第391話
ダンジョンの地下2階、まだまだ初心者用の浅い階層や上層部と言われている場所。地下1階へと続く階段の隣にある魔法陣が光り……次の瞬間には、そこにレイとエレーナ、セトとイエロの姿があった。
「へぇ、これがダンジョンの中に入る時の空間転移か。外に出る時の転移は昨日経験したけど、やっぱり同じ転移装置を使ってるだけあって殆ど変わりは無いな」
「グルルゥ」
転移が完了し、手を握ったり開いたりして感触を確かめているレイへとセトが喉を鳴らしながら視線を向けてくる。
どことなく自慢気なその様子に一瞬意味が分からなかったレイだったが、すぐにセトの言いたいことを理解する。
「そうか、そう言えばセトは以前ベスティア帝国の転移石を使った転移に巻き込まれたことがあったな」
「グルゥ!」
そうだよ! と自慢気に喉を鳴らすその様子に、隣で聞いていたエレーナは自分の左肩に止まっているイエロの喉を掻きながら小さく首を傾げる。
「ベスティア帝国の転移石? それはあれだろう? 春の戦争でベスティア帝国軍がこちらの本陣を奇襲するのに使った」
「ああ。以前ギルムでベスティア帝国の工作員が暗躍していた時、転移石で逃げようとしたのをセトが阻止したら工作員の代わりにセトが転移することになってな。……あの時は焦った」
「グルルルゥ」
レイの言葉に、そうそうと頷きながら鳴くセト。
セトにしてみれば転移しようとしていた相手を妨害したつもりが、ふと気が付けば自分が見知らぬ洞窟の中にいたのだから無理も無い。
その後必死に周囲を探し回って灼熱の風の面々と再会し、最終的にはレイとも合流した……というのをレイはエレーナへと説明する。
「なるほど、そんなことがあったのか。転移石に関してはあの戦争で入手した幾つかをミレアーナ王国でも色々と研究しているらしいが、中々難しいらしいな。少なくても量産するのはかなり難しいらしい」
「ん? それだと作り出すことは出来ているのか?」
「ああ。ただし相当のコストが必要で、転移可能な距離を始めとして性能はかなり劣っているらしいが」
「それでも、そこまで作れたのなら量産までは後少しだろ?」
そんなレイの言葉に、何故かエレーナは苦笑を浮かべる。
「どうした?」
「いや。幾らレイにでも、言えることと言えないことがあるんだ。察してくれ」
「なるほど」
公爵令嬢であったり、姫将軍という異名を持った将軍であったりする以上は中立派とされているレイに対しては言えないこともあるのだろう。そう判断したレイは、小さく頷き視線を周囲へと向ける。
「さて、話はともかくまずは地下3階に向かう階段まで移動するか」
「そうだな。昨日はこのダンジョンに慣れる為にこの先の十字路で階段の無い左の方に進んだから、今日はある程度進んでみるのもいいか」
「となると、今日は階段のある右だな」
「そうなる。……ただ、私達には盗賊がいない。まだ浅い階層だからそれ程の問題は無いと思うが、それでも罠に関しては慎重に進んでいくとしよう」
エレーナの言葉に頷くレイ。
「いっそ薄き焔を使うか? 深い階層にあるような複雑な罠とかならともかく、こんな浅い階層にある罠ならすぐに発見出来ると思うぞ」
「……そうだな……」
レイの言葉に数秒程考え込むエレーナ。だが、すぐに首を横に振る。
「やめておいた方がいいだろう。このダンジョンにいるのが私達だけならそれも良かったかもしれないが、他の冒険者がいることも考えれば妙な騒ぎになるのは確実だ」
「なるほど」
当然と言えば当然なエレーナの言葉を聞き、素直に頷くレイ。
一瞬レイの脳裏に『怪奇! ダンジョンの通路に溢れる炎』という言葉が過ぎり、下手をしたら新種のアンデッドか何かだと判別されるかもしれないと思ったからだ。
勿論前もってギルドに話を通しておけば問題は無いのかもしれないが、そうなればそうなったで別の方面からややこしい事態に巻き込まれそうな気がしたのも事実だった。
「なら、とにかく今は俺達だけで進んで行くとするか。罠に関しては注意をしてな」
「うむ。隊列に関しては昨日と同じく前列に私とレイ。後列にセトでいいだろう」
「キュ!」
自分を忘れるな、とばかりにエレーナの左肩のうえで鳴き声を洩らすイエロ。
