第426話

 ボスクの口から出た言葉、それを聞いてレイとエレーナは何故自分達が呼び出されたのかの理由を知った。

 確かにレイとエレーナは丁度今日問題となっている地下11階を攻略した。それなら何か情報を持っているかもしれないと判断してもしょうが無いだろうと。

 だが……


「随分と情報が早いな?」


 別にレイとエレーナが地下11階を攻略したというのは誰に知らせた訳でも無い。あるいはこれが明日呼び出されたのならギルドに売った素材から推測されてもおかしくはないのだが、素材を売る前に呼び出されたのだからその線もありえない。


(となると……)


 レイの脳裏を過ぎったのは、サンドワームに襲われていたのを助けた3人。確かにあの3人を地下12階にある魔法陣の小部屋から送り出してから、しばらくの間は魔石の吸収や能力の確認といったことをやって過ごした。それだけの時間があればダンジョンから出た後に3人が……あるいは、その中でも誰かがボスクにレイ達の情報を知らせてもおかしくはないだろう、と。

 そんな風にレイが考えているのを理解したのか、ボスクは顔を左右に振る。

 その巨体に似合わぬ仕草だったが、レイが返すことが出来たのは微かに眉を顰めた表情だけだ。

 尚、エレーナは特に何を言うでも無くレイとボスクのやり取りを見守っている。


「言っておくが、別にプレアデス達3人が俺にお前達の情報を売ったとか、そういう訳じゃ無いから安心しろ」

「なら、元々あの3人はシルワ家の者だったのか?」

「それも違う。あの3人は特にどこと繋がっている訳でもねえ。こう言っては何だが、普通の冒険者だよ」

「じゃあなんで俺達の件を知っているんだ?」


 少しの時間とは言っても交流を持った冒険者が、実は自分達の情報を得る為のスパイだったのでは無いか。そんなレイの疑問を真っ向から否定したボスクだったが、次のレイの質問には自信に満ちた笑みを浮かべて答える。


「別にそれ程難しい話じゃねえさ。お前も知っての通り、シルワ家ってのはエグジルを治めている3家のうちの1家だ。そしてこう言うのもなんだが、今一番活発に動いている家でもある。当然、ギルドにも相応の情報源を持ってるし、街中にも同様に目と耳が多くいる。そんな俺の目と耳が酒場であの3人がお前達の話をしているのを聞いたんだよ。で、後はギルドに納品された砂漠の薔薇の件と組み合わせれば、出てくる答えは1つだろ?」

「……なるほど」


 ボスクの言葉に頷きつつも、レイの中では微かに安堵している自分に気がつく。

 騒がしい3人組だったが、何だかんだありつつも自分とエレーナに地下11階から気をつけることを教えてくれたのが計算尽くでは無かったのだと。


「それで異常種が出たとのことだったが?」


 取りあえずプレアデス達に関しては何かがあった訳でも無いと判断し、改めて本題へと入る。

 ここ最近ダンジョンの中でごく希に発見される異常種。本来その階層にいるモンスターと同じ種でありながら、全く違う強さを誇るモンスター。レイにしてもソード・ビーとストーン・パペットの異常種と接触しているだけに、ボスクの口から出た言葉は決して聞き逃せるものではなかった。

 そんなレイの様子を見てボスクはつい数秒前まで口元に浮かべていた笑みを消して頷く。


「ああ。さっきも言ったが、俺の弟分達が地下11階で遭遇した。幸い死人は出なかったが、それなりの怪我を負ってな。で、こうして今日地下11階に潜っていた奴等に話を聞いている訳だ。当然プレアデス達3人からも話は聞く予定だ」

「……なら別に俺達から話を聞く必要は無いだろうに」


 レイとエレーナは地下11階で殆どの時間をプレアデス達3人と共に過ごしている。それなら自分達からわざわざ話を聞く必要もないのでは? そんな意味を込めて尋ねたレイだったが、ボスクは肩を竦めてから口を開く。


「証言ってのは多ければ多い程いいんだとよ。それぞれの視点から見ることによって、全く違う答えが導き出されることもある……って話だ」


 誰かに聞かされたことをそのまま口にしたのだろうボスクの言葉だったが、それを聞かされればレイも納得出来ることだった。

 日本にいた時に見た刑事ドラマや警察の特集でも、1人の容疑者から何人もの警察官が入れ替わり立ち替わり何度も同じことを聞くという手法があったのを覚えていたからだ。

 もっとも、それに関しては容疑者の発言に矛盾が無いのかを調べる為という方を重視されているのだが。

 そしてこのエルジィンでは基本的に情報に関しては人の口から聞いて集めるものである以上、多人数から聞くというのは確かに重要な要素だった。


(もっとも、その話を聞いているのが1人だけ……)


