第481話
「ありがとう、助かったわ。その、護衛の報酬は何を支払えばいいのかしら」
まだ昼になるかならないかといった時間帯、ダンジョンの外へと出てきたティービアがレイとエレーナに向かって頭を下げる。
そんなティービアの後ろでは、エセテュス、ナクト、ゴートの3人も大人しく頭を下げていた。
だが、レイはそんな4人に対して、小さく肩を竦めてから口を開く。
「護衛って言ったって、結局ダンジョンの中では戻ってくる時にモンスターが現れることも無かったしな。これで高額な報酬を貰うってのもちょっとどうかと思うが。……どうする?」
そんなレイの言葉に、エレーナは数秒程考えてすぐに小さく頷く。
「そうだな、では明日レイがやろうとしていた素材の剥ぎ取りに無料で参加して貰うというのはどうだ?」
「……ああ、なるほど。確かにそれはいいかもしれないな。こっちとしては金よりも労働力で返して貰った方がいいし」
「グルルゥ」
「キュ?」
エレーナの言葉にセトが同意し、それに合わせるようにイエロも鳴き声を上げる。
もっとも、セトはともかくイエロの場合は成り行きで同意しているという面が大きいのだろうが。
「素材の剥ぎ取り?」
レイとエレーナの話の内容が分からなかった……より正確には話の内容に関しては理解出来るが、それが何故報酬の代わりになるのか分からないといった様子でティービアが首を傾げる。
それは他の3人も同様だった。
「ああ、別に難しい話じゃない。見て分かると思うけど、俺達のパーティは戦力的な意味では全く問題無いんだが、モンスターを倒した後の素材を剥ぎ取るという行為に関しては手が回らないんだよ」
「……でしょうね」
レイの説明に、思わずと言った様子でティービアを始めとした他の者達も頷く。
実際、異常種やスケルトンもどきを相手に見せたその戦闘力は、自分達とは比べものにならない程の強さを持っているのは明らかだったからだ。
そして、普通のパーティは大抵が4人以上で組まれており、素材の剥ぎ取りに関してもその人数がいるからこそ素早く出来るというのも事実だった。
幾ら戦闘力に関しては極めて高いと言っても、結局はレイとエレーナの2人だけのパーティである以上は、剥ぎ取りに時間が掛かるのは当然だろう。
戦力としてなら十分以上に数に数えられるセトにしても、さすがに素材の剥ぎ取りは出来ないのだから。
もっとも、これに関してはティービアの考えが多少間違っている。
確かにセトは素材の剥ぎ取りそのものは出来ないが、周囲の見張りという役目はこなすことが出来るのだ。
そして素材の剥ぎ取り……即ち、モンスターの解体をすれば周囲に血の臭いが強烈に漂い、他のモンスターを引き寄せることにもなりかねない。
そういう時にセトのような存在がいれば、大抵のモンスターはその強さに気が付き引き下がるだろうし、あるいは襲ってきたとしてもランクAモンスターのグリフォンに勝てる筈もなく、結果的に安心して素材の剥ぎ取りが出来る。
その辺の事情をレイやエレーナが説明すると、ティービアを含めてようやく納得したといった表情を浮かべて頷く。
「で、お前達も見て分かってると思うけど、俺はアイテムボックス持ちだ。そしてアイテムボックスの中には、ダンジョンに潜って倒したモンスターの死体が大量に入っている。勿論アイテムボックスの中に入っている以上は死体が腐ったりするようなことはないんだが、大量の死体を俺やエレーナだけで剥ぎ取りしていくのは大変だからな。ギルドに依頼を出したんだよ」
「なるほど。その依頼を今日の護衛の報酬代わりに私達が手伝うという訳ね」
「ああ。お前達も今回の件ですぐにダンジョンの探索を再開は出来ないだろ? なら明日1日素材の剥ぎ取りを手伝ってくれればいい。……どうだ?」
その言葉に、迷ったのは数秒。ティービアはすぐに頷いて仲間3人へと視線を向ける。
「どうかな? 私としては構わないと思うんだけど」
「だな。さすがに異名持ちに無料で護衛をさせたとなると、色々風聞が悪い。素材の剥ぎ取りで報酬代わりになるってんなら、俺は構わない」
「異名持ち?」
ナクトの言葉に、エセテュスは意味が分からないといった風に尋ね返す。
レイやセトがどのような存在なのかを知らなかったのはエセテュスだけだったらしく、ナクトとゴートに耳打ちをされると、その顔が次第に青くなっていく。
自分がレイに対してどのような言葉を発したのかを思い出したのだろう。