「イエロはセトの背の上で一緒に行動してくれ。構わないだろう?」
「キュ!」
「グルゥ」
エレーナの言葉に、それぞれが短く鳴いて了承の意を伝える。
こうして話が決まり、2人と2匹は魔法陣のある場所から地下2階へと踏み出していく。
そのまま数匹のモンスターを倒し、特に苦戦もせずに昨日も通った十字路へと到着する。
「今日は階段のある右側でいいんだよな?」
「ああ、だが罠にはくれぐれも気を付けるようにしてくれ。幸い昨日は特に罠に掛かるといったことは無かったが、それはビューネが解除してくれていたから……とも考えられる。まぁ、こんな浅い階層でそこまで致命的な罠の類は無いと思うが」
「そうだな、確かにこの辺からはきちんと警戒して進んだ方がいいか」
ゆっくりと周囲の様子を……特に地面に仕掛けの類が無いのかを確認しながら進み始めるレイ達。
その為、ダンジョンの中を進む速度はいつもの半分……いや、3分の1にまで下がっていた。
本来であれば、この階層の罠でレイ達に対して致命的なダメージを与えることが出来るようなものはほぼ無いだろう。だが、これ以降も盗賊無しでやっていくと考えれば、今のうちから罠を見つけ出すということに慣れておかなければならない。それ故のゆっくりとした進行速度だった。
逆に考えれば、罠に嵌ったとしても致命的なダメージは無いのだから、盗賊の真似事に慣れるという意味ではこれ以上無い場所であると言ってもいいだろう。
レイとエレーナはそのまま無言で注意しながら通路を進んで行く。
「グルルルゥッ!」
時々背後でそんな声が聞こえ、モンスターがセトの一撃により沈められると一旦進むのを止めては魔石だけを取りだし、再び進み始める。
そんな状態のまま約2時間。時々前方からも襲って来始めたモンスターを倒しながら進み続けていたレイやエレーナだったが、さすがにこうも延々とおなじことばかりを繰り返し、更にはダンジョンを進む速度が遅いと次第に焦れてくる。
最初に音を上げたのはレイだった。この辺、軍人として活動してきたエレーナは相応の忍耐力を持っていたといえるだろう。
もっとも、エレーナにしても飽き飽きしていたのだが。
「なぁ、少し休憩にしないか?」
「……そうだな。時間的にまだ昼には少しあるが、昼食にでもするか?」
「グルルルゥ!」
「キュ!」
昼食と聞き、セトとその背に乗っているイエロが喜びの声を上げる。
そんな様子を見ながら、レイは数秒程悩む。だが、集中していたので気が付かなかったが、確かに空腹を感じるのは事実だった。
「そうだな、なら少し早いが昼食にでもするか。ただし、言うまでも無いけど周囲の警戒は決して怠らないようにな」
「ああ、当然だろう」
「グルゥ」
「キュ!」
レイの言葉に1人と2匹が答え、通路の隅に移動しようとした時……
「あ」
視線の先にある物を見つけ、思わず声を上げるレイ。
そちらに視線を向けたエレーナもまた、一声洩らす。
そこにあったのはスイッチ。一応周囲の通路に偽装しているのか遠目からは分からないようになっているが、それでも近くまで移動すれば一目で判別が可能だった。
だが問題は、こんな場所にあるスイッチを誰が押すのかということだ。
「……なぁ、どう思う?」
「恐らくは私達のように休憩を取るべく寄ってきた相手の油断を突くとか、そういうのじゃないのか?」
「……近くで見ればこんなにあからさまなのにか?」
「そうだな、恐らくは疲れていて注意力が散漫になっているのを見越しているとかか? あるいは、この階層に出て来るモンスターは基本的には低ランクモンスターだ。それを思えば、罠が多少稚拙になるのはしょうがないかもしれない」
そんなエレーナの言葉に、確かにと頷くレイ。
出て来る中でもっとも知能がありそうなのがゴブリンであるというのを考えれば、エレーナの言葉も有り得るかもしれないと判断したのだ。
「それにこの階層で戦うのは冒険者の中でも初心者が多いと聞く。それを考えれば、引っ掛かる奴が出て来てもおかしくないのではないか?」
「かもしれないな。幸い俺達はそれに引っ掛かる程に間抜けではなかったが。……まぁ、いい。まずは昼食にしよう」