 呟き、視線を一瞬だけ扉へと向けて小さく首を振る。


(2人だけとなると、その辺もどうなんだろうな。それにボスクは情報の分析をするよりは真っ先に自分で弟分に怪我をさせた異常種を狩りに行ってもおかしくはないし)


 そんな風に内心で考えつつも、レイはボスクに対して首を左右に振る。


「残念だが俺は砂漠で異常種を見てはいない。俺達が戦ったのはサンドワーム、サンドスネーク、グランド・スコーピオンの3種類のみだ」

「……ちっ、予想はしていたがやっぱりか。なら、何か異変のようなものは無かったか? それこそ、普段のダンジョンと違うとか、そういうのでもいい」

「無茶言うなよ。お前も知っての通り、俺とエレーナが地下11階に降りたのは今日が初めてだ。もし普段と今日の砂漠が違っていたとしても、それを見分けるのは無理だ。寧ろ今日の砂漠の状態こそが普通だと判断するさ。それに砂漠をメインに活動しているプレアデスにしても、特に何か様子がおかしかったって事は無かったと思う」

「予想はしていたが手がかりは無し、か」


 頭を掻きながら溜息を吐くボスクだったが、妙にその仕草が板についている。

 内心でそう思いつつ、一応とばかりに口を開く。


「ちなみに、現れた異常種ってのはどんなのだ?」

「……まぁ、いいか。こうして呼び出したんだから、こっちの情報も知らせておくべきだな。スピア・フロッグってのは知ってるか?」


 溜息を吐きながら尋ねてくるボスクの言葉に、レイはプレアデス達から聞いた情報を思い出しながら口を開く。


「確か砂漠の階層に出てくるモンスターだよな。体長50cm前後の蛙型モンスターで、その名の通り舌の先端が鋭利に尖っていて、金属鎧すらも場合によっては貫くとか」

「へぇ、随分と詳しいな。それについてもプレアデス達から聞いたのか?」

「ああ。護衛の代わりにな。……で、ここでその名前が出るということは、今回の異常種はスピア・フロッグな訳か?」


 尋ねるレイの言葉に、ボスクが苦々しげに溜息を吐きながら頷く。


「そうだ。お前がギルドに報告したソード・ビーのように味方の指揮を執るとか、そういう特殊な能力を持ってる訳じゃ無くて、ストーンパペットのように純粋に能力が底上げされている感じだ。違いとしてはやっぱりその大きさだろうな。聞いた話だと3m近い大きさで、舌に関しても先端が螺旋状になっていて、更に舌の数が2本になっているらしい」

「……それはもう、明らかに異常種というか別種族に近いんじゃないか? 希少種とか上位種みたいに」


 これまでにレイが見てきた異常種のソード・ビーとストーンパペットは、大きさ自体は基になっていると思われる種族と殆ど変わっていない。ソード・ビーの女王蜂が多少普通よりも大きかったが、それでも6倍近い大きさを持ってはいない。

 だが、ボスクはそんなレイの言葉に首を左右に振る。


「俺も最初はそう思って色々と調べさせた。だが、スピア・フロッグの上位種というのは確認されていない。残るは希少種となるが、異常種が出てきているこの時期に希少種と見るのはちょっと無理がある。それに何より、希少種とするにしてもあからさまに大きさが違いすぎる」

「確かにな。私もエグジルに来る前に色々と調べては来たが、基本的に希少種というのは大きさ自体は基になっているモンスターとそれ程変わらないらしい。まぁ、希少種というだけあって、例外はあるのだろうが」


 これまで黙って話を聞いていたエレーナが、ボスクの意見に同意だというように呟く。

 それを聞き、レイもまた脳裏に以前戦ったゴブリンの希少種の姿を思い浮かべる。

 確かに通常の体色は緑のゴブリンに対してゴブリンの希少種は体色は赤ではあるものの、大きさ自体はゴブリンと殆ど変わらず、基になった種族よりも大きかった数種類にしても6倍もの違いは無かった。


