の階層だからな」

「情報収集はしっかりとしているか。ともあれ、だ。そこに何組かが合同でトレントの上位種でもあるグランド・トレントってモンスターを倒しに向かったんだが……その途中でこいつに襲われたらしい。で、何とか倒すことには成功して、本来であればグランド・トレントの身体を運ぶ筈だった荷車でこいつを運んできた、と」


 ボスクのその言葉を聞いたレイが、エグジルに来てから聞いた、ダンジョン内で手に入れられる素材のことを思い出して口を開く。


「トレントの身体? ……ああ、そう言えば高級な建築資材として高値で買い取って貰えるらしいな」

「そうだ。勿論建築資材としてだけじゃない。グランド・トレントの枝は魔法使いが使う杖や、錬金術の素材としても有用だしな。かなり大きいモンスターだけに持ち帰るのは一苦労だが、それだけの価値があるモンスターだ。……どうだ、お前達なら地下21階なんてすぐだろ? もしグランド・トレントを倒すことが出来たら、高値で買い取るぜ?」


 ボスクの言葉には、お前はアイテムボックスを持っているんだからという意味が込められており、軽い口調ではあるが、かなり本気でレイへと告げていた。


「ああ、覚えていたらな」


 だが、レイは軽くそれだけを返し、改めて目の前に転がっているモンスターの死体へと視線を向ける。

 体長2m、切断されて身体の隣に並べられている尻尾を入れれば体長3m近いだろう。その身体のいたる場所には斬り傷や槍で付けられたと思われる刺し傷、あるいは矢が突き刺さったような傷も残っている。

 そして頭部には焼け焦げた跡。


(魔法、だろうな)


 四肢からは鋭い爪が伸びており、安物の武器や防具であれば斬り裂くのも難しくは無いだろうと思わせる程の鋭さを感じさせる。


「こうして見る限りだと、かなりの高ランクモンスターっぽいな」

「ああ。さっきも言ったが、複数のパーティ、人数にして13人でどうにかして倒したモンスターだ。それもパーティ内には魔法使いも2人いたらしい。それを思えば、最低でもランクB相当ってところか。この異常種の基になったと思われるシャドウ・ウルフはランクDなんだがな」

「……シャドウ・ウルフ?」


 ボスクの言葉から出た言葉に、改めてモンスターの死体へと視線を向けるレイ。

 犬ではなく狼系統のモンスターだというのは特に異論が無かったが、その毛皮の色は青だ。少なくてもシャドウと付けられそうな黒系統の色ではない。

 そんなレイの言葉に、話を聞いていたエレーナが小さく肩を竦めて口を開く。


「レイ、異常種は基になった種族と比べて大きくその姿、形を変える。それは今まで何度となく異常種と戦ってきたり、あるいは見てきた私達には驚くべきことではないだろう?」

「……そう言えばそうだったな」


 その瞬間、レイの脳裏に浮かんだのは今日自分が倒したスケルトンの異常種だった。

 レイの知っているスケルトンは、身長3mも無ければ、腕が4本でも無く、あるいはマジックアイテムのシミターをその腕全てに持っていたりはしていないのだから。


「で、ボスク。俺達が倒した異常種の死体を持ってきたんだが……このモンスターの隣に置けばいいのか?」

「いや、すぐに準備するからちょっと待て。シャドウ・ウルフの側に置かれると、こいつの調査をする時に邪魔だからな」


 そう告げると、ボスクは近くにいた者へと指示を出す。

 すると、すぐに動かせるように作られた台座がレイの前に運ばれてくる。


「この上に頼む」


 ボスクの言葉に頷き、脳裏にミスティリングのリストを表示してスケルトンの異常種を選択。

 次の瞬間には、台座の上に身長3m程の巨大なスケルトンが姿を現していた。

 スケルトンとしては異形の姿に、小さく目を見開くボスク。

 驚きが小さいのは、やはり目の前により強力な異常種の姿があるからだろう。


「へぇ、これは……スケルトンの異常種、と考えてもいいのか?」

「ああ、恐らくな。昨日ダンジョンの地下15階でシルワ家の冒険者……あの、ソード・ビーの時に遭遇した冒険者と会ったんだが、その時に言っていた、あの周辺で見られたっていう異常種は多分これだったんだろ」