呟き、ミスティリングからマジックテントを取り出すレイ。
普通であれば食事は通路の隅や部屋の隅といった場所で周囲を警戒しながら食べるのだが、レイの場合はランクD以下のモンスターを寄せ付けないという効果を持つマジックテントがある。もっと深い階層に向かえばさすがにマジックテントの効果が及ばないランクC以上のモンスターが出て来るだろうが、少なくても地下2階というこの階層ではマジックテントの効果は十分以上に発揮される。
もっとも、モンスター以外……それこそ人間の冒険者に対しては効果が無いので、冒険者を狩っているような存在がいればどうしようもないのだが。
(ま、そんな時は俺が直接出れば済む話だし……そもそも、異名が広まっている上にセトを連れている俺達に対してちょっかいを出してくるような馬鹿がそうそういるとは限らないけどな)
そんな風に考えつつ、エレーナやセト、イエロと共にテントの中へと入っていくレイ。
マジックテントの中身は10畳程と広く作られており、レイとエレーナは早速とばかりにソファへと座ってレイのミスティリングから出された弁当を。セトは同様に宿で用意して貰った――材料はレイが負担――バイコーンの丸焼きを食べ、イエロは自分用に用意されたコンガリと焼かれた肉へと噛ぶりつく。
「それにしても昨日も思ったが、以前に継承の祭壇のダンジョンに潜った時にもレイの食事事情には感心したけど、専用の部屋まで付いてくるとなると、恵まれすぎていると言ってもいいだろうな。何と言うか、変な方向に進化して行っているというか」
「確かにあの時はダンジョンの中で野営してたからな。同じ野営でも、このマジックテントがあれば地面で寝て身体が痛いとか、そういうのが無いのは助かる」
弁当として渡されたバスケットの中に入っている、煮込んだ鶏肉とチーズのサンドイッチを頬張りながら頷くレイ。
実際、レイ達が現在中に入っているこのマジックテントは多少型は古くて水が使えないといった機能的な問題も多少あるが、それでも辺境伯であるラルクス家に伝わっていた品なのだ。平民は当然ながら、冒険者にしても相当の稼ぎがある者で無ければ買うことは難しいだろう。
それこそ、ランクA冒険者の報酬で何とか、ランクB冒険者の報酬ではかなり貯め込まなければ買えない程には高価な代物である。
「低ランクモンスターを寄せ付けないというのが嬉しい機能だな。もっとも、レイの場合はセトがいるからそうそう下手なモンスターは寄ってこないだろうが。私も家から借りるのではなく、自分個人の持ち物としてこのようなマジックアイテムが欲しいものだ」
「……エレーナの場合は、馬車があるだろ?」
エレーナの言葉に、思わずそう返すレイ。
エグジルへ来る時にも使っていた馬車だが、その施設の充実度に関しては現在使っているマジックテントよりも数段上だ。広い部屋に現在レイやエレーナが座っているソファよりも高級で高品質な物が使われており、他の家具にしても言うに及ばずだ。
過ごしやすさで言えばマジックテントよりも確実に上であり、隠蔽や近付いてくる敵意を知らせる、あるいは馬やウォーホースといった馬車を引いている動物の疲労を低減させたり速度を上げたりするといった、マジックアイテムとしての効果では圧倒的に馬車の方が上だった。
(マジックテントが勝っているところと言えば、持ち運び出来る小ささまで縮めることだけだしな。まぁ、冒険者にとってはかなり使える機能だけど)
そう内心で呟きつつ、通常の冒険者なら涙を流す程ありがたいその機能も、レイとしてはミスティリングがある為に持ち運べる程に縮めるというのはそれ程大事でなかったりするのだが。
そんな風に会話をしつつ、それでも素早く昼食を食べ終えるレイ達。
出来れば食休みをしたいところなのだが、さすがにダンジョンの中でそれは気を抜きすぎだろうということで、食事を終えた後はさっさとマジックテントをミスティリングの中に収納して先を急ぐことになる。
それ以降も罠を警戒しながら進んだが、結局これといった罠を見つけることも無いままに地下3階へと降りる階段へと辿り着くのだった。
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