「そう言えばそうだな。確かに俺が倒した希少種も大きさ自体は最大でも2倍から3倍程度だったな」


 ポツリと呟いたレイの言葉を聞き、ボスクは興味深そうな視線を向ける。

 基本的に希少種というのは基になったモンスターの1ランク上と評価されている為、希少種を倒した経験のある者はそれ程多くは無い。

 もっとも、希少種という名前がつくだけに、元々数自体がごく少数しかいないというのも理由にはなっているのだが。


「ともあれ、だ。お前達が異常種についての情報を持っていないなら、別にもういい。……と言おうと思ったんだがな。レイ、エレーナ、お前達2人、異常種に興味はないか?」

「は? いや、興味があるか無いかで言えば、勿論あるが」


(魔石も欲しいし)


 内心で呟きつつ、即座にそう返す。

 そしてレイの言葉を聞いたボスクは満面の笑みを浮かべて頷き、口を開く。


「なら、だ。明日の異常種狩りに協力する気はないか? 他にも腕の立つ奴に声を掛けてるが、お前達のような腕利きは数少ない」

「……へぇ」


 数少ない。それはつまり、自分達と同程度の戦闘力を持った人物がいるということを意味している。

 それに興味深そうに頷いたレイはエレーナへと視線を向け、溜息を吐きつつも頷いたのを確認してから口を開く。


「それは色々な意味で興味深いな」

「だろう? 協力する気になったか?」

「そう、だな。……答える前にちょっと聞かせてくれ。スピア・フロッグの異常種を倒した場合、その所有権はどうなる? 当然その異常種を倒した者が貰えると思ってもいいのか?」

「いや、異常種について調べる為に特例として所有権はギルドに渡るだろうな。シルワ家の当主としてもその辺は譲れない」

「……そうか」


 ボスクの立場としては当然の判断ではある。だが、それを聞かされた以上レイとしてはシルワ家からの依頼を引き受ける訳にもいかなくなり……それを口にしようとしたところで、機先を制するかのようにボスクが言葉を発する。


「ただ、そうだな。もし戦闘のドサクサで魔石が消滅したとしても多少苦情を言われるだろうが、何らかのペナルティを受けるようなことは無いと思う」

「……」


(上手いな)


 レイの横で話を聞いていたエレーナが内心で呟く。

 シルワ家の立場としては堂々と異常種の魔石の所有権を認めるわけにはいかない。だが、レイ程の戦力をみすみす見逃すのは惜しい。

 それを瞬時に計算して出した答えが、レイが魔石を確保することの黙認。

 エレーナの立場としては、モンスターという存在の最重要要素でもある魔石をあっさりとレイに渡してもいいのかという思いもあったのだが、異常種自体は確かに稀少だが、これまでに全く倒されていないわけでも無い。

 事実ヴィヘラがストーンパペットの異常種を倒し、それをギルドが引き取っているのだから。


「それに今回俺がスピア・フロッグの異常種を倒す為に戦力を集めているのは、あくまでも弟分の落とし前としてだったり、あるいは地下11階にそんな異常種を放っておく訳にはいかないというのが正直なところだしな。実際、ギルドの方には既に幾つかの異常種の死体や魔石が集まってきてはいる。それを思えば、魔石の1つくらい行方不明になっても構わないさ」


 そこまで告げ、一旦口を閉じてから改めてレイへと視線を向ける。


「ただし、当然お前が無条件で魔石を得られるという訳じゃない。お前がスピア・フロッグを倒したら、だ」

「その言葉に偽りは無いな?」

「ああ、だが明日の異常種討伐に関しては他にも腕利きを揃えている。お前が魔石を入手出来るかどうかは、正直微妙だと思うけどな」


 挑発的な笑みを浮かべつつ告げるボスクの言葉に、レイもまた同様の挑発的な笑みを浮かべて頷く。


「いいだろう、その挑発に乗せて貰おうか。明日行われるという異常種の討伐には俺も参加しよう」

「レイの参加は確定だな。で、そっちはどうする?」

「レイが参加する以上、私が参加しないという訳にはいかないな。勿論私も参加させて貰う」


 エレーナの承諾も得て、ボスクは満足そうに頷いてから報酬について説明する。

 参加した時点で金貨1枚が確定するが、支払う報酬はそれだけ。ただしスピア・フロッグを探している途中で倒したモンスターの素材や魔石、討伐証明部位に関しては通常の2割増しで買い取り、異常種を倒した者には成功報酬としてスピア・フロッグの買い取り金額も含めて白金貨2枚が支払われるといった内容だった。

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