「……だろうな。にしても、腕が4本か。戦う時に動かしにくいような気もするけどな」


 呟き、自らの武器でもある巨大なグレートソードを振り回す仕草をする。

 さすがにこの倉庫の中で実際に武器を振り回すような真似はしないらしい。


「ボスクの場合はグレートソードを持っているからだろ。その異常種はシミターを4本持ってた。ちなみにこれな」


 再び何も無い場所から現れるシミター。

 ボスクはともかく、倉庫の中にいる他の研究者達も既にレイのミスティリングを見ても特に反応することは無い。

 これまでにも何度かミスティリングが使われるのを見ており、また同時にレイがボスクと仲がいいというのも知っているからこそだろう。


「これは、マジックアイテムか?」


 異常種の隣に置かれたシミターのうち、ボスクが1本を手に取り呟く。


「ああ。それ程強力って訳じゃないが、間違いなくマジックアイテムだ」

「待て。じゃあ、何か? 異常種を作り出す混沌の種とかいうのをモンスターに使うと、マジックアイテムを作り出すことも可能だと?」


 レイへと尋ねたボスクは鋭い、射貫くような視線でレイを見据える。

 だがその視線を真っ向から受けたレイは、特に気にした様子も無く小さく首を横に振ってから口を開く。


「俺に聞かれても困る。そもそも混沌の種に関しては、別に俺がモンスターに与えている訳じゃないしな。それを知る為に、異常種を作り出している奴等を探しているんだろう?」

「あ、ああ。そうだったな」

「……一応聞いておくが、マジックアイテムを量産する為に混沌の種を求めるなんて真似はしないよな?」


 先程向けられた視線をそのまま返すかのような、鋭い視線をボスクへと向けるレイ。

 レイがボスクに協力しているのは、あくまでも異常種に対する問題を解決したいからであり、決してシルワ家の利益の為にという訳では無いのだ。

 もしもボスクがマジックアイテムを量産化出来る可能性があると判断して異常種の研究へと手を染めるような真似をするのなら、どんな手段を使ってでもそれを止める。そんな思いで向けられた問い掛けに、ボスクは数秒の沈黙の後に頷く。


「ああ。一瞬それを考えなかったと言えば嘘になるが、俺の目的はあくまでもエグジルを繁栄させることだ。妙な真似をして、それを崩すようなことはしねえよ」

「……レイ、信じてもいいだろう。この者は虚言を言ってはいない。いや、寧ろ本当にそのつもりでいるのなら、正々堂々とそう告げる筈だ」


 エレーナの言葉に、レイは小さく溜息を吐いた後で小さく頷き口を開く。


「確かに隠しごとを出来るようには見えないか。……だが、いいか? もし異常種を意図的に作り出そうというのなら、その時は俺が深紅と呼ばれている理由を、その身で知ることになるぞ」


 一瞬、僅かに一瞬だけだがレイから放たれた殺気がボスクを貫く。

 ほんの短い瞬間だっただけに、倉庫内にいる研究者を含む他の者達が気が付いた様子は一切無い。

 だが、確実にレイから放たれた殺気はボスクへと向けられていた。


「ふんっ、そうだな。その辺に関してはきちんと覚えておこうか」


 しかし殺気を向けられたボスクにしても、特に何か堪えた様子も無く、口元に笑みすら浮かべて言葉を返す。

 そんなボスクに対し、数秒程視線を向けていたレイは小さく溜息を吐いて肩を竦める。

 自分が道を誤ったらどのような目に遭うのか。それを理解している上での態度だと理解したからだ。

 もっとも、それは場合によってはどのような手段でも使うと言っているにも等しいのだが。


「まぁ、いい。……それで、この異常種の死体に関してはどのくらいで買い取って貰える?」


 急に話題を変えたレイだったが、ボスクも平然とその言葉に頷き、数秒程考えた後で口を開く。


「……白金貨1枚ってところか」


 その口から出てきた金額は、決して安いとは言えない。いや、冒険者として考えれば1日に稼ぐ金額としては破格と言ってもいいだろう。

 実質レイ達がダンジョンの潜っていた時間はほんの数時間でしかないのだから。

 だが、それでもレイは軽く眉を顰める。


「随分と安いな。サボテンモドキの時は白金貨4枚だっただろ?」

「あの時の金額の大半は、異常種というよりも異常種を作り出している3人組に対する者だからな」

「マジックアイテムの剣4本もあってか?」

「そうだ。実際、あの双頭の狼に関しては、金貨6枚だからな。マジックアイテムを込みの値段でだ。それに、あのマジックアイテムの魔剣自体、それ程強力という訳でも無いだろ?」


 そう言われればレイとしても納得するしかなく、小さく溜息を吐いて白金貨1枚で商談は成立することになる。


「ちなみに、あの3人組に関しての情報は?」

「色々と分かってきてはいるが……さすがに、これを漏らす訳にはいかねえよ」


 そんなやり取りをしつつ。

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