だが、レイにしてみればその程度のことは特に気にするようなことでもない。あの発言が悪意から来るものではなく、純粋に仲間を思ってのものだと理解していたからだ。
だからこそ、それ以上は特に何も言わずに明日の午前9時にエグジルの正門前に来るようにだけ告げ、その場で別れる。
ティービア達にしても、一応レイの渡したポーションで傷を塞いだとはいっても完全に治った訳では無い。これから回復魔法を使える者が開いている診療所へと向かわなければならなかったし、レイ達にしてもギルドで剥ぎ取りの依頼の件を聞いたり、なによりもシルワ家に異常種を運ばなければならなかった。
(もっとも、後者は完全に俺の都合だけどな)
異常種の魔石というのは魔獣術を使うレイにとっては非常に厄介である為、なるべく早く異常種の騒動を収めて欲しいという思いがある。
それもレビソール家のようなスケープゴートではなく、本物の犯人を捕らえるなりなんなりして、だ。
「レイ、そろそろ私達も行こうか。いつもよりもかなり早いが、シルワ家に顔を出すことを思えば、ギルドには少しでも早めに行った方がいいだろう?」
そんなエレーナの言葉で我に返ったレイは、小さく頷きレイの異名の由来について説明をしている、あるいはされているティービア達へと声を掛ける。
「悪いが、俺達はこれで行かせて貰う。さっきも言ったが、明日は午前9時にエグジルの正門前だ。来るなら忘れないようにしてくれ」
それだけを告げると、まだ何か言いたげな4人へと手を振り、そのままダンジョン前の広場から去って行く。
一瞬、レイの脳裏には明日には来ないかもしれない。そんな風に思ったが、その考えは次の瞬間には消え去る。
明確な理由は無い。だが、ダンジョンを出るまでの短い時間行動を共にし、ティービアの義理堅さ、エセテュスの直情径行な性格、ナクトの慎重さ、ゴートの人の良さといったことから、そんな真似をする筈がないと判断したのだ。
そして、事実助けられた4人は自らの命を救ってくれたレイ達に不義理な真似をするつもりは一切無かった。
いつものようにレイとエレーナの2人だけでギルドへと入ると、もう少しで昼になる頃ということもあって、冒険者の姿は殆ど見えない。
あるいはこのギルドが一般的なギルドのように酒場が併設されていれば昼食を食べている冒険者の姿もあったのかもしれないが、エグジルのギルドは利用する冒険者の人数の関係上、酒場が併設されたりはしていなかった。
そんなギルドに入ったレイとエレーナは、いつものように買い取りカウンターに向かうのでは無く、真っ直ぐに依頼書の受付をしているカウンターへと向かう。
そこにいた受付嬢は、数時間前に見たばかりのレイが早くも姿を現したことに驚きつつも、丁度いいとばかりに口を開く。
「あ、レイさん。依頼の件なんですが……」
「ああ。ランクが決まったのか? 手数料は幾らだ?」
てっきり手数料の催促だと思って尋ねたレイだったが、戻ってきたのは予想外の返事だった。
「あ、はい。それもあるんですが、既に希望者が殺到してもう10人受注者が決まってしまっています。……その、出来ればでいいのですが、もう数人程募集しませんか? 人数的な問題で色々と揉めてしまったので」
受付嬢は、自分が依頼ボードへと依頼書を貼りだした時のことを思い出す。
時間がまだ8時前とそれなりに朝早かったことも影響しているのだろう。レイと受付嬢の話を聞いていた冒険者達がたちまち殺到し、その結果殴り合いにまで発展したのだ。
それでも武器が用いられなかったのは、さすがにギルド内部でそこまでやるのは不味いと思ったからだろう。
理性的な殴り合いという、聞いた者であれば溜息を吐くようなイベントがあったのだ。
レイが何気なく出した依頼ではあったが、その報酬は一切の危険が無く得られると考えれば、そんな事態を起こさせるのには十分な額だった。
あるいは深紅の異名を持つレイと、グリフォンのセト。そして男女関係なく人の目を惹き付けるような美貌を持つエレーナ。これら2人と1匹に対して、この機会に顔見知りになっておきたいと判断する者も多い。
尚、その中にイエロの姿が無かったのは、ここ最近は砂漠の階層の攻略でイエロが宿屋で留守番していたからだろう。
だが……
「悪いけど、依頼で募集した以外にも人手を集めることが出来たんでな。人数的には十分間に合っている」
その言葉に、周囲でレイと受付嬢の話に耳を澄ましていた数人が残念そうな溜息を吐く。
追加募集があれば今度こそ。そう思って待機していた冒険者達だ。
そんな周囲の様子に受付嬢は微かに安堵の息を吐き、だが、すぐに聞き逃せない内容を耳にしたことに気が付く。
「う、そ、そうですか。……ちなみに、本当にちなみにですが、レイさんが集めた人手というのは報酬が支払われるんでしょうか?」
何故か悲壮な覚悟すら感じさせるようなその問いに、レイは何の躊躇も無く首を横に振る。
「いや、報酬を支払う予定は無い。というか、ダンジョンでモンスターに殺されそうになっている冒険者パーティを助けて、ついでに護衛しながら戻ってきたんでな。その報酬代わりに明日の剥ぎ取り作業を手伝って貰うことになった。だから、ダンジョンから無事にそいつらが出てきたのが報酬と言えるだろうな」
レイの口から出た言葉に、受付嬢は安堵の息を吐く。
もしここでレイがギルドで募集した以外にも独自に他の冒険者を雇っており、そちらにも同額の報酬を支払うということにでもなっていれば、まず間違いなく騒動が巻き起こっていたからだ。
本来であれば、それは決して問題のある行動ではない。ある意味では指名依頼に近い内容でもあるのだから。
だが、条件が良すぎた為にそのような事態が起こりえたのだ。
「とにかく今回はこれ以上の人数を募集はしないが、ダンジョンに潜り続けていけばそのうちまた剥ぎ取りを捌ききれなくなるだろうから、その時にはもう少し多く募集させてもらうよ。……ただ、今より深い階層のモンスターだから、素材の剥ぎ取りにも相応の技量や知識が必要になってくると思うが」
「はい、その辺については分かりました。それで依頼のランクですが、純粋に剥ぎ取りのみであり、もっともランクの高いモンスターでもランクCのアースクラブでしたので、今回の依頼に関してはランクDとさせて貰いました。構わないでしょうか?」
「ああ」
「もう少し増えるかもしれないと朝に言ってましたが……」
「いや、地下16階でアンデッド相手だったからな。剥ぎ取りをするようなモンスターには結局遭遇しなかったよ」
その後、確認の書類に目を通し、ギルドに対する手数料を払って全ての手続きは完了する。
「ありがとうございました」
「さっきも言ったが、またモンスターの数が多くなったら頼むと思う」
「ええ、お待ちしています」
頭を下げる受付嬢に軽く手を振り、その後はギルドを出る……のではなく、買い取りカウンターの方へ。
「やっぱりこっちにも来ましたね」
小さく笑みを浮かべて出迎える受付嬢に頷き、早速とばかりに今回の探索で手に入った素材をミスティリングから取り出す。
とは言っても、今回ダンジョンに潜っていたのは数時間程度であり、更に最大の収穫ともいえる異常種のスケルトンはシルワ家に引き渡す予定だ。となると、ギルドへと売れるのはリビングアーマーのみとなる。それも、魔石以外の鎧の部分だ。
「残念ながら今日はこれだけしかないけどな。もっとも、明日になれば依頼を出した分で大量に買い取って貰うことになるだろうけど」
「これは……鎧、ですか? いえ、リビングアーマー?」
訝しげに尋ねてくる相手へと頷いたレイは、カウンターの上へと乗っている鎧へと視線を向ける。
「地下16階に出てきたリビングアーマーだ。上手い具合に鎧に殆ど傷を付けずに魔石を取り出すことが出来たからな」
「うーん、リビングアーマーの鎧ですか。確かに傷も殆ど無いし、高値で買い取ることは出来ますが……いいんですか? 性能もそれなりに高いので、普通は倒した人がそのまま使用するか、あるいは武器屋辺りに売るんですが」
「ああ、構わない。俺は魔法使いだから動きにくいフルプレートメイルはごめんだし、何よりサイズが合わないからな」
この世界の人間として考えると大分背の低いレイは、当然装備出来る防具の類もある程度限定される。
そういう意味では、ドラゴンローブというのは性能的にも身長的にも、これ以上無い程レイに合っているのだろう。
「分かりました。それで、リビングアーマーが使っていた武器の方は……?」
受付嬢にしてみれば、防御力は高くても動きにくいフルプレートメイルよりもリビングアーマーの使っていた武器の方が需要がある為にそう尋ねたのだが……
「そっちは戦闘の時に壊れてしまってな」
そっと視線を逸らしながら、そう告げる。
そんなレイを、エレーナは苦笑を浮かべて眺めていた。
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